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他サイトで300万PV突破! 無能と蔑まれた能力値1の転生した元社畜のオッサンが、地球知識で爆鳴魔法を編み出し、常識を変える!  作者: だい


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第77話:欠落の聖母と負け犬たち

薄暗いランプの光が揺れる地下空間には、異様な熱気と、噎せ返るような血の匂いにも似た感情の渦が充満していた。

 ここは、フェナブの街にある商会の地下倉庫。

 本来ならば密輸品や帳簿に乗らない香辛料などを隠しておくためのこの場所に、今、四十から五十人ほどの男女がひしめき合っている。

 彼らは一様に、光の当たらない虚ろな目をしながら、それでも心の奥底にどす黒い炎を燻らせているのが分かった。


 俺はここの商会主であるギーク。四十を過ぎ、それなりに裏も表も渡り歩いて、金も地位も手に入れてきた男だ。

 そんな俺の視線の先、群衆の中心には、一人の美しい少女が立っている。

 コーレル・フェナブ。

 かつて『フェナブの薔薇』と謳われ、俺のようなしがない商人が見上げることすら許されなかった、誇り高き伯爵家の一人娘。

 彼女が今、この狂気じみた集団の中心で、まるで聖母のように微笑んでいる。


 約一年前。

 彼女の父がノキアへの領地割譲に反対して王城で処刑され、彼女の婚約者がその場で斬り殺されたという報せを聞いた時、俺の胸の中に湧き上がったのは、哀れみなどではなかった。

「あんな気高い貴族の姫さんを、好きなように嬲れたらどれほどいいか」

 そんな、下劣で卑しい欲望だけだったのだ。

 伯爵家は取り潰され、彼女と母親は母方の実家に身を寄せたと聞いた。没落したと知って「惜しいことをした。どうせなら俺が安値で買い叩いて、慰み者にでもしてやりたかった」と、本気で舌打ちをしたのを覚えている。

 だからこそ、彼女がたった一人で俺の商会を訪れ、その純潔のすべてを差し出すと言った時、俺の脳は歓喜と獣欲で沸騰した。

 地下の隠し部屋で、彼女の白い肌を貪り、獣のように欲望を満たした。

 事後。汗に塗れ、荒い息を吐く俺に対し、彼女は冷たい目を向けるだろうと思っていた。

 親の仇にも等しいマセックの商人。自分の身体を金と拠点のために蹂躙した、汚らしい豚を見るような目で蔑まれるのだと、そう思っていた。


 だが、違った。

 乱れた髪と裸身のまま、コーレルはゆっくりと体を起こし、俺の背中にそっとその細い腕を回したのだ。

 体温のない、しかしひどく柔らかい抱擁だった。


『貴方も、私と同じで欠けているのね』


 耳元で囁かれたその甘く悲しい声に、俺の心臓は鷲掴みにされた。

 俺が欠けているだと? 馬鹿な。金もある。力もある。お前のような元貴族の娘を好きにできる立場にいる。欠けてなどいない。

 そう反論しようとしたのに、なぜか、ポロポロと涙がこぼれ落ちて止まらなくなった。

 どうして俺は泣いているのか。自分でも分からなかった。ただ、彼女のその虚無の瞳の奥にある果てしない絶望に触れた時、俺の心の中にある『持たざる者としての劣等感』や、どれだけ金を積んでも決して満たされない孤独の穴を見透かされ、そして許されたような気がしたのだ。

 馬鹿げている。これはただの取引だ。

 俺は俺の欲望を満たすために、彼女の身体を対価として受け取っているだけだ。決して、彼女の毒に当てられたわけではない。

 そう必死に自分に言い聞かせながら、俺は彼女に約束した資金と拠点を整えたのだった。



「ギーク様。また数名、新顔の『負け犬』たちを運んできました」


 現在の地下空間。俺の横に音もなく歩み寄ってきたのは、黒い外套を深く被った男だった。

 こいつは、俺が戦場整理の裏仕事を引き受けた際、死体の山の中で瀕死になっていたところを拾い上げた男だ。

 元・帝国の諜報員。

 長年、帝国の暗部としてマセックやノキアで裏工作に手を染めていたにもかかわらず、ノキアと帝国の和平交渉の際、自国からあっさりと『交渉の材料』として裏切られ、ノキア側に売られた男。

 使い捨てのボロ雑巾のように戦場に捨てられていた彼は、国という巨大な暴力にすべてを奪われた本物の復讐鬼だ。

 俺が助け落ちたその命は、今やコーレルの為だけに動き、その卓越した諜報スキルで、各国から自分と同じ『どうしようもない負け犬たち』を正確に嗅ぎつけ、このフェナブの地下へと集めてきていた。


 俺は地下倉庫を見下ろす階段の踊り場から、集まった五十人ほどの群衆に視線を走らせる。


 柱の影で剣を研いでいるのは、帝国の男爵家だった青年だ。

 先の戦争で父と兄をノキア兵に殺された。本来なら国がその死に報いるべきだが、敗戦のツケを払わされた帝国は彼ら遺族を見捨て、領地を没収した。

 彼にあるのは、父兄を殺したノキアへの憎悪と、自分たちを切り捨てた帝国への強烈な怨念だけだ。


 壁際に座り込み、虚ろな目で壁の染みを見つめているのは、マセックの商人の息子。

 彼の境遇は、同じ商人として吐き気がするほどエグいものだった。

 マセックの命令で帝国軍に食料を売却したにもかかわらず、戦後、ノキアに領土を割譲することが決まった途端、国は「ノキアの怒りを買わないため」という理不尽な理由で、割譲前に彼の商会の営業許可を取り消した。

 トカゲの尻尾切りだ。立ち行かなくなった両親は借金を苦に首を吊り、婚約者だった女の家からは一方的に離縁を叩きつけられた。彼もまた、国というシステムに真面目に従った結果、すべてを奪われたのだ。


 そして、群衆の端で膝を抱えて震えている女。

 彼女は、帝国軍がマセックを抜けてノキアへ侵攻した際、その進軍ルートにあったノキアの村の住人だった。

 帝国の焼き討ちに遭い、目の前で夫を殺され、親族を焼かれ、腕の中にいた生まれたばかりの娘を串刺しにされた。

そしてその亡骸の前で慰み者にされ、連れまわされたらしい。

 彼女はその後、ノキアの若き伯爵――ケントという名の貴族とその一行に保護されたという。

 手厚く治療され、衣食住を与えられ、彼らの『光』によって救われたはずだった。

 だが、どれだけ温かいスープを飲まされても、どれだけ優しい言葉をかけられても、彼女の耳の奥にこびりついた赤子の鳴き声や夫の断末魔は消えなかった。

「帝国兵を殺したい。殺して、私も死にたい」

 その真っ暗な業火だけは、どんな正しさや善意でも消すことができなかったのだ。彼女は保護施設を抜け出し、この暗闇へと辿り着いた。



 国に翻弄され、理不尽にすべてを奪われ、大義名分など何一つ持たない者たち。

 ただ一矢報いたい。負け犬が最後に一噛みして、世界を呪いながら死んでいきたい。

 そんな、どうしようもない絶望の集合体。


 コーレルは、その群衆の間をゆっくりと歩いていた。

 ある時は商人の息子の頭をそっと胸に抱いて撫で、ある時は男爵家の青年の涙を細い指で拭い、ある時は震える村の女の手を握りしめて、その温もりを分け与えていた。

 そして夜になれば、彼女は惜しげもなく自分の身体を開き、男たちの凍えるような孤独をその身で受け止めた。

 洗脳ではない。狂信を煽るような言葉も一切口にしない。

 ただ、「辛かったわね」「痛かったわね」と、自分と同じ欠落を抱えた者同士として寄り添い、傷を舐め合っているだけなのだ。

 その瞬間だけは、確かに温かい。

 男たちも、女たちも、彼女が自分たちを愛しているわけではないと分かっている。彼女の心の中にいるのは、とうの昔に死んだ婚約者だけだ。

 それでも、すべてを失った冷たい世界の中で、彼女が与えてくれる真摯な温もりと痛みの共有に、彼らはどうしようもなく救われていた。

 だからこそ、皆ボロボロと泣きながら彼女にすがりつき、やがて恍惚とした笑みを浮かべて「この薔薇の為なら、喜んで命を散らそう」と誓うのだ。


 その光景を踊り場から見下ろしながら、俺は静かに目を閉じた。


 いつからだろうか。

 俺の胸の奥にあった、「彼女を抱きたい」という卑しい獣欲が、跡形もなく消え失せてしまったのは。

「自分の欲望を満たすために、取引をしているだけだ」という商人の言い訳が、ひどく虚しく感じられるようになったのは。

 彼女の痛ましくも美しい姿を、誰よりも近くで、特等席で見続けてきた。

 損得も、未来への希望もすべて投げ捨てて、ただ哀れな者たちと共に泥の中で傷を舐め合う彼女の姿は、俺がこれまでの人生で見てきたどんな宝石よりも、気高く、恐ろしく、そして圧倒的に美しかった。


 俺はもう、欲を満たしたいんじゃない。

 この、ただただ哀れで、美しく、誰よりも傷ついている『欠落の聖母』の望みを叶えてやりたいのだ。

 彼女がマセックに復讐したいと言うのなら、すべての資金を投げ打とう。

 彼女が帝国に呪いを吐きたいと言うのなら、すべての諜報網を駆使しよう。

 彼女がノキアに恨みをぶつけて世界を道連れにするというのなら、俺の命など喜んで踏み台にさせてやろう。


 ああ、そうか。

 これが、愛なのだ。


 金で買える女たちとは違う。体を重ねるだけの快楽とも違う。

 自分のすべてを差し出してでも、ただ彼女が最後に満足そうに笑う顔を見たいと願うこと。

 四十を過ぎた裏社会の商人が、すべてを失った十八歳の復讐鬼に本物の愛を抱くなど、滑稽極まりない喜劇だろう。

 だが、それでも構わない。


 俺はゆっくりと階段を降り、薄暗い地下室の中心で負け犬たちを抱きしめる彼女の元へ歩み寄った。

 俺の足音に気づいたコーレルが、深い漆黒の瞳をこちらに向ける。


「ギーク。何か報せがあったの?」

「ええ、コーレル様」


 俺は深く、ただの商人としてではなく、彼女という『薔薇』に仕える一人の騎士として、恭しく頭を下げた。


「来月、ノキアの伯爵――ケントの一行が、このフェナブ港の視察に訪れるという確かな情報が入りました」


 その言葉が響いた瞬間、地下室の空気がピリッと凍りつき、直後に五十人の負け犬たちの目の中に、狂気じみた歓喜の火が灯ったのが分かった。

 コーレルは静かに微笑んだ。

 その退廃的で美しい笑みに、俺もまた、共に世界の果てまで破滅する決意を胸に、甘い絶望へと身を委ねていった。

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