第12話:大都市の喧騒と、冒険者の内職
新しいワイバーンの革鎧を着込み外套を着る。そして腰にミスリル合金の片手剣を提げると、十二歳の細い身体にも少しだけ「冒険者」としての「箔」がついた気がする。
歩くたびに微かに鳴る装備の擦れる音が、前世で新しいオーダースーツに袖を通した時のようで、少しだけ気分が高揚した。
時刻はまだ昼下がり。
俺は宿へ戻る前に、ルミナスの街の地理と、各ギルドの動向を把握するための「散歩」に出ることにした。
大都市ルミナスには、東西南北の四つのギルドと、それらをまとめる統括ギルドが存在する。
今回俺が潰した(正確には領主に大義名分を渡して潰させた)のは、街道方面を担当していたウェストギルドだ。
大通りを北へ向かってしばらく歩くと、巨大な石造りの建物が見えてきた。『ノースギルド』の支部だ。
俺は道の反対側にある果物屋の屋台で足を止め、リンゴを品定めするふりをしながら、ギルドの入り口の様子を窺った。
「――ふざけやがって! どこの馬の骨かも知らねえガキが、領主に尻尾振ってギルドを売り飛ばしやがったんだぞ!」
「ウェストのマスターが裏で何やってたかは知らねえが、冒険者が権力者の犬になるなんて反吐が出るぜ!」
入り口付近にたむろしている柄の悪い冒険者たちが、大声で管を巻いている。
どうやらバルガス団長が言っていた通り、ノースギルドの連中は俺のことを「組合の裏切り者」として敵視しているらしい。自浄作用よりも身内の論理を優先する、絵に描いたような腐敗組織の末期症状だ。
前世の会社でも、横領で捕まった役員を庇って「告発した奴は会社の面子を潰した」と騒ぐ連中がいたのを思い出す。
(なるほど。ノースの連中は完全に敵対モードか。……近づかないのが吉だな)
俺は果物屋のおばさんに銅貨を渡してリンゴを一つ買い、無邪気な子供の顔を作ってペコリと頭を下げると、足早にその場を離れた。
イーストやサウスのギルドは「ウェストの腐敗を切り捨てろ」という派閥らしいが、今わざわざ顔を出して面倒な派閥争いに巻き込まれる理由はない。統括ギルドに至っては、領主と不可侵条約の件で絶賛バチバチの政治闘争中だ。
十二歳のフリーランスが首を突っ込むには、ルミナスのギルド事情はきな臭すぎる。
俺は街の主要な通りと各ギルドの位置関係だけを頭に叩き込み、拠点である『風見鶏の寝床』へと帰還した。
「お帰りなさい、ケントさん。お出かけは楽しかったですか?」
「はい、ただいま戻りました。街が広くて少し疲れちゃいましたけど」
一階のレストランで仕込みをしていた女将のエルマに、子供らしい愛想の良い挨拶を返す。
エルマは「夕飯は美味しいお肉を焼きますよ」と優しく微笑んでくれた。ギスギスしたギルド周辺の空気とは雲泥の差だ。やはりこの宿を選んで正解だった。
二階の自分の部屋に戻り、しっかりと内鍵をかける。
窓のカーテンを閉め、誰にも覗かれない完璧なプライベート空間を作ってから、俺はベッドの上にどさりと腰を下ろした。
「さて……お楽しみの『副業』タイムといくか」
俺は【収納】のスキルを展開し、空間の中から野盗や『銀狼の牙』の連中から回収した戦利品を床に並べた。
刃こぼれした長剣、血糊のべったりついた短剣、錆の浮いた鎖帷子、そして歪んだ胸当て。
普通なら二束三文で買い叩かれるか、ゴミとして捨てられるような代物ばかりだ。
だが、俺には魔法がある。
能力値は1。遠隔へ高圧で魔法を撃ち出すような、派手な戦闘魔法は使えない。
だが、手元での極小のコントロールと、前世の科学知識を掛け合わせれば、これほど便利な「生活魔法」はない。
俺は血まみれの短剣を手に取ると、その刃の表面を覆うように薄い水魔法の膜を展開した。
さらに、土魔法で作った研磨用の細かい砂粒を水膜の中に混ぜ込む。
「……よし。回転開始」
短剣の表面を覆う『砂混じりの水膜』を、魔法で高速で循環させる。
シャリシャリシャリッ、という微かな研磨音が部屋に響く。あくまで剣の表面だけで水を激しく流動させるのだ。
刀身を光らせ、刃の部分は内から外へ回転させ研いでいく。
数分後。
魔法を解除して布で拭き取ると、そこにはこびりついていた血糊や頑固な赤錆が完全に落ち、本来の鋼の輝きを取り戻した短剣があった。
「おぉ……我ながら完璧な仕上がりだ」
前世の工場などで使われる「サンドブラスト」の原理の応用。水と砂の摩擦力による、超精密な研磨処理である。
しかも前世のサンドブラストではありえないくらいの細かい粒子で磨くので、対象が削れていくこともなく磨ける。
手作業では何時間もかかる作業が、たった数分で、しかも刃を研ぐことまでが、手作業より綺麗にできるのだ。
能力値1の底辺魔法使いだと蔑まれてきたが、魔法という便利な概念がなかった前世を生きた俺からすれば、この圧倒的な利便性は感動すら覚える。
俺はウキウキした気分で、次々と戦利品の研磨作業に没頭していった。
鎖帷子の細かいリングの隙間の汚れも、水膜で包み込んで微小な水流を循環させれば、新品同様にピカピカになる。
金属部品以外も、試しに水魔法と細かい粒子使って洗濯後に、汚水を収納利用して吸い込んでやれば、驚くほど綺麗になった。
思わず、自分の来ている物も全部洗濯してから「これ、身体にも使えるか?」と全裸で水魔法で洗ったら、大層気持ちよかった。
ケントは「これってば、よくラノベで出てきた『クリーン』なんじゃね?」と思って、ついテンションが爆上がりし、全裸で一人、下手なランニングマンを踊って喜んだ。
数時間後。
俺は「クリーン」で綺麗なった体に、洗濯してピカピカの服を身に着けて上機嫌だった。
床に並べられていた血まみれのゴミの山は、武具屋の店頭に並べても遜色のない、立派な「中古武具のラインナップ」へと変貌していた。
「……これだけ状態が良ければ、ドワーフのおやっさんのところでそこそこの値段で買い取ってもらえるはずだ」
綺麗になった武具を再び【収納】へとしまい込みながら、満足げに息を吐いた。
大都市ルミナスでの生活は、思っていたよりもずっと快適で、そして充実したものになりそうだった。




