第39話:天才のひらめきと、うっかりの手違い
紅屋の商隊に混じり、港町『海府』へと向かう街道。
のどかな旅路になるかと思いきや、俺の機嫌は最悪のまま底辺を這いずっていた。理由は一つ。例の『姫』と呼ばれる小娘の乗った馬車が、護衛を求めて図々しくも商隊に合流してきたからだ。
「おいお前ら! 姫様に無礼だぞ、手打ちだぞ!」
俺とシャルが馬車の荷台でくつろいでいると、姫の馬車の新しい御者が偉そうに怒鳴りつけてきた。
耳をむしり取ってクビにしてやった前任者の代わりに入った男らしいが、どうやら事情を何も聞いていないらしい。隣では、口入屋の前で腰を抜かしていた護衛の男が、俺と目を合わせないようにしながら剣の柄に手を当てて威張っている。
俺の額に、ピキリと青筋が立った。
「……あいつら、この街道の真ん中で肥料になりたいのか?」
「まあまあケント、落ち着いて。それよりさ、さっきケントが火を起こすのに使ってた筒、あれ魔法じゃないよね? なんなの?」
殺意を練り上げ始めた俺を、シャルがのんきな声で引き戻す。
シャルの視線の先には、俺が前世の知識(アウトドアの趣味)で作った『ファイアーピストン(圧気発火器)』があった。鑑定値1の俺は火魔法が使えないため、物理的に火を起こす道具を用意していたのだ。
「ああ、これか。筒の中に細い棒を突っ込んで、一気に押し込むんだよ。そうすると中の空気が急激に圧縮されて、熱の逃げ場がなくなって超高温になる。『断熱圧縮』って言ってな、火種があれば魔法を使わなくても一瞬で火が点くんだ」
「へえー! ケントの世界の知識って本当に面白いね」
「あと、水魔法で出す『水』もな、あれは水って一つのものじゃなくて『水素』と『酸素』っていう二つの気体がくっついて出来てるんだ。それを引き剥がして混ぜると、ちょっと火の気があるだけで大爆発する『爆鳴気』になるんだぜ」
俺が何気なく教えてる前世の化学知識を、シャルは疑うこともなく「ふむふむ」と真剣な顔で聞いている。
本当にこいつは、人を信じると決めたら一切の疑いを持たない。王族特有の器のデカさなのか、単に俺への信頼が振り切れているのか。
その時だった。シャルの顔に、悪戯を思いついた子供のような、ピカッと輝く閃きの色が浮かんだ。
「ねえ、ケント。それってさ」
「ん?」
「俺が水魔法でその『爆鳴気』ってガスを作って、敵のところに飛ばすじゃん? で、着弾した瞬間に、さっきの『断熱圧縮』みたいに魔法の力でギュッ!って一気に圧縮したら……火魔法で着火しなくても、勝手に大爆発するんじゃない?」
俺は、持っていた干し肉をポロリと落とした。
「…………は?」
「だって、熱の逃げ場がないくらい急激に押し潰せば、火が点くほど高温になるんだろ? だったら、火魔法が使えない場所でも爆発させられるじゃん!」
天才か。いや、悪魔か。
俺はただの火起こしの道具の理屈を話しただけだ。それを聞いただけで、この異世界の第一王子は『魔法陣なしの完全遠隔操作・無反動の空間爆発兵器』のロジックを、自力で、一瞬で組み上げてしまった。
恐ろしいことに、完全に理にかなっている。実際に俺もシーナも断熱圧縮は使っているが、シャルに教える気は無かったのに、こいつはファイアーピストンを見て自力でたどり着きやがった
「……お前、本当にすげえな」
「えへへ、ケントの知識のおかげだよ!」
シャルが無邪気に笑った、その瞬間。
「ヒャッハー! 止まれ止まれェ!!」
「姫様を置いていけば命だけは助けてやるぜ!」
街道の両脇の茂みから、粗末な武装をした数十人の男たちが飛び出してきた。
盗賊……いや、身のこなしや足運びを見るに、訓練された兵士だ。おそらくお家騒動の対立派閥である家老の手の者たちが、盗賊を装って姫を拉致(あるいは暗殺)しに来たのだろう。
「ひぃっ!? 姫様、お下がりください! 貴様ら、近寄るな!」
御者が悲鳴を上げ、あの口ばかりの護衛は、剣を抜きはしたもののガクガクと震えながら馬車の陰に隠れて一歩も動こうとしない。
商隊の護衛たちが武器を構えて緊張が走る中、シャルが嬉々として立ち上がった。
「ケント! ちょうどいい的が来たよ! さっきの試していい!?」
「……おい!障壁の作り方とか色々とあr」
俺がシャルを止めようと話しているうちに、シャルは盗賊の集団に向けてスッと右手をかざした。
詠唱はない。ただ、水魔法で水素と酸素分けて生成した「爆鳴気」をシャルは風魔法に包んで撃ちだした
そして、シャルはかざした右手を、無邪気な笑顔のまま、ギュッと力強く握りしめた。
「圧縮ー!!」
――カッ!!!
火の気など一切ない空間で、太陽が落ちたかのような閃光が弾けた。
直後、鼓膜を破るような轟音と共に、理不尽なまでの衝撃波が吹き荒れる。
土煙が晴れた後には、盗賊の集団がいた場所が丸ごと抉れ、巨大なクレーターが口を開けていた。血の一滴すら残っていない、完全な『蒸発』だった。
とっさに、こちらからも指向性の爆鳴気をぶつけたうえで、ショボイ能力値1とはいえ、水、風、土の三重障壁で守らなかったら正直危なかった
「……マジでやりやがったな」
「やったー! 大成功だね、ケント!」
「大成功!じゃねえよ、危なかったじゃねえか!お前障壁の出し方や、爆鳴気の方向決めれるようになるまで禁止だ禁止!」
紅屋の女将である朧も、商隊の連中も、ポカンと口を開けてクレーターを見つめている。
さて、シャルの新兵器演習も終わったことだし、俺も俺の仕事をするとしよう。
俺はゆっくりと立ち上がり、腰を抜かしている姫の馬車へと歩み寄った。
「あわわ……ひ、ひぃっ……!」
「おっと、すまねえ。手が滑った」
俺は恐怖で固まっている新しい御者の胸ぐらを掴むと、「うっかり」その右耳を素手でブチリとむしり取った。
「ぎゃああああああああっ!?」
「いやあ、盗賊が怖くてな。つい力が入っちまったよ。……で、そっちの威勢のいい護衛さんは?」
「ひっ! く、来るな! 私は姫様の――ごふあっ!?」
俺は一瞬で間合いを詰め、護衛の鳩尾に容赦のない前蹴りを叩き込んだ。
くの字に折れ曲がって嘔吐する護衛の頭を掴み、そのまま地面に勢いよく叩きつける。メキリ、と鼻骨の折れる嫌な音が響いた。
「うおっと、危ねえ! 姫様、危ないですよー! 盗賊がまだ残ってましたー!」
俺は完全に抑揚のない棒読みで叫びながら、白目を剥いて痙攣する護衛の腹をさらに二、三度、「うっかり」強く踏みつけた。肋骨が何本か折れた気がするが、まあ敵と間違えたのだから仕方がない。
「ひぃっ、あ、悪魔……!」
馬車の中から、姫の引き攣った悲鳴が聞こえたが、聞こえないフリをした。
理不尽な暴力と圧倒的な破壊の痕跡を前に、街道は水を打ったように静まり返っていた。
呆然とする商隊の中で、朧だけが深く紫煙を吐き出しながら、引き攣った笑みを浮かべていた。
「……とんでもないバケモノどもを拾っちまったねぇ、アタシは」




