第22話:新生ギルドと、特大の爆弾(噂)
ルミナス領の物流と治安の要となる、新生『ノースウェスト・ギルド』の立ち上げプロジェクトは、驚異的なスピードで進んでいた。
旧ノースギルドとウェストギルドの中間地点にあたる広大な空き地。そこでは連日、領主軍の工兵たちと、ザラの呼びかけで戻ってきた冒険者たちが汗を流して新社屋の建設にあたっていた。
「よし、この区画の地固めは終わったな。そっちの木材、第三区画に運んでくれ!」
俺は現場のど真ん中に立ち、次々と的確な指示を飛ばしていた。
前世で培った「ガントチャート(工程表)」を用いた徹底的なスケジュール管理と、人員の適材適所での配置。さらに「安全第一」を掲げた休憩時間の義務化により、作業効率はかつてのギルドの常識を覆すほど跳ね上がっていた。
「おいおい、あの子爵様の坊ちゃん、ただ立って指示出してるだけなのに、作業がいつもの三倍速えぞ……」
「それに、なんだか今日は重い木材がやけに軽く感じるんだよな。涼しい風も吹いてるし、働きやすくて仕方ねえ」
汗を拭う冒険者たちが、感嘆の混じった視線をこちらに向けてくる。
俺は「皆さんの頑張りのおかげですよー!」と子供らしい無邪気な笑顔を振りまきながら、内心でニヤリと笑った。
(ふふふ……俺の極秘チート労働環境改善魔法の賜物だぜ)
伯爵から「戦略級だから安易に広めるな」と釘を刺されている以上、派手な魔法は使えない。
だが、俺の魔法は『出力1』だ。魔力は三千以上あるが、一度に出せるのはそよ風やバケツ一杯の水程度。だからこそ、この「目立たない極小魔法」が現場で異常なほど役に立つのだ。
例えば、男たちが運んでいる重い木材。俺は誰にも気づかれないように、その木材の『重心の真下』の座標を指定し、【風1】を連続で当て続けている。出力1のそよ風でも、ピンポイントで下から持ち上げる力を加え続ければ、体感重量は劇的に軽くなる。
さらに、作業員たちの頭上の座標を指定し、【水1】を極小の霧にして、【風1】で散布する。気化熱を利用した即席のクーラーだ。
そして何より――俺自身の靴の中の座標を指定し、【風1】を定期的に発生させて蒸れを防止し、常に快適な状態を維持している。
出力1という「弱さ」を、座標指定という「技術」で補い、魔力三千という「スタミナ」でゴリ押す。これぞ、社畜が辿り着いた究極の現場ハックである。
「……相変わらず、気味が悪いほどスムーズに現場が回るねぇ」
図面を丸めて持ってきたザラが、呆れたようにため息をついた。
「文句言う輩もいないし、冒険者たちが妙に素直に働いてる。アンタ、まさかまた見えない所で変な魔法使ってないだろうね?」
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。俺はただ、皆さんが働きやすい環境を整えているだけです」
俺が肩をすくめた、その時だった。
「ふざけんじゃねえぞ! 俺たちはウェストで自由にやってたんだ! なんでガキの作った『工程表』だの『安全確認』だの、面倒なルールに従わなきゃならねえんだよ!」
休憩所のテントの方で、酒臭い息を吐く大柄な男が剣を抜き、現場の職員に詰め寄っていた。
旧ウェストギルドで甘い汁を吸っていた、ならず者の冒険者だ。
ザラが鋭い左目を細めて歩み寄ろうとした――その前に、俺は男の背後に静かに、音もなく接近した。
「……ルールが面倒なら、別の街へ行けばいい。ここはもう、お前たちの好きにできるゴミ捨て場じゃない」
「あぁん!? なんだとクソガ……ッ!」
男が振り返りざまに、大剣を振り下ろしてくる。
俺は全く動じず、男の『気管』の座標をピンポイントで指定し、【水1】をほんの数滴だけ直接送り込んだ。
「ゴボッ!? ゲッホ、ガハッ……!?」
突然気管に水が入り込み、男は激しく咽せ返って完全に体勢を崩した。
その決定的な隙を突き、俺は腰のミスリル剣を抜き放ち、手首を返して剣の『平』で男の横っ腹を強かに打ち据えた。
「ガッ……!?」
分厚い鋼の腹による重い一撃。肋骨が軋む嫌な音と共に男の動きが止まった直後、俺は一歩踏み込んで、硬い『柄頭』を男の鳩尾へと容赦なく叩き込んだ。
「カ、ハッ……」
男は白目を剥き、崩れ落ちるようにその場に昏倒した。
刃は当てていない。血も流れない。出力1の極小魔法で隙を作り、物理打撃で戦闘能力だけを完全に刈り取る、合理的で冷徹な制圧。
「……騒ぎを起こす者は、例外なく排除する。それがこのギルドの新しいルール(コンプライアンス)だ」
俺が静かに剣を鞘に収めると、周囲の冒険者たちは唾を飲み込み、誰一人として文句を言う者はいなくなった。
「……アンタのその手回しの良さと容赦のなさ、本当に十二歳なのか疑いたくなるよ」
「ザラに手を煩わせるまでもありませんよ。さあ、作業に戻りましょう」
苦笑するザラに答え、俺は再び現場の指揮へと戻った。
数日後。ルミナス領主館の執務室。
「素晴らしい。わずかこれだけの期間で新ギルドの基盤を整え、暴れ者たちを一切の流血なく従わせるとはな」
上座に座るアルフレッド伯爵は、俺が提出した進捗報告書を読みながら、大いに相好を崩していた。
その隣には、バルガス子爵家当主である義父上――ギデオンが、俺の保護者たる威厳を持って静かに控えている。
「ありがとうございます、伯爵閣下。ですが、これもすべて閣下が領主軍を動かし、迅速に資材を手配してくださったおかげです。俺一人の力では、到底成し得ませんでした」
「謙遜するな、ケント。お前のその知識と、それを実行に移す決断力は得難いものだ。……だが、この『冒険者の等級に応じた報酬の事前積立制度』は、少し急ぎすぎかもしれんな」
伯爵は報告書の一点を指差し、鋭くも的確な指摘をした。
「お前は合理性を重視するあまり、ベテラン冒険者たちの『その日暮らしのプライド』を軽視している。財政への初期負担もさることながら、急激な制度変更は現場の感情的な反発を招くぞ。猶予期間を設けるべきだ」
俺はハッとして、すぐに手元の羊皮紙にメモを取る。
『その日暮らしのプライド』……
令和の時代に生きた記憶がある俺には、信じられないのだが、確かにそういうプライド持つ連中は、冒険者の中にはいる。
日本だと「江戸っ子は宵越しの銭は持たない」と言うのが近い。
俺自身は「積み立てあればみんな喜ぶ」と思った施策だったのだが、独立心や反骨心が強い冒険者からは確かに反発も出そうだ。
…これは、ザラに聞けば容易に分かった事なのだろう。
自分の知識にうぬぼれ、他者の意見を聞かなかったミスだ。
伯爵はそこを、俺にやんわりと指摘してくれたのだろう。
「なるほど……。確かに、長期的な運用益にばかり目が行き、現場の感情を考慮しきれていませんでした。すぐに段階的な導入案に修正します」
「うむ。お前は賢いが、時に正論と効率だけで人を動かそうとするきらいがある。人の心というものは、計算式通りには動かんのだよ」
伯爵の温かくも厳しい言葉に、俺は深く頭を下げた。
前世のブラック企業では、上司は俺の手柄を奪うか、理不尽な責任を押し付けるだけの存在だった。だからこそ、こうして自分の未熟さを正しく指摘し、真っ当なフィードバックを与えてくれる伯爵や義父上の存在が、今の俺にはたまらくありがたかった。
この人たちからもっと学びたい。そして、受けた恩に報いるためにも、俺の力でこの伯爵派閥をもっと強大なものにしてみせる。
「ご指導いただき、本当にありがとうございます。次回までに、必ず完璧な修正案をお持ちします!」
俺が目を輝かせて力強く宣言すると、伯爵は「ふふっ、期待しているぞ」と満足げに頷いた。
だが。俺が退出した後、執務室の外の廊下では、文官や貴族たちがヒソヒソと囁き合っていた。
「……見たか? あのアルフレッド伯爵閣下が、あんなにも目を細めて一人の子供を褒めちぎるなんて」
「ああ。しかも、あのバルガス卿の養子だという少年の知識、十二歳の子供のそれではないぞ」
「もしや……バルガス卿の養子というのは建前で、本当は伯爵閣下の『隠し子』なのではないか? だからこそ、あそこまで優秀で、あれほど寵愛されているのでは……」
そのひそやかな噂話を、たまたま執務室から出てきた義父上が聞いてしまった。
「なっ……! ば、馬鹿なことを言うな! ケントは正真正銘、私の……っ」
義父上が慌てて否定しようとしたが、文官たちは「ああ、分かっておりますとも。表向きは、そういうことですよね」と、意味深な笑みを浮かべて去っていってしまった。
「そ、そんな馬鹿な……。私が伯爵閣下のご落胤を預かっているなどと噂が広まれば、他派閥からどんな面倒な横槍が入るか……!」
ただ純粋に伯爵への恩返しに燃え、有能すぎる働きを見せる俺。
その俺の真っ直ぐな忠誠心が、まさか自分たちへの特大の爆弾(噂)となって返ってくるとは露知らず。
義父上は青ざめた顔で壁に手をつき、今日もまた、震える手で胃薬の瓶を開けるのだった。




