第15話:被害者ぶる偽善者たちと、決裂
「……冒険者ってのはな、坊主。いつだって上の連中に使い捨てにされてきた。貴族の気まぐれな依頼で、アタシの仲間は理不尽に死に、アタシもこの目を失った」
彼女の左目には、深い憎悪と、そして哀愁が宿っていた。
「だから、アタシたちはギルドという『自分たちの居場所』だけは、絶対に外の権力から守り抜くって誓ったんだ。……お前が領主の犬だっていうなら、アタシは何度でもお前に牙を剥くよ」
悲壮な覚悟。権力に抗う、誇り高き冒険者の矜持。
事情を知らない者が聞けば、思わず同情して胸を打たれるような立派な演説だろう。周囲の冒険者たちも、ザラの言葉に感極まったように拳を握りしめている。
だが、俺の心は一ミリも動かなかった。
それどころか、心の奥底からどす黒い嫌悪感と、抑えきれない怒りがマグマのように込み上げてくるのを感じていた。
「……ふざけるなよ」
俺の口から、無意識のうちに低い声が漏れた。
今まで被っていた『一生懸命に敬語を使う十二歳の子供』の仮面が、音を立てて崩れ落ちる。
「なんだと……?」
「貴族の気まぐれな依頼? その気まぐれな依頼とやらを受けたのはギルドで、その依頼実行を受けたのはテメエら自身だろうが。リスクを承知で金のために動いておいて、被害者ぶってんじゃねえよ」
俺の冷え切った声に、訓練場の空気が凍りついた。
「そして、自分たちの『居場所』を守るだあ? 外からの権力を弾くことばかりに夢中になって、その立派な居場所が小汚い連中で荒らされていることには無関心だったくせに何言ってやがる」
「坊主、アタシたちを侮辱する気か!」
「事実だろうが。テメエらが権力に反発して気持ちよく悲劇の主人公を気取っている間、ウェストギルドの連中は何をしてた? 小汚い野盗と結託して、何の罪もない旅人や女子供を食い物にして何人殺されたんだ、答えてみろコラ」
俺の脳裏に、あのアジトでの地獄のような光景がフラッシュバックする。
生ける屍のように虚ろな目をした女たち。
盗賊の慰み者にされ、無惨にも剣で胸を貫かれていた、あの俺と同じくらいの年の子供の、一切の光を失った瞳。
「テメエらは『ギルドの自治』だの『身内の結束』だのという綺麗な言葉で、ウェストの腐敗から目を逸らした。弱者が食い散らかされた残飯やそんな連中が垂れたクソで、大事な居場所とやらはすっかり汚れきってるんだよ。見て見ぬふりをしたテメエらも同じ穴の狢だ。……いや、テメエらも『盗賊そのもの』だ」
俺は倒れたままのザラを見下ろし、一切の感情を込めずに言い放った。
「俺は別に、領主の犬になったからここに来たわけじゃない。単に依頼だからだよ。さっき受付で、あのクソ騎士団長に勝手に養子にされてるのを初めて知ったけどな。……まあ、書類を確認しなかった俺の落ち度だ。誰のせいでもないし、その落とし前は自分で付けるさ。テメエらと違ってな。」
俺は腰に提げた黒鋼のミスリル剣を、ゆっくりと鞘から引き抜いた。
チャキッ、という冷たい金属音が、静まり返った訓練場に異様に大きく響く。
「なのになんだ、テメエらは。自分たちを被害者だと思い込んで、腐った面子を守ることに酔ってるようなゴミどもめ。……自分で死ねないなら、あの子たちの代わりに俺が殺してやるから、そこに並べ」
俺は一切の容赦なく、ザラの顔面に向けて水と風の魔法に麻痺性の薬草成分を混ぜ合わせた『ミスト』を放った。
野盗を無力化した時と同じ、無色無臭の麻痺霧。真空状態から復帰して息を荒らげていたザラは、それをまともに吸い込み、ビクンと痙攣して完全に身動きが取れなくなった。
「あ、ああっ……!? ザラさん!!」
「てめえ、何しやがった!!」
冒険者たちが慌てて武器を構えるが、俺から放たれる本気の『殺意』と、先ほどの爆発のクレーターを前にして、誰一人として一歩も動けずにいた。
俺は完全に拘束されたザラの首筋に、冷たいミスリル剣の刃をピタリと当てた。少しでも力を込めれば、容易く頸動脈を裂き、首を刎ね飛ばせる。
俺が本気で剣を振り下ろそうとした、その時だった。
「――そこまでだ!! 剣を引け、ケント!!」
ギルドの裏口から、金属鎧の擦れる大きな音が雪崩れ込んできた。
完全武装した十数人の騎士たちを引き連れて、バルガス団長が訓練場へと足を踏み入れてきたのだ。
バルガスの顔には、明らかな焦りの色が浮かんでいた。
彼としては、俺という『貴族の養子』を送り込んでギルド内に混乱を起こし、そこにタイミング良く騎士団を突入させて圧力をかける――というシナリオだったのだろう。だが、目の前の光景は彼の想定をはるかに超えていた。
訓練場の地面は未知の魔法で吹き飛び、ギルドマスターは拘束され、十二歳の少年が今まさに彼女の首を刎ねようとしているのだから。
「ケント! 何をしている、早まるな!!」
「……うるせえな」
俺は刃をザラの首に当てたまま、忌々しげにバルガスを睨みつけた。
「てめえ、人を騙すような真似しやがって。何偉そうに指示出してやがる」
その低くドス黒い声に、歴戦の騎士であるバルガスすらも一瞬言葉を失い、息を呑んだ。
怒り狂った十二歳の子供ではない。そこには、数多の修羅場を潜り抜けてきた本物の『殺し屋』のような、底知れぬ圧があったからだ。
俺はバルガスから視線を外し、周囲で青ざめているノースギルドの冒険者たちをグルリと見渡した。
「おまえら、人気のない所で俺に会ったら死ぬと思えよ。嫌ならこの街から失せろ」
それはただの脅しではない。俺の『本気』だ。
もし街道やダンジョンでこいつらと遭遇すれば、野盗と同じように処理する。その明確な宣言に、数十人の屈強な男たちが、恐怖でカタカタと歯の根を鳴らして後ずさった。
俺はザラの首筋から剣を離し、乱暴に鞘へと収めた。
「おい、クソ団長」
俺はバルガスに向き直り、冷え切った目で告げた。
「これでギルドに乗り込む口実はできたんだろ。依頼はこれで良いか。……あと、あのふざけた養子縁組は解消だ」
それだけを言い捨てると、俺は呆然と立ち尽くす騎士たちと冒険者たちの間を抜け、振り返ることなくノースギルドを後にした。
後に残されたのは、吹き飛んだ訓練場の惨状と、死の恐怖に震える大人たちだけだった。




