第21話:合法的プレゼンと、悪魔の囁き
ルミナス領の冒険者ギルドを束ねる『統括ギルド』は、街の中心部にある重厚な石造りの建物だった。
その最上階にある豪奢な応接室で、俺たちは統括ギルドマスターである恰幅の良い男、ガストンと対峙していた。
「……冗談ではない。一度ギルドマスターの座を投げ出し、無責任に逃げ出したザラの復帰など、断じて認められるものではない」
上座の革張りのソファに深く腰掛けたガストンは、鼻で笑うように言い放った。
「それに加え、バルガス子爵家がバックにつき、ノースギルドを再建するだと? ふざけるな。我々冒険者ギルドは、外の権力に縛られない独立した『自治権』を持っている。貴族の介入など、ギルドの歴史と誇りに対する重大な侵害だ!」
ガストンは机を叩き、顔を真っ赤にして激昂した。
いかにも「権威にあぐらをかいた中間管理職」といったテンプレのような反応だ。俺は内心で(よしよし、想定通りの返しだ)と冷たくそろばんを弾きながら、これ以上ないほど人の良さそうな営業スマイルを浮かべた。
「フム、おっしゃる通りですねガストンさん。ギルドの歴史と自治権は、何よりも尊重されるべき絶対のルールですね。」
俺が素直に同意したことで、ガストンは「分かればいいのだ、子供が」と鼻を鳴らし、ふんぞり返った。
だが、俺の言葉はここからが本番だ。
「……しかしガストンさん。いや、ガストン統括ギルド長。ウェストギルドの腐敗による壊滅、そしてノースギルドの機能停止。現在、ルミナス領の半分以上のエリアで、魔物駆除や商人たちの護衛といった物流のインフラが完全に麻痺している。」
俺は淡々と、しかしよく通る声で事実だけを突きつけた。
まあ、やったのは俺なのだが、俺は現在はバルガス家の嫡男であり、なおかつ原因はギルド側にあるのだから俺を責める事はできない。さらにウェストギルド長は罪人として捕縛、ザラは辞職はしたが犯罪行為していたわけでは無いので、ノースギルドの崩壊はギルドの責任なのだ
「このままでは、ルミナス政庁として冒険者ギルド総本部に『ルミナスでは冒険者ギルドが全く機能していないが、どういう事だ』と、王家を通して正式に抗議するしかないが……それでよいのだな?」
「なっ……!?」
王家を通した総本部への抗議。それは、現場の責任者であるガストンの『完全な失脚』を意味する。
ガストンの顔からスッと血の気が引き、額に滝のような脂汗が浮かんだ。
「た、ただいま、イーストとサウスから人員を回す手配を……!」
「間に合っていないからこうしてきているのだ。……ただ、我々としても、今までルミナスの発展に貢献してくれたギルドを無碍に扱う気はないし、できればそれを避けたいのだよ、ガストン統括ギルド長」
俺は立ち上がり、ガストンの座るソファの横まで歩み寄った。
そして、怯える彼を見下ろしながら、極めて親身な、優しい声で耳元に囁いた。
「どうでしょう。まずはザラに復帰してもらい、機能停止した二つのギルドを統合した『ノースウェスト・ギルド』を作りましょう。新たに建物を建て、新生ギルドの象徴として、まずは冒険者や職員を集めるんです」
「だ、だが、それではやはり貴族の介入に……」
「ご安心を。人員が集まるまでの間は、領主軍と騎士団が『ノースウェストギルドから要請されて動いている』という形にしましょう」
俺は、懐からルミナス伯爵の承認印が押された『事業計画書』を取り出し、ガストンの目の前にそっと置いた。
「主導権がノースウェストギルドにあるのなら、政庁側がギルドの自治権を侵すことにはなりません。総本部から『貴族に介入させたのか』と問われても、『人員不足解消のため、ギルド側の権限で一時的に軍を外注として使っただけです』と胸を張って言えますよ。ガストンさんの顔にも泥は塗られませんし、自治権も完璧に守られます」
俺は、前世で培った社畜のスキルを総動員し、最高に黒い笑みを浮かべた。
そしてガストンに近寄り、耳元でこうささやく。
「Win-Winの提案だと思いませんか?」
それは、一見するとガストンの立場を最大限に配慮した、救済案に聞こえる。
――だが、その実態は『悪魔の契約』だ。
もし今後、ギルド総本部が今回の件で「自治権の干犯だ」と強硬な抗議をしてきた場合、ルミナス政庁(伯爵や義父上)は「いや、そちらのガストン氏から泣きつかれて、軍を貸して事業を手伝っただけです。これが要請書です」と、全責任をガストン一人に擦り付けて逃げ切ることができる。
これはガストンを『トカゲの尻尾』にするための「罠」であると共に、形だけ整えていたとはいえ、本当はギルドの自治権を政庁に委ねたという事実をもってガストンに首輪をつけたのだ。
「……す、素晴らしい! これなら自治権も守られ、インフラも回復する! さすがはバルガス卿のご子息、非常に建設的なご提案だ!」
自分が全責任を負わされ、首輪も付けられる爆弾にサインさせられようとしていることにも気づかず、ガストンは顔を輝かせて事業計画書にペンを走らせた。
「ええ、我々は常にルミナスの平和を願っておりますから」
俺が満足げに書類を受け取った時だった。
背後から、ひどく引きつったような息遣いが聞こえた。
振り返ると、同行していたザラと義父上が、俺から数歩距離を取り、信じられないものを見るような目でこちらを見ていた。
(……なんだ、あいつ。マジで十二歳の子供かい。どんな修羅場をくぐり抜けたら、あんな真っ黒な笑みを浮かべて、相手に笑顔で毒饅頭を食わせられるんだよ……)
『爆炎の魔女』として数々の死線を越えてきたはずのザラが、顔を引きつらせてドン引きしている。
「……ケント。お前、本当に恐ろしい奴だな。敵にだけは絶対にしたくないぞ……」
義父上に至っては、青ざめた顔で胃の辺りを強く押さえ、常備している胃薬の瓶をカタカタと鳴らして震えていた。
俺は二人に向かって、コテンと首を傾げて無邪気な子供の笑顔を作った。
「どうしたんですか、義父上、ザラ。無事にギルドの承認も下りましたし、これで大手を振って『ノースウェスト・ギルド』の建設に取り掛かれますよ!」
満面の笑みで告げる俺を見て、義父上はついに胃薬を瓶ごと口に流し込み、ザラはやれやれと天を仰いだ。
こうして、統括ギルドからの大義名分を(合法的に、かつ責任を押し付ける形で)奪い取った俺たちは、いよいよ新生ギルドの立ち上げという巨大プロジェクトへと乗り出すのだった。




