第18話:トップ面談と、まともな為政者の正論
統括ギルドのチンピラどもを『合法的に』処理した俺は、顔面蒼白のバルガス団長に向かって一つだけ条件を出した。
「領主様にお会いするのは構いませんが、少しだけ時間をください。着替えてきますから」
「……き、着替える?」
「ええ。すぐに戻ります」
そう言って俺は宿に戻り、先ほど受け取ったばかりの箱を開けた。
丁寧に仕立てられた深いネイビーのジャケットとスラックスに袖を通し、純白のシャツの襟を正す。足元には磨き上げられた革靴。髪も水魔法を使って綺麗に整え、最後に鏡の前でネクタイ代わりのクラバット(飾り布)をビシッと締めた。
(よし。トップとの面談だ。身だしなみは基本だからな)
心の中でそう呟き、俺は宿を出た。
十二歳の子供が着るには少し大人びすぎているかもしれないが、服の持つ『力』は絶大だ。
先ほどまでの薄汚れた冒険者のガキから、どこかの若き貴族の当主か、あるいは一流商会の若きエリートのような出立ちへと変貌を遂げた俺を見て、バルガスは文字通り目を丸くして固まっていた。
領主館の最奥、重厚なマホガニーの扉の向こうにある執務室。
そこに、ルミナス領のトップであるアルフレッド・フォン・ルミナス伯爵はいた。
四十代半ばほどの、初老に差し掛かった落ち着いた風貌の男だった。派手な装飾品は身につけておらず、実務的な上等な服を着こなしている。その鋭くも知的な眼差しを見た瞬間、俺の前世の『サラリーマンセンサー』がビンビンに反応した。
(この男……キレ者だ。感情論ではなく、理屈と損得で動くタイプの『まともなトップ』だな)
「領主様。お連れいたしました。彼が、例のケントです」
バルガスが恭しく頭を下げて紹介する。俺は彼より一歩後ろに控え、前世で何万回と繰り返した完璧な角度で、深く、美しい一礼をした。
「お初にお目にかかります、ルミナス伯爵閣下。本日は貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございます。冒険者のケントと申します」
子供の舌足らずさを微塵も感じさせない、洗練された挨拶。
アルフレッド伯爵は、手元の書類からゆっくりと顔を上げ、俺のネイビーのスーツ姿と、その隙のない立ち振る舞いをまじまじと見つめた。
「よい。楽にしろ、ケントとやら。……まずは、我が騎士団長が独断でお前を養子縁組し、ノースギルドに放り込んだらしいな」
「あ、いえ。こちらこそ書類をよく確認せずにサインしてしまった落ち度がありますので。お気になさらず」
俺がビジネススマイルを浮かべて大人の対応を見せたつもりだったが、伯爵の鋭い眼光は一切緩まなかった。
「それでお前は、何が不満なんだ?」
静かだが、底知れぬ威圧感を伴った声が執務室に響く。
「バルガスは確かにお前に伝えない落ち度はあったかもしれないが、使い捨ての駒として扱ったわけではない。私にお前を『子爵家の嫡男』として正式に申請したのだ。平民であるお前にとって、破格の待遇であろう。……それにお前は、書類を確認する機会もあったはずだ」
伯爵の言葉が、鋭いナイフのように俺の論理の矛盾を切り裂いていく。
「それを怠り、勝手に被害者ぶって一方的にバルガスを責め、挙句の果てにギルドマスターのザラを断罪するとは……片腹痛いわ」
「…………っ」
俺は、雷に打たれたような衝撃を受けた。
完璧な正論だった。この世界の常識で考えれば、貴族の養子(しかも領主の腹心の家)に迎えられるなど、平民の子供からすれば天と地がひっくり返るほどの幸運だ。それを「騙された! 社畜にされた!」と騒ぎ立てたのは、俺が勝手に前世の価値観(ブラック企業へのトラウマ)を引きずっていただけ。
そして何より、「契約書を読まずにサインした自分の責任」を棚に上げ、八つ当たりでバルガスに暴言を吐き、ザラたちを偉そうに論破した。
前世で俺が一番嫌悪していた「自分のミスを他人のせいにする無能なクレーマー」と、昨日の俺は全く同じことをしていたのだ。
(……完敗だ。この人には、小手先の理屈は通用しない)
俺は深く息を吐き出し、貼り付けていたビジネススマイルを引っ込めた。
「……いや、まことにおっしゃる通りです」
俺は素直に頭を下げた。
「ルミナス伯爵閣下。此度の私の非礼、深くお詫び申し上げます。閣下の旗下である騎士団長殿に対して不敬な振る舞いをしたこと、弁解の余地もございません。処罰については、いかようにもお受けいたします」
そして俺は一歩下がり、団長に向き直って深く頭を下げる。
「バルガス騎士団長殿。此度の私の非礼、深くお詫び申し上げます。私のような若輩が、閣下の深いご温情も知らずに、あのような無作法を働いてしまいました。感情に任せ、閣下に対して不敬な振る舞いをしたこと、弁解の余地もございません。処罰については、いかようにもお受けいたします」
静まり返った執務室に、俺の謝罪の声だけが響いた。
アルフレッド伯爵はしばらく黙って俺を見下ろしていたが、やがて静かに口を開いた。
「……素直に非を認めたのは良い。では問うが、お前は今回の件、自身の何が『失敗』だったと考えている?」
「……痛み入ります。ですが伯爵閣下。俺の態度は三流でしたが、結果として『ノースギルドの機能停止』と、先ほど宿の前で『統括ギルドの差し金を合法的に無力化』したこと。これらによって、領主様がギルドに対する強力な交渉カードを得たことは事実かと存じます」
俺がそう言いかけた瞬間。
「――それが浅い考えで失礼なのだ、馬鹿者めが!!」
鼓膜を震わせるような伯爵の一喝が、執務室に轟いた。
隣にいたバルガスがビクッと肩を震わせ、俺も思わず息を呑む。伯爵の目は、紛れもない怒りと呆れに満ちていた。
「お前が謝罪したから聞いてみたが、それではお前はいつまでも三流でしかないわ! 何が間違っているか分かっておらん!」
「っ……」
「本来なら、バルガスにした無礼は斬首物であるし、ここまで来てもそんなこと言ってる様では話にならん……と言いたいが、呼び出しに逃げずに来た事、キチンと服装を整えて礼を尽くしてきたこと、処罰を恐れず謝罪した事。そこを汲んで少し話してやろう」
伯爵は深くため息をつき、俺を冷ややかに見据えた。
「まず、ノースギルドの機能停止と、統括ギルドの差し金を合法的に無力化、などどほざいておったが、誰かがそう言ったのか? はっきり言って迷惑でしかないわ。ウェストとノースギルドが無くなって、街の半分の方向で、冒険者ギルドが受けていた護衛依頼や駆除依頼ができなくなったのだぞ?。私やバルガスも領主軍で見回らせるつもりだが、戦の為の軍では冒険者の様にはいかんし、かといって本来は戦の為にある軍を、依頼を受けて動く冒険者のようにするわけにもいかん」
伯爵の言葉に、俺の頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。
「だから、旅する人間や商人は仕方なく単独で街の外に出て、駆除されずに増えた獣や、お前が潰した以外の盗賊に殺されていくだろう。お前はそんなことを領主たる私が望んでいるとでもいうのか?」
――あ。
ギルドを「敵対的買収の対象(邪魔な他部署)」くらいにしか考えていなかった。だが、領主から見れば、ギルドは「領民の命と物流を守るための必須インフラ」なのだ。それを俺は、自分の感情と理屈だけで破壊してしまった。
「あと『統括ギルドの差し金を合法的に無力化』だったか。お前は合法的にとか言っているが、合法とは何のことだ? お前たちギルド員が移籍したとか、登録がなどと言う事で、ギルドの敷地でもないのに、私の街の公道で刃傷沙汰を起こして合法的? せめて周りの人間に声を上げているならともかく、衛兵も呼ばずに何をお前は言っているんだ?」
「…………っ」
「そもそもお前は、自分に自信があるせいなのか法や他人をどこか軽く見ている。いや、なぜかは知らんがお前は自分のルールが正解で、貴族や法が間違っていると思っているようだな。……それで大切なものが守れるのか?」
伯爵は、まるで俺の腹の底のさらに奥の、一番弱い部分を覗き込むように目を細めた。
「例えば、お前をバルガスの養子にするにあたって、ベルンハイトに早馬を仕立ててお前を調べた。罪人の子などでは養子にできないからな。そこでお前の父親の事も母親のことも調べた。お前は母親を大事にしているようだが、今のお前では母を守れない。いや、いつかお前は自分のせいで母を殺すだろう。事実、今回だって連座で家族全員を処刑されてもおかしくなかったが、理解しているのか?」
ドクン、と心臓が嫌な音を立てて跳ねた。血の気が引き、全身からじっとりと嫌な汗が吹き出す。
ここは現代日本ではなく、絶対的な身分制度と『連座制』が存在する異世界なのだ。俺は「自分一人で責任を取ればいい」とフリーランス気取りでいたが、もし俺がこの場で切り捨てられていれば、ベルンハイトにいる母さん、いやシーナたちまでが罪人の身内として処刑台に上げられていた。
自分の浅はかさと、取り返しのつかない傲慢さに、俺は息をすることすら忘れて言葉に詰まった。
「お前の実力は聞いてる。こうして話してると知性も感じる。しかし、お前は世の中を知らなすぎる」
絶句する俺に、伯爵は淡々と事実を突きつける。
「例えばどこかの貴族と揉めてお前が1000人殺せても、相手はあきらめないし、王国も敵になるだろう。だがこのルミナス旗下のバルガス家の名前を出せば、そもそも揉めごとにすらならんのだ。お前が軽んじた『貴族の力』と言うのはそういう事だ。今はお前の武力の熱に当てられてるようだが、バルガスだってそういう貴族の戦いは出来る」
俺は横に立つバルガスを見た。あいつはただの脳筋の騎士じゃない。子爵という地位で、血を流さずに領民や部下を守る戦い方を知っている人間なのだ。それを俺は完全に見下していた。
「ケントよ、お前はやはりバルガスの養子となれ。そして、世の中の事や貴族と言うものを学ぶが良い。そして15歳の成人の義に、冒険者として生きるのか、貴族として生きるのか決めるがよい。ただ、一つ言っておくが、貴族は傍で思うほど楽ではない。そして冒険者が自由だと思うのは幻想だ。冒険者とは、王や貴族と言った『国と言うシステム』のなかで自由と言ってるに過ぎん、それらを見てお前が決めろ」
国家という巨大なシステム。その上で踊らされているだけの自由。
前世で社会の歯車だった俺が、異世界に来て一番見落としていた『真理』だった。自分より遥かに高い視座を持つこの『本物の為政者』の前に、俺は完全にひれ伏していた。
俺は、震える声で尋ねた。
「なぜ、自分のような人間にそこまで言ってくれるのですか」
伯爵は、やれやれと息を吐いた。
「平民の子供など、例え武力があろうが、知性があろうが、無礼を働いた時点で機会など与える気は無かった。しかも自分が信頼してるバルガスが嫡男として迎えたのに無礼を働いたのだからな。……だがな、そのバルガスが『どうか処分はしないでくれ、自分が悪かったから』とな」
「……っ!」
俺は弾かれたようにバルガスを見た。バルガスは気まずそうに目を逸らしている。
あの時、俺が暴言を吐き捨ててギルドを去った後。この不器用な男は、俺を庇うために伯爵に必死に頭を下げてくれていたのだ。
「まあそれに多少はお前に才を感じたからな。バルガスは頑固で偏屈だがいい男だぞ。あれの元で学ぶが良い。分かったか」
俺はもう、何も言えなかった。
前世で大人に使い捨てにされることしか知らなかった俺。誰も信じず、自分の理屈だけで他人の非を責め立てていた俺。そんな最低のクソガキの命を、不器用な責任感だけで守ってくれた大人がすぐ隣にいたのだ。
俺は静かにその場に膝をつき、床に額を擦りつけるように深く頭を下げた。
こうして、元社畜で能力値1の冒険者ケントの、波乱に満ちた『貴族修業』が始まったのだった。




