第46話「黄昏の神殿」
第46話「黄昏の神殿」
終わりの山の頂に着いたのは、三日後の夕暮れだった。
ディートリヒさんと、難民たちは、ルーメリアの都の、地下街に残った。
崩れた都のその地下に十年前から、
生き残った人々が、細々と暮らしているのだという。
「三百年前の記録を、守ってくださった礼に。
……わしらは、ここであなた方のお帰りを、お待ちしております」
ディートリヒさんは、そう言って、深く頭を下げた。
荷台の上のあの小さな女の子が、「こうほの、
ゆうしゃさま、がんばって」と、手を振った。
終わりの山は、切り立っていた。
暁の神殿の石段とも、潮の神殿の石段とも、違った。
道らしい道は、なかった。
黒い鋭い岩が、刃のように、幾重にも、重なり合っていた。
その岩と岩の間を、よじ登り這い上がり、
時には、シロガネの背中を借りて、跳び越えた。
剛の銀の鎧が、岩に擦れて、甲高い音を立てた。
古賀の手のひらが、岩に裂けて、血が滲んだ。
澪さんが何度も足を滑らせかけて、そのたびに、
エレオノーラさんが、その手を掴んだ。
三日間。
誰も、弱音を吐かなかった。
そして。
最後の岩を、越えたとき。
世界が燃えていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
山頂は、平らだった。
まるで巨人が刃で、山の頂を水平に、断ち切ったかのように。
円い平らな黒い岩の台地。
その台地の西の端に。
神殿があった。
柱も、壁も屋根もなかった。
ただ、一枚の巨大な石の板が。
台地の西の縁に。
垂直に。
そびえ立っていた。
高さは、人の背丈の十倍以上。
幅は、その半分ほど。
表面は、鏡のように、磨き上げられていた。
その鏡の石板が。
西の沈みゆく太陽を。
真正面から。
受け止めていた。
太陽が。
石板の中に。
燃えていた。
石板の表面に映った夕日が。
本物の夕日と、重なり合って。
二つの太陽が、西の空に並んでいるように見えた。
その二つの太陽の光が。
石板から反射して。
台地のすべてを。
燃えるような茜色に。
染め上げていた。
足元の黒い岩が。
茜色に輝いていた。
自分の手が。
腕が。
仲間たちの顔が。
すべて。
炎の中にいるように。
赤く。
金色に。
燃えていた。
「……黄昏の、神殿」
エレオノーラさんが、掠れた声で、つぶやいた。
石板のその足元に。
小さな石の台座があった。
その上に。
石版が一枚。
近づいた。
古い文字が刻まれていた。
意味が頭の中に流れ込んできた。
――黄昏に立て。
――灯を持つ者よ。
――汝の灯を差し出せ。
「……差し出せ」
古賀が震える声で繰り返した。
「……灯移しの儀……」
僕は、石版のその文字を見つめていた。
――灯は、移すことは、能わず。ただ奪うのみ。
地下書庫の、黒い革表紙の本に、書かれていた一行。
太陽が。
西の山並みのその縁に。
触れた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その瞬間。
鏡の石板が。
光った。
夕日を映すのではなく。
内側から。
茜色の光を。
放ち始めた。
光が。
台地を満たした。
眩しかった。
目を開けていられなかった。
腕で目を覆った。
そして。
腕を下ろしたとき。
仲間たちが、いなかった。
エレオノーラさんも。
剛も。
澪さんも。
古賀も。
シロガネも。
台地の上に。
僕、一人だけが。
立っていた。
――いや。
一人では、なかった。
石板の前に。
四つの影があった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
紺色の詰め襟。
紺色の襟のついた制服。
四人の若者が。
茜色の光の中に。
立っていた。
三百年前の。
四人。
結城遥。
葛城誠。
神楽坂詩織。
椎名蒼。
潮の神殿の、水面に映っていたあの四人。
けれど、その顔に。
もう、笑顔はなかった。
石板の前の石の台座の上に。
遥さんが座っていた。
いや。
座らされていた。
両手首を。
細い光の鎖で。
台座に。
繋がれていた。
その周りに。
三人が立っていた。
誠さんが。
抜き身の剣を、握りしめて。
詩織さんが。
両手を胸の前で組んで、何かを唱えていた。
聖女の祈りの言葉。
その祈りに合わせて遥さんの手首の、
光の鎖が脈打つように光っていた。
そして、蒼さんが。
黒い革表紙の本を、震える手で、開いていた。
「……灯移しの儀」
蒼さんの声が。
茜色の光の中に。
震えて響いた。
「……ごめん、遥。……ごめん」
蒼さんの眼鏡の奥の目から。
涙が溢れていた。
「……でも、これしか、ないんだ。……みんなが帰るには」
遥さんは。
抵抗、していなかった。
光の鎖に繋がれたまま。
静かに。
三人を見上げていた。
「……いいよ」
遥さんが言った。
その声は。
穏やかだった。
「……いいよ、蒼。誠。詩織。……持っていけよ。俺の灯」
誠さんの剣を握る手が。
震えた。
「……潮の神殿で、本当のことを、言えなかった。
……ずっと一人で抱え込んで。
みんなを信じなかった。
……だから、これは俺の罰だ」
遥さんは。
微笑んだ。
暁の神殿で、光の中に溶けていった、あの、寂しげな微笑みと。
同じ微笑み。
「……俺の灯で誰かが帰れるなら。……それでいい」
「――遥ッ……!」
詩織さんの祈りの声が。
途切れた。
「――違う……!
違うのよ、遥……!
私たちは……あなたを、置いていきたいんじゃない……!」
「……分かってるよ、詩織」
遥さんは。
首を横に振った。
「……蒼が言ってた。
灯を一度、誰かに移して、その誰かが門を通って。
それから、また灯を俺に返せばいいって。
……そうすれば、みんな順番に帰れるって」
蒼さんの本を持つ手が。
びくりと跳ねた。
「……それでいいよ。
……俺は、最後でいい。
……みんなが先に帰ってくれ」
――違う。
僕は、叫ぼうとした。
――灯は、移すことは、能わず。ただ奪うのみ。
――奪われし者は、灯を失う。
蒼さんは、その一行を、見なかったことにした。
あるいは、誠さんと詩織さんに伝えられなかった。
そして、遥さん自身も。
知らなかった。
けれど、声は出なかった。
これは、三百年前の記憶。
僕はただそれを見ていることしかできなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
詩織さんの祈りが。
再び、始まった。
震える声で。
涙を流しながら。
蒼さんが。
本の最後のページの呪文を。
読み上げた。
誠さんが。
剣を。
遥さんの胸の真上に。
掲げた。
剣の切っ先が。
茜色の光の中で。
赤く。
光っていた。
「……遥」
誠さんの声が。
掠れていた。
「……剣道部の部室で。
お前、いつも一人で、最後まで素振りしてたよな」
遥さんが。
少しだけ笑った。
「……誠だって、いつも、付き合ってくれたじゃん」
「……ああ」
誠さんの目から。
涙が一筋。
こぼれた。
「……帰ったら、また付き合ってやるよ」
剣が。
遥さんの胸に。
触れた。
刺したのでは、なかった。
切っ先が胸に触れた瞬間。
遥さんの胸の奥から。
光が。
溢れ出した。
金色の光。
誓約の灯。
その灯が。
誠さんの剣を伝って。
引き出されていく。
遥さんの胸から。
誠さんの剣へ。
剣から誠さんの手へ。
――移っていく。
いや。
違った。
灯は。
移っては、いなかった。
遥さんの胸から、引き出された金色の光は。
誠さんの手に、届く前に。
剣の刃のその上で。
裂けた。
一筋の光が。
二筋に。
四筋に。
八筋に。
裂けて。
千切れて。
砕けて。
金色の無数の破片となって。
茜色の光の中に。
飛び散った。
「――遥ッ!」
遥さんの体が。
台座の上で。
弓のように。
反り返った。
声にならない叫び。
胸から。
灯が。
引き千切られていく。
誠さんが剣を引こうとした。
引けなかった。
剣は、遥さんの胸の灯に、吸いついたように、離れなかった。
詩織さんが、祈りを止めようとした。
止まらなかった。
祈りの言葉が、詩織さんの意思とは、関係なく。
唇から溢れ続けていた。
蒼さんが本を閉じようとした。
閉じられなかった。
本の最後のページが。
黒く。
燃えるように。
光っていた。
「――止まれッ! 止まれよッ!」
蒼さんの悲鳴。
「――こんなはずじゃ……!
移すだけだって……!
書いてあったのに……!」
――書いてあった。
けれど、その次の行を。
蒼さんは。
読まなかった。
金色の灯の破片が。
台地じゅうに。
降り注いでいた。
その破片の一つ一つが。
黒い岩の上に、落ちるたびに。
じゅっと。
音を立てて。
消えていった。
遥さんの灯が。
消えていく。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そして。
台地の北の縁から。
黒いものが。
這い上がってきた。
影、だった。
いや。
影よりも、濃く。
夜よりも、深い。
形のない。
黒い霧のような。
けれど、その中に。
無数の赤い目が。
蠢いていた。
――北の古き魔。
地下書庫の記録に、あった。
北の山脈の向こうから、魔物の群れを率いて現れる、古い名もなき、災い。
その古き魔が。
台地じゅうに降り注ぐ、金色の灯の破片に。
引き寄せられるように。
這い上がってきていた。
灯の破片を。
喰らっていた。
黒い霧が破片に触れるたびに。
破片の金色が、黒く濁って。
霧の中に吸い込まれていった。
「――詩織ッ! 蒼ッ! 下がれッ!」
誠さんが叫んだ。
遥さんの胸から、ようやく剣を引き剥がした。
黒い霧の前に、立ちはだかった。
「――遥を連れて逃げろッ!」
剣を振るった。
黒い霧を斬った。
霧は、斬れなかった。
刃が霧の中を素通りした。
霧が。
誠さんを。
包み込んだ。
「――誠ッ!」
詩織さんの悲鳴。
詩織さんが、両手を掲げた。
聖女の白い光が。
その手から、溢れ出した。
黒い霧を押し返そうと。
白い光が霧に触れた。
霧が怯んだ。
誠さんの体が、霧の中から、押し出された。
けれど。
詩織さんの白い光が。
少しずつ。
細くなっていった。
詩織さんの顔が。
白くなっていった。
「――詩織さんッ! やめてッ! それ以上、力を使ったらッ!」
蒼さんの悲鳴。
詩織さんは。
振り返った。
遥さんを見た。
台座の上で、胸から灯の破片を、零し続けている遥さんを。
それから。
微笑んだ。
「……遥。隣に立ちたかったって、言ったでしょ」
白い光が。
最後に。
大きく。
燃え上がった。
黒い霧が。
台地の北の縁まで。
押し戻された。
そして。
詩織さんの体が。
白い光の中に。
溶けていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――見ていられなかった。
けれど、目を逸らせなかった。
これが。
三百年前に。
この台地で。
本当に起きたこと。
誠さんが詩織さんの消えた場所に、膝をついていた。
剣を取り落として。
声もなく。
蒼さんが台座の前に崩れ落ちていた。
黒い本を胸に抱いて。
「……ごめん……ごめん……ごめん……」
同じ言葉を。
壊れたように。
繰り返していた。
そして、台座の上で。
遥さんが。
光の鎖から、解き放たれて。
ゆっくりと。
体を起こしていた。
胸に。
穴が開いていた。
傷では、なかった。
血も、流れていなかった。
ただ。
胸の真ん中に。
灯があったはずの場所に。
暗い空洞が。
ぽっかりと。
口を開けていた。
その空洞の縁に。
金色の灯の欠片が。
ほんのわずかに。
燃え残っていた。
遥さんが。
自分の胸の空洞を。
見下ろしていた。
それから。
顔を上げた。
詩織さんの消えた場所を。
見た。
膝をつく誠さんを。
見た。
崩れ落ちて、「ごめん」を繰り返す蒼さんを。
見た。
遥さんの。
黒い瞳から。
光が。
消えた。
台地の北の縁で。
押し戻された黒い霧が。
再び。
蠢き始めていた。
無数の赤い目が。
台座の上の遥さんを。
見つめていた。
胸に空洞を抱えた。
灯の欠片を、わずかに燃え残した。
誰よりも、深く絶望した。
――器。
黒い霧が。
遥さんへと。
ゆっくりと。
這い寄っていった。
遥さんは。
逃げなかった。
ただ。
台座の上に、座ったまま。
茜色の沈みゆく夕日を。
見つめていた。
その唇が。
何かを。
つぶやいた。
声は、聞こえなかった。
けれど。
その言葉は。
光とともに。
僕の胸の奥に。
まっすぐに。
届いた。
――……みんなと帰りたかっただけなのに。
黒い霧が。
遥さんを。
包み込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
光が。
弾けた。
茜色の光が、一瞬で消えた。
僕は。
台地の上に。
膝をついていた。
太陽が。
西の山並みの向こうに。
半分。
沈んでいた。
三百年前の四人の姿は。
もう、どこにもなかった。
鏡の石板の表面に。
声が。
響いた。
――灯を持つ者よ。
――汝は見た。
――灯を奪おうとした者たちの末路を。
――灯を奪われた者の末路を。
声が。
低く。
重く。
台地を震わせた。
――さあ。
――汝の灯を差し出せ。
石板の前の。
石の台座が。
光った。
台座の上に。
光の鎖が。
浮かび上がっていた。
三百年前、遥さんの手首を、繋いでいたあの鎖。
――汝の灯を誰かに差し出せば。
――その者は、門を通れる。
――元の世界へ帰れる。
――ただし汝は灯を失う。
――汝は、帰れぬ。
――さあ、選べ。
――汝の灯を誰に差し出す。
台地の縁に。
光が灯った。
五つの光。
その光の中に。
仲間たちが。
立っていた。
エレオノーラさん。
剛。
澪さん。
古賀。
シロガネ。
けれど、その誰もが。
光の中に閉じ込められて。
動けずに。
声も、出せずに。
ただ、僕を見つめていた。
――選べ。
――汝の灯で誰を帰す。
――大河内剛か。元の世界に、ラグビー部の仲間が待っている。
――柚木澪か。元の世界に、家族が待っている。
――古賀悠か。元の世界に、まだ読みたい物語が、待っている。
――それとも。
――汝の灯を誰にも差し出さず。
――汝、一人で帰るか。
声が。
囁くように。
甘く。
変わった。
――結城遥は、差し出そうとした。
――そして、すべてを失った。
――汝は、どうする。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
僕は。
立ち上がった。
台座の前に。
光の鎖の前に。
それから。
台座に。
背を向けた。
光の中に閉じ込められた。
仲間たちのほうへ。
歩き出した。
――何をしている。
声が。
苛立つように、響いた。
――選べ、と言っている。
「……選ばない」
僕は、言った。
「……灯は、差し出せない。
……差し出したら、裂けて砕けて消えてしまう。
遥さんの灯みたいに」
一歩。
また一歩。
「……灯は、奪えない。
移せない。
……三百年前の、蒼さんの本には、そう書いてあった。
蒼さんは、その一行を見なかった。
……僕は見た」
光の中のエレオノーラさんの前に。
立った。
「……でも、分かつことはできる」
手を。
伸ばした。
光の中に閉じ込められた、エレオノーラさんの手に。
――無駄だ。その光は、汝の手では――
指先が。
光に。
触れた。
胸のポケットが。
燃え上がった。
金色の光が。
指先から。
溢れ出した。
その光が。
エレオノーラさんを閉じ込めていた茜色の光に。
触れた。
茜色の光が。
揺らいだ。
ひびが入った。
そして。
砕けた。
エレオノーラさんの手が。
僕の手を。
握った。
「――白峰殿ッ!」
エレオノーラさんの声。
次の光へ。
剛へ。
手を伸ばした。
剛の大きな手が。
光の中から。
僕の手を掴んだ。
光が砕けた。
澪さんへ。
古賀へ。
シロガネへ。
一つ。
また一つ。
金色の灯が。
茜色の光を、砕いていった。
五人と一頭が。
台地の上に。
戻ってきた。
僕の両手を。
両腕を。
背中を。
肩を。
足元を。
握り。
掴み。
押さえ。
寄り添っていた。
胸の中に。
六つの灯が。
一つになって。
燃えていた。
僕は、振り返った。
鏡の石板を。
その表面の沈みかけた夕日を。
まっすぐに見つめた。
「――灯は、一人のものじゃない」
声が。
台地じゅうに。
響いた。
「――誰かに差し出すものでも、誰かから奪うものでもない」
「――みんなで分かち合うものだ」
「――だから、僕は選ばない。
誰か一人を、帰すことも。
僕一人で帰ることも」
「――みんなで帰る方法を探す。
……それが見つかるまで何年かかっても」
鏡の石板が。
沈黙した。
長い。
長い。
沈黙。
太陽が。
西の山並みの向こうに。
最後の一筋の光を。
残して。
沈んでいった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
最後の光が消えた瞬間。
鏡の石板の表面に。
文字が。
浮かび上がった。
茜色では、なかった。
金色、だった。
――黄昏を越えし者へ。
――第三の誓約を、ここに記す。
――灯は、奪えず。
――ただ、分かつのみ。
そして、その下に。
日本語の文字が。
刻まれていた。
拙い。
震えるような。
石の表面を、何かの刃で、必死に何度も、何度も刻みつけたような。
『遥 ごめん』
『俺たちが 間違ってた』
『灯は 奪うものじゃなかった』
『みんなで 分けるものだったんだ』
『いつか 誰かが ここに来たら』
『遥を 助けてやってくれ』
『――椎名 蒼』
古賀が。
その文字の前に。
膝をついた。
眼鏡を外していた。
両手で顔を覆っていた。
その肩が。
激しく。
震えていた。
「……蒼さん」
古賀の掠れた声。
「……三百年、待ってたんだ……。誰かが、ここに来るのを……」
僕の職業札に。
新しい欄が一行、増えていた。
【職業:勇者(候補)】
【スキル:誓約の灯】
【誓約:銀牙狼シロガネ】
【暁の印:灯は、独りでは燃えず】
【潮の印:真実を分かち合え】
【黄昏の印:灯は奪えず、ただ分かつのみ】
そして。
「候補」の二文字が。
星明かりの下で。
また少しだけ。
薄くなっていた。
背中の布に包んだ、錆びた鉄の剣を。
下ろした。
布を解いた。
錆びたぼろぼろの鉄の剣。
三百年前の遥さんの剣。
その剣を。
鏡の石板の前の。
石の台座の上に。
そっと。
置いた。
「……遥さん」
声が震えた。
「……あなたは今、魔王と呼ばれているのかもしれない。
……三百年、一人で。
胸に空洞を抱えたまま」
台座の上の錆びた剣が。
星明かりを受けて。
鈍く。
光っていた。
「……蒼さんに頼まれました。……あなたを、助けてくれって」
胸のポケットが。
静かに。
熱く。
燃えていた。
「――約束します」
その瞬間。
台座の上の錆びた鉄の剣が。
ほんのわずかに。
金色に。
灯った。
第46話をお読みいただき、ありがとうございます。
この回は、この物語の、根っこの部分でした。
三百年前に、何があったのか。
なぜ、魔王が生まれたのか。
そして、なぜ、魔王は、「灯の候補」を待っているのか。
ここだけの話をすると、一番意識したのは、「誰も悪人ではない」ということでした。
次回、第47話。
第2部、最大の戦いです。




