第64話:大名行列の退屈と、国境に潜む影
海府の港で聞いた出航のドラが、遠い幻のように思える。
ノキア王国の特命全権大使として、アマテラスの王都『トキ』へと向かう大名行列。
表向きの威厳を保つために用意された最高級の馬車は、確かに座り心地こそ抜群だったが、その移動速度は歩くのと大して変わらない。
アマテラスの役人からは「全権大使閣下が軽々しく姿を晒しては国の威信に関わります」と釘を刺されているため、外を歩いて気晴らしをすることもできない。
(だりぃ……。早くも飽きてきたぞ、これ……)
窓の外の代わり映えしない景色を眺めながら、俺は何度目かも分からない溜息を吐き出した。
そんな俺を、向かいの席に座るレナが潤んだ瞳で見つめてきた。
「ケント様。退屈でしたら、私がまた、お体のお世話をして差し上げますよ?」
病院で俺が動けないのをいいことに跨ってきた前科を持つ、むっつりメイドの甘い誘惑。
逃げ場のない密室。外の足音に掻き消される環境。
あっという間に俺の理性が吹き飛び、馬車の中で密やかで濃厚な時間が始まってしまい――。
コン、コン。
どれほどの時間が経っただろうか。
馬車の窓枠を叩く音が響き、外からセリーナさんの声が届いた。
「ケント君、アマテラス側から間もなく休憩をとると連絡が来たわ。一度降りてみない?」
「あ、はいっ! すぐ降ります!」
俺は慌ててレナから離れ、乱れた服を大急ぎで整えた。
何事もなかったような顔を作って扉を開けると、そこには、俺と、背後で急いで服を直したのが丸わかりのレナを、スッと冷え切った『チベットスナギツネの眼』で見つめるセリーナさんが立っていた。
「……随分と、お忙しかったようね」
「あ……っ」
俺が冷や汗を流していると、大剣を肩に担いだザラがゲラゲラと笑いながらやってきた。
「はははっ! レナは病院でも跨ってきた前科持ちの大ムッツリなんだから、密室でこうなるのは最初から分かってたことだよ!」
「ザラさん、笑い事ではありません。ノキアの貴族は破廉恥だと誤解されてしまいます」
セリーナさんが呆れ果てる中、ザラはニヤリと笑った。
「だったらさ、いっそのこと、アタシらもローテーションで馬車に乗ろうじゃないか。アタシも退屈しのぎにケントに『お世話』してほしいしねぇ」
「なっ……あなたまで何を……っ!」
赤面するセリーナさんをよそに、俺たちの使節団は退屈ながらも、それなりに楽しく街道を進んでいった。
そして、大名行列が出発して三日目の夜。
野営の準備が進む中、ザラが厳しい表情で俺の元へやってきた。
「ケント。ちょっとおかしいねぇ。さっきから、森からも街道からも、全く動物の気配が消えてやがる」
「ええ、私も何か変だと思っていたわ」
夜回りをしていたセリーナさんも同意する。
俺はすぐさま付近で一番高い木に登り、仮面の魔眼の波長を熱源感知に切り替えて周囲を見渡した。
「……見つけた。一キロほど離れた場所に、かなりの数の人影があるぞ」
木から飛び降り、俺はザラたちに状況を伝えた。
「武装した集団だ。数は百以上。半分が迂回しながらこっちに向かってきてる」
すぐさま、野営地の背後にある切り立った崖を利用して、荷馬車と馬車で半円状のバリケードを構築させる。文官や非戦闘員をその後ろに押し込み、アマテラスの武士の半数と、俺、セリーナさんでここを固める。
残りの半数の武士とザラは、街道の正面から向かってきている本隊を迎え撃ちに出た。
三十分後。
暗い街道の先から、手槍や粗末な刀で武装した五十人以上の賊が現れた。
迎え撃つのは、ザラと十数人の武士たちだけ。
「まさか自国の、こんな名もなき街道で骨を埋めることになるとは……」
武士たちが悲壮な覚悟で刀を握る中、先頭に立つザラは大剣を低く構え、獰猛に嗤った。
彼女は、俺から教わった魔力操作の応用を使い、自身の魔力を微弱に絞って前方の地面に放った。
ブワッ、と。
魔法の光すらない不意打ちで、大量の砂埃が風に乗って賊たちの顔面を直撃した。
「うおっ!? 目がっ!」
「ごほっ! げほっ!」
突然視界と呼吸を奪われ、完全に足が止まる賊たち。
その隙を突き、ザラはインナーバフで底上げした尋常ではない筋力で大剣を振り回し、砂煙の中へと突っ込んだ。
バキィッ! ドゴォッ!
人間を斬る音ではない。ザラの大剣は、目が見えずに狼狽える賊たちを、まるで森の木を『伐り倒す』ように、力任せに次々と叩き伏せていく。
瞬く間に半数が地に沈み、残った賊たちは完全に腰が引けて後ずさった。
ザラは血塗れの大剣を地面に突き刺し、後ろの武士たちを振り返った。
「ほら、何やってるんだい! まだ残ってるだろ? 首、獲り放題だよ!」
「お、応っ!!」
ザラの無茶苦茶な煽りに乗せられ、武士たちが一方的な掃討を開始する。
俺は隣にいたアマテラスの役人に声をかけた。
「あのままだとみんな殺しちゃうけど、大丈夫?」
「ひぃっ!? ぜ、全員斬らないでくだされーっ!」
慌てて役人が街道へ向かって走り出すのを見送りながら、俺はザラに向かって叫んだ。
「ザラ! さっき言った通り、そろそろ森から別動隊が出てくるぞ!」
ザラは「了解だ」と頷くと、馬車の前にいたセリーナさんとタッチを交わし、そのままバリケードの前にどかっと座り込んでニヤッと笑った。
セリーナさんも笑い返し、馬車の護衛についていた残り半数の武士たちに向き直った。
「貴殿らも、彼らのように侍であると示す機会よ! 私が半数もらう。残りは貴殿らの得物だ、存分に武勇を示せ!」
「おおおおうッ!!」
セリーナさんの煽りで無駄に士気が爆上がりする武士たち。
その直後、野営地を囲む森の茂みから、挟み撃ちを狙っていた別動隊の五十人が一斉に飛び出してきた。
彼らが姿を現した、まさにその瞬間だった。
ドゴォォォォォンッ!!
セリーナさんの放った高火力の火魔法が、森の入り口で炸裂した。
十人以上の賊が悲鳴を上げる間もなく爆炎に吹き飛ばされる。それを合図に、セリーナさんが叫んだ。
「オラぁぁぁぁぁぁぁ!全員、ブチ殺せぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
彼女はそのまま先頭に立って突っ込み、当たるを幸いに、見たこともないような獰猛な笑い顔で賊を斬って回っていた。
俺とレナは、セリーナさんが本気で戦う姿をまともに見るのが初めてだったため、言葉を失って完全にドン引きしていた。
レナは「私、セリーナ様には一生逆らわないと誓いますわ……」とカタカタと震えている。
「……相っ変わらず、アイツってば脳筋だよねぇ!」
防衛線での彼女の戦いぶりを知っているザラだけが、腹を抱えて爆笑している。
やがて、動くものが誰もいなくなった野営地。
返り血を浴びたセリーナさんが、椿が打った真新しい『鬼椿』の銘が入った刀を無造作に肩に乗せ、武士たちを引き連れて戻ってきた。
「ふぅ……。ケント君、怪我はない? 綺麗に片付いたわよ」
「あ、ええ……。セリーナさん、お疲れ様です。凄かったです、はい……」
俺が引きつった笑顔で答えると、彼女は「よかったわ」と、いつもの優しい微笑みに戻ったが、その顔が返り血まみれなせいで、恐怖しか感じなかった。
捕らえられた数人の捕虜は、役人が尋問しても頑なに口を割ろうとしない。
俺は前に出た。
「ちょっと借りるね」
俺は一人の賊の髪を掴み、馬車の陰へと引きずり込んだ。
数秒後、この世のものとは思えない凄惨な悲鳴が響き渡る。
そして俺は、両足の肉を削がれて『フェザースティック』のようになった賊を引きずりながら、馬車の陰から出てきた。
泣いて許しを乞う賊の横で、俺はすごく良い笑顔を作って皆に告げた。
「黒幕が分りましたよ」




