第70話:海を越える特区構想と、炙り出された裏切り者
アマテラス王都トキの口入屋『紅屋』の一室。
俺の目の前には、分厚い名簿の束が積まれていた。
「――で、集まったのは総勢五百人ってところか」
「ああ。あんたの要望通り、陶芸、漆塗り、指物師なんかの腕のいい職人はもちろん、飲食関係に芸能関係……味噌や醤油、酒の職人に、向こうで商売ができそうな遊女まで見繕っておいたよ。海府の港には、こいつらを乗せる船も手配済みさ」
向かいの席で煙管をふかしながら、紅屋の女将・朧が満足げに笑う。
「上出来だ。これだけの技術者が一気に来てくれれば、ノキアで紹介するアマテラスの文化レベルは劇的に跳ね上がる」
「だけどさ、ケント。言葉も文化も違う異国に五百人も送り込んで、向こうで揉め事は起きないのかい? 普通なら、現地人に煙たがられて摩擦が起きるのがオチだよ」
朧の懸念はもっともだ。移民問題というのは、どの世界でも軋轢を生む。
俺はテーブルに置かれたルミナス領の地図を指差した。
「だから、バラバラに散らして同化させるような真似はしない。ルミナス領の一角に、アマテラスの移民だけが住む『特区』を丸ごと一つ作るんだ。『アマテラス街』みたいな感じだな」
「特区……?」
「ああ。同郷の人間同士で固まって住めば、移住者も助け合えて生活しやすい。それに、ノキアの人間からしても、その特区に行けば『未知の美味い飯(和食)が食えて、珍しい文化が楽しめる観光名所』になる。文化を押し付けるんじゃなく、向こうから金を出して楽しみに来る形にするんだよ。そしてそこに共通語の学校作って学べばいい。なんなら翻訳機もあるしな」
俺の提案に、朧は煙管を口から離し、ポカンと目を丸くした。
「……なるほどねぇ。反発される前に、価値のあるブランドとして隔離しちまうってわけか。あんたの頭の中はどうなってんだい、本当に」
呆れたように笑う朧に、俺はさらに言葉を続ける。
「それに、これは一方通行の話じゃない。今回のお前たちの船の帰り便を使って、今度は逆にノキアからアマテラスへ移住者を募って送るつもりだ」
「ノキアから?」
「ノキアにも、厳しい徒弟制度や商圏の縛りで実力があってもあぶれてる職人や芸能関係者、芸術家がたくさんいる。そういった連中で今度はアマテラスでノキア街作る。これで完全にWin-Winだろ?」
俺の描いた双方向の巨大な移民・経済圏構想。
それを聞き終えた朧は、深く紫煙を吐き出し、ニヤリと悪女の笑みを浮かべた。
「……ケント。その特区とやらの元締め、アタシにやらせな」
「お? 姐さん自らノキアに来るのか?」
「当たり前さ。こんなデカい商い、他人に任せてられっかよ。アタシも紅屋の看板背負って、また海を渡ってやるよ!」
頼もしすぎるビジネスパートナーの宣言に、俺がガッチリと握手を交わした、その時だった。
「お茶を、お持ちしまし……た……」
部屋の隅で、お盆を持ったまま固まる少女がいた。
紅屋の奉公人としてこの場に同席していた、元・宿屋の看板娘の凜だ。
「あれ? 凜、どうした? 顔色悪いぞ」
「は、伯爵、閣下……? ぜ、全権大使……!?」
俺が声をかけると、凜はその場にペタンとへたり込んだ。
以前、俺とトキマルが街をブラブラしていた時、彼女は俺のことをただの「外国のお兄さん」だと思ってタメ口でポンポン話しかけていた。それが今、目の前で国家間の特大プロジェクトを動かしている大国の伯爵様だったと知り、パニックを起こしているのだ。
「ひぃぃっ! あ、あの時は無礼な口を利いてごめんなさい!」
「……良いこと教えてやろうか?凜が行儀悪くしたら叩きだすって怒ってた兄ちゃんな?ノキアの王子だぞ?w」
「イヤァァァァ!ウソですよねぇぇぇ!?」
俺が苦笑して宥めようとした、その背後から。
「あーら、可愛い子がいるじゃない」
扉が開き、ザラ、セリーナさん、レナの『大人女子会トリオ』が部屋に入ってきた。
「ちょっと、こんな小さい子を虐めてるの? 駄目じゃない」
「ち、違う! ちょっとからかっただけで、俺は何も……」
「威勢が良くていい子だねぇ! ほら、おいで。アタシたちがたっぷり可愛がってやるからさ!」
ザラがゲラゲラ笑いながら凜をひょいと抱き上げると、セリーナさんが「今日から私たちの妹分ね」と優しく頭を撫で、レナが「美味しいお菓子がありますのよ」と餌付けを始める。
さっきまで震えていた凜も、綺麗で優しいお姉様たちに囲まれて満更でもないらしく、「えへへ、お姉ちゃんたちいい匂いするー!」とすっかり懐いてしまった。
血生臭い政治劇の中で、彼女の存在は間違いなくこの女子会トリオの良い清涼剤になるのだろう。
数日後。
俺たちノキア使節団と、アマテラスの護衛部隊、そしてツキヒメやトキマル、家老を含めた一行は、王都トキを出発し、港町『海府』へと向かう街道を進んでいた。
鬱蒼とした森に囲まれた峠道。
先頭を進むのは、ウチガシマ家の豪奢な家紋が入った立派な馬車。その後方に、目立たない質素な馬車が続いている。
――ヒュンッ!
静寂を切り裂き、森の奥から無数の矢が放たれた。
狙いは、先頭の家紋入り馬車ではない。後方に続く『黒塗りの馬車』へ集中的に矢の雨が降り注ぐ。
「襲撃だァーッ!!」
護衛の武士たちが叫ぶと同時、街道の両脇の茂みから、覆面で顔を隠した数十人の刺客たちが刀を振りかざして飛び出してきた。
シンの工作員と、彼らに買収された国人衆が雇った浪人たちだ。アマテラスとの繋がりを持つツキヒメと、次期当主であるトキマルをここで亡き者にするのが目的だろう。
「黒塗りの馬車を狙え! 姫と若君はあの中だ!」
浪人の一人が叫び、数人が黒塗りの馬車の扉へと殺到する。
だが、彼らが扉に手をかけた、その瞬間。
――ドゴォォォンッ!!
馬車の扉が内側から吹き飛び、殺到していた浪人たちが凄まじい爆発的な風圧に煽られて、悲鳴と共に数メートル後方へと弾き飛ばされた。
「な、なんだ!?」
土煙が晴れた黒塗りの馬車の中から、悠然と姿を現したのは、漆黒の仮面をつけた俺だった。
「……残念だったな。お目当ての姫様たちはここには乗ってないぜ」
俺が首の骨を鳴らしながら降り立つと、護衛についていたアマテラスの武士たちが一斉に反撃を開始した。
奇襲に失敗し、逆に包囲された浪人や工作員たちは、次々と武士たちに捕縛され、抵抗する者は容赦なく斬り捨てられていく。
地に伏せられ、縄を打たれた刺客のリーダー格が、信じられないという顔で俺を睨みつけてきた。
「ば、馬鹿な……。確かに、姫と若君は『黒塗りの馬車』に隠れて乗ると……ッ」
「ああ、そうだろうな」
俺はしゃがみ込み、冷たい目でそいつを見下ろした。
「当初は、普通に影武者を家紋付きの馬車に乗せて、黒塗りの馬車に姫たちを隠す予定だった。だが、お前らシンの工作員と一部の国人が、襲撃を計画してるって情報が入ったんでね」
事前の打ち合わせで、家老の放った『影』から襲撃の情報を得た俺と家老は、ある罠を張った。
「影武者を使うって情報は、わざと国人衆の全員に流した。だが……『どの色の馬車に姫たちが乗るか』っていう情報は、特定の家にそれぞれ違う色を教えて流したんだよ」
俺の言葉に、刺客のリーダーがハッと息を呑む。
「青の馬車、白の馬車、そして黒塗りの馬車。……お前らが迷わず『黒塗り』を襲撃してきたってことは、答えは一つだ」
俺は立ち上がり、後ろに控えていた家老のカツナリへ振り返った。
「影武者の件を知っていて、なおかつ『黒塗りの馬車を襲撃するように』指示を出したのは、国人衆の『ホシナ家』だ。これで裏切り者は完全に確定したな、家老殿」
「ハッ……! 大使閣下の手腕、恐れ入りましてござる。直ちにホシナの屋敷に討伐の兵を差し向けます」
家老が深く頭を下げる。
情報を手に入れた俺達は、情報を切り分けて流し相手の行動で出所を特定する『カナリア・トラップ』を使ったのだ。
「さて、と。後顧の憂いも絶てたし、さっさと海府へ行くぞ」
刺客の残党処理を武士たちに任せ、俺たちは再び馬車を進めた。
ツキヒメとトキマルは、ザラとセリーナさんが護衛する、最も安全な俺の馬車の中で、青ざめた顔で震えながら事の顛末を聞いていた。
やがて、木々の隙間から広大な海と、無数の帆船が停泊する港町『海府』の景色が広がった。
「……いよいよ、ノキアへの帰還だな」
異国でのすべての任務と、五百人規模の巨大な移住計画。
俺たちは確かな成果を手に、ノキアへの帰路につくための船へと歩みを進めた。




