第45話:魔法封じの餓狼と、狂犬の折れない牙
血の海と化した軍港の一角。帝国兵を殲滅し終えた俺とシャルは、呆然としている紅屋の面々の元へ戻った。
「さて、と。このままここに居たら、あんた達もほぼ間違いなく反逆の共犯者にされるけど、一緒に来るかい?」
シャルがいつものような人懐っこい笑顔で、朧たちに手を差し出す。
「戦争が終わったら、アマテラスとノキアで交易を始めようと思ってるんだ。その時になれば、胸を張って帰れると思うよ。……まあ、ノキアが残ってりゃだけどね」
軽口を叩いているが、その目には次期国王としての強い責任感が宿っている。
朧は大きなため息を吐き、煙管をコンと鳴らした。
「……まったく、とんでもない貧乏くじを引いちまったねぇ。仕方ない、乗りかかった船だ。どこまでも付き合ってやるよ!」
こうして俺たちは、帝国に用意させていた紅屋の馬車に乗り込み、陸路でノキアを目指して出発した。
* * *
――俺たちが出発した数日後の、ウル帝国軍港。
凄惨な死体の山を、冷徹な目で検分している男がいた。
帝国特務憲兵隊――通称『餓狼』と呼ばれる部隊を率いる、グリュグ大尉である。
「ひどい有様だな。生存者の証言は?」
「はっ! 突然、船が爆発し、乗り組んでいた人間が上陸後、正体不明の魔法使い二人に蹂躙されたと……」
部下の報告を聞きながら、グリュグは石畳に散乱する肉片と、蜂の巣になった兵士の死体をしゃがみ込んで観察した。
「……魔法、だと? 馬鹿な。この遺体の損傷は、明らかに指向性を持たせた火薬兵器《疑似クレイモア》によるものだろう。未知の武器を隠し持った賊の仕業だというのか……」
グリュグは爆鳴気による遺体や現場の状況を、帝国が使っている『火薬』を使った武器だとみなした。
そして立ち上がり、周囲を見回す。
「それに、現場にいたはずのナザル殿下の遺体が見当たらん。賊に連れ去られたと考えるのが妥当だな。……全隊に出発の準備をさせろ。犯人はまだ遠くには行っていないはずだ」
* * *
「……まったく、あんた達は少し目を離すとすぐにとんでもない事をしでかすんだから。心臓がいくつあっても足りないよ」
馬車の中で、朧のネチネチとした小言が延々と続いていた。
俺たちは帝国を抜け、偽装先であるマセック国へと向かっていた。帝国、マセック、ノキアが接している国境付近から、ノキアへと滑り込む腹積もりだ。
だが、途中の宿場町に差し掛かった時、事態は急変した。
街の入り口の関所には、すでに黒い軍服を着た憲兵隊の先遣隊が陣取っていたのだ。
「落ち着きな。アタシに任せときなよ」
朧は馬車を降りると、アマテラスの越境手形を見せ、マセックの取引先へ向かう途中だと説明した。持ち前の色仕掛けと、袖の下に金貨を忍ばせる交渉術。検問の憲兵も鼻の下を伸ばし、通過を認めようとした、その時だった。
「待て」
低い声と共に、数人の部下を引き連れた軍人が現れた。
特務憲兵隊のグリュグ大尉だ。彼は鋭い鷹のような目で、朧と、馬車の御者台に座る俺たちをねめつけた。
「アマテラスの商人と、マセックの護衛……。妙な組み合わせだな。それに、今しがた隊員に賄賂を渡そうとしたな。連行しろ」
グリュグの合図で、憲兵たちが朧を取り囲む。
俺は舌打ちをし、いつものように微細な土煙を奴らの肺の空間に直接発生させ、咳き込ませた隙に突破しようと魔法を練り上げた。しかし、何も起きない。
……!?
一瞬、俺の思考が停止した。魔力は放出されている。だが、体外に出た瞬間に霧散し、魔法として構成されないのだ。
俺が動揺している間に、朧が憲兵たちに両腕を掴まれ、拘束されてしまう。
隣でシャルが顔色を変え、剣の柄に手をかけようとした。俺はとっさにシャルの腕を強く掴み、首を振って制止した。今ここで剣を抜けば、魔法なしで多勢に無勢。朧ごと殺されかねない。
朧は俺たちに「手を出さないで」と目配せをし、そのまま宿場町の奥へと連行されていった。
「……ケント! なんで止めたんだ!?」
関所から少し離れた路地裏で、シャルと紅屋の面々が俺に詰め寄る。俺は状況を説明した。
「さっきな、魔法を撃とうしたが、使えなくなってたんだ」
「使えなくなった……? そんな馬鹿な!」
「シャル、落ち着け。俺は連中を見ながら、距離を変えて何度か土魔法を試してみたんだ。俺たちの体外に放出する魔法は土も水も風も、空間を繋ぐ『収納』も、全てダメだった。ただ、体内で魔力を使う強化魔法は使えたから、魔力が無くなるわけでは無く、魔法を体外に出せなくなるらしいな」
俺は地面に図を描きながら続けた。
「だが、さっきの憲兵が乗ってきた黒い馬車が百メートルほど離れた所辺りから、魔法は正常に撃ち出せた。つまり、あの馬車の周辺百メートル以内では『魔法が無効化される』何かがあるってことだ」
その推測に、シャルが息を呑む。
「魔法無効化の魔道具を帝国は作り上げた?。……そうか!それが、帝国がノキアに攻め込む切っ掛けになったのか!」
「ああ。この魔道具でノキアの火魔法や防壁を封じれば、帝国側も魔法が使えなくても、自分たちはあらかじめ用意してあった『火薬』を使った兵器で一方的にアウトレンジから殺戮できる。圧倒的優位だ」
火薬自体はノキアでも知られているが、爆竹程度でしか使われていない。戦場で火薬なんて火魔法の良い的でしかないからだ。
だから、火薬を使った兵器も普及してないのだ。
俺たちは顔を見合わせた。
帝国の最大の切り札の正体に気づいた以上、なんとしてもノキアへ帰らなければならない。それも急いで。
……本当は朧は見捨てて、急ぐのが正解なんだろうけどなぁ。
「あー、シャル。俺は朧を助けてくるわ」
「うん!行こう!」
「いや、お前は先を急げよ。それに怪我されちゃ困んだよ」
「ケント、僕も身体強化使えるの知ってるでしょ。それに一人でノキアの戦場抜けるより、皆で抜ける方が安全じゃない?」
ニコリと笑うシャルを見て、説得は諦めた。
俺とシャルは、朧が連行されたと思われる宿場町で一番大きな宿屋へと急襲をかける。
扉を蹴り破り、中に突入した。一階にいた憲兵たちをシャルと二人で切り伏せていく。
「雑兵は僕に任せて! ケントは奥へ!」
「頼むぞ!」
俺は宿屋の奥、貴賓室の扉を蹴り飛ばして飛び込んだ。
だが、そこには拷問されて転がされている朧と――剣を抜いて待ち構えているグリュグ大尉の姿があった。
「やはり来たか。港を荒らしたネズミどもめ」
グリュグがニヤリと笑う。
「この女は強情だったがな。貴様ら、殿下をどこにやったかキッチリと吐いてもらうぞ」
俺は怒りを堪えながら腰の剣を抜き、体内の魔力を循環させる『インナーバフ』を限界まで引き上げた。体外に放出する魔法は封じられても、体内で完結する強化魔法なら使える。
踏み込み、袈裟懸けに剣を振り下ろす。
だが、強烈な金属音と共に、俺の一撃はあっさりと受け止められた。
「ほう。貴様ら、アマテラス式の『体内強化』が使えるのか。道理で我が部下たちが手も足も出なかったわけだ」
グリュグの踏み込み。その速度と重さは、俺と同等かそれ以上だった。
こいつ、アマテラス特有のインナーバフの使い手だ。しかも、剣術の技術そのものが俺よりも数段上回っている。おまけに室内戦闘に慣れている。狭い空間での立ち回りに一切の隙がない。
火花が散り、剣戟が交錯するたびに、俺は徐々に壁際へと追い詰められていく。
そしてついに。
「もらったァ!!」
グリュグの鋭い突きが、俺の防御をすり抜け、腹部深くに突き刺さった。
「がはっ……!」
「これで終わりだ、小童。魔法を封じられれば、貴様らなどただの的よ」
腹を貫通した刃。鮮血が床に滴り落ちる。
勝利を確信し、グリュグが残虐な笑みを浮かべた。
だが。
痛みに顔を歪めながらも、俺は口角を限界まで吊り上げ、嗤っていた。
「……あァ? 何がおかしい……ッ!?」
俺の狂気に満ちた目を見た瞬間、グリュグが危険を察知して剣から手を離し、飛び退こうとした。
だが、遅い。
俺は刺さった剣ごと一歩前に踏み込み、左手の指をグリュグの右目に深々と突き立てた。
「ぎゃあああああっ!?」
「魔法が無効化されるのは……体外に出た時だけだろ?」
俺は指を突き立てたまま、魔道具の効果が及ばない『グリュグの頭蓋骨の内部』――彼の体内で、直接魔法を発動させた。
極小の爆鳴気を生成し、断熱圧縮で起爆する。
パァンッ!!!
くぐもった破裂音と共に、グリュグの頭部が内側から弾け飛び、脳漿と血しぶきが部屋中にぶちまけられた。
首なしの死体が、ドサリと床に崩れ落ちる。
「はぁ……はぁ……ッ」
腹部からおびただしい血を流しながら、俺は拘束されていた朧の縄を剣で切り裂いた。
「ケント! あんた、そんな怪我……!」
「大丈夫だ……急いで、逃げるぞ」
外で待っていたシャルと合流し、俺たちは紅屋の馬車へと転がり込んだ。
馬車が猛スピードで宿場町を脱出し、国境へ向けて走り出す。
傷口を押さえる俺の手を、シャルが必死に布で縛り止めているのが見えた。
「ケント! しっかりして! ケント!!」
「……わりぃ、シャル。少し……寝るわ……」
シャルの叫び声と、朧の悲痛な声が遠ざかっていく。
激しい失血と魔力枯渇により、俺の意識は深い闇の中へと沈んでいった。




