第62話:鉄と炎の街クニトモと、異種族の天才職人たち
海府の街を出発し、馬車に揺られること数日。
俺たちは山あいに開けた盆地、アマテラス随一の技術力を誇る職人たちの街――『クニトモ』へと足を踏み入れた。
街に近づくにつれ、空は立ち上る黒煙で薄暗く霞み、むせ返るような石炭と鉄の匂いが鼻腔を突く。
そして何より圧倒されるのは『音』だ。街の至る所に軒を連ねる無数の鍛冶工房から、カン、カン、という小気味よい鉄を打つ音が絶え間なく響き渡り、まるで街全体がひとつの巨大な心臓のように脈打っているかのようだった。
「すげえ熱気だな。ここがクニトモか」
「活気があるのはいいことだけど、少し息苦しいわね。レナ、ケント君の火傷の痕に煤が入らないように、少し風魔法で覆ってあげて」
「はい、セリーナ様。ケント様、お任せくださいませ」
セリーナさんの指示で、レナが俺の周囲に薄い風の結界を張ってくれる。
俺たちは馬車を降り、活気あふれる職人街の大通りを歩き始めた。
「ケント、スカウトの目星はついてるのかい?」
周囲の武具屋に並ぶ刀剣を興味深そうに眺めながら、ザラが尋ねてきた。俺は頷く。
「ああ。朧の姐さんから聞いてる情報じゃ、この街には飛び抜けた二人の天才がいるらしい。『鬼重』という銘の、鉄をも両断するという評判の刀を打つ刀鍛冶。それから、『豊和』という銘の、帝国の新型銃の中でも特別に出来の良かった銃を作った鉄砲鍛冶だ」
ノキアの軍事力を底上げするためには、インナーバフといった『ソフトウェア(技術)』だけでなく、それを十全に活かすための『ハードウェア(装備)』の進化が不可欠だ。
俺たちはまず、凄腕の刀匠として名高い『鬼重』の工房を尋ねることにした。
大通りから少し入った、一際大きな炉を備えた工房。
厳めしい看板が掲げられた暖簾をくぐると、そこには意外な光景が広がっていた。
「いらっしゃい……。刀のご注文ですか?」
赤々と燃える炉の前に立っていたのは、屈強で気難しいヒゲの親父などではない。
ほんのりと浅黒い肌に、額から可愛らしい二本の小さな角を生やした、小柄な少女だった。手には彼女の体格には不釣り合いなほど大きな金槌を握り、顔には煤をくっつけている。
「……小鬼族か。ノキアじゃ見ないけど可愛いな」
ザラが小さく呟く。
この世界線において、ゴブリンは人を襲うモンスターなどではない。人間よりも小柄だが、その体には強い膂力を秘めており、何より手先が極めて器用な『良い隣人』として人間社会に溶け込んでいる種族だ。
彼女もまた、その持ち前の力と器用さを活かして、この熱い炉の前で鍛冶仕事をしているらしい。
「ああ、あんたがここの受付かい? 『鬼重』の親方を呼んでほしいんだが」
俺が声をかけると、ゴブリンの少女はビクッと肩を揺らし、どこか自信なさげに俯いた。
「……私が、『鬼重』です。二代目の、鬼重です」
「あなたが? こんな若い女の子が、あの名刀を?」
セリーナさんが驚きの声を上げる。
ゴブリンの少女は、炉の横に置かれた一本の未完成の刀を見つめ、ギュッと小さな拳を握りしめた。
「はい。元々は、私の母が初代『鬼重』でした。母は本当に凄い鍛冶師で……鉄を紙のように斬り裂く刀を打つ、クニトモでも最高の職人だったんです。でも、母が亡くなって、私が二代目を継いだんですけど……」
彼女の目から、ポロリと悔しそうな涙がこぼれ落ちた。
「私の打つ刀は、まだ母の刀には遠く及ばなくて……。お客さんたちも『やっぱり先代には敵わないな』って。いくら鉄を叩いても、母の背中が遠ざかっていくばかりで……」
偉大な先代の背中を追うプレッシャー。
周囲からの「初代と比較される」という残酷な評価。それに押し潰されそうになりながらも、彼女はこの熱い炉の前で、たった一人で鉄を叩き続けているのだろう。
俺はそのひたむきな姿に、前世で結果を出せずに苦しんでいた後輩の姿を重ね合わせ、確かな好感を覚えた。
「……そうか」
俺は彼女の前にしゃがみ込み、視線を合わせた。
「なら、俺の国に来ないか?」
「え……?」
「ここはクニトモだ。偉大な初代『鬼重』の伝説が色濃く残る街。ここにいる限り、お前は一生『二代目』という色眼鏡で見られ続ける。だが、俺たちの国、ノキア王国なら違う」
俺は真っ直ぐに、彼女の目を見据えた。
「全く違う環境、違う文化の金属に触れれば、お前の鍛冶にも新しい閃きが生まれるかもしれない。それに、ノキアには『初代・鬼重』のしがらみなんて一切ない。……お前は『二代目』じゃなく、お前自身の名前と腕だけで、新しい伝説を作れるんだぞ」
環境を変え、しがらみを断ち切り、己の力だけで勝負する場所を与える。
俺のヘッドハンティングの言葉に、ゴブリンの少女はパッと顔を上げ、その大きな瞳をキラキラと輝かせた。
「私の、名前で……! 違う金属、新しい国……っ!」
「ああ。環境も工房も、最高のものを用意してやる。お前の腕を、俺に買わせてくれ」
少女は涙を乱暴に拭い去り、力強く頷いた。
手応えは完璧だ。俺は「準備ができたら迎えの者を寄越す」と告げ、二代目『鬼重』の工房を後にした。
次に向かったのは、街の外れにある静かな工房だった。
刀鍛冶の喧騒からは少し離れた、火薬の匂いが微かに漂うその場所。ここが、帝国の新型銃の中でも最高峰の出来を誇ったという鉄砲鍛冶『豊和』の工房だ。
「ごめんください。豊和さんはおいでですか?」
扉を開けると、そこには無数の細かい金属パーツと、精緻な設計図の山があった。
そして部屋の中央で、分解された火縄銃のパーツをルーペで覗き込んでいたのは――長く尖った耳を持つ、金髪のエルフの職人だった。
「……おや。お客さんとは珍しい。私は豊和。見ての通り、しがない鉄砲鍛冶ですよ」
豊和は、長い人生を生きてきたエルフ特有の、どこか静かで諦観の混じった瞳で俺たちを見た。
俺は挨拶もそこそこに、ノキア王国へのスカウトの要件を伝えた。新型銃の脅威に対抗するため、ノキアでも銃器の生産と研究を行いたいこと。そして、彼の卓越した技術を国を挙げて支援したいこと。
「……私の技術をノキアで広めろ、ですか。資金や環境の提供はありがたい。しかし、一つ大きな問題がありましてね」
豊和は深くため息をつき、手元の銃のパーツをカチャリと置いた。
「私はエルフです。長い、長い人生をかけて、少しずつこの鉄砲鍛冶の技術を感覚として磨いてきました。鉄の温度、火薬の調合、部品の噛み合わせ……すべてが私の『指先』と『勘』に染み付いている」
彼は寂しそうに目を伏せた。
「しかし、人間にそれを教えようとしても、彼らは寿命が短すぎる。私が十年かけて感覚で教えようとする工程を、彼らは数年で焦って身につけようとし、結果として中途半端な技術しか継承できないのです。私の技術を『形』にして、正確に後進に遺すことができず……私はずっと、孤独に悩んでおりましてな」
長命種ゆえの、技術継承のジレンマ。
感覚や経験という言語化しにくいものを、短命な種族にどうやって伝えるか。エルフの職人にとって、それは技術の断絶を意味する絶望的な壁なのだろう。
だが。
その悩みを聞いた瞬間、俺の脳裏に『ある人物』の顔が強烈にフラッシュバックした。
分厚い眼鏡をかけ、だらしない白衣の下に豊かな胸を揺らし、常に徹夜明けでボサボサの髪をしている変人教師。
新しい技術が大好きで、どんな複雑な魔法陣や物理法則であっても完璧に解析し、それを『教科書』として体系化して、誰にでも教えられるようにする狂気の天才。
「……豊和さん。それなら全く心配いりませんよ」
俺は、ニヤリと最高に悪どい笑みを浮かべた。
「ノキアに来れば、貴方のその職人の『感覚』を完璧に言語化し、マニュアル化して、教科書として作り上げて教えることができる、最高の人物に心当たりがあります」
「ほう……? 私の百年の感覚を、書物にできる者がいると?」
「ええ。ちょっと猫背で、おっぱいが大きくて、いつも徹夜して奇声を上げてる変な先生なんですけどね。彼女にかかれば、あなたの技術は百年先まで正確に遺りますよ」
俺が自信満々にそう告げると、エルフの職人は「ほう、それは興味深い……!」と、これまでの諦観が嘘のように目を輝かせた。
こうして、二代目『鬼重』のゴブリンの少女と、エルフの鉄砲鍛冶『豊和』。
アマテラスが誇る二人の天才異種族職人を、俺はノキア王国の新たな軍事産業の要として、完璧な条件でスカウトすることに成功したのだった。




