第13話:身だしなみと、身分証明という名の特大の罠
翌朝。
俺は朝食を済ませると、昨日手に入れたばかりの革鎧と剣を身につけ、早々に宿を出た。
向かう先は、昨日装備を買ったドワーフの親父の武具屋『鋼の金床亭』だ。
店に入ると、親父はカウンターで渋い顔をして剣の手入れをしていたが、俺の顔を見るなり片眉を上げた。
「おう、昨日の坊主か。ずいぶんと様になってるじゃねえか。……で、買い取りの品を持ってきたって話だったな?」
「はい。とりあえず第一陣です。買取をお願いします」
俺は周囲に他の客がいないことを確認し、収納から昨夜「クリーン」でピカピカに磨き上げた戦利品の山をカウンターに並べた。
数本の長剣、短剣、鎖帷子、そして胸当て。
どれも血糊や赤錆が完全に落ち、金属本来の鈍い輝きを放っている。
「……なっ!? おい坊主、こりゃどういうことだ!?」
親父は目を丸くし、並べられた武具をひったくるように手に取って隅々まで調べ始めた。
「昨日まで土に埋まってたような野盗のガラクタかと思いきや……刃こぼれ一つねえし、錆も完全に落ちてるじゃねえか! これほどの研磨、うちの熟練の職人が丸三日かけてやるレベルだぞ。どこの工房に持ち込んだ!?」
「いえ、細かいことはナイショですけど、俺が洗って磨いただけですよ。冒険者の生活の知恵ってやつです」
「自分で!? ……信じられねえ。だが、これだけ状態が良けりゃ、只の中古品じゃなく『上質中古品』として堂々と店に並べられるぜ」
親父は興奮した様子で査定を弾き出し、結果的に金貨三十枚(約三百万円)という高値で買い取ってくれた。大満足の取引だ。
「ありがとうございました! 今度また持ってきますね」
懐がさらに温かくなった俺が次に向かったのは、ルミナスでも中級以上の商人や貴族が出入りする、立派な店構えの『仕立て屋』だった。
冒険者として活動するための丈夫な替えの衣服はもちろん必要だが、俺の本当の目的は別にある。
『フォーマル(正装)』と『インフォーマル(略礼装)』の服を仕立てることだ。
前世のサラリーマン生活で嫌というほど学んだ真理がある。「人は見た目が八割」だ。
どんなに実力があろうと、ヨレヨレのスーツを着ている営業マンは信用されない。逆に、ビシッとした身なりをしていれば、それだけで相手は無意識にこちらを「まともな交渉相手」として扱う。
バルガス団長から「都合の良い外部委託」としてのポジションを得た以上、いずれルミナス領主である伯爵本人と面会する日も来るだろう。その時に「ただの薄汚い子供の冒険者」の格好で行けば、舐められて使い捨ての駒にされるのがオチだ。
「いらっしゃいませ。……おや、お坊ちゃん、お一人ですか?」
「はい。冒険者として活動する時の丈夫な服と、それから……貴族の方や大きな商会の方とお会いする時に失礼にならない、フォーマルとインフォーマルの服を仕立てて欲しいんです。その時の靴や装飾品も用意して欲しいんです」
仕立て屋の店主は一瞬驚いた顔をしたものの、前金として大金貨を二枚出すと、すぐにプロの顔になって採寸を始めてくれた。
上質な生地を選び、サイズを十二歳の身体にピッタリと合わせる。これで、いざという時の「大人の交渉」の準備は万端だ。
買い物を終えて拠点である『風見鶏の寝床』に戻ると、宿の前が何やら騒がしかった。
見れば、立派な装飾が施された二頭立ての黒塗りの馬車が、宿の入り口にドンと停まっている。周囲を行き交う人々が遠巻きにヒソヒソと噂話をしていた。
「あ、ケントさん! おかえりなさい!」
宿の中から、女将のエルマが少し顔を強張らせて飛び出してきた。
「びっくりしましたよ。領主館からの馬車が、ケントさんをお迎えに上がったって……。ケントさん、いったい領主様とどんなお仕事を……?」
「あはは、ちょっと道案内を頼まれただけですよ。すぐに行ってきますね」
俺はエルマを安心させるように笑うと、待機していた従者に促されて馬車へと乗り込んだ。
それにしても、呼び出しが早すぎる。バルガス団長め、昨日「都合のいいフリーランスになる」と合意したばかりなのに、もう厄介事を押し付ける気か。
馬車に揺られて到着した領主館の応接室には、昨日と同じようにバルガス団長が腕を組んで待ち構えていた。
「よく来たな、ケント。早速だが、一つ頼みたい仕事がある」
「また随分と急ですね。で、撲は何をすればいいんですか?」
俺がソファに腰を下ろすと、バルガスはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「お前、『ノースギルド』に冒険者として登録してこい」
「……はい?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
ノースギルドといえば、今日の昼間に偵察に行った際、俺のことを「組合の裏切り者」と呼んで最も敵対視していた連中の巣窟だ。
「勘弁してくださいよ。あそこの連中、ちょっと見に行ってみたら、ウェストギルドの件で俺のこと殺したいほど恨んでましたよ。そんなところに飛び込んだら、四六時中嫌がらせされるに決まってるじゃないですか!。」
「だろうな。統括ギルドを含め、今のギルド側は『領主の不当な介入』に対してピリピリしている。そこに、今回の事件の最大の功労者であるお前を送り込み、内側から奴らの動向を探ってもらいたい」
「いや、そもそも撲はベルンハイトで冒険者登録してますから、拠点の変更しかできませんし、拠点の変更を向こうが何かの手段で拒めばお終いですよ。偽装身分での重登録はギルド法で重罪で、死罪か鉱山送りですし。……せめてノース以外では?」
要するに、一番きな臭い部署への「スパイ(出向)」だ。
冗談じゃない。そんな針のむしろに好き好んで座る社畜がどこにいる。
「問題ない。そのための『大義名分』は用意してある」
バルガスはそう言うと、一枚の分厚い羊皮紙をテーブルの上に滑らせた。
そこには、領主の正式な紋章の蝋印が押されている。
「先日のウェストギルドの一件。あの不正を暴いた功績は、ルミナス領にとって計り知れない利益をもたらした。よって領主様は、お前に恩賞として『ルミナス市民権』と『家名』を下賜すると決定されたのだ」
なるほど。
俺は納得して顎を撫でた。
「領主が身分を偽装してスパイを送り込んだ」のではなく、「事件を解決した英雄に、正当な恩賞として身分を与えた。ルミナス市民なのだから、新しく地元のギルドに登録するのは当然の権利である」。そういうロジックか。
(偽装じゃなく、本物の身分証明を発行してくるとはな。これならギルド側も、表立って俺の登録を拒否することはできない。……ここも大人たちは政治が上手いなぁ)
前世の会社で、厄介なプロジェクトにアサインされる時に「これは君のキャリアアップのための特例人事だから」と丸め込まれた時のことを思い出す。大人の手口はどこの世界も同じだ。
「まあ、そういう建前なら分かりました。で、俺に下賜された『家名』ってなんなんですか?」
「お前は書類のサインだけしておけばいい。ギルドでの登録手続きは、この身分証明書を出せば全て通るようになっている」
バルガスは俺の問いを軽く流し、羽ペンを差し出してきた。
俺は「まあ、スパイ活動の間だけの適当なダミーネームだろう」と軽く考え、大して書類の中身も読まずに、言われるがままケントとサインを書き込んだ。
「よし。これで手続きは完了だ。頼んだぞ、我が息……いや、ケント」
「はいはい。あんまり無茶な依頼は回さないでくださいよ」
俺は羊皮紙の身分証を収納に放り込み、応接室を後にした。
この時の俺は、完全に油断していた。
前世で社畜として酸いも甘いも噛み分けてきたはずなのに、あまりにもトントン拍子に進むルミナスでの生活に、経営層(領主とバルガス)の本当の恐ろしさを忘れていたのだ。
俺に下賜された家名が、バルガスの姓であること。
領主であるアルフレッド・フォン・ルミナス伯爵の腹心であり、子爵でもあるバルガスの『嫡男(養子)』として、このルミナスで最も強力な政治的縛り(首輪)をつけられてしまったことに。
俺がその特大の罠に気づき、胃に穴が空くほどの絶望を味わうのは、ノースギルドの受付で身分証を提示する、もう少し後のことである。




