第32話:金と銀の共闘、そして侯爵の新たな頭痛
シーナが『生活魔法研究会』に乗り込んできてから数日。
俺の部活ライフは、これまでの「のんびり引きこもり生活」から一変し、常にヒリヒリとした緊張感が漂う戦場と化していた。
「ケント様。お茶が入りましたわ。今日の茶葉はルミナス領から取り寄せた特級品ですの」
「あ、あんたね! ケントは今、筒の形状設計に集中してるの! 邪魔しないでよね!」
「あら、特待生さんは魔力コントロールが雑だから、旦那様の手を煩わせているだけでしょう? 私が手本を見せて差し上げますわ」
金髪の義妹(正妻)と、銀髪の特待生(側室予定)。
右から甘い香りと共に紅茶が差し出され、左からは豊満な胸が腕に押し付けられる。男の夢のようなシチュエーションだが、二人の間に散る火花(と殺気)のせいで、俺の胃壁はゴリゴリと削られ続けていた。
だが、この二人のバチバチとした対抗心は、思わぬ『副産物』を生み出していた。
「……できた。おい二人とも、ちょっと見てみろ」
俺が作業台の上にドンと置いたのは、先日クロエの暴走で俺の顔面をスカートに突撃させた因縁の魔法具――『魔力駆動式・簡易掃除機』の完成版だった。
「ケント、これ……中に入ってるのって、ただの『風』の魔法陣よね? 能力値1しか出ないはずなのに、どうやってゴミを吸い上げるの?」
「形状だよ。筒の途中を極端に狭くするんだ。そこに能力値1の風を流し込むと、狭い所を通り抜けるために空気の速度が上がり、圧力が下がる。結果として、吸い込み口に強い『吸引力』が生まれるんだ」
前世の知識、『ベルヌーイの定理』とエジェクターの原理の応用だ。
「これを作るには、空気がどう流れるかの完璧なデータが必要だった。クロエが『風属性8』の魔法で何度も風洞実験に付き合ってくれたおかげで、最高の筒の形状が計算できた」
「ふ、ふんっ。まあ、私の風魔法にかかれば当然ね」
得意げに胸を張るクロエ。そして俺は、シーナの方を向いた。
「そして、この複雑に曲がった筒の内側の『ピンポイントな位置』に、能力値1の魔法陣を寸分の狂いもなく刻み込む必要があった。これは、シーナのバケモノじみた精密な魔力操作と器用さがなきゃ絶対に不可能だったよ」
「旦那様のお役に立てて、正妻としてこれ以上の喜びはありませんわ」
優雅に微笑むシーナ。
二人の長所――クロエの『圧倒的な風による実験データ』と、シーナの『精密な魔力刻印技術』。俺の科学知識の元でそれが完璧に融合し、能力値1の魔法陣だけで実用レベルの掃除機が完成したのだ。
部屋の隅では、この流体力学と魔法陣の見事な連携を理解したオリヴィア先生が、「ふふふ……能力値1の魔法陣が、物理法則で化けるなんて……歴史的発明です……」と怪しく笑いながら倒れ伏している。
「私と、このツインテール女の……」
「私と、この金髪女の……」
シーナとクロエは顔を見合わせ、フイッと同時にそっぽを向いたが、その顔には「まあ、少しはやるじゃない」という互いへの僅かな実力へのリスペクトが浮かんでいた。
◆
そして翌日。
俺は完成した『簡易掃除機』を抱え、王都のルミナス侯爵邸を訪れていた。
市民生活の向上に繋がる発明は、まずはパトロンである侯爵に見せるのが筋だからだ。
「……ヴォルガン男爵。君は、自分が何を作ったのか理解しているのかね?」
執務室。
俺のデモンストレーションを無言で見つめていたルミナス侯爵は、両手で顔を覆い、深々と、それはもう深々と重いため息を吐き出した。
「はい。能力値1の魔法陣だけで動く、夢の掃除用具です!」
「馬鹿者!!」
侯爵の怒声が響き、俺はビクッと肩を揺らした。
「魔法陣は能力値1の微風しか出ないから役に立たない……それが今までの常識だった! だが君は『筒の形状を狭くする』という物理的な工夫だけで、微弱な風を強力な吸引力や噴射力に変換する理屈を作ってしまった!」
「えっ、でも家が綺麗になって便利じゃないですか」
「そういう問題ではない!!」
侯爵は頭を抱え、胃のあたりを強く押さえた。
「この『圧力を高めて噴出する構造』を応用すれば、魔法陣だけで軍の小型帆船の推進力や、空気を圧縮して放つ武器の動力源になり得る。……ただの木箱の組み合わせで、戦略兵器の基礎理論をポンと持ってくるな!! 君の頭はどうなっているんだ!!」
……どうやら俺は、またしても常識のネジを飛ばしすぎてしまったらしい。
「はあ……。また軍部への根回しと、特許の書類作成で私の徹夜が確定した」
「お、お疲れ様です……」
「誰のせいだと思っている! ……君のところの優秀な婚約者と特待生、それにオリヴィア先生には、後で特別ボーナスを弾んでおこう」
恨み言を言いながらも、確実に利益と実用性を計算し尽くす侯爵は、やはり食えない大貴族だった。
こうして、金と銀のヒロインの対抗心は、王国の軍事と生活をさらに一歩進めてしまい、ルミナス侯爵の胃薬の消費量をまた一つ増やすことになったのだった。




