閑話:歩く災害と不運な特待生、そして生活魔法研究会
ルミナス侯爵に「根回しする数日の間、王都見学でもしていろ」と放り出された俺は、護衛兼お目付け役のザラと共に王都を散策していた。
大通りには、ルミナス領では見かけないような珍しい品々が並んでいる。俺たちは市場で甘い匂いを漂わせる焼き菓子を頬張りながら、活気ある露店を冷やかして歩いた。
学院での胸糞悪い連中のことも、これから起こす決闘のことも一旦忘れられる、久しぶりの平穏な余暇だ。
「ケント、あっちの店も面白そうだよ」
「そうだな。ちょっと見ていくか」
ザラが楽しそうに笑い、俺も頷こうとした、その時だった。
大通りから少し外れた、小さな商会が立ち並ぶ辺りから、激しい怒声が響いてきた。
「待て! 返せと言っているだろう!」
「うるせえ! 契約は契約だ! さっさと荷物を積み込め!」
野次馬の隙間から覗き込むと、ハチミツの小売店に横付けされた荷車へ、男たちが次々と商品の瓶を乱暴に積み込んでいる最中だった。
周囲の声を拾い集めると、どうやらこの店の長女が大手卸商会の息子と婚約していたにも関わらず、吟遊詩人と駆け落ち。あろうことか「開店資金」と偽って大金を騙し取ったため、激怒した卸側が強引に差し押さえにきているらしい。
「……そりゃ卸の方が百パーセント正しいな。同情の余地なしだ」
身から出た錆だ。踵を返そうとした俺の視界に、店先で悔しそうに唇を噛み締めている一人の少女の姿が映った。
釣り目がちな瞳に、銀色のツインテール。少女と呼ぶにはあまりに発育の良い、今世見た中でも一二を争うほど目を引く容姿。
(……あ、あいつ。魔法学院の特待生の名簿に載ってた『クロエ』だわ)
平民出身なのに特待生になった才能で、貴族のひも付きもない優秀な人材。それが実家の危機で立ち尽くしている。
俺の頭の中で、打算的な計算が弾けた。あいつをウチの商会に取り込めば、絶対に役に立つ。
「ザラ、ちょっとおせっかい焼いてくる」
俺が歩き出した、その時だった。
「お姉ちゃんがバカやったのは認めるわ! でも、だからって全部持っていくなんて――きゃあっ!?」
店先に飛び出そうとしたクロエが、足元にあった空の木箱に見事に躓いた。
そのまま派手にすっ転び、スカートがめくれ上がって、真っ白なパンツが俺の目の前に大披露される。
「な、なによおおっ! なんでこんな所に箱があるのよバカぁっ!」
顔を真っ赤にして涙目で怒鳴る彼女。
……どうやら、宇宙の法則レベルで不運な星の下に生まれているらしい。
「大丈夫か、特待生」
「えっ……あ、アンタ誰よ!? っていうか今の、見、見てないわよね!?」
「ハチミツを全部持ってかれたなら、新しい甘味を作ればいい。……俺はケント・バルガス。少し、ビジネスの話をしようぜ」
顔を真っ赤にして噛みついてくる彼女を宥めすかし、俺は提案を持ちかけた。
俺が手紙を書くから、家族ごとバルガス領に移住して商会を立ち上げること。ハチミツの代わりに『水飴』という新しい商品を製造・販売すること。
製造方法を教える代わりに、バルガス領とルミナス領以外での製造禁止と、税の他に純利の一割を俺に納めること。
俺はその場でクロエの両親にも声をかけ、改めてキチンと事情を説明した。「このまま借金取りに追われて王都で路頭に迷うくらいなら、俺の領地で新しい商売を始めませんか」と。
最初は半信半疑だった両親も、ルミナス侯爵家と繋がりのあるバルガス家の名と、俺が提示した『水飴』の具体的な製法と利益率を聞いて、ついに大きく頷いた。
数日後、店を手仕舞いし、両親が馬車で領地へ向けて出発するのを見送った後。クロエは当面の間、王都にある俺たちの家に住み込み、バルガス家の庇護下として学院に通うことになったのだ。
「今日からお世話になります、クロエです! 掃除でも洗濯でもなんでもやりますから!」
王都の邸宅。ザラとレナに元気よく挨拶を済ませた彼女だったが――その不憫な属性は、家に着いて早々に猛威を振るった。
引っ越しの荷解きの最中、積み上げた箱の角に服を引っ掛けて盛大にすっ転び、「きゃあっ!」という悲鳴と共に俺とザラたちの前で真っ白なパンツを何度も大披露。
さらにその日の午後。居間のソファに座って休んでいた俺にお茶を淹れてくれようとして、今度は敷物の僅かな段差に躓き、顔面から突っ込んできた。結果、俺の顔面に彼女の豊満な胸がダイレクトに押し付けられる形になり、「んぶっ!?」と俺が悶絶していると、顔を真っ赤にして「な、なんでアンタの時ばっかりこんな目に遭うのよぉぉっ!」と涙目でポカポカと叩かれた。
極めつけは夜だ。風呂場から「ヒィィィッ!?」という尋常じゃない悲鳴が響いたかと思えば、パンティー一丁の濡れそぼった姿で飛び出してきたクロエが、居間にいた俺にガバッと泣きついてきた。
「ケ、ケントぉぉっ! お風呂に、お風呂に変な魔物がぁぁっ!」
「ただのヤモリだろ! っていうかお前、とりあえず服を着ろ服!」
そんな不憫でエロ可愛く、そして騒がしい日常が幕を開けたのだった。
◆
そして時は少し進み、あの血生臭い決闘の後。
俺の家族を侮辱したクラスメイトたちは、俺に名指しで脅された翌日、全員が顔面蒼白で教室の床に額をこすりつけて謝罪してきた。
それ以降、当然ながら俺に話しかけてくる命知らずはいない。完全に腫れ物扱いだ。
「……アンタ、本当にむちゃくちゃやるわね。まさか同級生の首を三つも刎ねるなんて」
放課後の廊下。遠巻きに見られる中、唯一俺の隣を歩いて話しかけてくるのは、今や同居人でありバルガス家の庇護下となったクロエだけだった。
「売られた喧嘩を最安値で買っただけだよ。それより、クラブ活動どうするんだよ」
この学院では、授業の一環として何らかのクラブへの所属が義務付けられている。
大半の普通の貴族は『炎の誓い』という、いかにも厨二病くさい名前の火魔法サークルに所属するのがステータスらしい。だが、火魔法が使えない俺がそこに入るわけがないし、そもそも所属していた生徒を三人殺したばかりの俺が行けば、空気が凍るどころの騒ぎではない。
かといって他のクラブも全滅だった。俺が顔を出すだけで全員が息を止め、クロエが我が家の庇護下となる前に所属していた『風の囁き』という風魔法クラブにすら、「どうかお引き取りを……」と涙目でやんわり断られてしまった。
「仕方ないでしょ、アンタが歩く災害扱いされてるんだから……あ、ねえケント、あそこ」
クロエが指さした先。広大なクラブ棟のさらに裏手に、今にも崩れそうなボロい離れが建っていた。
傾いた看板には『生活魔法研究会』と書かれている。
「生活魔法か。悪くないな」
俺は前世の小説によく出てくるような生活魔法が好きだ。俺が開発した『クリーン』だってその範疇だし、あそこならのんびりできそうだ。
俺たちは埃っぽい扉をノックし、中に入った。
「ひぃっ!?」
部屋の隅でビクッと肩を跳ねさせたのは、このクラブの顧問らしき女性教師だった。
分厚い眼鏡をかけ、常にオドオドと猫背でうつむいている。だが、そのだらしない白衣の下には、隠しきれないほど豊満でグラマーな胸の膨らみがあった。
「あ、あの……け、ケント・バルガス君、ですよね……。わ、私、首を刎ねられるようなことは何も……」
「しませんよ。入部希望です」
彼女の名前はオリヴィア。学院の若手教師はクラブの顧問になることが義務付けられているが、彼女はその極度な内気さと変人ぶりから、人気のあるクラブではなくこの生活魔法を選んだらしい。
ちなみに名簿上の部員はいるものの、全員が「クラブ活動の単位」だけを目当てに商売の勉強や冒険者活動をしている幽霊部員。実質、オリヴィア先生一人の隠れ家だった。
決闘の噂を聞いてガタガタと震える彼女だったが、俺が指先一 つで『クリーン』を発動し、部屋中の埃を一瞬で消し去った上に『冷房魔法』で室温を快適にしてみせると、その態度は一変した。
「な、なななな、なんですか今の魔法は!? 術式は!? 魔力構成はどうなっているんですか!?」
猫背がピンと伸び、分厚い眼鏡の奥の瞳がギラギラと輝く。
根っからの研究者気質らしい。俺とクロエは、こうしてあっさりと入部を歓迎された。
オリヴィア先生の専門分野は『魔法陣』だった。
この世界において、魔法陣は魔力を注ぐだけで発動する便利なものだが、生み出せるのは「能力値1」程度の微弱な効果のみ。人間が自力で魔法を使った方が遥かに強力なため、完全に「下位互換の無用の長物」として細々と研究されているだけだった。
だが、もともと生活魔法系が得意で好きな俺からすれば、それは宝の山だった。
「先生。水を生み出す魔法陣と、水流を回転させる魔法陣。この二つを、この木箱の底に組み込んでみましょう」
「えっ? でも、そんな微弱な水と回転では、せいぜい水たまりをかき混ぜる程度にしかなりませんよ?」
「それでいいんです。ここに水と、汚れた服を入れて、魔力を注いでみてください」
俺の指示に従い、オリヴィア先生が箱に魔力を流す。
すると、箱の中で水流が渦を巻き、衣服の汚れを落とし始めた。
「こ、これは……っ!」
「名付けて『洗濯機』です。二つの魔法陣を組み合わせることで、能力値1の魔法でも、十分な生活の道具になるんです」
俺たちが使う『クリーン』は、触媒を用いて思い込みを外すというハードルがあり、軍で厳しく叩き込めばともかく、普通の主婦が習得するには難易度が高すぎる。だが、この洗濯機なら「魔力を注ぐだけ」で誰でも洗濯ができるのだ。
それからも俺達は洗濯機の改良を続けた。
内部に凹凸を設けることで、汚れを落ちやすく改良し、微細な魔力操作ができなくとも、脱水や乾燥も出来るように、風魔法で動く乾燥機付き脱水槽つけたりと楽しくやっていた。
◆
後日。
「学校はどうだ」とルミナス侯爵に聞かれた俺は、意気揚々と報告を行っていた。
「クラブ活動、結構楽しいですよ。侯爵、これ見てください。俺と顧問の先生で作った『洗濯機』です。魔力を注ぐだけで服が綺麗になるんです!」
俺が洗濯機の実演をして見せると、ルミナス侯爵は深い、深い溜息を吐き、両手でこめかみを強く揉みほぐし始めた。
ただの部活の工作のつもりだったが、どうやら俺はまた、面倒な物を作ってしまったらしい。
後日、オリヴィア先生と俺は二人そろって侯爵に呼ばれて、洗濯機の発明を発表と同時に、公衆衛生の向上と疫病対策として王家への権利の献上を提案された。
そうすることで、洗濯機の利権がらみから俺達は逃げられるし、普及するのは王家がらみで、疫病対策でと言われれば、洗濯業者などからの恨みも買わない。そして発明者への権利金も出ると言うのだから断る理由もない。
後日、予算が増えた我らが「生活魔法研究会」は新しい部室が建ち、オリヴィア先生と俺はますます「生活魔法具」の研究にのめり込んでいく事になり、その度に侯爵はため息をつくのだった。




