第24話:魔法革命と、胃痛の連鎖(いざ王都へ!)
俺がギデオン家での貴族修行を初めて一年。
十三歳になった俺は、義父とルミナス伯爵邸を訪れた。
昨年立ち上げたノースウェストギルドは順調に動いており、ノースウェストで導入している『業務マニュアル』と『監査システム』、更に完了報告のフォーマットと依頼主からの評価アンケート等はガストン統括ギルド長により、他の二つのギルドでも導入させたところ業績も上向いており、ルミナス領において冒険者ギルド関係の憂いは無くなっていた。
ルミナス領を治める、アルフレッド伯爵の執務室。
重厚なマホガニーの机を挟んで、俺と義父上、そしてアルフレッド伯爵が顔を突き合わせていた。
「――というわけで、最近も王都の社交界を中心に『ケントは私の隠し子ではないか』というふざけた噂が流れているようだ」
伯爵は呆れたようにため息をつき、優雅に紅茶を口に運んだ。
隣に座る義父上が、ビクッと肩を震わせる。外から見ればルミナスを救った英雄に見える(本当はマッチポンプだったが)俺が、実は伯爵の血を引いているとなれば、利用価値は高く、バルガス家から引き抜かれる可能性があったからだ。
「安心しろ、ギデオン。否定はするが、人の口に戸は立てられん。逆に、私の血筋かもしれないという疑念は、他派閥の貴族どもを牽制する良い盾になる。ケントはそのまま、バルガス家の嫡男として置いておくさ」
「はっ……! 寛大なお言葉、感謝いたします!」
義父上がホッと胸を撫で下ろす。俺としても、この脳筋で親バカな義父上の元にいる方が気楽で良かった。
「さて、本題に入ろうか。ケント、以前報告してきた『新しい魔法具』の検証結果とやらを聞こう」
伯爵の目が、領主としての鋭い光を帯びた。
俺は頷き、懐から一本の『剣の柄』を取り出して机の上に置いた。かつて、ルミナスへ向かう馬車の中でダミーの魔道具として削り出した、木製の柄だ。
「はい。義父上と共に検証した結果、この柄を通すことで魔法の運用が劇的に変わることが分かりました。……義父上、実演を」
「うむ!」
義父上は立ち上がり、柄を力強く握りしめた。
「はぁぁぁッ!」
義父上が魔力を込めると、彼の足元から【風】の魔力が巻き起こり、全身を包み込むように『体に沿って』勢いよく循環し始めた。
そのまま義父上が一歩踏み込んだ瞬間、ドンッ! という爆発的な踏み込み音と共に、彼の巨体が目にも留まらぬ速さで執務室の端まで移動していた。
「なっ……!? ギデオン、今の動きは……。まさか、これがあの『柄』の力か」
「いいえ、伯爵様。この柄自体には何の魔法的効果もありません。ただの木切れです」
「なんだと?」
驚く伯爵に、俺は種明かしをした。
「私が昔から思っていたのは『魔法は手のひらからしか出せない』『火魔法以外は空間に放てない』という常識が強く刷り込まれているという事です。この柄は、その無意識の精神的リミッターを外すための『自己暗示』の道具に過ぎません。極論、思い込めるなら『唇を噛む』等の動作でも代用可能です」
「自己暗示で、常識を外す……」
「はい。以前ご報告した『クリーン』の魔法も、これまでは手のひらから水を出して洗うしかありませんでしたが、こうしてリミッターを外すことで全身に水を循環させ、汚れごと『収納』で吸い取り、風で乾かす……という劇的な使い勝手の向上が可能になりました」
伯爵は呆れたように息を吐き、額を押さえた。
「……機動力を上げる風の鎧に、無補給の完全な衛生管理か。前回のクリーンの報告だけでも頭が痛かったが、それが実戦レベルで部隊全体に運用可能になるとなれば、我が軍の生存率は異次元に跳ね上がるぞ。……全く、お前という奴は」
伯爵が特大の胃痛に顔をしかめる中、俺は言葉を継いだ。
「――ギデオン義父上。申し訳ありませんが、少し席を外していただけますか」
「む? ああ、構わんぞ」
義父上を部屋から退出させた後、執務室には俺と伯爵、そして護衛として同行していたザラの三人だけになった。
俺は伯爵に向き直り、さらに声を潜めた。
「それともう一つ。伯爵様と、ザラ。そして俺だけの『秘匿事項』にしていただきたい事実があります」
俺が目配せすると、ザラが一歩前に出た。
「旦那様。アタシは火属性を持っています。ケントに言われて、この柄を握り『火魔法を撃ち出す感覚』で土魔法を使ってみたんです。……そしたら、出ちまったんですよ。岩が、弾として」
「――なっ!?」
今日一番の驚愕に、伯爵の顔色が変わった。
「自己暗示でリミッターを外しても、魔法を空間に撃ち出すには『その感覚』を体が知っている必要があります。つまり、火属性を持つ人間だけが、他の属性を射出する『多属性砲台』に化けるということです」
「……馬鹿な。水魔法の放水で火の弾を迎撃しようとする部隊に、火魔法使いが突如として岩の弾を撃ち込んでくるということか……? そ、そんな戦術が広まれば、戦争の前提が根底から崩壊するぞ……ッ!」
伯爵は顔面を蒼白にし、額の汗を拭った。
「……これは秘匿とし、私が王家にのみ伝えることにする。お前達は絶対に表に出すな。表向き報告するのは、身体に沿わせる『身体強化とクリーン』の運用法だけだとする。いいな!!」
俺たちの頷きを見て、伯爵はついに胃を抱えてソファーに倒れ込んだ。
その顔は、特大の軍事革命という爆弾を抱え込んでしまった、哀れな中間管理職そのものだった。
――それから数週間後。
ルミナス領に、王都からの急使が駆け込んできた。
伯爵の目論見通り、報告された『身体強化とクリーン』の技術だけでも、王城の首脳陣は目の色を変えたらしい。白兵戦能力の底上げと疫病の根絶は、国力を一段階引き上げるほどの歴史的功績と見なされたのだ。
更に密かに王家にのみ報告を上げた、火以外の属性魔法の射出については、王家とルミナス家及びバルガス家のみの秘匿事項となることが決定した。
これは軍の火魔法使いに広めての自国の強化よりも、他国に情報が洩れたほうが危ういとの判断となった。
ただし、万が一の場合に備えて王家と、この2家は射出魔法の運用法を伝えていくことになったのだ。
その結果。
アルフレッド伯爵は『侯爵』へ。そして我らが義父上・ギデオンは、特例中の特例で『伯爵』へと、信じられないほどの大昇爵を果たしてしまった。
「がはははは! ケント、やったぞ! 早くお前に当主の座を譲って、領地で隠居させてもらうぞ!!」
脳筋の義父上(新・伯爵)は、俺の肩をバンバンと叩きながら公私混同も甚だしい夢を語って大喜びしている。
「……義父上。俺、まだ十三歳なんですけど。」
俺がジト目でツッコミを入れた、その時だった。
「――しかし、喜んでばかりもいられんぞ」
同じく侯爵へと昇爵したアルフレッド様が、ひどく疲れた顔で一枚の羊皮紙を差し出してきた。
そこには、王家の紋章である豪奢な封蝋が押されていた。
「ケント。王家からの勅命だ。お前は来月より、王都にある『王立魔法学院』への特待編入が決定した。国の未来のため、その魔法理論を広め、王国の礎となれとのことだ」
「…………はい?」
俺は目を丸くし、己の耳を疑った。
「な、なんで俺が学校なんかに!? ギルドの運営はどうするんですか! バルガス家の領地経営は!?」
「ギルドのシステム化は終わっているのだろう? 王命には逆らえん。安心しろ、お前が余計な貴族の派閥争いに巻き込まれないよう、手は打ってある」
「あ、あの十五歳になったら貴族か冒険者かというのも……」
「すまんな。もう、お前を平民で置いておくわけにいかんのだ。それにお前が実は私の落とし胤と言う噂も、今回の昇爵で王都では更に信じる者が増えてしまってな。いっそ王都の学校でお前と言う人間を、バルガス家の後継者だと知らしめたほうが良さそうと言うのもあるのだ。最近では我が娘ですら私が他に息子を作っていたのかと手紙で問い詰めてくる始末でなあ…」
疲れた顔をした侯爵が眉間を揉みながら指を鳴らすと、執務室の扉が開き、見慣れた二人の女性が入ってきた。
「例の魔法使える以上はギルドに所属は無理だってさあ。ギルドマスターの座は後任に譲ってきたぜ。これからはバルガス家の家人として、お前の『専属護衛』という事になったから、王都までついて行ってやるよ、ケント」
片目を眼帯で隠した三十路の美魔女、ザラがニカッと笑う。
その隣では、清楚なメイド服に身を包んだ、豊満な胸を持つ二十三歳の未亡人・レナが、ふわりと優しく微笑んでいた。
「私はケント様の『専属メイド』として同行するよう、旦那様(ギデオン様)から命じられました。王都でも、しっかり身の回りのお世話をさせていただきますね」
前世で限界まで働き潰された、バツイチで四十三歳の元社畜。
そんな枯れたおっさんの魂を持つ俺が、色気と包容力の塊である年上のお姉さん二人を引き連れて、ドロドロの派閥争いが渦巻く王都の学園へ通うことになってしまった。
「……頼むぞ、お前たち。俺の胃と命を守ってくれ」
数日後。俺は血の涙を流しながら、王都へ向かう馬車の座席に深く沈み込んでいた。
かくして、俺の思惑を大きく外れた『王都学園編』が、幕を開けたのである。




