第26話:編入初日の侮辱と殺意、侯爵への報告
「……前世で読んでた、異世界学園物のテンプレだよなあ」
王立魔法学院、Aクラスの教室。
無駄に豪華な意匠が施された黒板の前に立たされ、俺は内心で深々と溜息を吐いていた。
侯爵や伯爵から押し付けられ……いや、頼まれた俺の学園でのミッションは、学園での触媒や自己暗示を使った『新しい魔法の運用方法』の普及と新技術の研究だ。
他属性の射出なんていう、戦争の前提そのものがひっくり返るヤバすぎる軍事機密は絶対に隠し通しつつ、のんびり安全に、出来れば楽しく布教活動をする予定だったのだ。
なのに、初日からこれだ。
「えー、今日から当クラスに編入することになった、ケント・バルガス君だ」
おそらくは俺の今更の編入に王族絡んでることを知っている担任教師が、引きつった笑顔で俺を紹介した直後。
静まり返った教室に、わざとらしい、鼻で笑うような音が響き渡った。
「ふん。実力至上主義のこの学園に、こんな無能が編入できるなんてね。冗談キツいわ」
派手な巻き髪を揺らし、扇子で口元を隠しながら嘲笑したのはガブリエラだった。テンプレ通りの高飛車お嬢様ムーブに、逆に感心すら覚える。
「ガ、ガブリエラ君! 慎みなさい!」
教師が慌てて制止に入るが、特権階級の意識が骨の髄まで染み込んだ彼女は止まらない。
「何よ、事実でしょう? 上手く伯爵家に取り入っただけの、ただの平民上がり。本当に目障りだわ」
彼女の言葉に同調するように、取り巻きの男子生徒たちもニヤニヤと笑い始めた。
一人は王都騎士団の息子。もう一人は、第一王子の廃嫡を目論む宰相派の息子。どいつもこいつもうちのバック(ルミナス侯爵家)と対立してる第二王子派閥の連中じゃないか。分かりやすすぎる。
というかガブリエルよ、血は繋がってないとはいえ、お前は俺の姉だったのに領主に養子として迎えられたんだから、まさに平民上がりの見本でブーメランなんだが。
「全くだ。選ばれた者だけのAクラスにこんなのが混ざるとは、学園の品位も地に落ちたな」
「伯爵もとんだ阿呆を拾ったものだ」
周りの外野がピーチクパーチク騒いでいるが、俺は一切表情を変えずにあてがわれた最後列の空席へと歩き、どっこいしょと腰を下ろした。
キャンキャン吠える犬に付き合ってやる義理はない。前世の社畜時代、理不尽なクレーム客なんて山ほど相手にしてきたのだ。ガキの悪口一つでいちいち腹を立てていたら身が持たない。俺はただ、平穏にミッションをこなしたいだけなのだ。
しかし、俺の完全スルーが気に食わなかったらしい。
ガブリエラはバンッと激しい音を立てて机を叩き、立ち上がった。
「無視するなんていい度胸ね。……まあ、血は争えないってことかしら?」
机に頬杖をつこうとしていた俺の動きが、ピタリと止まる。
「ギデオン・フォン・バルガスも哀れなものよね、平民の妻を寝取って。そしてあの女も、貴族に股を開いた汚らしい女。その息子であるアンタも、どうせ碌な育ち方をしていないのでしょうね。本当に吐き気がするわ」
教室が、ドッと下品な嘲笑に包まれた。
……ニナと、ギデオンを侮辱した。
血の繋がりこそないが、ギデオンは俺を真っ直ぐに育ててくれた、最高にカッコいい義父だ。母のニナだって、伯爵家に保護されるまで、理不尽な社会で俺を守るために泥水すする思いで必死に生きてくれた。
俺自身の事を言われるならいくらでも受け流せる。だが、俺の大切な家族を、安全圏からヘラヘラ笑うこいつらに泥で汚される筋合いは一ミリもない。
気がつけば、俺は席を立ちあがっていた。
さっきまでの面倒くささも、呆れも、綺麗さっぱり消え失せている。ただ頭の奥が、氷のように冷たかった。
「……逃げるの? 図星を突かれて悔しいのかしら?」
勝ち誇ったようなガブリエラの顔を一瞥する。
元姉だが、ビックリするほど何の感情もわかない。この女にシーナと同じ血が流れてるとはとても信じられない。
この女とは言葉を交わす価値もない。俺は無言で踵を返した。
「こら、バルガス! 授業が始まるんだぞ、どこへ行くんだ!」
担任の制止を完全に無視して教室を出る。
そのまま一直線に王都の中心部へと向かった。
向かう先は、ルミナス侯爵が滞在している王都の邸宅だ。侯爵は今回、俺の学園への編入に際して王家の承認を得るための最終調整で、領地から王都へ足を運んでいたはずだ。
家名への明確な侮辱。
王国法に則り、奴らを合法的に屠るための決闘を申し込むために。
◆
王都の一等地に構えられた、ルミナス侯爵の邸宅。
急な訪問にも関わらず執務室に通された俺が事の顛末を淡々と報告すると、ルミナス侯爵は目を通していた書類からゆっくりと顔を上げ、静かに頷いた。
「……なるほど。相手が小童どもとはいえ、第二王子派の連中に家名を泥で汚されたのであれば、引くわけにはいかんな」
「はい。即刻、決闘の手続きをお願いします」
俺が短く答えると、侯爵は悪びれる様子もなく、どこか底冷えするような笑みを浮かべた。
「まあ待て、ケント。やるからには逃げ道を完全に塞がねば意味がない」
侯爵は立ち上がり、窓の外の王都の街並みを見下ろしながら言葉を紡ぐ。
決闘は神聖な儀式だが、相手は腐っても貴族や騎士団に連なる家柄だ。親が権力を使って有耶無耶に揉み消してくる可能性は十分にある。
「私が王都に滞在している今このタイミングで、向こうから尻尾を出してくれたのは幸いだった。……根回しをするゆえ、多少待機していろ。学園の正式な手続きを完了させ、さらには向こうの親どもが絶対に逃げられないよう、王家すらも巻き込んで完全に外堀を埋めておこう」
侯爵の言葉に、俺は深く頷いた。
騎士団の息子だろうが、宰相派の息子だろうが関係ない。親元に圧力をかけ、退路を断ち切った上で、あの闘技場に引きずり出す。
「わかりました。……首を獲るつもりですがよろしいですか?」
「うむ。最近の第二王子の増長は目に余っていたところだからな。王家も立ち会う決闘で自分の側近候補の首を落とされれば、これは王意が働いている、このままだと次は自分だと王子の目も覚めよう。第二王子を担いでいた王弟パーシバル公爵も体調がすぐれなくて間もなく《《病死》》するようだ。尻馬に乗って焚きつけていた連中も徐々に片付けていく。
魔法理論の普及という本来の目的は一旦お預けになるが、お前の『実力』を知らしめる良い機会にもなるだろう。まあ、第二王子の側近候補の首を獲ったお前は《《多少》》居づらいだろうが我慢しろ。」
そして侯爵は面白そうに俺の方を見て言う。
「少し時間がかかるかもしれん。その間、王都で羽でも伸ばしているといい。それと決闘では射出は使うなよ《《視えるように》》はな」
侯爵の言葉に従い、俺は決闘の許可が下りるまで、しばらくの間、王都の街をみて回ることにした。
腹の底の殺意を、消さないようにしながら。




