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他サイトで300万PV突破! 無能と蔑まれた能力値1の転生した元社畜のオッサンが、地球知識で爆鳴魔法を編み出し、常識を変える!  作者: だい


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第84話:妖精スーと、遥かなるヴェレツケール

「……ヴェレツケール語?」


 切り落とされた羽を引きずりながら、小さな妖精は不思議そうに首を傾げてそんな単語を口にした。

 俺とザラは、完全に言葉を失って立ち尽くしていた。

 言葉が通じた。その奇跡のような事実に安堵するよりも先に、彼女の口から出た『ヴェレツケール』という全く聞き覚えのない名詞が、俺たちの思考を停止させたのだ。


「ヴェレツケール……? それは、今俺たちが話しているこの言葉のことか?」

「そうよ。貴方たち、もしかして自分が何語を話してるかも分からないの?」

 妖精が拍子抜けしたような、のほほんとした口調で答えたその時だった。


「ケント、話は後だ」

 ザラが鋭い声で空気を引き締め、血だまりの中の賊たちを一瞥した。

「これだけの血を流したんだ。匂いを嗅ぎつけて、別の魔物や賊の増援が来るかもしれない。それにこの直射日光だ。長居すれば干からびるぞ。すぐにここを離れる」

「っ……ああ、そうだな。すまん」


 俺はハッと我に返り、小さく息を吐き出した。

 妖精との対話も、俺が人を斬れなくなってしまったという深刻な『呪い』の問題も、今は一旦保留だ。この灼熱の荒野で生き抜くためには、まず安全な場所と物資を確保しなければならない。


「物資の回収は私がやる」

 ザラはそう言うと、手早く賊たちの死体から有用なものを剥ぎ取り始めた。

 彼女の動きは、長年裏の危険な依頼や魔物討伐をこなしてきたベテラン冒険者そのものだった。血に濡れた賊の革鎧を探り、腰に下げられていた革袋や、乾燥した肉の塊のような保存食、そして何より貴重な『水』が入った水袋を次々と回収していく。

 この世界には、物語に出てくるような便利な『収納魔法』など存在しない。ノキアから持ってきた俺たちの水筒も、すでに容量の限界が見えていた。この灼熱の荒野で生き抜くためには、敵の物資を奪うことは絶対条件だ。


 ザラが死体を漁っている間、俺は深呼吸を繰り返し、まだ僅かに震える両手を強く握りしめた。

「……情けねえな、本当に」


「ケント、終わったぞ」

 ザラが両手に大量の荷物を抱えて戻ってきた。

「水はしばらく持つだけの量が確保できた。食料も、塩漬けの肉らしきものがある。それと、この子はかごに戻した方が運びやすいだろう」

 ザラが視線を落とした先には、先ほどの鳥かごの中で大人しく丸まっている妖精の姿があった。

「ああ。ひとまず、ここから離れよう。日差しを避けられる場所を探す」


 俺たちは奪った騎獣に荷物を括り付け、手綱を引きながら渓谷の底を歩き出した。

 容赦なく照りつける太陽が、赤茶けた大地をオーブンのように熱している。インナーバフで体温を調節していても、じわじわと体力が削られていくのが分かった。

 しばらく歩くと、崖が大きくせり出し、深い影を作っている岩陰を見つけた。外の熱波が嘘のようにひんやりとした空気が溜まっている。


「ここなら休めそうだな」

 俺たちは騎獣を岩陰に繋ぎ、ザラが周囲の警戒を固める間に、俺は妖精の入った鳥かごを平らな岩の上に置いた。

 かごの扉を開けると、妖精は再び微かに目を開けたが、依然としてぐったりとしている。切り落とされた羽の傷口は痛ましく、極度の衰弱と脱水症状が見て取れた。


「かなり弱ってるな。……ちょっと待ってろ」

 俺は賊から奪った革袋ではなく、ノキアから持参していた清潔な水筒を取り出した。それを、大きめの木の実の殻のような形をした賊の器に並々と注ぎ入れる。

「ほら、水風呂だ。汚れを落として、まずは水を吸え」


 俺が器を近づけると、妖精はふらつく足取りでかごから這い出し、自ら身につけていたボロボロの布切れを器用に脱ぎ捨てた。そして、小さな裸のまま、ちゃぽんと水の中に飛び込んだ。

「ぷはぁーっ……! 生き返るぅ……!」

 高く澄んだ声が響く。彼女は水風呂に浸かりながら、全身で水分を吸収しているようだった。


「水だけじゃ体力は戻らないだろ。これも食うか?」

 俺は荷物袋の奥から、油紙に包まれた小さな塊を取り出した。

 それは、ニナが「おやつに持って行きなさい」と持たせてくれた、ニナ謹製の高級ドライフルーツだった。本来ならダンジョン探索のちょっとした休憩に俺とザラで食べるつもりだったものだ。

 俺はナイフでドライフルーツをごく小さく、妖精の口に入るサイズに切り分け、水風呂の縁に並べてやった。


「なにこれ……? あむっ」

 妖精は小さな手でフルーツの欠片を摘み、口に放り込む。

 その瞬間、彼女の瞳がパァァァッ!と星のように輝いた。

「あ、あ、甘ぁぁぁぁい!! なにこれすっごく美味しい! 私、何百年も生きてるけど、こんなに美味しい食べ物初めて!!」

 彼女はもう水風呂に浸かっているのも忘れ、縁に身を乗り出して、小さなハムスターのように猛烈な勢いでドライフルーツを頬張り始めた。

 先ほどまでの殺伐とした死闘が嘘のような、あまりにも長閑な光景だった。


「……ふふっ」

 ずっと張り詰めていたザラの口から、思わず小さな笑い声が漏れた。

 俺も、呆れながらも頬が緩むのを感じた。言葉が通じない異民族に殺されかけ、俺自身も人を斬れないという呪いに直面してどん底まで落ち込んでいた心が、この小さな生き物の無邪気な姿に少しだけ救われた気がした。


「ふぅー、お腹いっぱい。あ、お水もありがとね」

 すっかり元気を取り戻した妖精は、器から上がると、パタパタと水滴を振り払い、ザラが差し出した清潔な布の切れ端をマントのように羽織った。

「私、スーリルサミュケニューラーポサルールー。あなたたちは?」

「俺はケントだ。こっちはザラ。……悪いが、名前が長すぎる。スーでいいか?」

「うん! みんなそう呼ぶから、スーでいいわよ、ケント、ザラ!」


 屈託のない笑顔を見せるスーに、俺は少し前のめりになって本題を切り出した。

「スー。お前が俺たちの言葉を理解できることにも驚いたが、まずはここがどこなのか教えてくれないか? 俺たちは突然、見知らぬ場所から転移させられてきたんだ」

「ふーん、転移の罠にでも掛かったのね。ここはね、『ハーン国』よ」

「ハーン国?」

 聞いたこともない国名だった。俺はザラと顔を見合わせたが、ザラも首を横に振る。


「そう。たくさんの部族が集まった大きな国なの。ずっと昔から、『大いなる王』っていう世襲の王様が治めていて、みんな平和に暮らしてたんだけどね……」

 スーの小さな顔が、少しだけ曇った。

「少し前から、ハーン国で一番戦力が大きくて好戦的な『ヤーマン族』っていう部族が反旗を翻したの。大いなる王の軍隊とヤーマン族が戦争を始めて、今は国中が戦国時代みたいな大混乱になっちゃってるのよ。さっきあなたたちを襲ったのも、ヤーマン族の斥候ね」


「なるほど。だからあんなに殺気立っていたのか」

 ザラが腕を組み、険しい顔で頷いた。

 言葉が通じないのは当然だ。ここは俺たちの知る世界――ノキア王国やウル帝国のある大陸とは、文化も言語も根本的に異なる場所なのだ。


「スー、お前はさっき俺たちの言葉を『ヴェレツケール語』だと言ったな。それはどういうことだ?」

 俺の問いに、スーは布の端を握りしめながら、昔話を語るようなのんびりとした口調で答えた。

「ヴェレツケールっていうのはね、あなたたちが住んでいる大陸の古い呼び名よ。……ノキアとか帝国とかは知らないけどね。私や私の仲間たちは、何万年も前に、ヴェレツケールの人たちが作った魔法の装置に乗って、このハーン国にやってきたの」

「何万年も前……!?」

 俺は息を呑んだ。学園のダンジョンにあったあの地下遺跡は、何万年も前にこの世界を渡った超古代文明の遺物だったというのか。

「私、その時に当時のヴェレツケール人から地図を見せてもらったから、あなたたちの国の場所も覚えてるわ。地面に描いてあげる」


 スーは足元の乾いた土に、器用に木の枝で地図を描き始めた。

 それは、巨大な海を隔てた二つの大きな大陸の図だった。

「ここがハーン国。で、あなたたちのヴェレツケール国が、ここ」

「……冗談だろ」

 俺は絶句した。

 スーが示した二つの大陸の距離は、俺の前世の地球の感覚で言えば、ヨーロッパとオーストラリアほどの絶望的な距離が離れていた。


「船を作っても、海が荒すぎて絶対に行けないわ。私たちが空を飛んでも、途中で力尽きて海に落ちるくらいの距離よ」

 スーの言葉に、俺とザラの間に重い沈黙が落ちた。

 収納魔法すらない俺たちが、この未知の大陸で食料と水を確保しながら、ヨーロッパからオーストラリアまでの距離を船で渡るなど、物理的に不可能だ。このままでは、一生ノキアには帰れない。ルミナス領で待つセリーナや、シーナ、クロエ、そして生まれたばかりのクリスの顔が脳裏をよぎり、胸が締め付けられるような焦燥感が湧き上がった。


「じゃあ、俺たちはどうやって帰ればいい……!」

 俺が悲痛な声を上げたその時、スーは首を傾げて、あっけらかんと言い放った。

「え? でもあなたたち、装置で転移してきたんでしょ?」

「ああ。遺跡の扉をくぐったら、ここにいた」

「だったら簡単じゃない。こちらへ来る便があったなら、ハーン国からヴェレツケール国へ帰るための『ヴェレツケール行きの装置』も絶対にあるはずよ。装置を起動するための『鍵』さえ見つければ、一瞬で帰れるわ」


「帰りの装置……!」

 その言葉は、絶望の淵に突き落とされた俺たちにとって、唯一にして最大の希望の光だった。

「だが、その鍵とやらはどこにあるんだ? 俺たちはこの国の言葉すら分からないんだぞ」

「だから、私がいるんじゃない!」

 スーは立ち上がり、小さな胸を張った。

「あなたたちには命を助けてもらったし、美味しいフルーツも貰ったもの。通訳は私に任せて! この国で鍵のありかを知っているとしたら、大いなる王か、あるいはヤーマン族の族長くらいのものよ。私が色んな部族から情報を集めてあげる」


 スーはそこで一度言葉を切り、少しだけ恥ずかしそうにもじもじと身をよじった。

「それにね……私、ヤーマン族に捕まってひどい目に遭ったから。羽が生え変わるまでは飛べないし、一人じゃ危ないの。だから、私が通訳する代わりに……私のこと、守ってね?」

 上目遣いでそう言ってくる妖精に、俺は毒気を抜かれたように息を吐き出した。

「……やれやれ。いいだろう、取引成立だ」

「よろしく頼む、スー」

 ザラも微かに口角を上げ、頷いた。


 俺たち異邦人の狂犬と戦女神、そして小さな通訳の妖精。

 奇妙な三人組のパーティーが、ここに結成された。

 帰還の『鍵』を探すための、この過酷な長旅が、今幕を開けたのだ。

【おしらせ:唐突に新連載始めました!】




いつも本作を応援いただき、本当にありがとうございます!


このたび、箸休めな新作を立ち上げてしまいました!




『おっさん、異世界で魔法を覚える。そして嫁連れて帰ってきちゃった。昭和に…』


https://ncode.syosetu.com/n5921mi/




100年分の魔法と最愛の嫁を抱えたおっさんが、1980年代の日本や世界をのんびり(時に過激に)謳歌する、気ままな逆転帰還ファンタジーです!


本作の更新の合間に、ぜひこちらの夫婦漫才も覗きに来てやってください!

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