第14話:歓迎会と、隻眼の美魔女
翌日。俺は一人でルミナスの『ノースギルド』の扉を開けた。
むせ返るような酒と男たちの汗の匂い。昨日外から偵察した通り、荒々しい空気が蔓延している。
俺は受付のカウンターへ向かい、事務的に「新規登録をお願いします」と告げて、バルガスから渡された羊皮紙の身分証を提出した。
受付嬢は十二歳の子供が一人で来たことに怪訝な顔をしていたが、蝋印の押された書類に目を通した瞬間、ビクッと肩を跳ねさせ、顔面を蒼白にした。
「こ、これ……っ!? あなたは、騎士団長の……バルガス子爵家の、ご嫡男様!?」
その悲鳴のような声は、静まり返りつつあったギルド内に響き渡るには十分すぎた。
「……あ?」
「おい、今なんつった……? バルガスって、領主の犬の騎士団長じゃねえか」
周囲にいた冒険者たちの視線が一斉に俺に突き刺さる。
俺自身、受付嬢の言葉で初めて自分の『家名』を知り、内心で(あのクソ団長、勝手に養子にしやがったな!?)と激しい胃痛とやり場のない怒りに襲われていた。
だが、周囲から見れば「領主の犬が、わざわざ貴族の身分を見せびらかして嫌がらせ(視察)に来た」ようにしか見えないだろう。
「ふざけやがって……! ウェストの次はここって事か?貴族サマだから俺達が言うこと聞くとでも思ってやがるのか!!」
「俺たちを舐めてんのか!? 表出ろやクソガキ!!」
あっという間に、血の気の多い冒険者数十人に取り囲まれた。
俺は深くため息をついた。前世の会社で、親会社から天下りしてきた役員を子会社の現場が袋叩きにする、あの陰湿な『歓迎会』の空気にそっくりだ。
「……仕方ないですね。表じゃ迷惑だし、裏行きましょうか」
ギルド裏の広い訓練場。
俺は三十人近い冒険者たちに取り囲まれていた。
彼らが一斉に襲いかかってくる。俺は買ったばかりの革鎧の軽さとミスリル剣の感触を確かめながら、迫る剣や槍を最小限の動きで躱し、当身や関節技で次々と沈めていく。
だが、多勢に無勢。魔法の『小細工』を見せずに全てを捌き切るのは面倒になってきた。
俺が密かに足元の土埃を舞い上げようと魔力を練った、その時だった。
「――そこまでだ!! 束になってガキ一人に手こずってんじゃねえよ、ポンコツどもが!!」
腹の底に響くような女の怒号と共に、訓練場の空気がピリッと張り詰めた。
冒険者たちが慌てて道を空ける。そこから現れたのは、30歳くらいの、長身で筋肉質な女性だった。
右目には生々しい傷跡と眼帯。露出した腕や腹筋は鋼のように引き締まっており、歴戦の戦士特有の覇気を纏っている。野性味と色気が同居する、文字通りの『隻眼の美魔女』だった。
「貴方が、ここのギルドマスターですか?」
「ああ。アタシがノースギルドを束ねるザラだ。……なるほど、大男どもの急所を的確に狙う体術。だが、お前、ただ身体が動くってだけじゃないね」
ザラは唯一残った左目で、俺を値踏みするように睨みつけた。
「アタシの目は誤魔化せないよ。お前、さっきから動く直前に『地面』や『相手の口元』をチラチラ見てやがったな。何か見えない小細工を仕込もうとしてるだろ?」
――ギクリとした。
この女、完全に野生の勘だけで、俺が【土魔法】や【水魔法】で目潰しや気管への攻撃を狙う初動(視線)を見抜いていやがる。
魔法の存在まではバレていないだろうが、俺の『奥の手』の射線を警戒されては、小細工が通用しない。
「ガキのくせにいい面構えだが、アタシのギルドで好き勝手はさせないよ。来な!!」
ザラが巨大な戦斧を軽々と振り回し、猛烈な速度で距離を詰めてくる。
速い! 俺はミスリル剣で受け流そうとするが、その圧倒的な膂力に腕が痺れ、大きく後ろへ弾き飛ばされた。
「どうした!? 貴族サマの剣はその程度かい!!」
追撃の斧が空を切る。ギリギリで躱すが、完全に防戦一方だ。
周囲のギャラリー(冒険者たち)が「やっちまえザラさん!」「そのクソガキを泣かしてやれ!」と熱狂的に盛り上がり始める。
俺は大きく距離を取り、剣を下げて首をポキリと鳴らした。
このままじゃジリ貧だ。それに、この脳筋どもを黙らせるには、小細工よりも『圧倒的な暴力(理不尽)』を見せつけるのが一番手っ取り早い。
「あー……貴方、普通に強いですね。なので、俺も本気出しますけど?」
「ははっ! 言ったな坊主! やれるもんならやってみな!!」
ザラが好戦的な笑みを浮かべ、ギャラリーもゲラゲラと笑い声を上げる。
俺は一切の表情を消し、ザラから少し離れた無人の地面の『地中深く』に魔力を集中させた。
限界まで圧縮した、【爆鳴気】の小型サイズを仕込む。
あとは空気を圧縮して点火すればいい
「じゃあ、いきますね」
俺が指をパチンと鳴らした瞬間。
ドゴォォォォォォンッ!!!!!!
地中からの凄まじい爆発と共に、訓練場の堅い地面がクレーター状に吹き飛び、大量の土砂が雨のように降り注いだ。
爆風で数人の冒険者が吹き飛び、空気がビリビリと震える。
土煙が晴れた後には、直径数メートルのすり鉢状の穴が開いていた。
「なっ……!?」
「ひっ……え……?」
さっきまでの熱狂が嘘のように、訓練場は水を打ったように静まり返った。
全員が、口を半開きにして信じられないものを見る目をしている。未知の爆発物か、大魔導士の儀式魔法か。どちらにせよ、人間が単身で引き起こしていい破壊力ではない。
俺は、呆然と立ち尽くすザラに向かって、首を傾げた。
「これ、まだやりますか?」
「っ……! ふ、ふざけるな……っ!」
ザラは滝のような冷や汗を流しながらも、震える手で戦斧を構え直した。
「ギルドの長として、権力者の犬に屈するわけにはいかないんだ! 勝てなくても、やらなきゃいけないのさ!!」
悲壮な覚悟。ギルドマスターとしての意地。
まるで物語のクライマックスのような熱いセリフに、周囲の冒険者たちも息を呑んだ。
「……了解です。じゃあ行きますね」
俺もミスリル剣をスッと構え、互いに睨み合う。
風が吹き抜け、枯れ葉が舞う。
ザラが裂帛の気合いと共に地を蹴ろうとした、その次の瞬間。
バタッ。
ザラは白目を剥いて、糸の切れた操り人形のようにその場に倒れ伏した。
「え?」
「は?」
ギャラリーが間抜けな声を漏らす。
俺は剣を鞘に収め、パンパンと手を叩いて埃を払った。
「はいはい、終わりですよー」
激しい打ち合いなどしない。
ただ単に、俺がザラの頭部周辺の『空気を【収納】して真空状態にした』だけだ。どんなに筋肉ムキムキの歴戦の戦士でも、脳に酸素がいかなくなれば数秒でブラックアウトする。生物としての絶対的なバグ(急所)を突いただけの、極めて事務的な処理である。
「ざ、ザラさんが……倒された……?」
「魔法……? いや、何もしてねえぞ!?」
パニックに陥る冒険者たちをよそに、数分後、ザラはゲホゲホと咳き込みながら意識を取り戻した。
彼女は自分の身体を見下ろし、そして無傷で立っている俺を見て、全てを悟ったように深く息を吐いた。
「……アタシの負けだ。殺そうと思えば、いつでも殺せたってことだね」
「まあ、そんな物騒なことしませんけどね」
俺が肩をすくめると、ザラはゆっくりと立ち上がり、土にまみれた眼帯に触れた。
「……冒険者ってのはな、坊主。いつだって上の連中に使い捨てにされてきた。貴族の気まぐれな依頼で、アタシの仲間は理不尽に死に、アタシもこの目を失った」
彼女の左目には、深い憎悪と、そして哀愁が宿っていた。
「だから、アタシたちはギルドという『自分たちの居場所』だけは、絶対に外の権力から守り抜くって誓ったんだ。……お前が領主の犬だっていうなら、アタシは何度でもお前に牙を剥くよ」




