第44話:決別と、王の覚悟
ウル帝国の軍港が見えてきた。
無数の軍艦が停泊し、あちこちの煙突から黒煙が上がっている。ノキアやアマテラスとは違う、鉄と石炭の匂いがする無骨な街だ。
甲板では、帝国兵たちが無事に帰還できそうだと安堵の声を漏らしている。マセック国民を装う俺たちも、下船の準備を整えながら手すりにもたれかかっていた。
俺は海を見つめたまま、意識だけを船底へと向ける。
新型銃と弾薬が積まれた船倉。俺は遠隔で収納に新型銃と弾薬を収納した。
ナザルは沈めれば終わりだと思っているようだが、引き上げて使ったり、今後帝国で複製されるようになると厄介だから回収させてもらう。
王国に戻ってから、爆鳴気使えない兵に使わせても良いし、戦後は研究と複製すべきだろうしな。
シャルはこういう事はナザルに義理を欠くようで嫌がるだろうから言わないでおく。
全てを収納した俺は、海に面した装甲板の裏側に、水と風の魔法でボウリング玉サイズの『爆鳴気』を作った。
空気を壁にして、一気に断熱圧縮する。
ドンッ、という鈍い振動が足の裏に伝わり、直後に船体が大きく傾いた。
甲板からでは見えないが、船底には確実に大穴が空いたはずだ。猛烈な勢いで海水が流れ込んでいく音が聞こえる。
「おい! 船底に穴が空いたぞ!」
「沈む! 早くボートを下ろせ!」
俺とシャルは適当に悲鳴を上げてパニックのフリをし、紅屋の面々と一緒に素早く救命艇に乗り込んだ。少し離れた場所では、ナザルも部下に指示を出すフリをして、ちゃっかり脱出の準備を進めていた。
俺たちを乗せた救命艇は、沈みゆく船を背にしてウルの港へと辿り着いた。
喧騒から少し離れた場所で、濡れた服を絞る。俺とシャル、そしてナザルが視線を交わした。武器の処理は済んだ。あとは互いに王になって平和条約を結ぶだけだ。そう確認しようとした、その時だった。
「帝国の勝利に栄光あれ!!」
港の中心部から、地鳴りのような歓声が上がった。
見れば、号外らしき紙を手にした帝国民や兵士たちが、熱狂的に肩を抱き合っている。ナザルが顔を顰め、近くの警備兵を呼び止めた。
「何があった。この騒ぎはなんだ」
「おお、将校殿! 朗報であります! 先日、第一皇子殿下が五万の精鋭を率いてノキア王国へ向けて進軍を開始されました! 国境の軍と合わせれば十万。帝国の勝利は確実ですぞ!」
その言葉を聞いた瞬間、ナザルの顔色が変わった。
「なんだと……!? 父上は、皇帝陛下は許可を出されたのか!?」
「さあ、我ら末端の兵にはそこまでの情報は……」
ナザルがよろめくように後退する。
ノキアとの国境にいる侵攻軍五万に、手柄を焦った第一皇子の五万が合流した。合わせて十万の軍勢。このままではノキアは蹂躙される。
俺とシャルは無言で顔を見合わせ、即座に踵を返した。急いでノキアへ戻るしかない。
「待ってくれ!!」
背後から、ナザルが悲痛な声を上げた。
「少し、時間をくれないか! 私が皇帝陛下に直接確認し、必ず……あの軍を止めてみせる!」
「……それはできない。待っている間に、ノキアの民が死んでいく」
振り返ったシャルの声は、酷く冷たかった。
「それにナザル殿。皇帝の指示すら聞かない馬鹿な皇子に率いられた五万の兵だ。途中の村や町での略奪や被害も、すでに悲惨なことになっているだろう。……そんな軍を止められない国と手を取るなんて、僕はノキアの民に言えないよ」
シャルの口から、船室での約束が明確に破棄された。
俺はシャルの横に立ち、首の骨を鳴らしながらナザルを見る。
「もういいだろ、急ぐぞ。……ああ、それとなナザル。お前の兄貴も侵攻軍も、途中の村や町でふざけた真似してやがったら皆殺しだ」
俺が言うと、ナザルはギリッと唇を噛んだ。
「せめて兵たちは……上の命令に従っているだけの者もいるのだ! 彼らまで……」
「いちいち調べる気なんかないね。俺がムカつく事やってたら、皆殺しだ。それにな、上に言われたからって殺し、犯し、奪うような連中を国に返したいのか?」
俺がきっぱりと言い放つと、ナザルは深く息を吐いた。
顔を上げた彼の瞳には、もう平和を語る青年の面影はなく、帝国の将校としての覚悟が決まっていた。
「……では、君たちを捕縛する。帝国がノキアでの戦闘を終えるまでは、ここに居てもらう」
ナザルが剣を抜いた。周囲にいた帝国兵たちがただ事ではないと気づき、こちらへ集まり始める。
シャルは、自らに刃を向けたナザルを静かに見つめていた。
「……貴方と夢を語れて良かった。いつか、帝国とも手を取れるかもしれないと思えたから」
シャルの手の中に、極限まで圧縮されたケシの実程度の不可視の爆鳴気の弾丸が練り上げられる。
「ありがとう。さようなら」
ズドンッ。
シャルから放たれた不可視の弾丸が、ナザルの胸を正確に撃ち抜いた。
帝国の穏健派、ナザル・アル・ウルは驚いたような顔のまま、音を立てて石畳の上に倒れ伏した。
「なっ……貴様ら、将校殿に何をッ!」
「反逆者だ! 殺せェ!!」
怒号と共に、数十人の帝国兵が四方から殺到してくる。
俺は舌打ちをし、石畳を極小の爆鳴気で砕いて無数の小石を生成した。そして指向性の爆鳴気を作成して、前方の集団に向けて扇状に撃ち出す。即席の魔法クレイモア地雷だ。
爆鳴気の衝撃波の威力に加え無数の石の散弾が、前方にいた十数人の兵士たちの肉体を文字通りミンチに変えた。
さらに、横から距離を詰めてきた奴らの顔面に直接砂を発生させる。
「が、あ……ッ!? 目が……息がッ!」
視界と呼吸を奪われ、気管を詰まらせて地面を転げ回る兵士たち。
俺は身体強化の魔法を起動し、悶え苦しむ奴らの間を抜けながら、作業でもこなすように淡々と首を刎ねていった。
一方的な殲滅を終え、剣の血を振り払う。
シャルは倒れたナザルの傍に屈み込み、見開かれたままのその瞳をそっと手で閉じてやっていた。
少しの間だけ俯いていたが、やがて顔を上げたシャルの表情からは、少年のような甘さが完全に消え去っていた。
ナザルの亡骸を海に投げ入れ、爆鳴気で完全に消滅させる。
「ケント! 掃除が終わったら出発しよう!」
ノキアの第一王子が、はっきりとした声で命じる。
俺は頷き、振り返った。
「ああ。急いで帰るぞ、俺たちの国へ」




