第72話:王都凱旋と、技術革新の布石
潮風に揺られながら、数ヶ月ぶりに見るノキア王国の王都の港。
巨大な帆船がゆっくりと桟橋に横付けされると、そこには見慣れた顔ぶれが俺たちを出迎えるために集まっていた。
「ケント!」
「ケントお兄様!」
タラップを下りるなり、一番に飛びついてきたのはシーナとクロエだった。
二人とも目に涙を浮かべながら、俺の無事を喜んでくれている。俺は義手で二人の頭をポンポンと撫でてやりながら、その後方で静かに佇む大人たちへと視線を向けた。
「無事の帰還、大儀であった。ヴォルガン伯爵」
「シャル……いや、殿下。ただいま戻りました」
次期国王としての威厳を纏いながらも、どこか嬉しそうに口元を綻ばせるシャルム。
そしてその隣には、すでに渋い顔をしている俺の保護者、ルミナス侯爵の姿があった。
「で、ケントよ。お前のことだ、また何か途方もない『お土産』を持ち帰ってきたのだろう?」
「さすが侯爵、話が早いですね。……紹介します。アマテラスからお連れした、二代目『鬼重』の椿と、鉄砲鍛冶の『豊和』親方です」
俺が背後に控えていたゴブリンの少女と、金髪のエルフを前に出すと、侯爵の顔色が一瞬で青ざめた。
「なっ……貴様! アマテラスと国交を結びに行ったというのに、向こうの軍事産業の要たる刀匠と鉄砲鍛冶のトップを丸ごと引き抜いてきたというのか!? 向こうの家老が許すはずが……っ!」
「ご安心ください。アマテラス側の家老からは、正式に引き抜きの両承をもらっています。完全な合法ですよ」
侯爵に、俺は事の経緯を説明した。
「椿は、偉大すぎる初代の『鬼重』という名前に押し潰されそうになっていて、あの国にいては腕が伸び悩む状態だったんです。新しい環境で自分の名で勝負したいと、彼女自身が望みました」
椿が緊張しながらも、「よ、よろしくお願いします!」と深く頭を下げる。
侯爵は少し安堵したように頷き、今度はエルフの豊和へと視線を向けた。
「では、そちらの鉄砲鍛冶殿は? 帝国の新型銃の製造に携わったほどの技術者を手放すなど、あり得んと思うが」
「ああ、それはですね……豊和の親方は、職人として技術が突出しすぎている上に、『自分の技を落として、定格の安物を大量生産する』ことを絶対に受け入れなかったんです。結果、他の工房とも折り合いがつかず、アマテラスでも持て余し気味だったんですよ」
俺の言葉に、豊和は飄々とした顔で肩をすくめた。
「エルフの寿命で磨き上げた感覚ですからね。人間の職人に伝えようとしても時間が足りず、私が自ら仕上げた極上の新型銃は、帝国に納めたうちのたった五十丁ほどが最大生産数でした」
侯爵が「五十丁……」と呆れたように呟く。国同士の戦争において、たった五十丁の武器では戦局を覆すには少なすぎる。だからこそ、アマテラスの家老も「扱いきれない職人」として、ノキアへの移住をあっさりと認めたのだ。
「ですが、侯爵。ウチの『生活魔法研究会』の顧問、オリヴィア先生を舐めてもらっちゃ困ります」
俺は悪どい笑みを浮かべた。
「豊和の親方が今まで職人の子弟関係でしか伝えてこなかった『鉄を打つ勘』や『焼き入れの炎の色』といった抽象的な技術。これをオリヴィア先生に見せて解析させれば、全て『温度の数字』や『加熱する時間』といった明確なデータとして言語化できます。……つまり、完全に体系化された『マニュアル』を作って、ノキアの職人たちに技術継承させ、高品質な銃の量産体制を整えられるということです」
俺の完璧な軍事産業の近代化構想を聞き終え、侯爵は大きく目を見開いた後、空を見上げて大きく一つため息をついた。
「……お前という奴は。毎回毎回、国の根幹を覆すような劇薬ばかりを持ち帰りおって……」
「ははは。期待に応えるのが臣下の務めですから」
侯爵が頭を抱える中、今度はシャルの前に、一人の女性が進み出た。
極限まで無駄な脂肪を削ぎ落とし、しなやかで美しい筋肉を纏ったアスリート体型の美女。櫻師範だ。
彼女は頬をほんのりと赤く染め、モジモジとしながらシャルを見つめた。
「ひ、久しぶりだね……シャルム殿下。……あんたが困ってるって言うから、仕方なく軍事顧問として来てやったんだからね」
見事なツンデレを披露する櫻師範。
シャルは、あまりにも美しく仕上がった彼女の姿を見て、耳の先まで真っ赤にして固まっていた。
「さ、櫻さん……! 本当に、来てくれたんですね……!」
「ああ。で、シャル。事前の便で手紙で送っておいた通り、櫻師範には専属護衛兼『愛妾』のポジションを用意してあるな?」
俺がドヤ顔で報告すると、櫻師範が「はぁっ!?」と素っ頓狂な声を上げた。
「あ、愛妾!? ちょ、ちょっとケント! アタシはそんなこと一言も聞いてないよ!?」
「あれ? 道場の師範代たちから『師範には好きな男のそばで幸せになってほしい』って頼まれて、正式に裏取引を済ませておいたんだが?」
俺が事も無げに言うと、櫻師範は「あいつらぁぁぁっ!」と顔から火が出るほど赤面して頭を抱えた。
だが、シャルは真っ直ぐに櫻師範を見つめ、嬉しそうに微笑んだ。
「櫻さん。……僕の傍に来てくれて、本当に嬉しいです」
「あ……っ……う、うん……」
次期国王の純粋で真っ直ぐな言葉に、櫻師範の戦闘狂のオーラは完全に霧散し、恥じらう乙女モード全開で陥落したのだった。
感動と笑いに包まれた帰還の挨拶。
だが、俺の背後で、最高に恐ろしい修羅場の幕が静かに上がろうとしていた。
「……お帰りなさい、お母様」
「た、ただいま、シーナ」
シーナが、長旅を終えたセリーナさんに向かって、満面の、一切の光を持たない笑顔を向けていた。
「お母様。お兄様が外国で変な虫につかまらないように……お兄様の『管理』は、しーっかりと出来ましたか?」
「ひっ……!」
シーナの鋭すぎる追及に、セリーナさんはビクッと肩を跳ねさせた。
船での濃厚すぎる夜々。ポーションで若返った体を武器に、ザラやレナと共に俺を毎晩のように搾り取っていた記憶が蘇ったのだろう。セリーナさんは顔を極限まで赤くして、明後日の方向へと視線を泳がせた。
「も、ももももちろんよ! お母さん、ケント君の夜の毒抜き……じゃなかった! 安全は、完璧に守り抜いたわ!!」
「……へえ?」
激しく動揺する母親の後ろで、ザラとレナが「ウププッ」と必死に笑いを堪えている。
シーナの目が、スッと細められ、俺の方へとゆっくりと向いた。
「……お兄様? あとでゆっくり、お土産話を聞かせてくださいね?」
王都への凱旋。
それは同時に、俺の胃に穴が空き続ける波乱の日常の、再開の合図でもあった。




