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【最終章突入】職業「勇者」って言われたのですが、一緒に転移した同級生いわく違うらしい ~正しい職業を知りたい今日この頃~  作者: 有馬 茶
第1部 ~新たな出会いと別れ~

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第22話「最後の夜」

西の塔のてっぺんの、 丸い研究室。

机の上に、 一枚の大きな羊皮紙が広げられていた。

そこに描かれていたのは、 鉄の角を持つ、 巨大なオーガの姿だった。


「――角の、 付け根だ」


古賀が、 羊皮紙の上の、 グラズの頭部を、 指でなぞった。

目の下の隈は、 昨日よりも、 さらに濃くなっていた。

けれど、 その目は、 宿にいた頃よりも、 ずっと、 生き生きとしていた。


「本陣で、 グラズを鑑定したんだ。

 逃げる直前に、 一瞬だけ。

 そのときは、 何が書いてあるのか、 ちゃんと読めなかった。

 でも、 ヴェルダ様に、 魔物の古い記録を見せてもらって、 やっと分かった」


古賀は、 眼鏡を押し上げた。

「グラズの体の魔力は、 全部、 あの鉄の角に集まってる。

 志賀の剣が、 胸で止まったのは、 胸の皮膚に、 角から流れてくる魔力が、 鎧みたいに張り巡らされてたからだ。

 でも、 角の付け根だけは、 魔力の流れの、 出口なんだよ。 そこだけは、 鎧が、 一番薄い」


「角の付け根を、 斬れば……」

「角に集まった魔力が、 一気に、 暴走する。

  そうなれば、 グラズの体は、 もう、 ただの、 でかいオーガと同じだ」


ヴェルダさんが、 ふぇっふぇっと、 喉の奥で笑った。

「大したもんだよ、 この坊やは。

  一晩で、 三百年分の魔物の記録を、 読み通しちまった。

   宮廷魔術師団の連中に、 爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいね」


「……昔から、 読むのだけは、 得意なんで」

古賀は、 少しだけ、 照れくさそうに頭をかいた。


「ありがとう、 古賀」

僕が言うと、 古賀は、 首を横に振った。

「お礼は、 グラズを倒してからでいいよ。 ……それに、 問題が一つある」

「問題?」

「角の付け根は、 グラズの頭の上だ。

 あいつの背丈は、 人の三倍。

 頭の上に剣を届かせるには、 あいつを、 膝まずかせるか、

 誰かが、 あいつの体の上まで、 跳び上がるしかない」


古賀は、 僕の吊った左腕を、 ちらりと見た。

「……今の白峰氏には、 どっちも、 無理だよね」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「――一日だけなら」


治療院の、 薬草の匂いが満ちた小部屋。

澪さんは、 僕の左腕の添え木を、 そっと外しながら、 言った。


「ヴェルダ様と、 相談した。

 私の【調合】で作った、 骨を繋ぐ薬と、 ヴェルダ様の治癒の魔法を、 重ねがけする。

 そうすれば、 一日だけ、 ひびの入った骨を、 無理やり繋ぎ止めておける」


「一日だけ……」

「……一日が過ぎたら、 魔法が切れる。

 無理やり繋いでいた骨が、 元に戻る。

 それどころか、 ひびが、 広がるかもしれない。

 そうなったら、 今度は、 一か月は、 剣を握れない」


澪さんの手が、 止まった。

「……すごく、 痛いと思う。 魔法が切れるとき」


澪さんは、 うつむいていた。

薬草をすり潰す乳鉢を、 両手で、 包むように持っていた。


「……本当は、 したくない」

小さな声だった。

「白峰くんの体を、 無理やり、 戦える体にするなんて。

 薬師の戒律に、 背いてる気がする。

 命を扱う者は、 害をなすなかれ。

 ……一日の後の痛みを分かっていて、 それでも、

   この薬を作るのは、 害をなすことじゃないのかなって」


僕は、 何も言えなかった。


澪さんは、 長い間、 黙っていた。

それから、 ゆっくりと、 顔を上げた。


「……でも。 白峰くんは、 行くんでしょう」

「……うん」

「腕が折れてても。 剣が握れなくても。

  誰かが、 城壁の上で戦ってたら。 白峰くんは、 絶対に、 行く」


「……うん」

「だったら」

澪さんの目に、 涙が、 にじんでいた。

けれど、 その目は、 まっすぐに、 僕を見ていた。

「折れた腕で行かせるより。 治った腕で、 行かせたい。

  それが、 今の私にできる、 精一杯の、 害をなさないこと、 だと思うから」


澪さんは、 乳鉢を、 卓の上に置いた。

それから、 僕の左手を、 両手で、 そっと包んだ。


「その代わり、 約束して」

「なに?」

「一日が終わったら、 必ず、 帰ってきて。

  痛くて、 動けなくなっても。 這ってでも、 私のところに、 帰ってきて」

澪さんの手が、 震えていた。


「……私が、 治すから。

   何度でも。

   一か月かかっても、

   一年かかっても。

   だから、 必ず、 帰ってきて」


僕は、 澪さんの手を、 右手で、 そっと握り返した。

「……約束する。 必ず、 帰ってくる」


胸のポケットが、 ふわりと、 温かくなった。


澪さんは、 しばらく、 僕の手を握ったまま、 動かなかった。

やがて、 ふっと、 小さく息を吐いて、 手を離した。

「……明日の、 夜明け前に、 薬を作る。 それまで、 腕は、 絶対に使わないで」

「うん」

「……それと」

澪さんは、 背を向けた。

「……さっきの。 誰にも、 言わないで。 恥ずかしいから」

その耳が、 真っ赤だった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




その日の夕刻。

王城の正面のバルコニーに、 国王レオンハルトが立った。


眼下の大広場には、 王都じゅうの人々が、 集まっていた。

兵士。

民兵。

避難民。

職人。

商人。

母親に抱かれた、 幼い子どもたち。


王は、 しばらく、 黙って、 人々を見下ろしていた。

夕日が、 その白いものの混じった髪を、 茜色に染めていた。


「――アルセリアの民よ」


王の声は、 決して、 大きくはなかった。

けれど、 静まり返った大広場の隅々にまで、 届いた。


「明日の夜明け、 魔王軍は、 総攻撃を仕掛けてくる。

  攻城塔が、 四基。 魔物が、 一万。

   ……正直に言おう。 余は、 恐ろしい」


大広場が、 ざわめいた。

王が、 民の前で、 「恐ろしい」と言ったのだ。


「三年前、 余は、 息子を失った。

 アルベルトは、 この国の勇者と呼ばれ、 その名を背負ったまま、

 一人で、 北の砦の門の前に立ち、 帰ってこなかった」


王の声が、 わずかに、 揺れた。

「余は、 二度と、 誰か一人に、 この国を背負わせたくはない。

  明日の戦は、 誰か一人の戦ではない。 ここにいる、 すべての者の戦だ」


王は、 大広場を、 ゆっくりと見渡した。


「城壁の上で、 剣を取る者。

 治療院で、 包帯を巻く者。

 厨房で、 鍋をかき回す者。

 子どもの手を引いて、 南の大門へ走る者。

 祈る者。

 歌う者。

  ――そのすべてが、 この国を守る、 盾であり、 剣である」


王は、 胸に、 拳を当てた。


「明日、 共に戦おう。 そして、 共に、 生き延びよう」


一瞬の、 静寂。


それから、 大広場から、 地鳴りのような声が湧き上がった。

王の名を呼ぶ声。

アルセリアの名を呼ぶ声。

そして、 その中に、 混じって。


「候補の勇者様!」

「カップ拾いの勇者様!」

子どもたちの、 甲高い声。


バルコニーの端で、 その光景を見ていた僕の胸のポケットが、 熱くなった。


王が、 振り返った。

目が、 合った。

王は、 小さく、 手招きをした。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




王の私室は、 驚くほど、 質素だった。


簡素な寝台と、 古い木の机。

壁には、 一枚の肖像画が掛けられていた。

金の髪の、 明るい笑顔の青年。

その瞳の色が、 エレオノーラさんと、 よく似ていた。


「アルベルトだ」

王は、 肖像画を見上げて、 静かに言った。

「余に似ず、 よく笑う子だった」


それから、 王は、 僕に向き直った。

「白峰殿。 一つ、 尋ねたい」

「はい」

「この戦が終わったら、 余は、 そなたに、 この国の勇者の称号を、 正式に授けたいと思っている。

 ……受けてくれるか」


僕は、 少しだけ、 考えた。

それから、 首を、 横に振った。


「……ありがたいお話ですが。 お受けできません」

王の眉が、 わずかに動いた。

「なぜだ」

「僕は、 まだ、 候補なので」

僕は、 胸のポケットから、 職業札を取り出した。

「神様に、 候補と書かれた以上、 僕は、 候補なんだと思います。 それに……」

肖像画を、 見上げた。


「称号は、 人を縛ると、 エレオノーラさんに教わりました。

 僕は、 称号に縛られて、 一人で門の前に立つ勇者には、 なりたくないんです。

 みんなに隣に立ってもらって、 みんなで、 生きて帰ってくる。

 そういう、 候補のままでいたいんです」


王は、 長い間、 僕を見つめていた。

それから、 ふっと、 その目元を、 緩めた。

「……娘が、 そなたを信じる理由が、 少し、 分かった気がする」

王は、 僕の肩に、 そっと手を置いた。

「ならば、 称号は授けぬ。 その代わり、 一人の民として、 余も、 そなたを信じよう。

 王としてではなく、 息子を失った、 一人の父親として」


胸のポケットが、 静かに、 熱くなった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆








夜。

王城の鍛冶場に、 槌の音が、 響いていた。


炉の火が、 赤々と燃えていた。

その前で、 王城の鍛冶長が、 汗だくになって、 一振りの剣を、 打ち上げたところだった。


「――仕上がりましたぞ、 殿下」


鍛冶長が、 剣を、 エレオノーラさんに、 両手で差し出した。

エレオノーラさんは、 その剣を、 静かに受け取った。

それから、 僕のほうを向いた。


「……白峰殿。 これを」


差し出された剣は、 銀色に輝いていた。

細身で、 けれど、 しっかりとした重みがあった。

刃の根元に、 小さな、 灯草の花の紋様が、 刻まれていた。


「兄の剣の鋼です」


息が、 止まった。


「霊廟の前に突き立てられていた、 あの折れた剣。

  その鋼を溶かして、 打ち直させました。 父上の、 お許しもいただいています」


エレオノーラさんの声は、 静かだった。


「騎士団から借りた剣は、 灰色峡谷で、 ひびが入ってしまったと聞きました。

 明日、 あなたが振るう剣は、 それでは、 心もとない」

「でも、 これは、 アルベルトさんの……」

「だからです」


エレオノーラさんは、 剣を、 僕の右手に、 そっと握らせた。

その上から、 自分の両手を、 重ねた。

剣だこのある、 温かい手だった。


「兄は、 一人で、 すべてを背負いました。 この剣は、 兄が一人で背負ったものの、 重さです」

青い瞳が、 まっすぐに、 僕を見つめていた。


「その重さを、 今度は、 あなたに、 預けます。

 あなたなら、 一人で背負わずに、 みんなと、 分かち合ってくれるから。

 ……兄が、 できなかったことを、 あなたなら、 してくれるから」


僕は、 剣を、 見つめた。

刃の根元の、 灯草の花の紋様。

冬の雪の中でも、 小さな灯りのように咲き続ける、 白い花。


「……お預かりします」

声が、 少しだけ、 かすれた。

「アルベルトさんの重さも。 エレオノーラさんの想いも。 一人じゃなく、 みんなで、 背負います」


エレオノーラさんの手が、 僕の手の上で、 小さく、 震えた。

それから、 そっと、 離れた。


「……明日は、 わたくしが、 あなたの右隣に立ちます」

エレオノーラさんは、 そう言って、 少しだけ、 微笑んだ。

「左隣は、 あの銀色の狼に、 譲って差し上げます」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




最後の夜は、 静かに、 更けていった。


東門では、 剛とローデリヒさんが、 門扉の前に、 並んで座っていた。

「おい、 大河内。 明日、 門が破られたら、 どうする」

「難しいことは分からんですが。 門が破られたら、 俺が、 門になります」

「はっはっは! いい答えだ!」


厨房では、 美咲さんとボルグさんが、 夜通し、 握り飯を握り続けていた。

「明日の朝ご飯、 一万人分よ。 ちゃんと、 みんなに、 温かいものを食べさせてあげなきゃ」

「……副料理長の言うことは、 だいたい正しい」


北の城壁の上では、 三枝さんが、 結界師団の魔術師たちと一緒に、 星空を見上げていた。

「わ、 私……明日、 ちゃんと、 結界、 張れるかな……」

「張れるさ。 あんたは、 もう、 立派な結界師だよ」

ヴェルダさんが、 三枝さんの肩を、 杖の先で、 こつんと叩いた。


王城の鐘楼のてっぺんでは、 奏さんが、 竪琴を抱えて、 王都の夜景を見下ろしていた。

その隣に、 古賀が、 羊皮紙の束を抱えて、 座っていた。

「ヴェルダ様の拡声の魔法を、 この鐘楼に仕掛けたって。

   明日、 ここで歌えば、 王都じゅうに、 声が届くらしいよ」


「いいね、 それ。 歌になる」

奏さんは、 竪琴の弦に、 そっと指を置いた。

「明日の歌は、 もう、 決めてあるの。

  ハルトくんの歌。 でも、 ハルトくん一人の歌じゃない。 この国の、 みんなの歌」


王城の厩舎では、 一人の若者が、 藁の上に座り込んでいた。

十三歳の厩番の少年が、 その隣で、 馬の蹄の手入れの仕方を、 教えていた。

「――で、 ここを、 こう、 削るんです。

 馬が嫌がったら、 すぐにやめて、 首を撫でてあげてください」


「……こう、 か」

「そうです。 上手ですね、 健吾さん」

「……上手じゃねえよ。 ……でも、 ありがとな、 ピート」

小田切は、 馬の首を、 ぎこちない手つきで、 そっと撫でた。

馬は、 嫌がらずに、 鼻を鳴らした。


そして、 治療院の小部屋では。

澪さんが、 一晩じゅう、 乳鉢で、 薬草をすり潰し続けていた。

ごり、 ごり、 と、 規則正しい音が、 夜明けまで、 途切れることなく、 響いていた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆








夜明け前。


北の城壁の上に、 僕は立っていた。


左腕は、 澪さんの薬と、 ヴェルダさんの魔法で、 一日だけ、 繋がっていた。

右手には、 アルベルトさんの鋼で打たれた剣。

右隣に、 エレオノーラさん。

左隣に、 シロガネ。


胸のポケットから、 職業札を取り出した。


【職業:勇者(候補)】

【スキル:誓約の灯】

【誓約:銀牙狼シロガネ】


炎の紋様は、 もう、 札の表面の半分以上を、 覆い尽くしていた。

その芯は、 はっきりと、 金色に輝いていた。


そして。

「候補」の二文字が。

夜明け前の薄明かりの中で、 確かに、 薄くなっていた。

焚き火のせいでも、 月のせいでもなかった。

透き通るように、 淡く、 消えかけていた。


「……勇者様」

エレオノーラさんが、 小さく言った。

その目も、 札の上の、 薄れかけた二文字を、 見つめていた。

「その文字が、 消えたら……」

「……分かりません」

僕は、 札を、 胸のポケットに戻した。

「でも、 消えても、 消えなくても。 やることは、 同じです」


北の地平線が、 白み始めた。


魔王軍の陣の中で、 四基の巨大な影が、 ゆっくりと、 動き出した。

木の骨組みに、 獣の皮を張った、 攻城塔。

その一基一基を、 何十体ものオーガが、 押していた。

地響きが、 城壁の上にまで、 伝わってきた。


そして、 その攻城塔の後ろに。

鉄角のグラズが、 立っていた。

三日前と同じように。

赤い目で、 じっと、 僕を見ていた。


――今度こそ、 だ。


その目が、 そう言っていた。


僕は、 剣を、 握りしめた。

「……うん。 今度こそ、 だね」

第22話をお読みいただき、 ありがとうございます。

決戦前夜のお話でした。


まもなく一部もフィナーレ。次回、 第23話。

いよいよ、 王都大侵攻、 本番です。

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