第104話:砂塵の死角と、見えざる凶器
ギーク人の本拠地である砂漠の都は、異様なほどの静寂に包まれていた。
主戦派の男たち三万が文字通り消滅し、残されたのは戦いを忌避していた少数の穏健派と、女子供や老人たちのみ。無血開城に等しい形でこの都を制圧したケントたちは、粗末な石造りの首長館を仮の司令部として陣取っていた。
狂信者と化した長老たちからの尋問が行き詰まりを見せていたその時、激しい砂煙を上げて一団の騎馬隊が都に到着した。
王都での「内通者炙り出し」という大仕事を終え、後顧の憂いを完全に断ち切ったデックス将軍が、精鋭の護衛のみを連れて前線へと合流を果たしたのだ。
「遅くなりました、ケント殿。王都の『大掃除』、無事に完了いたしました」
馬を降り、長旅の砂埃を払うデックスの顔には、疲労よりもむしろ、憑き物が落ちたような清々しい覇気が満ちていた。
「お疲れさん。王都からの伝令は受け取ったよ。……『シン』、か。まさか別大陸の巨大国家が、ハーンの元王族だったとはな」
「はい。確保したダーマー家から押収した機密資料により、奴らの現在の全容がほぼ掴めました」
デックスは首長館の広間に巨大な地図を広げ、ケント、セリーナ、シーナの三人を前に、ダーマー家が千年をかけて集めた命懸けの情報を共有し始めた。
「まず、大前提として認識を改める必要があります。我々が相対しているのは、このニューヴェ大陸の奥地に潜む一勢力などではありません。奴らの本国は、かつて独自の魔導技術で完成させた転移ゲートの先――アマテラスと海を隔てた場所に位置する『シン大陸』にあります」
デックスが地図のアマテラス周辺、そのさらに外側を指差す。
「現在、シンの主流派は、すでにこのニューヴェ大陸という辺境の砂漠には何の未練も持っていません。彼らの最大の目標は『アマテラスの制圧』、そしてその先にある、帝国などの元ヴェレツケール領の奪還です。驚くべきことに、彼らはすでにアマテラスの『インナーバフ』の秘密を手に入れ、さらに帝国が開発しアマテラスで一部が製造されていた『火薬兵器』、すなわち銃を含む未知の兵器を手に入れ、本格的なアマテラス侵攻を検討し始めています」
その言葉に、セリーナの表情がサッと険しくなった。火薬と銃という兵器が戦場にもたらす劇的な変化と脅威を、彼女は知識と経験から深く理解している。
「じゃあ、今回ハーンを襲ってきた連中は何なんだ? 本国がハーンに興味がないなら、なんでわざわざギーク人を使ってまで攻撃してきた?」
ケントの疑問に、デックスは重々しく首を横に振った。
「焦り、です。現在ニューヴェ大陸の奥地に残存しているのは、大昔にシンの王から『ハーン王家を滅ぼせ』と命を受けた貴族家の関係者たちのみ。いわば、本国から見捨てられつつある時代遅れの残党です。彼らは、本国がアマテラス侵攻へと舵を切る中、自分たちの存在意義を証明し、発言力を取り戻すために焦りを募らせていました。だからこそ、ダーマー家が流した『ハーンを攻撃すればノキアという強大な同盟国が出てくる』という警告すらも無視し、暴走気味にギーク人を唆して攻撃を仕掛けてきたのです」
「なるほどな……。手柄を焦った窓際族の暴走ってわけか」
「はい。ハーン国としては、奴らが本国と連携を取る前に、この大陸に残るシンの拠点を完全に制圧する必要があります」
デックスの説明を聞き終え、ケントは首をポキポキと鳴らしながら不敵な笑みを浮かべた。
「上等だ。本国の連中が来る前に、残党どもを砂漠の奥地ごと叩き潰す」
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ケントたちは知る由もなかったが、砂漠の最奥にある拠点で待ち構えるシンの残党たちの計画は、極めて卑劣かつ臆病なものだった。
彼らの目論見はこうだ。ギーク人を使ってハーンを滅ぼせれば御の字。もしハーンが勝っても、大きなダメージを受けていればそこを攻める。
そして今回のように、ハーンが大勝したりノキアからの援軍が来た場合には、砂漠の奥地にあるこの拠点で待ち受け、迎撃する。もしそれでも防衛線を突破されそうになったり、戦況が悪化したりすれば、拠点をあっさりと放棄し、最深部にある転移ゲートを使ってシン大陸の本国へ逃げ帰ってしまう予定だったのだ。
だからこそ、彼らは「拠点が壊れること」に一切の頓着を持っていなかった。いずれ捨てるつもりの拠点であるからこそ、自陣の周辺に常軌を逸した数の凶悪なブービートラップを無差別に張り巡らせていたのである。
ギークの都からさらに砂漠の深部へ進むこと数日。
巨大な岩山をくり抜いて作られた、古代遺跡のようなシンの拠点へと続く一本道は、ハーン軍にとってまさに死地の様相を呈していた。
「――ぎゃあああっ!!」
先陣を切って罠の解除にあたっていたハーンの斥候部隊の一人が、突如として足元から吹き上がった爆炎に飲み込まれ、吹き飛ばされた。
幸い命に別状はなかったものの、足を激しく損傷し、すぐさま後方の衛生兵のもとへと運ばれていく。
「どういうことだ!? 魔力探知には一切の反応がなかったはずだぞ!」
陣頭指揮を執る部隊長が怒鳴る。ハーン軍の優秀な魔法使いたちが、顔を青ざめさせながら探知用の魔道具を掲げた。
「ほ、本当です! 周囲に魔力的な反応は一切ありません! 確かに先ほど、地面に仕掛けられた魔力トラップを解除して、安全を確認してから一歩踏み出した瞬間に……!」
「言い訳はいい! 探知できない罠など、どうやって進めというのだ!」
焦燥と混乱が軍に広がる。魔力を使った罠を一つ解除して安堵し、一歩進んだそこに未知の爆発物が仕掛けられているのだ。これでは一歩も前に進めない。
「下がってろ! そいつは魔法の罠じゃない!」
混乱する兵士たちを制止し、ケントが前へと出る。えぐれた地面、飛び散った砂、そして鼻をつく焦げた硝煙の匂い。
「……火薬だ。圧力を感知して起爆する物理的な地雷が、魔力トラップの間にびっしり埋め込まれてる」
「火薬……? 魔力を一切使わないという、あの未知の兵器ですか。しかし、魔力探知にかからないとなれば、どうやって進めば……」
デックスが顔をしかめる。火薬の存在を知っているケントやセリーナであっても、地中に埋まった「魔力を持たないただの物理爆弾」を正確に探知することは不可能に近い。
罠の配置から、ケントは敵の意図を正確に読み取っていた。
(……自分の家の玄関前に、こんな見境のない地雷原を作る馬鹿はいねぇ。奴ら、最初からこの拠点を守り抜く気なんてないな。ヤバくなったらゲートで逃げ帰る前提の、足止め用の使い捨てトラップだ)
敵の臆病な逃亡計画を見抜いたケントは、深くため息をついた。
「探知できない以上、『とにかく足元に気をつけて慎重に進む』か、『全部起爆させて進む』しかないな。……おいシーナ、出番だぞ」
「はーいっ! お兄ちゃん、派手にいこう!」
待ってましたとばかりに、シーナが元気よくケントの隣に並び立つ。
二人は息を合わせ、前方の空間に向けて両手を突き出した。
高濃度の水素と酸素の混合気体――『爆鳴気』を空間に充満させる。そして、圧縮し起爆した。
ドゴォォォォォォォンッ!!!
空気を震わせる大爆発が連鎖し、前方数十、数百メートルの砂漠と岩肌が丸ごと吹き飛んだ。
爆鳴気による強烈な衝撃波と超高温が地面を激しく叩き、地中に隠されていた火薬の地雷が次々と誘爆を起こし、連鎖的な爆炎の華を咲かせる。
「よし、次! ほらシーナ、もっと右の方も吹き飛ばせ!」
「えいっ! えいっ! あはは、お兄ちゃん、お砂場遊びみたいだね!」
「違いねぇ。こりゃどろんこ遊びよりタチが悪いがな」
談笑しながら、ぽんぽんと魔法を放つ二人。その度に凄まじい爆炎が上がり、周囲の岩山が揺れる。
魔力探知もへったくれもない。罠があるなら、罠ごと地形を吹き飛ばして進撃路を削り出していくという、あまりにも力技すぎる『人間地雷処理戦車』。
圧倒的な質量破壊を見せつけながら更地を作り出していくケントとシーナの背中を、後方から歩くデックスやハーンの兵士たちは、ただただ唖然として見つめるしかなかった。
「……相変わらず、あの二人は規格外ですね」
呆れたようにため息をつくデックス。しかし、その隣を歩くセリーナは、周囲の爆炎を見つめながら真剣な表情を崩さなかった。
「デックス将軍。あの二人が前を開けてくれている間に、貴方たちハーンの軍に『火薬』というものの恐ろしさをレクチャーしておきます」
「セリーナ殿……? ええ、先ほどの魔力探知にかからない爆発物ですね。確かに厄介極まりない」
「それだけではありません。今後、我々が対峙するシンという国は、確実に『銃』という火薬兵器を使ってきます。今回のような設置型の地雷ではなく、遠距離から人間を撃ち抜く兵器です」
セリーナは、兵士たちの盾となるよう進軍ルートの横にそびえる巨大な岩壁を指差した。
「魔法の爆発と、火薬の爆発の最大の違いは何かわかりますか? 魔法は術者の意志や魔力の性質によって、追尾したり、障壁を透過したり、ある程度不自然な動きを持たせることができます。しかし、火薬の爆発や、火薬で弾を飛ばす『銃』という兵器は、純粋な物理現象です」
デックスは真剣な目で頷き、セリーナの言葉を脳裏に刻み込んでいく。
「つまり、飛んでくる鉛玉は、分厚い岩や鉄の盾といった『物理的な遮蔽物』に身を隠せば、確実に防ぐことができます。魔法のように曲がって飛んでくることはありません。……ですが、逆に言えば、魔力を持たないただの物理攻撃であるが故に、魔法のバリアを展開していない無防備な状態の肉体を、音速を超える速度で容易く貫きます」
セリーナの声音が一段と低くなる。
「魔力感知にも引っかからないため、遥か遠方の視界外から、殺意すらも悟らせずに狙撃してくる。発射音よりも早く弾丸が到達するため、撃たれたことに気づく前に死んでいる……それが、火薬兵器の真の恐ろしさです。これからの戦いでは、常に遮蔽物を意識し、見えない遠距離からの奇襲を警戒し続けなければなりません」
「遠距離からの、魔力探知にかからない奇襲……。恐ろしい兵器だ。いかにケント殿ほどの使い手であっても、油断していれば――」
デックスが背筋に冷たいものを感じた、まさにその時だった。
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シンの拠点、その最も高い岩山の頂にある監視塔。
陽炎が揺らめく中、真っ黒な長銃身のライフルを構え、じっと息を潜めている男がいた。
魔力を持たない純粋な物理兵器。更にその銃身には魔力遮断の迷彩布が巻かれており、いかなる探知魔法にも引っかかることはない。
男の右目は、冷たいガラスレンズのスコープを覗き込んでいた。
スコープの視界の先――遥か遠方で、馬鹿騒ぎをしながら爆発魔法を連発している男女の姿がはっきりと映し出されている。
『……目標、確認。これより、排除する』
男の指が、静かに引き金に添えられる。
レンズに刻まれた十字の照準は、笑顔で隣の少女と話し込むケントの頭部に、狂いのない正確さでピタリと重なっていた。
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次回は22日予定してます
23日からは今まで通り1日1話投稿予定です。
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