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他サイトで300万PV突破! 無能と蔑まれた能力値1の転生した元社畜のオッサンが、地球知識で爆鳴魔法を編み出し、常識を変える!  作者: だい


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閑話:名もなき棘たちの弔鐘

フェナブから帝都へと向かう荷馬車の荷台は、ひどくカビ臭く、車輪が石を拾うたびに容赦なく背中や尻を打ち付けた。

 干し草の上に雑魚寝しながら、薄暗い幌の天井を見つめ続ける二人の男女。

 彼らの間にあるのは、奇妙な静寂と、時折交わされるひどく乾いた会話だけだった。


「……なるほどな。目の前で夫と赤ん坊をノキア兵じゃなく、通り道の帝国兵に面白半分に殺されたってわけか。そりゃあ、帝国軍を憎むわな」

「あなただって同じでしょう。ノキアに家族を殺されて、戦後処理の責任を取らされて帝国から男爵の地位と領地を奪われた。ノキアよりも、自分たちを見捨てて尻尾を切り捨てた帝国を恨んでる」


 元・帝国男爵の青年であるユージンと、マセックの寒村で家族を奪われた農婦のナギ。

 生い立ちも、育ちも、本来なら口を利くことすらあり得ない身分差の二人は、ただ『帝国への呪い』という一点のみで結びついた道連れだった。

 数日間に及ぶ帝都への長旅の中で、二人はぽつり、ぽつりと互いの身の上を語り合った。だが、そこに涙を流して同情し合うような劇的な共感はない。ただ「なるほど、お前はそういう理由で死にに行くのか」という、冷めきった一定の理解があるだけだった。

 どちらの魂も、とうの昔に焼き尽くされ、灰しか残っていないのだ。他人の痛みに寄り添うような熱など、残っているはずもなかった。


「あーあ」

 ユージンが、干し草を枕にしながら天井に向かってふっと息を吐いた。

「俺、ずっと領地の維持とか剣の稽古ばっかりで、女の手すらまともに握ったことなかったんだよな。どうせ死ぬなら、一回くらい可愛い女とキスくらいしとくんだったぜ」

 自嘲気味なユージンの軽口に、ナギは冷ややかな視線を向けた。

(……馬鹿みたい。どいつもこいつも、男はそんなことばっかり。さっさと死ねばいいのに)

 ナギは心の内で吐き捨て、幌の隙間から見える灰色の空へと視線を戻した。二人の間に、それ以上の会話は生まれなかった。



 数日後。

 帝都の夜は、フェナブの港町とは比べ物にならないほど眩く、そして喧騒に満ちていた。

 目抜き通りの奥にそびえ立つ、豪奢な石造りの迎賓施設。今夜、ここでは帝国軍の将校や貴族たちが集まる大規模な祝賀会が開かれていた。

 警備は厳重を極めていたが、ユージンが隠し持っていた男爵家の身分証と、なけなしの金貨で買収した裏口の門番によって、二人はあっさりと厨房の下働きとして潜り込むことに成功していた。


 熱気と香辛料の匂いが充満する厨房の裏手で、粗末な給仕服に着替えた二人は、料理の乗った銀盆を手に会場へと歩みを進めた。

 分厚い扉の向こうからは、優雅なオーケストラの演奏と、グラスが触れ合う上品な音が響いてくる。

 ナギは、エプロンの下に隠し持った物理発火式の爆弾の重みと、太ももに括り付けたナイフの冷たさを感じながら、深く息を吸い込んだ。


(……殺す。一人でも多く、帝国の軍人どもを道連れにしてやる)


 扉を抜け、煌びやかなメインホールへと足を踏み入れた瞬間、ナギはその光景の華やかさに一瞬だけ目を眩ませた。

 シャンデリアの眩い光。色とりどりのドレス。そして、憎き帝国軍の豪奢な軍服に身を包んだ男たち。

 ナギの視線が、ホールの中央、ひときわ警備の厚い貴賓席へと向いた。そこに座っているのは、胸に無数の勲章を下げた初老の男――モウデック公爵と、彼の派閥に属する将校たちだった。


 だが、無知な農婦であるナギも、没落した地方貴族にすぎないユージンも、知る由もない残酷な事実があった。

 祝賀会の主賓であるモウデック公爵は、実は先の戦争において『停戦協定』を強力に推し進めた穏健派の立役者だった。彼は無益な血が流れることを嫌い、ナギの村を焼いたような一部の強硬派軍人たちを罰し、軍の暴走を抑えようと尽力してきた派閥の長なのだ。

 もしここで彼らを暗殺すれば、帝国軍の実権は再び強硬派の手に渡り、ナギの仇である残忍な軍人たちが最も喜ぶ結果となる。

 大局を見れば、彼らは「殺してはいけない相手」であり、むしろ強硬派からすれば「テロリストが勝手に邪魔者を消してくれた」と手を叩いて喜ばれる標的だった。


 しかし、世界を知らない彼らには、そんな政治の裏側など見えはしない。

 彼らの瞳に映るのは、「偉そうに酒を飲む帝国の軍人と貴族」という記号だけだ。何も知らない彼らは、自分たちを本当の意味で踏みにじった真の仇たちを喜ばせるためだけに、その命を散らそうとしている。

 ただ闇雲に目の前の軍服に噛み付くことしかできない、悲しき負け犬のテロリズムだった。



 時刻は午後八時。

 フェナブの迎賓館で、コーレルがマセック前国王の首に刃を突き立てたのと同じ刻。

 ナギは、貴賓席の少し手前で立ち話をしている、若い将校の背後へと静かに歩み寄った。

(……死ねッ!)

 銀盆を床に投げ捨て、エプロンに隠していたナイフを引き抜き、無防備な将校の首筋へと渾身の力で振り下ろした。

 農家の女としてクワを振るってきた、彼女なりの全力の一撃だった。


 だが。

「――ん?」

 歴戦の帝国将校にとって、素人の女の殺気など、あまりにもあからさまで鈍重すぎた。

 将校は振り返ることすらなく、手にしたワイングラスを傾けながら、わずかに首をずらしてその凶刃をあっさりと躱した。

「なっ……」

 ナギが驚愕に目を見開いた次の瞬間、将校の太い腕がナギの手首を正確に捉え、無造作に捻り上げた。

「ぐあぁッ!」

 骨が軋む音とともにナイフが床に落ち、ナギの体は軽々と宙に浮いて、大理石の床に激しく叩きつけられた。肺から空気が弾け飛び、目の前が真っ白になる。

「なんだこの女は。酔っ払いか? それとも暗殺者のつもりか?」

 将校が呆れたような声で言いながら、重い軍靴でナギの背中を踏みつけた。周囲の護衛たちが一斉に剣を抜き、ナギを完全に包囲する。


(あ、ああ……っ!)

 ナギは床に顔を押し付けられながら、絶望の声を上げた。

 エプロンに隠した起爆用の紐に、手が届かない。腕は背後に捻り上げられ、背骨が砕けそうなほどの力で踏みつけられている。

 自爆すらできない。一人も殺せないまま、ただの不審者として捕まり、拷問されて終わる。

 あまりにも惨めで、無力な結末。


 一方、その頃。

 ユージンは、誰にも怪しまれることなく、主賓であるモウデック公爵のテーブルのすぐ側まで接近していた。

 元貴族としての洗練された所作と、給仕としての完璧な足運び。護衛の目すら欺き、彼の右手はすでにトレイの下に隠した刃の柄をしっかりと握りしめていた。

 あと三歩。あと三歩踏み出せば、公爵の喉笛を掻き切って、起爆紐を引くことができる。確実にVIPを道連れにできる絶好の位置だった。


『ぐあぁッ!』

 その時、ホールの後方で、女の悲痛な叫び声が響いた。

 ユージンはピタリと足を止めた。振り返らなくともわかる。ナギが失敗し、取り押さえられた声だ。

 前を見れば、憎き帝国の重鎮の無防備な首がある。

 ここで振り返れば、間違いなく自分の復讐は失敗に終わる。目的を果たすなら、あの薄汚い村の女など見捨てて、一歩を踏み出すのが正解だった。


(……チッ)


 ユージンは、無意識のうちに舌打ちをして、トレイを放り捨てた。

 そして、標的であるVIPに背を向け、ナギを押さえつけている将校たちへと向かって床を蹴った。

「なんだ貴様ッ!?」

 突然背後から迫ってきた給仕姿の男に、護衛の一人が槍を突き出す。ユージンはそれを身を捩って躱すと、トレイの下に隠していた剣で護衛の腕を深く斬り裂いた。

「ナギ! 立て!!」

 血飛沫が舞う中、ユージンはナギを踏みつけていた将校に体当たりを食らわせ、強引に彼女の体を床から引き剥がした。

「ユージン……っ、どうして!」

「いいから走れ!」


 ユージンはナギの背中を押し、厨房へと続く裏口に向かって走り出した。

 だが、軍人たちに包囲された状況からの強行突破が無傷で済むはずもなかった。

「逃がすな! 殺せ!」

 背後から突き出された槍の穂先が、ユージンの脇腹を抉る。さらに別の刃が彼の背中を斜めに斬り裂いた。

「がはッ……!」

 ユージンは口から血を吐きながらも、決してナギを庇う位置から退くことはなく、血路を開くために剣を振り回し続けた。数名の護衛に手傷を負わせ、悲鳴と怒号が交錯する中、二人は厨房の奥へと逃げ込んだ。


「こっちだ……っ!」

 ユージンは、厨房のさらに奥にあった小さなパントリー(食品庫)の重いオーク材の扉を開け、ナギを放り込んだ。自らも転がり込むように中に入ると、重い扉を閉め、取っ手の金具の間に自身の剣を深く突き立てて、簡易的なかんぬき代わりにした。


 ドンッ!!

 直後、外から扉を突き破ろうとする兵士たちの激しい体当たりが響いた。

「開けろ! 中にいるのは分かっているぞ!」

「斧を持て! 扉を叩き割れ!」

 外からは多数の怒号が響き、扉がメキメキと嫌な音を立てて軋む。剣の閂が折れ、扉が破られるのは時間の問題だった。もはや、どこにも逃げ場はない。


 窓一つない暗いパントリーの中。

 小麦粉の袋とワイン樽に囲まれた冷たい石床の上に、ユージンはずるずると崩れ落ちた。

「あ、ああ……ユージン、血が……!」

 ナギが悲鳴のような声を上げる。

 ユージンの脇腹と背中からは、信じられないほどの量の血がどくどくと溢れ出し、冷たい石床をどす黒く染め上げていた。致命傷だった。もはや立ち上がる力すら残っていないことは、誰の目にも明らかだった。


「どうして……っ」

 ナギは床に這いつくばり、ユージンの傷口を両手で必死に押さえながら、ボロボロと涙をこぼした。

「どうして助けたの!? あのまま真っ直ぐ行けば、アンタは偉い将校を殺せたのに! なんでアタシなんかを……っ!」


 ナギの悲痛な叫びに、ユージンは血の気のない顔で、力なく笑った。


「……なんで、だろうな」

 自分でもわからなかった。

 ただ、復讐の相手である公爵の首よりも、馬車の中で憎まれ口を叩き合った、この不器用で小汚い女が冷たい床に押さえつけられている光景の方が、無性に腹が立ったのだ。

「ははっ……俺、やっぱり貴族には……向いてなかったんだな……」


 口から血の泡を吹きながら、ユージンは薄れゆく意識の中で、ぼんやりとナギの顔を見つめた。

 煤と涙でぐしゃぐしゃになった、ひどい顔だ。

 扉が軋む音が、さらに大きくなる。あと数分もすれば、兵士たちが雪崩れ込んでくるだろう。


「……そういや」

 ユージンは、途切れ途切れの息の中で、絞り出すように言った。

「アンタ……まだ、帝国人……一人も殺して、ないだろ?」

「え……?」

「……俺を、殺しなよ」


 ユージンの口から出たその言葉に、ナギは息を呑んだ。


「あんたの村を焼いた……憎き帝国人の血を引く、俺をさ……。どうせ、もう助からねぇ……」

 ユージンは、血に濡れた手をゆっくりと持ち上げ、ナギの震える手に重ねた。

「外にいる……よくわかんねぇお偉いさんに殺されるより……アンタに殺されて死ぬ方が、いいや」

「ユージン……」

「フェナブの地下で、約束したろ……。終わったら、俺を一番苦しい方法で殺してくれって……」


 ナギは、目の前の男を見つめた。

 帝国人。憎き仇。村を焼き、家族を殺した理不尽の象徴。

 だが、今目の前で血を流し、自分のために命を投げ出したこの男は、どうしようもなく不器用で、孤独な一人の人間だった。

 ナギは震える手で、ユージンの血塗れの胸倉をぎゅっと掴み込んだ。


「……じゃあ、アタシの好きにして、いいんだね?」

「ああ……」

 ユージンは静かに目を閉じ、身を委ねた。

「アンタの全部をぶつけて……俺を殺せ」


 次の瞬間。

 ユージンの血に濡れた冷たい唇に、柔らかくて温かいものが重なった。


「……え?」

 目を見開いたユージンの顔のすぐ目の前に、涙で濡れたナギの顔があった。

 彼女の手にはナイフはない。ただ、すがるようにユージンの首に腕を回し、その不器用な唇を、自分の唇で塞いでいた。


 それは、痛みを与える攻撃ではなく。

 死を目前にした人間が、ただ一人の誰かに温もりを求める、痛ましいほど純粋な口づけだった。


 唇を離したナギは、ぽろぽろと涙を流しながら、ユージンの胸に顔を埋めた。


「……じゃあ、一緒に死んで」


 震える声。復讐鬼としての怨念などすべて抜け落ちた、ただの弱い女の弱音だった。


「……一人じゃ、怖いの」


 夫と子供を亡くしてから、ずっと一人だった。

 帝国への復讐という狂気で心を塗り固めて、なんとか立ってきた。

 でも本当は、死ぬのが怖かった。一人ぼっちの冷たい闇の中に落ちていくのが、どうしようもなく恐ろしかったのだ。


 ユージンは、大きく目を見開いた後、ふっと憑き物が落ちたように穏やかな笑みを浮かべた。

「……ああ。馬鹿な女だ、ホントに」

 ユージンは血塗れた腕を回し、自分の胸で泣きじゃくるナギの背中を、不器用な手つきで強く抱きしめた。


 メキィィィッ!!

 凄まじい破壊音と共に、取っ手に刺さっていた剣の閂が真っ二つに折れ、パントリーの重い扉が蹴り破られた。

「いたぞ! 殺せッ!」

 ランタンの光と、兵士たちの怒号が小さな密室に雪崩れ込んでくる。


 だが、その光景を前にしても、二人に恐怖はなかった。

 ユージンとナギは、お互いの瞳を真っ直ぐに見つめ合った。

 そこにあるのは、帝国への憎しみでも、復讐の未練でもない。ただ、最期の最期で孤独から救われた者同士の、穏やかな光だった。

 二人は吸い寄せられるように、もう一度、深く口づけを交わした。


 そして、固く抱き合ったまま。

 お互いの服の下に隠された、爆弾の起爆紐を同時に引き抜いた。



 * * *



 翌朝、帝都の瓦版には、小さな見出しの囲み記事が一つ掲載された。

 祝賀会の厨房裏で発生した小規模な爆発騒ぎ。

 護衛の兵士五名が軽傷を負ったが、死者は身元不明の下働きの男女、二名のみ。

 要人への被害は一切なく、祝賀会は滞りなく進行したと、事務的な文字だけが並べられていた。


 フェナブで世界を揺るがした狂気のテロリズムの影で。

 帝都の心臓へと向かった名もなき棘たちは、世界の歴史に何一つ爪痕を残すこともなく、ただ一瞬の小さな火花を散らして、誰にも知られずに灰へと還っていった。

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