第28話:決闘の波紋と、王国の激震
王立魔法学院の闘技場が、完全な静寂と濃密な血の匂いに包まれたあの日から二週間が経った。
三つの首が転がったあの凄惨な決闘は、瞬く間に王都中を駆け巡り、そして国を揺るがす大粛清の始まりを告げる『号砲』となった。
神聖なる決闘の場。王家が見届け人として立ち会うという異例の状況下で、第二王子派閥の有力貴族の子弟三人が、火属性すら持たない一人の編入生によって文字通り物理的に首を刎ね飛ばされた。
この異常事態において、王家の近衛騎士たちはただの一度も決闘を止めようとはしなかった。ただ冷徹に、死体へと駆け寄ろうとする親たちを矛槍で制止し、事の顛末を最後まで見届けたのだ。
その事実が意味するものは、政治の世界に身を置く者にとってはあまりにも明白だった。
――これは、王の明確な意思による粛清である、と。
そもそも、第二王子派閥を裏で操り、強大な権力を握っていたのは、現王の弟である『王弟公爵』であった。
彼は自身が王位に就けなかったことを深く恨んでおり、兄である王の「肉親への情」という温情につけ込んでいた。第一王子の立太子を再三にわたって妨害し、あまつさえ第二王子を焚きつけて、正当なる王位を簒奪させようと画策していたのだ。
だが、王は決して愚鈍でも甘いわけでもなかった。肉親への情からギリギリまで猶予を与えていたものの、公爵が他国の貴族とまで通じ始めた証拠を掴んだことで、ついに彼らを「国家への反逆者」と断定。ルミナス侯爵ら腹心の部下たちと密かに結託し、一網打尽にするための巨大な罠を張っていたのである。
王弟公爵の王都邸宅、その執務室。
決闘の報告を早馬で受けた公爵は、その書状を握り潰し、顔を赤黒く染めて激昂していた。
「馬鹿な……! あの小童ども、たかが平民上がりの無能一人をいたぶる余興の場で、逆に首を刎ねられただと!? 王家の近衛は何をしていた!」
公爵はギリッと奥歯を噛み鳴らす。
優秀な側近候補であった三人の子弟を失ったことも痛手だが、それ以上に恐ろしいのは王家の態度だった。王がこの決闘を利用して、公爵派の未来を担うはずだった若者たちを合法的に「間引いた」のだとすれば、次は間違いなく自分へ牙を剥く。
「……ええい、私兵を集めろ! 一旦領地へ退き、体勢を立て直す! 兄上め、ついに狂ったか!」
怒鳴りながら執務室の扉を開けようとした公爵だったが、その手は空を切った。
いつの間にか、執務室の窓際に音もなく一人の黒装束の男が立っていたのだ。王家直属の暗殺部隊、通称『影』。
「なっ……貴様、どこから――」
「公爵閣下。陛下より、長年の激務を労い、ゆっくりとお休みいただくよう言付かっております」
影が静かに告げると同時、公爵は自らの胸を激しく掻き毟り、血を吐いて絨毯の上に倒れ伏した。事前の食事に仕込まれていた遅効性の猛毒が、計画通りに牙を剥いたのだ。
こうして、派閥のトップであった王弟公爵は、突如として『急な病』に倒れ、そのまま帰らぬ人となった。あまりにも手回しの良い、そして不自然すぎる病死だった。
後ろ盾を完全に失った第二王子派閥は、瞬く間に瓦解した。
決闘で息子を失った王都騎士団の幹部や宰相派の貴族たちは、公爵の死を境に中央の役職からことごとく追放。さらには「お前たちの馬鹿な息子が派閥崩壊の引き金を引いたのだ」と他の貴族たちからも忌み嫌われ、完全に孤立。莫大な負債と疑の目を向けられ、領地で惨めな没落を待つだけの存在へと成り下がった。
神輿であった第二王子もまた、王や王妃からの面会すら完全に拒絶された。豪華な自室から身一つで引きずり出され、泣き喚きながら辺境の教会へ送られ、一生を修道士として幽閉されることが決定した。
こうして、王家の継承者は第一王子に一本化された。スペアとしての第三王子はまだ幼児であり、向こう十数年は継承問題による混乱は完全に防がれた形となる。
王城が、そして貴族社会全体が、血を洗うような粛清と激動の嵐に震え上がっていた。
◆
「……いやはや、見事なものだな。まさか刃引きの剣で、あそこまで鮮やかに人体を破壊してみせるとは」
ルミナス侯爵の邸宅、その執務室。
侯爵は、王宮から届いたばかりの公爵の『病死』を知らせる書状を火にくべながら、愉快そうに喉を鳴らした。
「王もようやく腹を括られたか。しかし、それもこれも、あの少年が圧倒的な力で派閥の『未来』を物理的に粉砕してくれたおかげというわけだ」
ケント・バルガス。
火魔法を持たないにも関わらず、体内での極小爆発や気管への直接注水、そして土の粒子を混ぜた水魔法での切断など、恐ろしく合理的で残酷な手法で三人を屠った異常な少年。
結果的に第二王子派閥を壊滅させた彼の存在は、いまや王国中の貴族たちから、畏怖と好奇の入り混じった強烈な注目を浴びていた。
「これでは、当初の目的であった『平和的な魔法の普及』など、しばらくは不可能だな。学園中があ奴を歩く災害のように恐れているだろう。……まあ、あ奴なら自力でなんとかするだろうが」
侯爵は意地悪く笑い、極上のワインをあおった。
◆
一方、国中を震え上がらせている当の『怪物』本人はというと。
「いやー、今日の部活も平和だったなー」
王都の邸宅の居間。
ケントは、学園指定の制服のネクタイを緩めながら、ソファに深く腰を沈めていた。
「お疲れ様、ケント。ほら、冷たい果実水だよ。今日は少し暑かったから、習った風魔法の使い方で冷やしたんだ」
「おっ、サンキュ、ザラ。生き返るわ」
レナが隣に座って聞いてくる。
「クラスの方々はその後大丈夫でしたか?」
「ああ。決闘の翌日、外野で嗤ってた連中が全員、顔面蒼白で教室の床に額こすりつけて土下座しに来てさ。なんかお金とか領地の利権とか差し出そうとしてくるし、女の子なんて身体差し出そうとするから、適当に追い返したんだよ。おかげでもう完全に腫れ物扱いで、誰も俺に話しかけてこない。最高に快適だわ」
自身が王国中にどのような政治的嵐を巻き起こしているかなど知る由もない。ただ家族への落とし前をつけさせただけのケントは、念願の『平穏な引きこもり部活ライフ』を手に入れたと、心底嬉しそうに安堵の息を吐いていた。
「きゃああっ!?」
「痛っ! なんでこんな所に水の入ったバケツが置いてあるのよおおっ!」
廊下から、クロエがまたしても何かトラップに引っかかって派手に転倒する音が響く。
見に行くと、どうしてなのか下着丸出しででんぐり返っている。
「……相変わらずの不憫でエロ可愛い奴だな」
「もう、クロエちゃんったら。私が拭いてきますね」
苦笑するケントと、慌てて布巾を取りに立つレナ。
明日も『生活魔法研究会』で、グラマーな顧問の先生と魔法陣の改良でもするかな。
彼が望む平穏な日常が、ザラやレナ、そして不憫可愛い同居人たちの嫉妬によって、別の意味で掻き乱されることになるのは……もう少しだけ先の話である。




