第33話:はぐれ者パーティーと、見知らぬ天井への誘い
王立魔法学院の恒例行事である『ダンジョン研修』の季節がやってきた。
学院が管理する初級ダンジョンに五人以上のパーティーを組んで潜り、魔物討伐やマッピングの基礎を学ぶというものだ。
だが、問題があった。
入学早々に同級生の首を三つも刎ね飛ばした『歩く災害』こと俺に、好き好んで近づいてくる命知らずなど皆無なのだ。
当然のようにクラスで完全にハブられた俺の周りには、婚約者のシーナと、同居人のクロエしかいない。五人の規定にあと二人が足りず、俺たちが教室の隅でポツンとしていると、青ざめた顔の担任教師が、これまたガタガタと震える二人の生徒を連れてきた。
「け、ケント・バルガス君……。パーティーが決まっていない彼らを、君のところに入れてやってくれないか……」
担任に背中を押されて進み出たのは、一人の女子生徒と男子生徒だった。
「ひぃっ……! ぼ、ボーラ・キーンと申しますぅ……よ、よろしくお願いしますぅ……っ!」
「ジョ、ジョエル・カヴァクです! 足手まといにならないよう頑張ります!」
ボーラは小柄な騎士爵の令嬢で、小動物のようにビクビクと怯えている。
ジョエルの方は、身なりは清潔だが明らかに使い古された装備を身につけており、学園では『貧乏男爵の息子』と少し見下されている少年だった。
こうして、俺たちは無事に(半ば強制的に)五人パーティーを結成し、放課後に部室で研修に向けた作戦会議を開くことになった。
「なるほど。ボーラは騎士の家系だから、親の期待もあって前衛(剣士)志望ってわけか」
「は、はいぃ……。でも私、怖いとすぐビクッてしちゃって、剣を振るのが遅れちゃうんですぅ……」
涙目で俯くボーラ。
だが、俺は彼女の少しの物音にも過剰に反応する『ビビリ』な性質と、その際のバネのような反射神経を見逃さなかった。
「ボーラ。お前、その臆病さゆえの異常なまでの観察眼と警戒心、それに幼い頃からの鍛錬による高い身体能力を持ってる。……お前、前衛じゃなくて『斥候』の天才だよ」
「えっ……斥候、ですか?」
俺とシーナが斥候への転向を勧めると、ボーラは戸惑ったように目を泳がせた。
「で、でも……私は騎士の娘として育てられて……両親からの期待もありますし、斥候なんて裏方みたいなこと……」
彼女がウジウジと躊躇していると、横で聞いていたクロエがバンッと机を叩いた。
「ああもう、めんどくさいわねアンタ! あんたは斥候で決まりよ! 家の期待がどうとかなら、卒業したらウチの商会の商隊護衛部で斥候として雇ってあげるから、四の五の言わずに従いなさい!」
ビシッと指を突きつけて言い放つクロエ。
その女王様のような圧倒的なオーラに、ボーラは目を丸くした後――なぜかパァァッと顔を輝かせた。
「は、はいっ! 斥候やります、クロエ様!!」
コクコクと激しく頷くボーラ。その背後に、千切れんばかりに振られる幻の『犬の尻尾』が見えた気がした。
……どうやら彼女は、強い命令で自分の道を決めてくれる『飼い主』を求めていたらしい。ここに、銀髪ツインテールの忠犬が一匹爆誕した。
「次はジョエルだな。お前、その革鎧と剣、かなりガタが来てるぞ。……ちょっと貸してみろ『クリーン』」
俺はジョエルの装備を受け取ると、水と砂の魔法で表面の汚れと錆を研磨し、風で乾燥させた。
あっという間に新品同様の輝きを取り戻した装備を見て、ジョエルは「す、すげえ!」と目を丸くした。
「悪いな、バルガス。ウチ、ちょっと貧乏でさ。新しい装備を買う余裕がないんだ」
「男爵家だろ? 領地の収入がないのか?」
「いや、収入は普通にあるんだ。ただ、ウチは国境沿いだからさ、前の戦の時に親を亡くした孤児がたくさんいてね。親父が領主館の横に大きな孤児院を作って育ててるから、そっちに金がかかってるんだよ」
ジョエルは、恥じることもなく明るく笑った。
「孤児院の子供たちは、俺の可愛い弟や妹みたいなもんだからさ。あいつらの為に貧乏しても、全然仕方ないし、俺は気にしてないんだ」
その屈託のない笑顔に、俺とシーナ、そしてクロエはハッとして顔を見合わせた。
自分の見栄や装備より、領地の孤児たちを優先する。これほど真っ直ぐで気持ちのいい貴族がいるとは。
「……カヴァク領、国境沿いでルミナスからはかなり離れてるわよね」
「ああ。輸送費を考えたら、俺たちの『水飴』の商圏とは絶対に食い合わない場所だ」
俺とクロエは、互いにニヤリと笑い合った。
水飴の製法は莫大な利益を生むが、独占しすぎれば敵を作る。だからこそ、遠方で秘密を守れそうな信頼できる領主に製法をライセンス契約し、利益の何割かを納めてもらう計画を立てていたのだ。
「ジョエル。お前の家の孤児院、俺たちの商会で支援させてくれないか? その代わり、カヴァク領で『水飴』の独占販売を任せたい。もちろん、利益は折半だ」
「えっ!? い、いいのか!? お前ら、なんでそんな……」
「お前がいい奴だからだよ。それに、商売は信用できる相手とするのが一番だからな」
俺が手を差し出すと、ジョエルは涙ぐみながらその手を強く握り返してきた。
「よし! これでパーティーの結束もビジネスの契約もバッチリね! じゃあ、お茶でも淹れ――きゃあああっ!?」
クロエが意気揚々と立ち上がった瞬間。
何もない平坦な床で、彼女の足が見事にもつれた。
空中で綺麗にでんぐり返りを打ったクロエは、床に仰向けに倒れ込み、そのスカートが完全にめくれ上がって真っ白なパンツが部室の天井に向かって大披露された。
「…………うん、今日は新作の白だな」
俺は深くため息をつき、ジャケットをそっと被せてやった。
本当に、宇宙の法則レベルの不運とエロ可愛さである。
◆
そして、研修当日。
俺たちのはぐれ者パーティーは、学院地下に広がるダンジョンの中層を順調に進んでいた。
斥候として完全に才能を開花させたボーラがトラップや魔物を事前に察知し、ジョエルが盾となり、シーナとクロエが魔法で殲滅する。俺は最後尾でサポートに回るだけで、研修の課題はあっさりとクリアできそうだった。
――異変が起きたのは、広大な石造りのホールに出た時だった。
「殿下!? そちらは危険です!!」
「下がっていろ、私がやる!」
ホールの向こう側で、激しい戦闘の音が響いていた。
見れば、第一王子とその取り巻き、そしてルミナス侯爵の令嬢であるリューディアのパーティーが、想定外の強力な魔物の群れに囲まれて苦戦していた。
「加勢するぞ!」
俺たちが駆け寄ろうとした、その瞬間だった。
第一王子の足元の石畳が、不気味な赤黒い光を放ち始めたのだ。
「なっ……これは、古代の転移罠……ッ!?」
王子が足元の魔法陣を見て、顔面を蒼白にさせる。
ただの転移ではない。禍々しい魔力の奔流は、それが『死地』への強制転移であることを物語っていた。
魔法陣の光が、王子と、そのすぐ側にいたリューディア、そして取り巻きたちを包み込もうと立ち昇る。
「くっ……お前たち、離れろッ!!」
第一王子は咄嗟に身を翻し、リューディアと取り巻きたちを力任せに魔法陣の外へと突き飛ばした。
「殿下ッ!?」
「きゃああっ!」
弾き飛ばされたリューディアたちが尻餅をつく。
その直後、王子の周囲に筒状の魔法障壁が形成され、彼一人を完全に閉じ込めてしまった。
(――まずい! あのままじゃ王子が一人で飛ばされる!)
王国の次期トップが死地へ消える。そんな事態になれば、国がひっくり返る。
俺は思考するよりも早く、自己暗示による『身体強化』を全開にし、閉じようとしている魔法陣の筒の隙間へ向かって全力で飛び込んだ。
「ケントッ!?」
シーナの悲痛な叫び声が背後から聞こえる。
俺はギリギリで魔法陣の内側へ滑り込み、驚愕に目を見開く王子の腕をガシッと掴んだ。
「王子は俺が何とかするから、お前たちはこっちを頼む!」
俺は、魔法陣の外で呆然とするシーナたちに向かって叫んだ。
第一王子も、俺の意図を即座に察し、力強く頷いて外の護衛たちに声を張り上げた。
「父に、私は必ず帰ってくるから国を頼むと伝えてくれ!」
カッ――――!!!
視界を真っ白に染め上げる、強烈な閃光。
激しい空間の歪みと共に、俺の意識は遠のいていった。
光が消えたとき、そこには誰もいなかった。




