第31話:生活魔法研究会と、金と銀の火花
放課後。
学園の敷地の端にある、今にも崩れそうなボロい離れ……もとい、現在は予算増額によって綺麗に改装された『生活魔法研究会』の部室。
俺はそこで、新たな生活魔法具の試作品と睨み合っていた。
「うーん……風の出力は安定したけど、魔力効率がまだ悪いな」
「ケント、ここの魔力回路、もう少し削れない? 私の風魔法で補助するからさ」
「なるほどな。クロエ、ちょっと微風を流してみてくれ」
木箱とパイプを組み合わせた『魔力駆動式・簡易掃除機』の試作一号機。
銀髪ツインテールの特待生・クロエが、パイプの吸い込み口に手を当てて、彼女の持つ『風属性8』という規格外の才能を活かした繊細な魔力操作を見せる。
「し、信じられません……! 能力値8の風魔法を、ただのそよ風レベルで維持するなんて、どれほどの精密な魔力コントロールか……!」
分厚い眼鏡の奥の瞳をギラギラさせたオリヴィア先生が、興奮気味に羊皮紙にメモを取っている。
そう、クロエの実家である水飴商会との連携もさることながら、彼女の圧倒的な風魔法とアイテムボックス(収納)の才能は、この魔法具開発において非常に有用だったのだ。
俺たちが頭を突き合わせ、あーでもないこーでもないと作業に没頭していた、その時。
コンコン、と。
上品で、それでいて有無を言わさない圧力を持ったノックの音が響いた。
「ごきげんよう、皆様。活動中にお邪魔いたしますわ」
部室の扉が開き、そこには完璧な淑女の笑みを浮かべた金髪の令嬢――俺の婚約者であり義妹の、シーナ・バロッサが立っていた。
「ひぃっ!? ど、どちらのお嬢様でしょうか……っ!」
極度の人見知りであるオリヴィア先生が、ビクッと肩を跳ねさせて部屋の隅に隠れる。
「あ、あら……転校生さんが、こんな地味な部活に何の用かしら?」
一方のクロエは、途端に警戒心を露わにして俺の前にスッと立ち塞がった。
銀髪のツインテールが揺れ、持ち前のナイスバディがことさらに強調されるような挑発的な立ち方だ。
「ええ。愛しい旦那様……ケント様が、毎日どのような場所で活動されているのか、正妻としてご挨拶に伺わなければと思いまして」
シーナはクロエの挑発を柳に風と受け流し、優雅な足取りで部室の中央へと進み出る。
そして、部屋の隅でガタガタ震えているオリヴィア先生に向かって、深々と頭を下げた。
「オリヴィア先生ですね。お初にお目にかかります。ケントの婚約者のシーナと申します。うちのケントが、いつもお世話になっておりますわ」
「ふぇっ!? あ、は、はい……こちらこそ、男爵にはいつもお世話に……って、ええええっ!? 男爵の婚約者様!?」
「ええ。もしよろしければ、私もこの『生活魔法研究会』に入部させていただきたく。ケント様の身の回りのお世話は、私の役目ですので」
圧倒的な『正妻力』。
有無を言わさぬ包容力と貴族としてのマナーで、一瞬にして部室の空気を支配していく。
それに焦ったのはクロエだった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! ここは魔法具の研究をする場所よ!? あなたみたいな深窓の令嬢に、魔力回路の構築や出力調整なんて出来るわけないじゃない!」
クロエが『掃除機』の試作品をバンッと叩いて主張する。
風属性8という、この部活における自分の明確なアドバンテージ。それを盾にマウントを取り返そうとしたのだろう。
「あら、そうでしょうか?」
シーナはクスリと笑うと、木箱の魔力回路にスッと白い指先を這わせた。
俺が昨日、シーナに『内緒』で教えていた、魔法陣への魔力供給の基礎。それを彼女は、たった一度の説明で完璧に理解していた。
「――こう、ですわね?」
スゥゥゥッ……!
シーナの指先から、一切のブレもない完璧な魔力が掃除機へと流れ込む。
火属性2で、他も人並みの魔力である彼女だが、その魔力操作の精密さは、俺が徹底的に仕込んだ科学魔法の基礎訓練によって、並の貴族など足元にも及ばないレベルに達しているのだ。
「なっ……嘘でしょ!? 魔力効率が、さっきよりずっと良い……!?」
クロエが驚愕に目を見開く。
「ふふっ。いくら風の力が強くても、旦那様の求める『繊細な要求』に応えられなければ、隣に立つ資格はありませんわよ?」
「くっ……! だったら、私がもっと出力を上げて……っ!」
シーナの余裕の笑みにカチンときたクロエが、ムキになって試作機に魔力を叩き込んだ。
――それが、間違いだった。
ブォンッ!!
限界を超えた魔力を受け取った試作機が、想定外の挙動を起こす。
吸い込み口から猛烈な突風が『逆噴射』され、至近距離にいたクロエを直撃した。
「きゃああっ!?」
強烈な風に煽られ、クロエの体が宙に浮く。
そして彼女は、見事に空中でバランスを崩し、部室の床に置かれていた予備のパイプに足を引っかけ――。
「うおわっ!?」
俺の視界が、真っ暗になった。
いや、正確には『真っ白』になった。
「いっ、てて……! うぅっ……」
「…………」
またしても、である。
俺は仰向けに倒れ、その俺の顔面を覆い隠すように、クロエの柔らかな太ももと真っ白な下着が密着していた。
先日の教室でのデジャブ。宇宙の法則は、どうやらこの銀髪特待生を俺の顔面に強制着陸させるようにプログラムされているらしい。
「あ、あんた! またこんなところ触ってぇぇっ!」
「触ってねえ! ていうかお前が勝手に降ってきたんだろ! 早くどけ!」
俺たちが床でジタバタと揉み合っていると。
『――ふーん。部室でも、いつもそうやってるんですね?』
頭上から、絶対零度の声が降ってきた。
見上げると、シーナが完璧な淑女の笑顔のまま、一切の感情を持たない真っ暗な瞳で俺たちを見下ろしていた。
その背後には、再び青白い炎の幻覚(殺気)がメラメラと揺らめいている。
「ひぃっ!?」
「ち、違う! これは不可抗力だ! シーナ、落ち着け!」
俺とクロエが冷や汗を滝のように流して凍りつく中。
「す、素晴らしいですっ! 男爵、今の逆噴射の圧力、数値化しておきました! これを応用すれば空を飛べるかも……!」
部屋の隅では、空気を一切読まないオリヴィア先生だけが、興奮気味に羊皮紙にペンを走らせているのだった。
俺の胃痛が止まらない、生活魔法研究会の新しい日常が幕を開けた。




