第57話:喪われた機能と、看病ヒロイン決定戦(全滅編)
帝国との苛烈な戦争が終結し、王都にようやく平穏な空気が戻り始めていた。
モウデック公爵との間で結ばれた講和条約は、着々と実行に移されていた。
取り決め通り、帝国から皇女の輿入れが正式に決定。来年の学園の新学期に合わせて彼女はノキアへ入り、シャルの卒業と同時に婚姻が結ばれることになった。
さらに、ノキア王国側からも、王室を絶やさないための『第二正妃』を国内貴族から選定して同時に娶ることが決定。そしてその婚姻の日をもって、現王は陛下の称号を保ちつつ退位し、シャルムが新たな『ノキア国王』として即位するという、異例のスピードでの王権移譲が発表されたのだ。
「お前さ、卒業と同時に嫁さん二人ってマジ? あの純情DT王子が、一気にハーレム王じゃねえか。ウケるw」
俺の病室に見舞いに来たシャルにそう言って笑うと、次期国王は顔を茹でダコのように真っ赤にして抗議してきた。
「や、やめろよケント! 僕だって好きでやってるわけじゃない、王としての義務なんだから! ……でも、その、二人ともどんな子なのか、やっぱり少し緊張するっていうか……」
「顔も知らない相手と政略結婚だもんな。まあ、お前なら上手くやるさ」
俺が茶化しながらも背中を押してやると、シャルは少しだけ安堵したように笑い、そして俺の体を痛ましそうに見つめた後、政務に戻っていった。
シャルの背中を見送り、俺はベッドの上で自分の右半身を見下ろした。
あの地下牢での自爆相殺の代償は、決して軽いものではなかった。
右目の視力と、右耳の聴力は完全に失われている。
右顔面は、額から顎の横にかけて皮膚が焼け爛れ、前世の漫画で読んだ『幽〇白書の躯』のような、痛々しいケロイド状の傷跡が残っていた。右半身全体も基本的には焼け焦げた痕が消えていない。
右手は、薬指と小指が欠損。そして一番厄介なのが右足だ。足首から先が完全に吹き飛んで欠損しており、おまけに膝から下の機能が死んでいる。
退院に向けてリハビリをしているが、これが困難を極めていた。
指がないせいで物を握る感覚が狂い、剣はおろかコップを持つ落としそうになる。右足に至っては『インナーバフ』で魔力を通して無理やり動かそうとしても、膝の関節自体が固まって曲がらないし、足首がないので踏み込むこともできない。
(魔法で何もかも元通り、とはいかねえか。まあ、命があって家族が守れたんだ、安い代償だろ)
前世で体を壊して孤独死した社畜からすれば、生きて笑えているだけで十分すぎるほどだった。
それに、俺の周りには献身的に支えてくれる家族がいる……はずなのだが。
現在、俺の病室には『ある一人』を除いて、見事に誰もいなかった。看病ヒロイン決定戦は、早々に全滅の憂き目に遭っていたのだ。
まず、シーナとクロエ。
彼女たちは「私たちがずっと看病します!」と泣きついてきたが、俺が「お前らが平和に暮らすために命を懸けたんだ。ちゃんと学園に行ってこい」と正論で諭した結果、大号泣しながら撃沈して学園へと戻っていった。
次にザラ。
「アタシがついててやるよ」と言ってくれたのはありがたかったが、国境付近で帝国軍の残党が野盗化しているという報せを聞くや否や、「お前が安心して眠れるように、全部狩り尽くしてきてやる!」と物騒なことを叫んで、大剣を担いで討伐に出向いてしまい撃沈。
そしてレナ。
専属メイドとして見の回りの世話をしてくれていたのだが……俺が長期間ベッドに寝たきりだったせいで、彼女の中で性欲と母性が何かのバグを起こしたらしい。病人で動けない俺の下半身を過剰に『お世話(R18)』しようと馬乗りになってきて、俺自体もご無沙汰でノリノリになってしまったところを、見回りに来たニナ母さんに見つかり、二人そろって大目玉。見事に出入り禁止となって撃沈した。
では、そのニナ母さんはどうしたかというと。
ガルドとの連座の件で完全に腹を括ったギデオン親父殿が、ついに「愛しています」と母さんに男らしく思いを伝えたのだ。母さんもそれを受け入れ、まさかの『側室』としてギデオン家に入ることが決定した。
正妻と死別している親父殿からすれば、今後新しい正妻を娶らない限り、母さんが事実上の正妻扱いとなる。侯爵が事後処理で王都から離れられないため、ギデオン夫妻はルミナス領とバルガス領を差配するために、二人揃って領地へと帰っていったのだ。最高にハッピーエンドだが、看病枠としては撃沈(寿退場)である。
というわけで。
現在、俺の身の回りの世話をしてくれているのは、王都防衛戦を終えて残っていたセリーナさんだった。
「ケント君。お水、飲む? 無理しないでね、私が持ってあげるから」
「あ、ありがとうございます、セリーナさん」
ベッドの横で、リンゴを剥いてくれたり水を飲ませてくれたりするセリーナさん。
前世の年齢からすれば、バツイチで大人の色気と落ち着きを持つ三十代の美人なんて、俺の大好物ど真ん中である。
おまけに、俺が死に際に無駄に「初恋でした」なんてクサい告白をしてしまったせいで、彼女が俺を見る目には明らかな熱がこもっており、病室には常に甘酸っぱい空気が漂っていた。
「……ケント君」
「はい」
俺が水を受け取ろうと手を伸ばした時、セリーナさんの白い手と、俺の火傷だらけの手がそっと重なった。
彼女は手を引っ込めず、そのまま俺の指を優しく包み込む。
沈黙。
病室に、静かでドキドキするような時間が流れる。
潤んだ瞳で見つめ合う俺たち。セリーナさんの顔が、少しずつ、少しずつこちらへと近づいてくる。大人の女性の、甘く良い匂いがした。
目を閉じかけた、まさにその瞬間。
バンッ!!!
「できました! これは良いですよー! ケントくーん!!」
病室のドアが木っ端微塵になる勢いで蹴り開けられた。
ビクッと肩を震わせ、慌てて距離を取るセリーナさんと俺。
入り口に立っていたのは、漫画のように真っ黒な隈を目の下に作り、髪はボサボサ。徹夜明け特有のちょっと酸っぱい匂いを漂わせた、『生活魔法研究会』顧問のオリヴィア先生だった。
「せ、先生……? ノックくらいしてくださいよ……」
「そんなことより見てください! 男爵の脚の欠損と神経の断裂を補うための、魔力駆動式・外骨格義足の試作機です!!」
オリヴィア先生は、鼻息を荒くしながら金属と革でできたゴツい機械の脚を掲げてみせた。
最高のムードをぶち壊された苛立ちはあるが、彼女が徹夜で俺のためにこれを作ってくれた事実には感謝しかない。
俺は深くため息をつき、セリーナさんと顔を見合わせて、苦笑いを浮かべたのだった。




