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他サイトで300万PV突破! 無能と蔑まれた能力値1の転生した元社畜のオッサンが、地球知識で爆鳴魔法を編み出し、常識を変える!  作者: だい


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第19話:新居の洗礼と、戦略級の生活魔法

ルミナス伯爵から自身の底の浅さを完膚なきまでに叩き潰され、『バルガス子爵家の嫡男』としてこの世界の仕組みと貴族のなんたるかを学ぶよう命じられた俺は、拠点にしていた宿屋『風見鶏の寝床』を引き払うことになった。

 女将のエルマさんは「いつでもご飯を食べにおいでね」と涙ぐんで見送ってくれた。少し寂しいが、これは罰ゲームではない。俺の命と、ベルンハイトにいる母さんの命を守るための、必要不可欠な『出向研修』だ。


 向かった先は、ルミナスの高級住宅街にそびえ立つ『バルガス子爵邸』だった。


「……今日から、ここがお前の家だ。その、なんだ。部屋は一番日当たりの良いところを用意させた。必要なものがあれば、何でも言え」


 屋敷のエントランスで、義父上バルガスがやけに早口で、少し頬を掻きながら言った。

 その不器用な親心に、俺は少しだけむず痒い気持ちになった。俺を庇って伯爵に頭を下げてくれたこの偏屈な騎士団長に、俺はもう反発する気など起きていなかった。


「ありがとうございます、義父上バルガス。お世話になります」

「ち、父上……っ。うむ、よし。……おい、セバス、マリア! 挨拶をしろ」


 バルガスが声をかけると、エントランスの奥から、隙のない燕尾服を着た初老の執事と、厳格そうなメイド長が現れた。

 二人の目は、明らかに俺を値踏みしていた。「どこの馬の骨とも知れない平民のガキが、由緒正しき子爵家の跡取りだと?」という、身分制度が根強いこの社会では当然の反応だ。


 俺は小さく息を吸い、背筋をピンと伸ばして両手を体の横にピタリと添えた。

 前世の新人研修で徹底的に叩き込まれた『最も美しい角度(四十五度)での最敬礼』。そして、完璧なトーンの営業スマイルを向ける。


「初めまして。本日よりバルガス家でお世話になります、ケントと申します。至らぬ点も多々あるかと存じますが、皆様の足手まといにならぬよう、一意専心、貴族としての作法を学ばせていただく所存です。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます」


 一言一句噛まず、取引先への挨拶としては百点満点の口上。

 これで「礼儀正しい子だ」と第一印象の主導権を握れる――そう思った俺の目論見は、次の瞬間、執事のセバスの冷ややかな声によって見事に粉砕された。


「……ケント様。大変失礼ながら、そのような卑屈な振る舞いはただちに『おやめ』ください」

「えっ?」


 頭を下げたままの俺に、セバスは一切の遠慮なくダメ出しをした。メイド長のマリアも、呆れたようにため息をついている。


「ケント様は今後、このバルガス子爵家の『次期当主』となられるお方。我々のような使用人に対して、あのような商人のようなへりくだった口上を述べ、あまつさえ深々と頭を下げるなど、主としての威厳を自ら泥に捨てるような行為です」

「あ……」

「使用人への労いは、軽く顎を引き、短い言葉をかける程度で十分でございます。無闇に下手に出る主など、他の貴族家から軽んじられる隙を作るだけです。……旦那様、ケント様には、一から徹底的な『貴族の作法』を叩き込む必要がございますな」


 セバスの容赦ない言葉に、義父上バルガスが「あ、ああ、頼む……」と苦笑いしている。

 俺は顔から火が出るほど恥ずかしくなった。前世の「平社員としての完璧なマナー」は、封建制の貴族社会(経営層)においては「異常で恥ずかしい行動」だったのだ。

 伯爵の言っていた『世の中を知らなすぎる』という言葉の意味を、俺は屋敷に入って五分で痛感させられる羽目になった。




 屋敷での生活が始まって数日後。俺はさっそく、自分の撒いた種の『尻拭い』をさせられていた。


 ノースギルドとウェストギルドが機能停止したことで、ルミナス領の半分以上のエリアで魔物駆除や護衛のインフラが崩壊した。その穴を埋めるため、バルガス率いる領主軍が街道のパトロールに出張ることになり、俺も『世間を知るための現場研修』として同行させられたのだ。


「……キツい。マジでキツい」


 夕暮れ時。街道沿いの森に設営された野営地で、俺は一人絶望していた。

 戦闘は問題ない。だが、俺が耐えられなかったのは『衛生環境』だった。


 軍の野営地には、当然風呂などない。汗と泥にまみれた体は、汚れた布で適当に拭くだけ。食事の後の食器も、申し訳程度の水で濯いで終わりだ。

 そして何より、俺の現代日本人の魂を打ち砕いたのは『トイレ事情』だった。森の奥に穴を掘り、用を足した後は葉っぱや僅かな水で処理するしかない。お尻が圧倒的に不衛生なのだ。ウォシュレットとまでは言わないが、せめて清潔な水で洗いたい。


(俺の『クリーン(仮)』の魔法を使えば、一瞬で解決する問題だ。騎士団の連中にも教えてやれば、劇的に野営が快適になるはず……)


 そこまで考えて、俺はハッと立ち止まった。

 『自分のルールだけで勝手に動くな』。伯爵にド詰めされた言葉が脳裏をよぎる。良かれと思った行動が、どんな思わぬ結果を招くか分からない。


(……ここは、勝手な真似はせず、屋敷に戻ってから義父上バルガスに見せて指示を仰ごう)


 俺は血の涙を流しながら、その日の野営の不衛生さを気合いで乗り切ったのだった。




 数日後、パトロールから子爵邸に帰還した俺は、義父上バルガスの私室を訪ねた。


「義父上、少しよろしいですか。実は、野営の際に役立つ『水と土魔法の応用技術』を思いつきまして……」

「ほう? お前の魔法技術か。見せてみろ」


 俺は、泥だらけになった自分のマントと、私室にあった水差しのコップを使って、あの『クリーン(仮)』を披露した。

 表面に薄い水膜を展開し、微細な砂を混ぜて循環させる。マントの汚れは一瞬で落ち、コップは新品同様に輝きを取り戻した。俺はさらに「これで体を洗うことも、排泄時の清浄化も一瞬で、しかも極少量の水で可能です」と付け加えた。


「――っ!!」


 義父上バルガスはコップを取り落としそうになり、顔面を蒼白にさせた。

 彼はガタッと椅子から立ち上がると、俺の肩をガシッと掴んだ。


「ケ、ケント! これを見せたのは、今のところ私だけだな!?」

「え? はい。勝手に教えるとまた伯爵閣下に怒られると思ったので、まずは義父上に報告を、と……」

「よくやった! 本当によく踏みとどまってくれた! 今すぐ領主館に行くぞ!!」


 義父上バルガスは俺を小脇に抱え、文字通り全速力で屋敷を飛び出した。




 再びやってきた、領主館の執務室。

 アルフレッド伯爵は、俺と義父上バルガスによる『クリーン』の実演と説明を最後まで静かに聞いていた。

 そして、深く、深く、眉間を揉みほぐすように押さえた。怒っているのではない。あまりの事態に、頭痛を堪えているような仕草だった。


「……ケント。お前は、自分がどれほどのものを生み出したのか、分かっているのか?」

「ええと……野営が快適になる、生活魔法の応用かと」


 俺が恐る恐る答えると、伯爵は鋭い眼光で俺を射抜いた。


「違う。これは軍事行動の前提を根底から覆す『戦略級の技術』だ」

「戦略級……?」

「そうだ。いいか、ケント。過去の歴史を見ても、戦場や長期の行軍において、兵士の命を最も多く奪うのは敵の剣や魔法ではない。『不衛生な野営地で蔓延する、赤痢などの感染症』だ」


 伯爵の言葉に、俺は目を見開いた。


「極少量の水と魔力で、兵士の体、食器、そして排泄物を完璧に清浄化できる技術。これが軍に導入されれば、我が領主軍の病死率は激減し、継戦能力は他領の軍とは比較にならないほど跳ね上がる。……それだけではない。これを一般市民が使えるようになれば、都市の疫病の発生率すら劇的に下がるのだ」


 伯爵は机に両手をつき、重々しい声で告げた。


「これは、国力を根底から押し上げる特大の技術だ。もしお前が、前回のギルドの時のように無自覚にこれを広めていれば……あっという間に他領の密偵に嗅ぎつけられ、この技術と、それを作り出したお前を巡って、最悪の場合、領地間での戦争が起きていたぞ」

「…………っ!」


 俺は滝のような冷や汗を流した。

 良かれと思ったお尻の洗浄魔法が、あわや戦争の火種になるところだったのだ。自分の異世界に対する無知さ加減に、改めて恐怖を覚えた。


「だが、今回は自分の判断で広めず、バルガスに報告した。その慎重さは大いに評価しよう。」

「ただし、お前は普通に使っていたが、そもそも普通は掌以外で魔法は発動できんのだ。普通の兵士も使えるような運用方法を考えて私に報告しろ」

 

伯爵は少しだけ表情を緩め、ふう、と息を吐いた。


「よいか、ケント。お前の発想は、軍事や政治の常識を容易く超越してしまう。今後、何か新しいアイデアや技術を思いついた時は、いかに些細なことであっても、必ず事前に私に報告し、裁可を仰ぐこと。……分かったな?」

「は、はいっ! 承知いたしました!」


 俺は最敬礼で同意した。

 こうして、ルミナス領において、ケントのアイデアは全て伯爵の決裁を通さなければならないという、絶対の『稟議りんぎ制度』が確立されたのだった。

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