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他サイトで300万PV突破! 無能と蔑まれた能力値1の転生した元社畜のオッサンが、地球知識で爆鳴魔法を編み出し、常識を変える!  作者: だい


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第78話:交差する光と闇

薄暗い商会の地下室。そこに満ちていた異様で静かな熱気は、ギークがもたらした一つの報せによって、一気に臨界点へと達した。


「コーレル様。来週行われるノキア伯爵のフェナブ港視察ですが……その折に開かれる歓迎レセプションに、マセックの『前国王』も臨席するとの情報が入りました」


 元・帝国の諜報員がもたらしたその確かな情報に、地下に集まった五十人の負け犬たちが、一斉に息を呑んだ。

 ノキアの伯爵と、マセックの前国王。

 コーレルにとって、それは決して許すことのできない二つの巨大な『憎悪の象徴』だった。

 前国王は、帝国軍の領内通過という理不尽な条約違反を強行し、それに正しく抗議したコーレルの父を見捨て、反逆者の汚名を着せて処刑した張本人。そしてノキアは、戦勝の賠償としてフェナブの港を、彼女の愛した故郷を不当に奪い取り、我が物顔で支配している侵略者だ。


「……そう。二人揃って、このフェナブの地へやって来るのね」


 コーレルは、銀細工のロケットを胸に抱きながら、冷たく、そして酷く美しく微笑んだ。

 彼女の言葉に、周囲の男たち、女たちの目に狂気じみた歓喜の火が灯る。マセックに裏切られた者、ノキアに故郷を焼かれた者、その両方に人生を狂わされた者。彼らにとって、両国の諸悪の根源が一堂に会するそのレセプション会場は、これ以上ない『最後の一噛み』を果たせる究極の死に場所だった。


 だが、この地下空間には、ノキアやマセックへの復讐だけでは心の渇きを癒やせない者もいた。

 壁際に寄りかかっていた『村の女』が、ゆっくりと立ち上がる。

 彼女は、帝国軍がマセックを抜けて侵攻してきた際、故郷の村を焼き討ちにされ、目の前で夫と赤子を惨殺された女だ。彼女の瞳に宿る業火は、あくまで『帝国軍』ただ一つに向けられていた。


「コーレル様。……私は、明日このフェナブを立ちます」

「そう。帝都へ向かうのね」

「はい。帝国軍の将校たちが集まる祝賀会の日程は掴みました。このフェナブでの決行日……マセックの前国王とノキアの伯爵を屠る日と同じ時刻に、帝都の中心で、奴らの軍人を一人でも多く道連れにします。それが、私の最後の希望です」


 彼女の決意は固かった。ケント暗殺の日に合わせて、帝国でも同時多発テロを起こす。そうすれば、フェナブで組織が全滅しようとも、世界中に『薔薇』の呪いを刻み込むことができる。

 だが、農村出身の女一人が、どうやって厳重な警戒が敷かれている帝都へ潜り込み、ましてや軍の将校たちが集まる場に近づけるというのか。

 その時、柱の影で静かに剣を研いでいた男――帝国男爵家だった青年が、スッと立ち上がって女の隣に並んだ。


「俺も行こう。あんたの道案内としてな」

「……あなたは、元帝国貴族でしょう。憎き帝国人であるあなたと、一緒に帝都へ行けと言うの?」

「ああ、嫌だろうが我慢してくれ。俺の顔と、まだ持っている男爵家の身分証やコネを使えば、軍の検問も、将校の集まる会場の裏口も素通りできる。農婦が一人でうろつくより、没落したとはいえ貴族の青年が連れている『卑女』として動く方が、はるかに怪しまれない」


 青年は、先の戦争で父兄をノキア兵に殺されながら、敗戦のツケを払わされて帝国から領地を取り上げられた男だ。彼の中には、自分たちを見捨てた帝国への強烈な憎悪がある。

 青年は女の目を真っ直ぐに見据え、淡々と言い放った。


「俺の血筋を、知識を、あんたの復讐の為に使えばいい。帝都で軍人どもを殺し尽くした後……もし、お互いに生きていたら、その時は俺の首を刎ねてくれ。あんたの家族を殺した帝国の血を引く俺を、最後に殺していい」


 その悲壮で狂気じみた提案に、村の女は一瞬だけ目を見開き、やがてポロポロと涙を流しながら青年の胸倉を掴んだ。

「……ええ。ええ、案内してちょうだい。そして全てが終わったら、約束通り、あなたを殺してあげるわ」

「頼む」


 本来ならば絶対に相容れないはずの二人が、『帝国への呪い』という一点において、奇妙で痛ましい連帯で結ばれた瞬間だった。

 コーレルは静かに歩み寄り、そんな二人の体を、力強く、そして優しく抱きしめた。


「ありがとう。あなたたちの痛みを、私は決して忘れない」

「コーレル様……」

「行ってらっしゃい。そして、向こうで待っていてちょうだい」


 コーレルは、二人の頬に順番に唇を落とし、真っ直ぐな漆黒の瞳で見つめた。

 それは、信者を死地へ送り出すための洗脳の言葉でも、都合の良い嘘でもなかった。

 彼女は本気だった。このフェナブでマセック前国王とノキア伯爵を道連れにした後、自分も確実に後を追う。傷を舐め合った哀れな負け犬たちと共に、地獄の底で再会する。その絶対の決意がこもった抱擁だったのだ。

 青年と女は、コーレルのその純粋な嘘偽りのない温もりに触れ、子どものように泣き崩れた。

 ギークや他の者たちも、その凄惨で美しい出陣の儀式を静かに見守りながら、胸の内で己の死への覚悟をさらに強固なものへと鍛え上げていった。



 その翌日。

 表向きは活気にあふれたフェナブ港のメインストリート。視察の準備のために貸し切られた迎賓館の一室で、ケントは静かに窓の外を見下ろしていた。


「ケント様っ! 本日の視察のお衣装はこちらです! 私が全身全霊を込めて着付けを……っ、ああっ、そんなところを触ってはっ……いえ、むしろもっと……!」

「レナ、朝から発情するのはやめろ。真面目に着替えを手伝ってくれ」


 相変わらずムッツリを開花させて一人で悶えているポンコツメイドのレナを適当にあしらいながら、ケントは深い溜め息をついた。

 表向き、このフェナブ視察は「ノキアの若き英雄による、輝かしい復興の確認」だ。隣にはセリーナという極上の美貌と大人の余裕を持つ女性が随行員として寄り添い、レセプションには旧宗主国であるマセックの前国王まで顔を出すという、これ以上ないほど華やかな政治的パフォーマンス。

 しかし、その華やかな表舞台の裏で、ケントたちの嗅覚は、この街に潜む底知れない異常性を正確に嗅ぎ取っていた。


「……ケント。やはりおかしいぞ、この街は」


 部屋の隅で、ナイフの手入れをしていたザラが低い声で告げた。彼女の瞳には、鋭い光が宿っている。


「どうおかしい?」

「殺気はあちこちから感じる。私たちを狙う気配は、街のあちこちに潜んでいる。だが……普通、プロの暗殺者であれ素人のテロリストであれ、事を起こした後の『逃げ道』や『退路』というものを必ず想定して配置につくものだ。無意識のうちに、生きて帰るためのルートを背中に残す」

「だが、奴らにはそれがないと?」

「ああ。一つもな。配置されている気配のすべてが、最初から逃げる気がない。その場で爆発するか、死ぬまで剣を振り回し続けるか。成功や失敗に関わらず、最初から『自分の命を捨てること』を前提に動いている。……正直怖いな」


 ザラの報告に、ケントは一つ頷いた。

 ガルドたちのような、幼稚な無差別テロではない。もっと深く、暗く、重い怨念。誰かが金で雇った刺客ではなく、何か得体の知れない絶対的な『絶望』によって統率された、死を恐れない者たちの群れ。

 それが『薔薇』と呼ばれる組織の正体なのかもしれない。


「……少し、息が詰まるな。空気を吸ってくる」


 ケントは、レナが用意した華やかな貴族の衣装ではなく、地味な平服を手に取った。

 ノキアの伯爵であることを隠すため、そして街の真の姿を自分の目で確かめるためだ。顔にはシンプルな布の眼帯を巻き、両手には革の手袋をはめる。これなら、ただの少し傷を負った傭兵か旅の青年にしか見えない。


「護衛は?」

「いらない。すぐに戻る。それに、向こうもまだ『配置』の段階だ。俺が不用意に動いて網を破らなければ、今日明日に牙を剥くことはないだろう」


 ザラとレナに短く告げると、ケントは迎賓館の裏口から、こっそりとフェナブの街へと抜け出した。



 潮風が吹き抜ける港町は、ノキアの資本で建てられた新しいレンガ造りの建物と、旧マセック時代の古びた石造りの建物が入り交じり、奇妙なコントラストを生み出していた。

 露店からは香辛料や焼けた肉の匂いが漂い、活気に満ちた人々の声が響いている。

 だが、その騒騒しさの裏側に、確かに冷たくて重い『死』の気配がへばりついているのを、ケントは肌で感じていた。


 一方、同じ街角の反対側。

 漆黒の外套を目深に被り、美しい顔を隠したコーレルもまた、一人で街を歩いていた。

 決行の日を前に、自分が生まれ育ち、そしてすべてを奪われたこのフェナブの街の姿を、最後にこの目に焼き付けておくためだ。

 憎しみしかない街。だが、かつては父と母と歩き、婚約者と笑い合った場所。その景色がノキアの資本によって無惨に上書きされていく様を見るたび、彼女の胸の内の怨念は静かに、しかし確実に深くなっていった。


 二人は、互いの存在に気づくことなく、同じ大通りを反対方向から歩いていた。

 その時。

 パン屋の店先から飛び出してきた小さな女の子が、石畳の段差につまずき、盛大に転んだ。

「あっ、痛ぇっ……!」


 女の子が涙目で膝を押さえた瞬間。

 偶然にも、その場所ですれ違おうとしていたケントとコーレルの二人が、全く同時に歩みを止め、子供に向かってスッと手を差し伸べた。


「大丈夫か? 派手に転んだな」

「怪我はない? 痛いの、飛んでいけ」


 ケントの革手袋に包まれた手と、コーレルの白磁のように滑らかな手が、子供の腕のすぐ傍で並んだ。

 ハッとして、二人は同時に顔を上げた。


「あ、ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」

 子供はケントの手を借りてピョンと立ち上がると、服の埃を払って元気に走り去っていく。


 取り残された二人は、子供の小さな背中を見送った後、ふっと同時に息を吐いて微笑んだ。

 互いに、相手が何者であるかなど知る由もない。

 マセック前国王と並んで殺すべき最大の標的である、ノキアの伯爵。

 そして、この街を狂信で包み込んでいるテロ組織の首魁、『フェナブの薔薇』。

 これから血みどろの殺し合いを演じる運命にある二人だったが、この瞬間だけは、張り詰めていた毒気がすっかり抜け落ちていた。


「……元気だなあ」

 ケントが苦笑交じりに呟くと、コーレルもまた、口元に穏やかな笑みを浮かべて頷いた。


「そうですわね。少しお転婆が過ぎますけれど」

「やっぱり、海風に吹かれて育つ港町の子は元気なのかね? 俺は内陸の出だから、この街の活気には少し驚いているんだ」


 ケントが気を抜いた様子でそう尋ねると、コーレルの漆黒の瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、年相応の18歳の少女らしい柔らかい光が灯った。


「ええ。フェナブは昔から、とても賑やかで温かい街ですから。……もしこの街が初めてなら、そこの角を曲がった先にあるパン屋の揚げ菓子を食べてみてくださいな。それから、港の南側にある市場の海鮮串。昔からあるお店で、とても美味しいんですのよ」

「へえ、それはいいことを聞いた。観光の参考にさせてもらうよ」

「ふふっ。夕暮れ時の灯台からの景色も綺麗ですから、ぜひ」


 嬉しそうに故郷の見所を語る彼女の姿は、裏社会で狂信者たちを束ねる『復讐の魔女』などではなく、ただ純粋に自分の生まれ育った街を愛する、どこにでもいる優しい少女のそれだった。

 ケントは、眼帯越しの目で彼女の穏やかな横顔を見つめ、自然と口を突いて出た言葉を紡いだ。


「フェナブが、好きなんだな」


 その言葉が響いた瞬間。

 コーレルの口元の笑みが、スッと形を変えた。

 それは、泣き出しそうなほど悲しく、それでいて底知れぬ空虚さを孕んだ、ひどく歪で美しい微笑みだった。


「――大好きで、大嫌いですわね……」


 潮風が、彼女の漆黒の髪を揺らす。

 その一言に込められた、愛と憎悪、郷愁と絶望の入り交じった途方もない重さに、ケントがハッと息を呑んだ、その時だった。


『ケントくーん、一人はダメよー? もう、どこに行っちゃったのー?』


 大通りの向こうから、間延びした、しかし確かな庇護と愛情を含んだセリーナの声が響いてきた。

 ケントはビクッと肩を揺らし、苦虫を噛み潰したような顔になる。


「ヤベっ。……悪い、連れが探してるみたいだ。俺はこれで」

「ふふっ。お気をつけて」

「ありがとう。……また、どこかで」


 ケントが軽く手を上げて背を向ける。

 コーレルもまた、静かに会釈を返した。


「ええ。何処かで」


 ケントの背中は、彼を呼ぶ温かい光――セリーナたちの待つ『安全基地』へと足早に吸い込まれていった。

 そして、活気に満ちた大通りの真ん中に、コーレルはただ一人取り残された。

 彼女は、ケントが消えた方向を一瞥することもなく、ただ静かに視線を上げる。

 見上げたフェナブの空は、かつて両親と、愛する人と見上げた時と同じように、どこまでも青く、澄み渡っていた。


「……本当に、大嫌い」


 ぽつりと零れ落ちた呪詛は、賑やかな街の喧騒と波の音に掻き消され、誰の耳にも届くことはなかった。

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