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【最終章突入】職業「勇者」って言われたのですが、一緒に転移した同級生いわく違うらしい ~正しい職業を知りたい今日この頃~  作者: 有馬 茶
第1部 ~新たな出会いと別れ~

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第14話「それぞれの備え」

王都が、 変わり始めた。


城壁の上に、 石と油の樽が運び上げられていく。

大通りには、 鍛冶屋の槌音が、 朝から晩まで鳴り響いている。

広場では、 志願した民兵たちが、 騎士の指導のもとで、 槍の構えを教わっていた。

北から逃れてきた避難民の天幕が、 城壁の内側の空き地を、 少しずつ埋めていく。


それでも、 王都の人々は、 パンを焼き、 店を開け、 子どもを育てていた。

いつもどおりを、 必死に続けていた。


――怯えて立ち止まれば、 それだけで国は死んでしまいますから。


初めて城下を歩いた日の、 エレオノーラさんの言葉が、 何度も頭をよぎった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「――はい、 次! 塩漬け肉の樽は、 地下の三番倉庫へ! 乾パンは二番! ちゃんと、 日付の札を付けてね!」


王城の厨房の裏手で、 美咲さんの声が響いていた。

荷車から次々と降ろされる食料の樽や袋を、 料理人たちが、 手際よく倉庫へ運び込んでいく。


「籠城になったら、 一番最初に足りなくなるのは、 食べ物なの」

美咲さんは、 帳面に何かを書き込みながら、 僕に言った。

「十万人が、 一日三食。 それを、 何日分用意できるか。

  どの順番で食べていくか。 傷みやすいものから先に、 日持ちするものは後に。

   それをちゃんと決めておかないと、 魔物より先に、 飢えに負けちゃうから」


「美咲さん、 すごいね。 そういうの、 どこで覚えたの」

「実家が、 定食屋なの。 毎朝、 市場で仕入れて、 在庫を見て、 献立を決めて。

  小さい頃から、 ずっと手伝ってたから」

美咲さんは、 少しだけ照れくさそうに笑った。

「それにね、 料理人のスキル。 【味覚】と【火加減】だけじゃなかったの。

  最近、 【献立】っていうのが増えたのよ。

   食材と人数を見ると、 何をどれだけ作れば、 みんながちゃんと食べられるか、

    頭の中に浮かんでくるの」


熊のような料理長のボルグさんが、 大鍋を担いで通りかかった。

「料理人の娘っこの言うことは、 だいたい正しい」

ぼそりと言って、 また、 黙々と鍋を運んでいく。

美咲さんが、 くすくすと笑った。

「ボルグさんね、 最近、 あたしのこと『副料理長』って呼んでくれるのよ。

  本人の前では、 絶対に言わないけど」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




治療院は、 隣の古い倉庫を借り受けて、 二倍の広さになっていた。


「……包帯は、 こう。 傷口に直接当たる最初の一巻きは、 必ず、 煮沸したものを使ってください。 二巻き目からは、 少し、 きつめに」

大広間の真ん中で、 澪さんが、 二十人ほどの女性たちに囲まれていた。

城下から集まってきた、 志願者たちだった。

パン屋のおかみさん。

仕立て屋の娘さん。

子育てを終えた、 年配の女性たち。

皆、 真剣な顔で、 澪さんの手元を見つめている。


「戦が始まったら、 怪我人は、 何百人と運ばれてくると思います。

  私と、 マルタさんたちだけでは、 とても手が足りません。

   だから……皆さんに、 手伝ってほしいんです」


澪さんは、 一人ひとりの顔を見ながら、 ゆっくりと言った。

いつもの澪さんよりも、 ずっと、 言葉が多かった。

「難しいことは、 しなくていいです。

  包帯を巻いて、 水を飲ませて、 手を握ってあげてください。

   それだけで、 助かる人が、 たくさんいます」


女性たちが、 一斉にうなずいた。


講習が終わった後、 マルタさんが、 僕の隣に来て、 小さく笑った。

「澪さん、 変わりましたね」

「え?」

「最初の頃は、 患者さんに話しかけるのも、 一言か二言でした。 今は、 ああして、 二十人の前で、 自分の言葉で話している」

マルタさんは、 遠くの澪さんを、 目を細めて見つめた。

「手の優しい人は、 いずれ、 口も優しくなるものです。 誰かを守りたいと思ったとき、 人は、 言葉を覚えるのですよ」


澪さんが、 こちらに気づいて、 小さく手を振った。

僕が手を振り返すと、 澪さんは、 ほんの少しだけ、 頬を赤くして、 また包帯の山に向き直った。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




夕暮れの大広場に、 竪琴の音が響いていた。


広場の噴水の縁に腰かけて、 奏さんが歌っていた。

その周りに、 たくさんの人が集まっていた。

避難民の子どもたち。

荷運びの手を休めた職人たち。

槍の稽古を終えた民兵たち。


けれど、 今日の歌は、 勇者の歌ではなかった。


「――鐘が三つ鳴ったら、 南の大門へ。

赤い旗の下に、 並んでおいで。

お年寄りと子どもは、 先に船へ。

手をつないで、 走らずに、 歩いておいで――」


明るく、 覚えやすい、 弾むような旋律。

子どもたちが、 手を叩きながら、 一緒に口ずさんでいる。


「避難の手順を、 歌にしたんだって」

いつの間にか隣に来ていた剛が、 腕を組んで言った。

「バルトロのおっさんが作った避難の手引き、 字が読めない人も多いだろ。

  だから、 奏が、 歌にして覚えてもらうんだと。

   鐘の数で、 どこに逃げるか、 誰が先か。 全部、 歌詞に入ってる」


「……すごいな、 奏さん」

「あいつの歌は、 一回聞いたら忘れねえからな」


歌が終わると、 子どもたちが、 「もう一回!」とせがんだ。

奏さんは、 ふわりと笑って、 また、 竪琴の弦に指を置いた。

それから、 広場の端にいる僕たちに気づいて、 小さく唇を動かした。


――いいね、 それ。 歌になる。


「……ところで、 剛は? 守備隊のほうは」

「おう。 東門の守備に、 正式に配属された」

剛は、 分厚い胸を、 拳で叩いた。

「東門は、 北からの街道が、 まっすぐぶつかる門だ。

  魔王軍が来たら、 一番最初に、 一番たくさん、 押し寄せてくる。

   隊長に、 『お前は東門の壁になれ』って言われた」


「……一番、 危ない場所じゃないか」

「だからだろ」

剛は、 にっと笑った。

「重騎士の戒律、 覚えてるか。 『守るべきものの前に立て』だ。

  東門の後ろには、 東区の連中がいる。

   トマスが名簿を作ってくれた、 あの東区だ。

    難しいことは分からんが、 俺が立つ場所は、 そこしかねえよ」


夕日が、 剛の大きな背中を、 茜色に染めていた。

僕は、 何も言えずに、 ただ、 その背中を見つめていた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




そして、 僕は。


「――遅い!」


ガルドさんの木剣が、 僕の脇腹を、 正確に打ち据えた。

石畳の上を、 転がる。

起き上がる間もなく、 今度は、 エレオノーラさんの木剣が、 喉元に突きつけられた。


「二対一で、 稽古をつける」

三日前、 ガルドさんは、 そう宣言した。

「戦場では、 敵は一体ずつ来てはくれん。

  二方向から、 三方向から、 同時に来る。 それを、 体で覚えろ」


夜明けから、 昼まで。

昼から、 日暮れまで。

日暮れからは、 城下の名簿作り。

そして、 夜更けに、 また素振り。

体じゅうが、 軋んでいた。

けれど、 不思議と、 倒れることはなかった。


「……一つ、 聞いていいですか」

休憩の合間、 井戸の水を頭からかぶりながら、 僕は二人に尋ねた。

「誓約の灯を、 自分の意思で使うことは、 できないんでしょうか」

ガルドさんと、 エレオノーラさんが、 顔を見合わせた。


「ハルン村でも、 決闘でも、 火が燃え上がったのは、 誰かが声を上げてくれたときでした。

  僕が、 使おうと思って使えたことは、 一度もないんです」


職業札を取り出す。

炎の紋様は、 手のひらの半分ほどの大きさで、 静かに揺らめいていた。

「戦が始まったら、 いつも誰かが声を上げてくれるとは限りません。 だから、 少しでも、 自分で」


「……やめておけ」

ガルドさんが、 低く言った。

「え?」

「その火は、 お前のものであって、 お前のものじゃない。 ヴェルダの婆さんは、 そう言ったんだろう」

「……はい」

「なら、 無理に引き出そうとするな。

  他人から預かったものを、 自分の都合で、 好き勝手に使おうとする奴は、

  いずれ、 その他人を、 道具だと思うようになる」


ガルドさんは、 木剣を肩に担いだ。

「お前がやるべきことは、 火がなくても戦える剣を、 身につけることだ。

  火は、 その上に乗るもんだ。 土台がなけりゃ、 どんな火も、 すぐに燃え尽きる」


エレオノーラさんが、 小さくうなずいた。

「わたくしも、 同じ意見です。

 あなたの剣は、 この二か月で、 見違えるほど強くなりました。

 火がなくとも、 見習い騎士となら、 十分に渡り合える」


それから、 少しだけ、 声を落とした。

「……それに。 その火を、 道具のように使うあなたは、 見たくありませんので」


僕は、 札を、 そっと胸のポケットに戻した。

「……分かりました。 ありがとうございます」

「よし。 なら、 休憩は終わりだ」

ガルドさんが、 にやりと笑った。

「もう百本、 二対一だ」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆








その夜も、 僕は、 ギルドの厩舎に向かった。


あの日、 小田切に「出ていけ」と言われてから、 毎晩、 欠かさずに通っていた。

小田切が酒場で酔い潰れている時間を見計らって。

厩舎番の老人には、 最初の夜に事情を話して、 頭を下げた。

老人は、 何も言わずに、 裏口の鍵を開けておいてくれるようになった。


鉄格子の前に、 腰を下ろす。

魔狼は、 もう、 僕の足音だけで、 顔を上げるようになっていた。

首輪の痛みに耐えながら、 鉄格子のそばまで、 這ってくる。

僕の手から、 肉を食べる。

僕が傷の手当てをする間、 じっと、 金色の瞳で、 僕を見つめている。


けれど、 その夜。

厩舎の中に、 先客がいた。


「……どうも、 お初にお目にかかります」

暗がりから、 粘りつくような声がした。

ランプの灯りの中に、 一人の男が、 ゆっくりと姿を現した。

痩せぎすの体に、 上等だが、 どこか着崩れた外套。

油で撫でつけた黒髪。

指には、 いくつもの指輪が、 鈍く光っていた。

「ザイルと申します。 しがない、 商人でございますよ」


ザイル。

古賀から聞いた名前だった。

小田切に、 隷属の首輪を売った、 闇商人。


ザイルの隣に、 小田切が立っていた。

酒の匂いは、 しなかった。

けれど、 その顔は、 ひどく、 やつれていた。

「……なんで、 いんだよ、 委員長」

小田切が、 苛立たしげに吐き捨てた。


「小田切。 その人と、 何の話を」

「関係ねえだろ」

「この子のことなら、 関係ある」

僕は、 鉄格子の前に立った。

ザイルが、 にたり、 と笑った。

「いえいえ、 大した話ではございません。

  こちらの旦那が、 少々お金にお困りのようでしてね。

   銀牙狼の毛皮と牙は、 好事家の間で、 なかなかの値で取引されるのですよ。

    生きたままより、 よほど高く」


背筋が、 凍りついた。


「……売る、 つもりなのか」

僕は、 小田切を見た。

「この子を……殺して、 毛皮にして」

「仕方ねえだろ!」

小田切が、 叫んだ。


「違約金で、 金、 全部取られたんだよ!

 宿代も払えねえんだよ!

 こいつ、 首輪で縛っても、 全然強くならねえし!

 戦わせても、 すぐ怪我するし!

 餌代ばっかかかって、 何の役にも立たねえんだよ!」


鉄格子の向こうで、 魔狼が、 小さく、 身を縮めた。


「……だったら、 僕に譲ってくれ」

僕は、 懐から、 革袋を取り出した。

王国から毎月もらっている、 支度金。

ほとんど手をつけずに、 貯めてきたものだった。

「毛皮の値段と同じだけ、 払う。 足りなければ、 来月の分も、 その次の分も。 だから」


小田切は、 革袋を見た。

それから、 僕の顔を見た。

その顔が、 ゆっくりと、 歪んでいった。


「……は?」

「小田切」

「ふざけんなよ……。 委員長に、 売るくらいなら……」

小田切の声が、 震えていた。

怒りなのか、 屈辱なのか、 それとも、 別の何かなのか。

「委員長にだけは、 絶対、 売らねえ」


ザイルが、 肩をすくめた。

「おやおや、 これは困りましたな。 では、 旦那、 例のお話は――」


そのとき、 だった。


厩舎の入り口から、 甲冑の擦れる音がした。

二人の衛兵が、 槍を携えて、 立っていた。

「――ここで、 何をしている」

衛兵の一人が、 ランプを掲げた。

その光が、 ザイルの顔を、 まともに照らし出した。

ザイルの顔から、 一瞬で、 笑みが消えた。


「ギルドの厩舎に、 夜分、 部外者の出入りがあると、 宰相府から見回りを命じられている。 貴様、 何者だ」

「い、 いえいえ、 わたくしは、 ただの通りすがりの……」

ザイルは、 じりじりと後ずさりした。

そして、 次の瞬間、 外套を翻して、 厩舎の裏口から、 闇の中へと駆け出していった。

「待て!」

衛兵の一人が、 その後を追う。


残った衛兵が、 僕と、 小田切を、 交互に見た。

それから、 鉄格子の向こうの魔狼に、 目をやった。

魔狼の首には、 普通の、 茶色い革の首輪が巻かれていた。

その継ぎ目から漏れる、 かすかな赤い光に、 衛兵が気づいたかどうかは、 分からなかった。


「……勇者殿」

衛兵は、 僕に向かって、 小さく会釈をした。

「宰相閣下より、 言伝がございます。

 『縛られた獣が、 主以外の誰に心を許すかまでは、 法は何一つ定めておりませんので、 どうぞご随意に』と」

衛兵は、 それだけ言うと、 もう一人の衛兵の後を追って、 厩舎を出ていった。


厩舎の中に、 静寂が戻った。


小田切は、 呆然と、 立ち尽くしていた。

やがて、 唇を噛みしめて、 僕を睨みつけた。

「……全部、 お前の差し金かよ」

「違う。 僕は、 何も」

「うるせえ!」

小田切は、 鉄格子を、 拳で殴りつけた。

魔狼が、 びくりと体を震わせた。


「見てろよ……。 もうすぐ戦争なんだろ。

 そこで、 こいつを使って、 でかい手柄を立ててやる。

 そしたら、 金なんか、 いくらでも入ってくるっしょ。

 テイマーは、 魔物さえいれば、 最強の軍団なんだよ。

 委員長なんかに、 オレの従魔を、 渡してたまるかよ」


小田切は、 足音荒く、 厩舎を出ていった。


僕は、 しばらく、 その場に立ち尽くしていた。

それから、 鉄格子の前に、 ゆっくりと腰を下ろした。


魔狼が、 這うようにして、 近づいてきた。

首輪の痛みに、 小さく呻きながら。

鉄格子の隙間から、 鼻先を、 僕の手のひらに押しつけた。


「……怖かったね」

僕は、 その鼻先を、 そっと撫でた。

「ごめん。 まだ、 その首輪を、 外してあげられない」


魔狼は、 何も答えなかった。

ただ、 金色の瞳で、 じっと、 僕を見つめていた。


その毛並みは、 汚れていても、 ランプの灯りを受けて、 かすかに、 銀色に光っていた。

冬の月のような、 冷たくて、 けれど、 どこか優しい、 銀色。


「……シロガネ」

気がつくと、 口にしていた。

「勝手に、 そう呼んでもいいかな。 小田切がつけた名前は、 君には、 似合わないと思うから」


魔狼の耳が、 ぴくりと動いた。


それから、 ほんのわずかに。

本当に、 ほんのわずかに。

その尾が、 藁の上で、 一度だけ、 揺れた。

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