第47話:君臣の誓いと、人間フェザースティック
ノキア王国に入って二日。
道中、俺たちが目にしたのは、蛮行としか言いようのない惨状だった。
この辺りはマセック国との国境地帯であり、本来なら王都が抜かれない限り戦場にはならない場所だ。だが、帝国皇子の「要請」という名の脅迫に屈したマセック国が、ノキアとの協定をあっさりと破棄し、皇子軍の領内通過を認めた。
結果として、避難する暇もなかった村や町が、一方的に蹂躙されていた。
家屋は焼かれ、男は殺され、子供や赤子までもが明らかに面白半分に嬲り殺されていた。女たちは凌辱の末に殺され、ゴミのように道端に晒されている。
「……帝国人は、皆殺しだ」
血まみれの村の惨状を見下ろしながら、シャルが血を吐くような声で呟いた。その目は完全に据わっている。
俺は無言でシャルの胸倉を掴み、強引にこちらを向かせた。
「戦場で帝国兵を倒すのは構わん。だが、お前はたとえそう思っていても、『皆殺し』なんて言葉を口にしちゃいけない」
「……なんでさ。こいつらは、僕の国の民をッ……!」
「お前が口にすれば、ノキアの人間は全員そう思ってしまうからだ。怒りに任せた虐殺を、国が肯定したことになる。だからダメだ」
俺はシャルの胸倉を掴んだまま、低く、はっきりと告げた。
「もし皆殺しにするなら、それは俺の役目だ。お前はそれを黙認すればいい。そして、それで国の利益が損なわれるなら、俺を斬れ。……それがお前の役目で、俺の役目なんだよ」
シャルはしばらく俺を睨みつけていたが、やがてギリッと唇を噛み、小さく頷いた。
馬車を進めると、前方に帝国軍の大休止の陣が見えた。規模は約三万。だが、規律はなく完全に緩み切っている。村々を蹂躙し、略奪品と酒に酔っているのだ。
「吹き飛ばす」
シャルが弓に手をかけた、その時だった。
「待ちな。あそこにノキアの人間がいるよ」
望遠鏡で敵陣を探っていた朧が、鋭い声で言った。
見れば、陣の奥にある天幕の前に、十数人の女たちが縄で繋がれていた。その横で、逃げようとしたらしい半裸の女が帝国兵に殴り飛ばされている。慰安用として捕らえられた村の女たちだ。
「あの野郎ッ……!」
シャルと俺が同時に飛び出そうとした瞬間――パァンッ、パァンッ!! と、立て続けに俺たちの頬に乾いた音が響いた。
「キレたふりでごまかすんじゃないよ!」
朧が、鬼のような形相で俺たちを睨みつけていた。
「キチンと現実を見な。いいかい、あんた達が考えなしに突っ込んで暴れたら、そりゃあ気持ちいいだろうさ。でもね、あの女たちは死ぬだろうし、あんた達だって死ぬかもしれない。それで誰が得するんだい? アタシら紅屋が、ここまで来て得がないなんてまっぴらだよ」
頬の痛みに、頭の血が一気に冷える。
「どうしたいのか。何ができるのか。出来ないならどう工夫するのか。ここで落ち着くのが一人前の男だろ。それとも、あんた達はまだガキなのかい?」
朧の正論に、俺もシャルも返す言葉がなかった。
大きく深呼吸を一つする。
「……そうだな、悪かった。作戦を立てようぜシャル」
方針は決まった。
女たちがいる区画の反対側へ、結界上部のギリギリや横から、シャルが指向性の爆鳴気で断続的な爆撃を行う。軍が動いても女たちは同じ場所にいる可能性が高い。とにかく兵士たちだけを女のいる天幕から引き離すように誘導する。
その隙に俺が天幕へ潜入し、周辺の残敵を掃除する。女たちや馬車を確保した後に「処理」に出る。地下に浸透させた爆鳴気で陣を派手に吹き飛ばし、見つけた人間は全て殺しながらシャルと合流して司令部を叩く。
「いくぞ」
作戦は機能した。これだけ緩み切ってれば簡単だった。
シャルが陣の反対側を吹き飛ばし、パニックになった帝国兵たちがそちらへ殺到する。俺はその隙に天幕へ回り込み、見張りの兵士の肺に直接砂を発生させて視界と呼吸を奪い、音もなく首を刎ねていった。
「もう大丈夫だ。こっちへ」
怯える女たちを確保し、馬車に乗せて陣から離脱させる。
安全圏まで離れたのを見届けた後、俺は地中に仕込んでおいた爆鳴気を一斉に起爆した。
大地が弾け飛び、陣のあちこちで火柱が上がり兵が吹き飛ぶ。
俺は逃げ惑う帝国兵を片っ端から切り伏せながら、反対側から陣を壊滅させてきたシャルと合流し、一番大きな天幕――司令部へと突入した。
だが、司令部には、『魔法封じの魔道具』が生き残っていた。
得意の土魔法の援護なく、剣を抜いて踏み込もうとした瞬間、天幕の奥から凄まじい熱量の火魔法が飛んできた。
「ッ!」
俺はとっさに足元の泥に手を入れた。魔道具の結界が届かない地中に魔力を通し、足元の土をごっそりと『収納』し、即席の塹壕を作り、転がり落ちる。
俺とシャルがその穴に落ちた直後、頭上を猛烈な火炎が通り過ぎていった。
「野郎……」
手練れの魔導師がいれば、自分たちが攻撃する瞬間だけ魔道具をOFFにし、それ以外はONにするような使い方ができるらしい。
だが、俺たちが飛び込んだこの塹壕の中には結界が届いていない。
「任せてよ、ケント」
シャルが塹壕の中でスッと土に手をあてた。
直後、天幕の奥、魔法を撃ってきた敵の足元の地面が突然弾け飛び、凄まじい火柱が立ち上った。
「ぎゃあああああっ!?」
炎に包まれて魔導師たちが転げ回る。
俺が地中から爆鳴気を浸透させる理屈を見て、シャルはそれを自分の火魔法に応用し、結界の通らない地下から直接、敵の足元へ火魔法を流し込んだのだ。
「……天才って嫌いだわ」
俺はぼやきながら塹壕から這い上がり、火だるまになった天幕の奥へと歩を進めた。
そこにいたのは、豪華な鎧を着て腰を抜かしている若い男だった。
襟章の形から、皇族だとわかる。
「ひっ、来るな! 私はウルの第三皇子、バズだぞ!」
俺はそいつの足を蹴り折って地面に這わせ、しゃがみ込んだ。
そして、指先からごく細く、そのまま放てばすぐに霧になってしまうほどの超高圧の『水魔法』を発生させる。
「さて、バズ殿下。少しお話を伺おうか」
俺はナイフでバズの腕の皮膚に軽く切れ目を入れ、そこに極細の高圧水流を当てた。
水流は肉の隙間に入り込み、まるで木の枝からフェザースティックを作るように、彼の皮膚と肉を薄く、薄く削ぎめくっていく。
「あ、ぎっ……!? ぎゃあああああああっ!!?」
「ここには約三万の兵がいたが、残りの二万はどこへ行った? 答えろ」
五回ほど肉の羽を作ってやったところで、バズは泣き叫びながら全てを吐いた。
正面の国境で本隊がノキア王国軍と睨み合っている間に、第一皇子が足の速い騎兵と歩兵の精鋭二万を連れ、北へと先行したという。目的は、北の砦に合流して王都へ一番乗りすること。
そしてもう一つ。
「ひぃっ、北の砦には『三人の戦女神』、セリーナ、ザラ、シーナがいる! 奴らを手に入れて、兄上たちと俺で分ける約束だったんだぁっ!!」
……あまりに馬鹿馬鹿しい理由だが、北の砦が危険なのは事実だ。
俺はバズの首を一息で刎ね飛ばし、天幕を出た。
「シャル。北が危ない」
「ああ。騎馬を奪って先行しよう。ここは朧さんたちに任せる」
俺たちは保護した女たちを預けるため、朧の前に軍馬を引いて戻った。
「朧の姐さん、あんた達は彼女たちを連れて、このままマセックへ抜けてくれ。これは護衛用の手土産だ」
俺は『収納』を開き、ドサリと木箱を取り出して見せた。
中には、帝国の『新型銃』と弾薬がぎっしりと詰まっていた。
「……まったく、最後の最後まで人使いが荒いね。死ぬんじゃないよ、あんた達」
朧が煙管をふかしながら笑う。
俺とシャルはそれぞれ奪った軍馬に跨った。
その時だ。
「それは……」
シャルが、俺の取り出した新型銃と、俺の顔を交互に見つめた。
あの船上で、ナザル皇子と「海に捨てる」と約束したはずの兵器。俺が密かに収納し、一人で約束を破る泥を被っていたことに、シャルは気付いたのだ。王国に、物理兵器の時代を生き抜く手札を残すために。
シャルは何も問いたださなかった。
ただ、ノキアの空を一度だけ見上げ、馬上で背筋を正し、真っ直ぐに俺を見据えて言った。
「では、『私たち』の国を傷つけた帝国を叩きに行こうか。……ヴォルガン」
それは友に対する口調ではない。ノキアの次期国王としての、明確な下命だった。
俺は口角を吊り上げ、馬上で深く頭を下げた。
「殿下の御意のままに」
二人は友人のまま、王子と臣下になった。
俺たちは馬の腹を蹴り、四万の軍勢が渦巻く北の戦場へと駆け出した。




