第30話:誠実な告白と、鋼のメンタルを持つ義妹(正妻)
放課後。
学園でのバチバチの修羅場から場所を移し、俺たちは拠点改めヴォルガン男爵邸の居間に集まっていた。
「お初にお目にかかります。お話は伺っておりますわ、ザラ様、レナ様」
完璧な淑女の笑みを浮かべ、ソファーに優雅に腰掛けるシーナ。
彼女は侯爵や義父ギデオンから事前に話を聞かされていたのだろう。俺の護衛であり愛妾である大人の女性二人に対し、怒るどころか、余裕すら感じさせる『正妻』の風格で挨拶を交わしていた。
「ああ、お初にお目にかかる。私の事はザラと呼んでくれ」
「レナと申します。私たちのような日陰の身にもお気遣いいただき、恐縮ですわ」
ザラとレナも、シーナが『本妻』として乗り込んできたことを察し、一歩引いた穏やかな態度で接している。
だが、その余裕の空気に耐えられなくなったのが、同居人であるクロエだった。
「ち、ちょっと! なんでいきなり来て、我が物顔で仕切ってるわけ!? だいたいケントは――」
「クロエ、ストップ。……シーナ、ちょっといいか。二人で話したい」
俺はクロエを制止し、立ち上がった。
このままでは、俺の胃に穴が空く。それに、当事者として彼女の口から直接聞かなければならないことが山ほどあった。
◆
邸宅の裏庭。
二人きりになった俺は、まずシーナが俺と離れてからのこの一年間、一体何をしてどうやって『婚約者』の座を手に入れたのか、その顛末を聞き出した。
……バロッサ子爵への直談判、戦闘力のデモンストレーション、そしてルミナス侯爵への悪魔のようなプレゼン。
話を聞き終えた俺は、こめかみを強く揉みほぐした。
「……お前、相変わらず無茶苦茶やるなあ」
「すべては、お兄様の隣に立つためですから」
微笑むシーナに対し、俺は深く息を吐き、真っ直ぐに彼女の目を見た。
「いいか、シーナ。貴族の結婚は家同士のものだ。父さんや侯爵の許可を得ている以上、俺から『嫌だ』と断る権利はないし、断る気もない」
俺の言葉に、シーナの肩がピクリと揺れた。
「ただな。俺はシーナが好きだし、可愛いと思っている。何かあったら全力で守るし、お前のためなら命だって懸ける。……でもそれは、今現在は『妹として』なんだ」
誤魔化さず、正直に伝える。
「将来的に、一人の女性として意識するかもしれない。それくらい、今のシーナは魅力ある女性に成長したと思ってる。でも、それはまだ先のことだと思うんだ。それに……」
俺は、邸宅の方を振り返った。
「ザラとレナのことは聞いているな。あの二人は恋人というわけじゃないし、身分の問題でお互いに正規の結婚は出来ないと思っている。だが、俺にとっては大事な人たちだ。ザラは『秘匿魔法』の関係で、レナも他家に動かれないように、将来的には俺の『側室』という形になるが、一緒に生きて行こうと思ってる」
シーナは黙って俺の話を聞いている。
「クロエは、まだそういう肉体関係があるわけじゃない。しかし一年一緒に暮らしていて、お互いに憎からず思っているのは間違いない。あいつは『風属性8』と『収納8』のダブルギフト持ちという、喉から手が出るほど欲しい魔法の才がある。それに、あいつの実家の商会は今やバルガス家にとってなくてはならない存在だ。そういった関係で、クロエも将来は『側室』として迎えることになると思う」
これが、俺の現状のすべてだ。
誠実ぶるつもりはないが、ほかならぬシーナだからこそ、嘘は吐きたくなかった。
「……」
シーナは俯き、無言になった。
風が吹き抜け、重い沈黙が落ちる。
やはり、いくら覚悟を決めてきたとはいえ、14歳の少女に「俺はお前を女として見られないし、側室も3人抱える予定だ」なんて現実は残酷すぎただろうか。
「つまり、お兄様は……」
ポツリと、シーナが口を開いた。
俺は怒りや悲しみの言葉を覚悟し、ゴクリと息を飲んだ。
「結婚自体はOKなんですね!!」
「……はい?」
「それにそれに、『俺はシーナが好きで可愛いし、何かあったら全力で守るし命懸ける』って……も、もうー! お兄様ったら!!」
バッ、と顔を上げたシーナの頬は、茹でダコのように真っ赤に染まっていた。
両手で顔を覆いながら、クネクネと体をよじらせている。
「いや、もう旦那様? いやいや結婚前のドキドキ欲しいからケント様? いっそケ、ケント……とかぁ? キャーーーーッ!!」
「あ、あの、シーナさん!? 今の話聞いてた!?」
予想外すぎる反応に、俺は思わず裏返った声を出した。
「聞きましたよう!『女性として意識するかもしれないし、それくらいシーナは魅力ある』って、もう恥ずかしいーっ! ふふふっ!」
「い、いや、今じゃないとも言ったんだが……」
「何言ってるんですかぁ! 私なんて、初めてお兄様に会った3歳の時からずーっと好きだったのに、お兄様だからって諦めてたんですよ? それに比べたら、少し待つくらいなんでもないに決まってるじゃないですか!」
シーナは満面の笑みで、俺の腕にギュッと抱き着いてきた。
柔らかい感触が腕に押し付けられるが、そんなものを気にする余裕もないほど、彼女のメンタルは鋼鉄で出来ていた。
「……まあ、ザラさんやレナさんの事は言いたいこともありますが、許容範囲内です。あのお二人のおかげで、お兄様に変な虫もつかなかったんでしょうからね」
シーナはそう言って、チラリと邸宅の窓――おそらくクロエがいるであろう方向を、冷ややかな流し目で見据えた。
「ただし。あのツインテールは『私の後』です。正妻の座も、お兄様の隣も、絶対に譲りませんから」
満面の笑顔の裏に、凄まじい独占欲と執念を隠し持った宣言。
そんなわけで、俺には元妹の恐ろしい婚約者と、将来の側室たちに囲まれた、全く平穏じゃない学園生活が待っているのだった。




