第66話:王都の歓迎と、処刑の刃
王都『トキ』の政庁前。
ノキア王国の全権大使である俺と、アマテラスの実質的トップである家老。両者の正式な顔合わせの場は、乱入してきた一団によって無残に踏み躙られた。
「どきなさい!!」
武士たちを引き連れて家老を強引に退け、進み出てきたのは、傲慢な目つきをした豪奢な着物の女――ツキヒメだった。
「何用か。今はノキアの大使閣下との重要な――」
「黙りなさい、家老! ノキアとの交渉は私が行います!」
家老の制止を甲高い声で遮り、ツキヒメは偉そうに顎を上げてこちらを向いた。
「おぬしらがノキアとやらの……」
――ガシッ。
「……ぁ?」
「よお、久しぶりだな。あの使えない護衛やバカ御者は元気か?」
ツキヒメの言葉が終わるより早く、俺は一歩を踏み込み、その細い顎を右手で鷲掴みにしていた。
海府の街で刺客(実は家老派の憂国の士)に襲われていたのを助けてやった時と同じ、見下すような至近距離。あまりのことに、ツキヒメはもちろん、周囲のアマテラスの武士たちも完全に固まっていた。
「動くなよ? これからこいつには色いろ聞かなきゃいけないことがある。邪魔する奴等は殺すからな?」
俺が低い声でそう告げると、ようやく事態を飲み込んだ姫の護衛たちが顔を真っ赤にして叫んだ。
「ぶ、無礼であろう!」
「姫様から手を離せ! 離さぬと斬るぞ!」
チャキ、と一斉に刀が抜かれる音が響く。
「遅えよ」
俺はため息をついた。
「斬るなら、何も言わずに斬ってこいや」
俺の視線と、極小の魔力操作。
対象の体内座標を直接指定し、そこに物質を強制出現させるという、俺にしかできない暗殺魔法。
ボフッ、というくぐもった破裂音が五つ連続して鳴った。
「が、は……っ!?」
抜刀しかけていた五人の武士が、白目を剥いて血を吐き、その場にドサリと崩れ落ちた。
心臓の中に土塊を、脳内に直接水を発生させられたことによる即死。剣を交えるまでもない、一方的な虐殺だ。
「ハハッ、アタシの旦那は相変わらず容赦ないねえw」
背後でザラが愉快そうに笑い、馬車に立て掛けてあった大剣を掴み取って肩に担いだ。
その隣では、セリーナさんがとても妖艶で、酷く冷たい笑みを浮かべながら愛刀の柄に手をかけている。一方、メイドのレナだけは「また始まりましたわね」と言わんばかりに、無言でスッと馬車の中へ避難していった。
「ひぃっ!?」
「な、何をした……っ!」
慌てて斬りかかってきた残りの護衛たちも、前に出たザラの大剣に脳天から叩き潰され、逃げようとした者はセリーナさんの流れるような一閃で首を刎ね飛ばされた。
血飛沫が舞い、あっという間に姫の護衛たちは逃げ腰になり、後退っていく。
「さて、と」
俺は顎を掴んだままのツキヒメの顔を引き寄せた。
「おまえ、何考えてんだ? 俺に手を出したら、弟どころかアマテラスごと吹き飛ぶってわからなかったのか?」
「あ……ア、アマテラスの武士が、他国に負けるわけがないわ!」
ガタガタと震えながらも、ツキヒメは負け惜しみのように強がってみせた。
底なしの馬鹿だ。俺は呆れ果て、こいつの脳内に水を送り込んで終わらせようとした。
だが。
「そりゃアタシの仕事だよ、ケント」
横から手を出してきたザラが、ツキヒメの結い上げられた黒髪を鷲掴みにし、俺の手から強引に引き剥がした。
「きゃああっ!?」
悲鳴を上げる姫の腹に、ザラは容赦のない重い蹴りを一発叩き込み、そのままズルズルと石畳の上を引きずっていく。
俺は血の海と化した政庁の前で、真っ青になって震えている家老に視線を向けた。
「なあ、家老殿。このままこっちで処理しようか?」
「そ、それは……っ!」
家老が苦悩に顔を歪めている間にも、ザラの暴力は止まらない。
「お前さ、姫だか王女か知らんけど、ウチの国にケンカ売ったんだから楽に死ねると思うなよ?」
ボコッ、ドゴッ。
ザラの拳と蹴りが的確にツキヒメの体を打ち据え、着物が土と血で汚れていく。
そんな惨状を静かに見下ろしていたセリーナさんが、ふと刀を抜き放ち、歩み寄った。
「ザラ、かわいそうじゃない」
「あ?」
「髪掴んで、うなじ出して。痛くないように首刎ねてあげる」
セリーナさんの慈悲深いような、それでいて一切の感情が欠落した冷ややかな声。
「ハハッ、アンタは脳筋のくせに優しいよねえ。良かったな、セリーナなら綺麗に首刎ねてくれるから痛くないぞ?」
ザラは笑いながらツキヒメの髪を上に引き上げ、白いうなじを無理やり露出させて地面に膝をつかせた。
「ひっ……あ、いや、たすけ……許し、て……っ」
ツキヒメは完全に顔をクシャクシャにして泣き叫び、その豪奢な着物の下からはツンとした臭いと、生温かい黄色い染みが広がっていく。色んな物を漏らしながら、必死に命乞いを始めた。
だが、誰も止めに入れない。
ザラとセリーナが発する常軌を逸した殺気と、人を殺すことに何の躊躇いもない狂気に呑まれ、アマテラスの武士たちは誰一人としてその場から動けなくなっていたのだ。
「やっと反省できたのね。生まれ変わったらちゃんと生きなさい」
セリーナさんが優しく語りかけ、冷たい刃を頭上高く振り上げる。
ツキヒメが絶望に目を剥き、刃が振り下ろされようとした、その瞬間だった。
「どうかお待ちくだされ!!!」
政庁の奥から、十歳くらいの小さな少年が飛び出してきた。
彼は血溜まりも気にせず、俺たちの前で勢いよく土下座をした。
「今回の件、全てはこのトキマルの責任でござれば! 咎は、私が受けるべきものでございます!」
「ト、トキマル様! いけません!」
家老が悲痛な声を上げる。
このお家騒動のそもそもの原因であり、次期当主であるトキマル。
俺は、ガタガタと小さな肩を震わせながらも、自分の姉を守るために命を投げ出そうとしているその十歳の少年のつむじを見下ろした。
(……ほう)
自分のことしか頭になかった姉に比べれば、いくらか骨があるらしい。
振り下ろされそうになったセリーナの刀を片手で制止しながら、俺は土下座する少年に、少しだけ面白そうな視線を向けていた。




