第35話:東の国の相棒と、若干サイコな交渉術
逃げた馬車の轍を追いかけて数時間。翻訳の腕輪で俺の日本語を訳せるのか、話すことは大丈夫か試して歩く。そして荒野の先に現れたのは、木造建築と瓦屋根が連なる巨大な街だった。
「建物の作りも、行き交う人々の服も全く違うな。ノキア王国とは完全に別の文化圏だ」
すれ違う人々は着物や袴のようなものを着て、腰には反りのある剣――刀を差している。
完全に和風だ。旧大陸とは海か何かで隔絶されているのだろう。
「まずは路銀だな。ケント、俺の装飾品を――」
「却下。そんな豪華なモンこんな異国で出したら、裏組織に『カモです』って宣伝して歩くようなもんだ」
シャルの提案を即座に切り捨て、俺たちは路地裏で服を着替えると、彼が着ていた質のいい騎士の鎧を武具屋に持ち込んだ。西の国の珍しい防具ということで、好事家向けにそこそこの値段がつく。
手に入れた資金で、今度はこの国の衣服と、刃こぼれした安い刀、使い古された皮鎧、それにボロボロの大鎧などを買い漁った。
「よし、当面の素材は確保した。とりあえず宿だ」
大通りから一本入った裏路地にある、年季の入った木造の安宿。
引き戸を開けて土間に入ると、シャルが目を輝かせてキョロキョロと辺りを見回し始めた。
「おおっ、これが平民の宿か! おいケント、絨毯がないぞ! この床は木か!?」
「声がでかいよ。お前は初めての修学旅行生か」
王宮育ちの箱入り王子は、安宿の何もかもが珍しいらしい。
俺が呆れていると、奥からドタドタと足音が近づいてきた。
「ちょっとアンタたち! ウチは静かなのが売りなの、玄関で大声出さないでよね!」
現れたのは、和柄の着物を尻端折り(しりばしょり)にした、十一歳くらいの少女だった。腰に手を当てて、見事にプンスカと怒っている。
「申し訳ない。俺はシャルだ。君の名前は?」
「……凛よ。西から来た渡りさんみたいだけど、お行儀悪くしたら叩き出すからね!」
王族の威厳ゼロで十一歳に怒られ、ゲラゲラ笑っているシャル。こいつ、本当に適応能力がおかしい。
「凛、ここは何という国の何処なのだ?」
「はあ?アンタ何言ってるのよ。アマテラスのトキだろ?」
「……おお、ちょっと度忘れしてな。ありがとうな凛!」
案内されたのは、薄い布団が二つ敷かれただけの簡素な部屋だった。
「なあ、シャル、アマテラスってどこだ?」
「たしか東の果ての島国だったような……地理の勉強の時に爺が言ってたよ。少なくともノキアとは付き合いは無いなあ」
「……交易船も出てない感じだと、帰るの大変だぞ」
「ケント、飛ばされた日にこうして泊る所が決まって何処にいるかも分かった。まずはそれを喜ぼう。きっと帰れるさ!」
夜。シャルが早々に寝こけた後、俺は薄暗い行灯の横で買ってきた武具を広げた。
(さて、路銀を増やすか)
まずは刃こぼれだらけの刀だ。
水と細かい砂の魔法を組み合わせ、極細の超高圧水流を作る。現代のウォーターカッターの要領で刀の茎を真っ直ぐに切断し、刀身を短く摺り上げて扱いやすい脇差に加工する。
次はボロい大鎧。石鹸水を鎧の隙間に浸透させ、微細な水流を循環させて高圧洗浄の要領で汚れを弾き飛ばす。傷だらけの胴は砂混じりの水膜で軽く研磨。塗膜が剥がれた部分には、塗料を混ぜた水魔法をミスト状にして吹き付ける。スプレー塗装だ。
能力値1の生活魔法も、使いようによっては立派な工業機械になる。
一晩明けて。
新品同様に蘇った大鎧と、上質な脇差を武具屋に持ち込むと、店主は目をひん剥き、昨日の数十倍の値段で買い取ってくれた。
あっさりと当面の資金問題はクリアだ。
「よし、金もできたし少しマシな宿に移るか?」
「いや、俺はあの宿が良い。凛とも仲良くなったしな」
シャルはすっかりあの安宿が気に入ったらしい。マジックバッグに高級な保存食を持っているくせに、「せっかくだから下の食堂で食おうぜ」と俺を誘ってきた。
一階の食堂。昼間から柄の悪い男たちが酒を飲んでいる。
この国では、冒険者ギルドのような組織を『口入屋』あるいは『~衆』、そこに属する冒険者を『請負人』や『渡り』と呼ぶらしい。
「おい見ろよ、あの金髪。西の渡りか? ひょろっちい体しやがって」
「おい兄ちゃん、そんなナマクラ下げて怪我しないうちに田舎に帰りなァ!」
案の定、見た目の違う俺たちに質の悪い請負人たちが絡んできた。
シャルは無視して飯を食おうとしていたが、男の一人がシャルの肩を小突いてスープをこぼさせた。
カチンときた。
俺は無言で立ち上がり、男の膝関節を横から蹴り折ろうと踏み込んだ。そのまま喉笛を砕いて沈めてやろうとした、その瞬間。
「ちょっとぉぉぉっ!! ウチの食堂で暴れる気!? 弁償代ふんだくるわよ!!」
厨房からお玉を持った凛ちゃん(十一歳)が飛び出してきて、凄まじい剣幕で怒鳴りつけた。
「あ、すみません。何でもないです」
俺は一瞬で拳を下げ、直角にお辞儀をした。
店や大家には絶対に逆らうな。前世で培った社畜の防衛本能が完璧に作動した結果だ。俺の素早い謝罪に毒気を抜かれたのか、請負人たちもチッ、と舌打ちをして退散していった。
翌日。
情報をどうやって集めるか悩んでいた俺たちの横を、凛が配膳のために通りかかった。
「なあ凛。ちょっと知りたいことがあるんだけど、どうすればいいか知恵をくれないか?」
「んー? 調べ物? それなら口入屋に行って『ノキア王国って国の情報と行き方』って依頼出せばいいんじゃない?」
あっさりと答える凛に、シャルはポンと手を打った。
「そりゃいいな! さすが凛だ。ケント、さっそく行ってみよう」
俺たちは凛に礼を言い、街の口入屋へと向かう。
だが、その入り口に到着した俺たちは、思わぬ相手と遭遇することになる。
「あ」
停まっていたのは、見覚えのある立派な馬車。
そして荷下ろしをしているのは、間違いなく、昨日俺たちを砂漠に置き去りにして逃げたあの『御者』だった。
「おやケント。あれは昨日我々を置いて逃げた馬車じゃないか」
のんきな声を出すシャルをよそに、俺は無言でツカツカと御者に歩み寄った。
「あ? なんだお前ら……ひっ!?」
俺は御者の胸ぐらをガシッと掴み上げた。
「てめえ、昨日のこと忘れたとは言わさんぞ。危ない所を助けてやった恩人を置き去りにするとは、いい度胸だなオイ。それに、見つかったらあいつらと同じにされると思わなかったのか?」
「ガッ……ゲホッ!?」
背後でシャルが「えー、ケント、止めてあげなよー」と完全に棒読みで言っているが、止める気がないのは丸わかりだ。
「ちょっと! 何をしているのですか!!」
騒ぎを聞きつけ、口入屋の中から一人の女性と、護衛らしき男が飛び出してきた。
だが、そんなことは関係ない。
俺は女の言葉を完全に無視し、首を絞められて白目を剥きかけている御者に、極めて事務的な声で問いかけた。
「おい。右耳と左耳、どっちからむしり取られたい? 今なら選ばせてやるぞ? まあ、どうせそのあと首にするんだけど」
当初のプロットを変えたために0話を変更しました。
書いては有ったのですが、多少ネタバレになるので今まで変更してませんでした。ご迷惑おかけしますが、再度0話を読んでいただけるとありがたいです




