第17話:最高の一着と、完全合法な八つ当たり
昨晩の俺は、ノースギルドでの胸糞悪い事件の鬱憤を晴らすように、自室で一人ウキウキと内職に没頭していた。
野盗からぶんどった戦利品の中にあった、使い物にならない『折れた剣の柄』。これを【水魔法】と砂で綺麗に研磨し、ナイフで適当に前世の『梵字』っぽい模様をそれらしく刻み込む。
完成したのは、手のひらサイズの怪しげな円筒形の物体だ。
(よし。これで『魔法を誤魔化すためのダミー魔道具』の完成だ)
設定はこうだ。
『遠くの大陸で作られた、生活魔法を代替する希少な魔道具。基本は水魔法で対象を洗濯するが、土(砂)を混ぜることで金属の研磨もできる優れもの。ただし、持ち主の魔力登録が必須で、他の人間には絶対に動かせない』
遠くの大陸では生活魔法を上手く使える人間が少ない分、魔道具の文化がそれなりに発展している。この設定なら、俺の『クリーン』の手際を見られても「便利な魔道具を持ってるんだな」で誤魔化せるし、他人に奪われても「登録者以外は使えない」で言い逃れができる。
そんな完璧な設定と小道具をでっち上げているうちに、ノースギルドでの嫌な気分はすっかり吹き飛んでいた。
そして今日。
俺は「今日は絶対に休日だ。小難しい政治のことは一切考えない!」と固く心に誓い、朝から行動を開始した。
まずは宿の一階に降りて、女将のエルマさんに「面白い魔道具を手に入れたんですよ」とダミーの剣の柄を披露した。そして厨房の焦げ付いた巨大な鍋や、宿の大量のシーツを、俺の魔法(魔道具のフリ)で一瞬にしてピカピカに洗い上げてみせたのだ。
エルマさんは目を丸くして驚いた後、「ケントさん、すごいわ! これならお洗濯がすぐ終わっちゃう!」と大喜びで、たっぷりのお小遣いと、朝食の厚切りベーコンを特盛りにするという最高の報酬をくれた。
気分を良くした俺は、大通りで串焼きや果実水を買い食いし、大都市ルミナスの平和な空気を存分に満喫した。
そして昼下がり。今日のメインイベントである『仕立て屋』へと足を運んだ。
「お待ちしておりました、ケント様。ご注文の品、仕上がっておりますよ」
店主に案内された試着室で、俺は仕立て上がったばかりの服に袖を通した。
上質な深いネイビーの生地で仕立てられた、インフォーマル(略礼装)のジャケットとスラックス。さらに、それに合わせた純白のシャツと、磨き上げられた革靴。十二歳の子供の体格に、ミリ単位で完璧にフィットしている。
「……おおっ、完璧だ」
鏡の前でポーズをとり、俺は感嘆の声を漏らした。
前世のサラリーマン時代、初めてボーナスをはたいて『自分だけのオーダースーツ』を作った時の、あの高揚感。男にとって、オーダーメイドの勝負服というのは特別なロマンなのだ。動きやすさも計算されており、この服を着ているだけで「一流の大人」になったような全能感すら湧いてくる。
「最高の仕上がりです。ありがとうございます!」
俺はホクホク顔で残りの代金を支払い、丁寧に畳んで箱に入れられた服を受け取った。
普段なら汚れないようにすぐ【収納】に入れるところだが、前世からのロマンというか、高級なオーダースーツの箱を小脇に抱えて街を歩く優越感を少しだけ味わいたかったのだ。
足取りは軽く、思わず鼻歌まで飛び出しそうだった。
――そう、俺のテンションは最高潮だったのだ。宿の前に、薄汚い連中が十人以上もたむろしているのを見るまでは。
「……おせえぞ、ガキ」
拠点である『風見鶏の寝床』の入り口を塞ぐように立っていたのは、どう見てもガラの悪い、武装した男たちだった。装備の質からして、野盗ではなく冒険者だ。
男の一人が、肩に担いだ大剣を下ろし、俺を顎でしゃくった。
「テメエがケントだな? 統括ギルドからの呼び出しだ。おとなしく馬車に乗れ」
俺は最高に機嫌が良かった気分に、泥水をぶっかけられたような不快感を覚えた。
せっかくの休日に、しかも最高の一着を受け取って帰ってきたところに、職場(無関係)からの嫌がらせの呼び出しである。
「何言ってんですか、お断りしますよ?」
俺は冷たい声で即答した。
「はぁ? ガキ、状況が分かって……」
「俺はベルンハイトのギルドで登録していますが、この街のギルドへの移動届は出していません。昨日ノースギルドへ申し込みには行きましたが、結局ルミナス市民としての登録はされず、市民権も破棄したので登録するつもりもありません。……つまり、俺はルミナスの冒険者ギルドに呼び出される理由も義務も、一切ありません」
俺は事務的に、淀みなく言い放った。
法とルールに則った、完璧な『管轄外』の主張だ。
「つべこべ言ってんじゃねえ! いいから馬車に乗れっつってんだよ!!」
正論で言い返された男は顔を真っ赤にし、俺が大事に抱えていた服の箱に強引に手を伸ばしてきた。
――俺の堪忍袋の緒が、プツンと音を立てて切れた。
俺は男の手が触れる直前、箱をノーモーションで【収納】へと退避させる。
ただでさえ休日のテンションを下げられた上に、買ったばかりの最高の一着に、その薄汚い手を触れようとしたのだ。万死に値する。
「あ? 箱が消え……」
「――よそ見すんな」
男が間の抜けた声を漏らした瞬間、俺は男の眼球のすぐ目の前に【土魔法】で微小な砂を直接生成し、そのまま角膜にピンポイントで叩きつけた。
「ぐあっ!? 目が……っ!」
目潰しで完全に無防備になった隙を見逃すはずがない。
俺は無駄な手順を一切省き、即座に腰のミスリル剣を抜き放つと、その腹に当たる部分を男の膝の関節に向かって全力で振り抜いた。
ゴキァッ!!
「ぎゃあああああああっ!!?」
骨が砕ける生々しい音と、男の絶叫が響き渡る。
それを合図に、残りの統括ギルドの冒険者たちが怒号を上げて一斉に襲いかかってきた。
「殺す気で来いよ。俺は『自己防衛』のために全力で迎撃するからな」
剣の刃は使わない。あくまで剣の腹での打撃だ。
俺は十二歳の小さな身体を活かして男たちの死角に潜り込み、目に直接砂を生成して視界を奪い、体勢を崩したところを狙って、次々と正確に『膝』を砕いていった。
殺してはいない。ただ、二度と冒険者として歩けない身体に『合法的に(正当防衛で)』処理しているだけだ。
数分後。
騒ぎを聞きつけて、完全武装の騎士たちを連れたバルガス団長が、血相を変えて宿の前に駆けつけてきた。
「ケント!! 一体ここで何を……っ!?」
バルガスは、目の前の光景に絶句した。
宿の前には、十人以上の屈強な冒険者たちが、全員膝をあらぬ方向に曲げられ、地面をのたうち回っていた。
さらに俺は、彼らの周囲に『微毒(激しい吐き気と全身の痒みを引き起こす薬草成分)』を混ぜたミストを散布していたため、男たちは泡を吹き、涙と鼻水を流しながら地獄の苦しみを味わっている。
その凄惨な地獄絵図の中心で、俺はバルガスに向かってペコリと綺麗なお辞儀をした。
「あ、バルガス団長! 昨日は社会人として不適切な暴言を吐いてしまい、誠に申し訳ありませんでした! 海よりも深く反省しております!」
「えっ……? あ、いや……」
俺は十二歳の無邪気な笑顔を顔に貼り付け、バルガスに歩み寄った。
口では謝罪しながらも、俺の目は一切笑っていない。むしろ全身から『で、昨日の無断出向(ノース視察)の未払い賃金と慰謝料、いつ払ってくれるんですか?』というドス黒いオーラを全力で放ち続けていた。
「そ、それよりもケント……こ、この連中は、一体……」
「ああ、これですか? 俺が普通に道を歩いていたら、統括ギルドを名乗る不審者たちに突然拉致されそうになったので、全力で『正当防衛』をさせてもらいました。刃は当ててませんし、殺してもいませんよ?」
のたうち回る男たちの悲鳴をBGMに、ニコニコと笑いながら言い放つ俺を見て、バルガスは完全に顔面を蒼白に引きつらせた。
これが十二歳の子供のやることか。しかも、自分から手を出さずに相手の非を完璧に誘い出し、殺さないギリギリのラインで徹底的に肉体と精神を破壊している。
「…………」
バルガスは胃の辺りを強く押さえ、ついに懇願するように頭を下げた。
「……ケント。頼むから……領主様に、会ってくれ……。これ以上は、私の胃と権限ではどうにもならん……っ」
完全に怯えきった大の大人(騎士団長)の姿を見て、俺は「交渉相手がトップ(領主)に変わるなら悪くないけど、それはそれで面倒だな」と、内心で冷たくそろばんを弾いた。




