第97話:失われた超大国と、ヴェレツケール連合国構想
帰還直後のセリーナとレナによる血も凍るような事情聴取。
なんとか誤解(というか半ば事実だったが)を解き、平謝りに平謝りを重ねて命からがら許しを得た俺とザラは、そのまま休む間もなくノキア王城へと連行された。
王城の奥深く、厳重な警備が敷かれた最上級の円卓会議室。
そこには、ノキア国王、次期王であるシャルム、俺の直属の上司であるルミナス侯爵、そして近衛騎士団長ギデオンといった、この国の最高首脳陣が顔を揃えていた。
そして円卓の反対側には、ハーン国特命大使として赴任してきた第4王子ガゼブと、数名の文官たちが緊張した面持ちで座っている。俺とザラ、そして肩に乗る妖精のスーは、ノキア側の末席に腰を下ろしていた。
会議の目的は、異世界……いや、新大陸に存在したハーン国に関する情報の共有である。
俺とザラがハーン国の大王を物理的に排除し、新女王ルダと王配デックスを据えてきた事後報告はすでに済ませてある。首脳陣は俺たちの『やりすぎた感』に何度か頭を抱えていたが、結果的にノキアへの脅威が完全に排除されたため、不問(という名の黙認)とされた。
「……さて。ガゼブ特命大使よ」
ノキア王が、深く威厳のある声で口を開いた。
「此度の争いの発端は、そなたらの前王が『我らのルーツたるヴェレツケールの地を奪い返す』と狂行に走ったためと聞いている。我が国とハーン国は、本当に同じルーツを持っているのか?」
ガゼブは姿勢を正し、深く一礼してから静かに語り始めた。
「はい。信じがたいことかもしれませんが……かつて、このノキア王国、そして隣国であるウル帝国、マセック国が存在するこの広大な大陸は、すべてひっくるめて『ヴェレツケール』という一つの巨大な超大国であったと、我が国の歴史書には記されております」
「なんだと……? この大陸全土が、一つの国だと?」
ルミナス侯爵が驚きに目を細め、シャルムも真剣な表情で身を乗り出した。
「はい。当時のヴェレツケールは、高度な魔導技術と強大な武力を誇り、まさに世の理を支配するほどの繁栄を謳歌していました。しかしある日、突如として『未知の病魔』がヴェレツケール全土を襲ったのです」
ガゼブの表情に、歴史の重みと悲痛な色が浮かぶ。
「その病魔には、超高位の治癒魔法はおろか、万能であるはずの妖精たちの魔法すら一切通用しなかった。人々は次々と倒れ、最盛期の5分の1にまで人口が激減してしまったそうです」
「妖精の魔法すら効かない病……」
シャルムが息を呑む。
俺の肩にいるスーも、普段の陽気さを消して「……そういえば、昔そんなすっごく怖いお病気があった気がするわ」とポツリと呟いた。
「滅びの危機に瀕した当時の大王は、苦渋の決断を下しました。未だ感染していない王族や貴族、そして一部の民と妖精たちを連れ、あの『大いなる門』の転移装置を使って、まだ病魔の手が及んでいない新天地……はるかな大陸の彼方へと避難したのです。それが、我らハーン国の成り立ちです」
ガゼブはそこで言葉を区切り、王たちを見据えた。
「当時の大王は、我らの先祖にこう言い残したと伝わっております。『いつか病魔が去り、故郷ヴェレツケールから我らを尋ねてくる民が現れたなら、同胞として歓迎し、受け入れるべし』と」
「それが、あの大王の代になって、歪んだ選民思想から『奪い返す』という侵略の口実にすり替わってしまったというわけか」
俺が補足すると、ガゼブは恥じ入るように深く頷いた。
「しかし……」
ギデオンが疑問を呈する。
「転移装置で逃げたのがハーンの民ならば、我々ノキアの祖先はいったい何者なのだ?」
「我が国の伝承によれば……」
ガゼブが言葉を選ぶようにして答えた。
「感染してしまって転移の条件を満たせなかった民や、そうした家族を見捨てられず、自らの意志で汚染されたヴェレツケールに『残る』ことを選んだ王族や貴族たちがいたそうです。おそらく、ノキアの方々は、その残された同胞たちの末裔かと」
その言葉が落ちた瞬間、円卓は重い沈黙に包まれた。
祖先たちが直面した、想像を絶する絶望。生き延びるために国を割り、同胞を見捨てて逃げるしかなかった者たちと、死を覚悟して故郷と家族と共に残ることを選んだ者たち。
俺ですら、その壮絶な歴史の重みに軽口を叩く気にはなれなかった。
「……なるほどな。そういう事であったか」
沈黙を破ったのは、ノキア王だった。
王は深く嘆息し、玉座に背中を預けると、まるで古い記憶を呼び起こすように天井を見上げた。
「我がノキア王家にのみ、代々伝わる『口伝』がある。一字一句違えず、次代の王にのみ受け継がせる秘密の言葉だ」
シャルムすら聞いたことがないのか、驚いたように父親を見ている。
「『幾星霜の彼方、我らが祖先の威勢は天にも届き、世の理も我がものとしていた』」
王が、朗々とその口伝を暗唱し始めた。
「『しかしその傲慢が神の怒りにふれ災いあり。多くは新たなる地を目ざして旅だった』」
それはまさに、ガゼブが語った歴史そのものだった。
栄華を極めた超大国と、病魔という災い。そして新天地への脱出。
「『残された我らは地に根を張り、天を目ざさず、世の理は受け入れ、全ての民を受け入れ生きて行くべし』。……これが、初代ノキア王が残した言葉だ。世の理とは、病魔による死を指していたのであろうな。どんなに苦しくとも、見捨てられた者たちを抱きしめ、この地で生き抜けという悲痛な覚悟だ」
王の声には、深い哀悼の響きがあった。
「そして、もう一つ。我が王家には、口伝と共に代々受け継がれてきた『権威の象徴』がある」
王は傍らに控えていた近衛兵に目配せをした。
兵士がうやうやしく小さな宝箱を運び込み、円卓の中央に置く。王が鍵を開けて蓋を開くと、そこには精緻な紋様が刻まれた、手のひらサイズの古代金属の装飾品が鎮座していた。
「我が王家に伝わる『約束の鍵』と言われるのがこれだ。先王も、そして余も、ただの権威を示すための宝物であり、まさか本当に何かの『鍵』だとは思っておらんかったがな」
「あっ!」
俺の肩に座っていたスーが、宝箱の中身を見て無邪気な声を上げた。
「あそこの遺跡の扉を開ける非常用の鍵って、それよ! 昔、残るって決めた人たちが、いつか合流できるようにって持ってたやつだわ!」
「……なん、だと……?」
ノキア王が、眼球が飛び出そうなほど目を見開いて固まった。
数千年間、ただの飾りだと思っていた国宝が、まさか本物の『遺跡の鍵』だったとは。スーのあまりにも軽いネタバラシに、円卓の全員がズコーッとズッコケそうになっていた。
「まあ、妖精の証言があるなら間違いないな」
俺は苦笑しながら、話を本筋に戻した。
「つまりこういう事だろ。病魔が去った後、生き残ったヴェレツケールの民と、当時ヴェレツケールに組み込まれていなかった北方の民なんかが長い年月をかけて混ざり合った。そして、居住地域や、元々率いていた王族・貴族の派閥ごとに分かれて建国したのが、今のノキアであり、ウル帝国であり、マセック国なんじゃないか?」
俺の推察に、ルミナス侯爵が顎に手を当てて深く頷く。
「筋は通るな。我々とウル帝国、そしてマセック国……文化や人種の根底にどこか共通点があるのは、ルーツが同じ『残されたヴェレツケールの民』だったからだ」
遥か昔、一つの巨大な国だった大地。
病魔によって引き裂かれた同胞たちが、長い年月を経て、今再びこうして円卓を囲み、言葉を交わしている。
誰もがその歴史の雄大さに想いを馳せ、静かな感傷に浸っていた。
――だが。
俺の脳裏には、そんなロマンチックな感傷よりも先に、とてつもなく現実的で、かつ『政治的に最高に美味しい悪知恵』が閃いてしまったのだ。
「……なぁ、シャル」
俺は隣に座る次期王に、ぼそりと耳打ちをした。
「これって、元々俺たちは同じ『ヴェレツケール』だったっていう事で、周辺諸国を一つに纏めるための、最高に良い『旗』になるんじゃねえか?」
「え……?」
シャルムがキョトンとした顔をする。ノキア王とルミナス侯爵も、俺の不穏な発言にピクリと反応してこちらを向いた。
「考えてもみろよ。ノキアが強大になりすぎて、他の国を『ノキア王国に吸収する』って言ったら、ウル帝国もマセック国も絶対に面白くねえだろ? 面子も潰れるし、反発必至だ」
俺は円卓に身を乗り出し、薄く笑いながら言葉を続けた。
「だがな。かつてのルーツを取り戻すための『ヴェレツケール連合国』という大きな枠組みを作るって名目ならどうだ? その連合の中に、今まで通り『ノキア王国』『ウル帝国』『マセック国』が対等な立場で属する形なら、連中も不満は小さい。面子も保てる」
俺の言葉に、ルミナス侯爵がハッとして目を見開いた。
内政と外交の怪物である侯爵は、瞬時に俺の意図を理解したのだ。
「その通りだ……!」
侯爵が震える声で言った。
「連合国として経済圏や軍事を統合できれば、関税の撤廃や技術共有で莫大な利益を生む。何より、南方から迫るであろう未知の外敵や、新たなダンジョンの脅威に対しても、連合軍として一枚岩で当たることができる……!」
「そういうこった。それに、正統な『約束の鍵』を持ってるのはノキア王家なんだから、連合の盟主の座は自然とノキアに転がり込んでくる」
俺がニヤリと笑うと、シャルムが「ケ、ケント……お前という奴は……」と呆れたような、畏怖するような目で俺を見た。
「あの、ぜひ! 我が国も!」
俺たちがヒソヒソと(円卓中に聞こえる声で)企んでいると、ガゼブが食い気味に立ち上がり、身を乗り出してきた。
「実は我々ハーンの民は、いつか帰るなんて絶対に無理だろうと、ヴェレツケールなんて所詮はおとぎ話だろうと思いながら生きてきたのです……。ですが、ヴェレツケールは確かにあった。そして今、残された同胞の末裔の方々によって再び『ヴェレツケール』の名を掲げるというのならば、どうか我らハーン国も、その連合に参加させていただきたいのです!」
ガゼブは感極まったように声を震わせ、深々と頭を下げた。
元・超大国の復権。
それは、歴史のロマンであり、各国の面子を保つ最高の大義名分であり、そして何より、この大陸の防衛力を飛躍的に底上げする究極の政治的プロジェクトだった。
「……ふむ」
ノキア王が、ゆっくりと立ち上がった。
その顔には、先ほどまでの感傷的な色はなく、確かな野望と決断を秘めた覇王の威厳が満ちていた。
「次期王、シャルムよ」
「はっ!」
「余の権限は、全て使ってよい。各国と密に図り、この大陸に『ヴェレツケール連合国』を作れ。歴史を繋ぎ、未来の脅威に備えるための巨大な盾を構築するのだ」
王の壮大な宣言に、シャルムとギデオン、そしてガゼブたちが震えるような感動を胸に深く頭を下げる。
歴史が動く、まさにその瞬間だった。
「――そして、シャルム。その補佐として、ヴォルガン伯ケントをつける故、上手くやれ」
「御意!!」
……ん?
俺は、感動的な空気に流されそうになっていた思考を急停止させた。
(……いやいや。上手くやれ、じゃねえんだよ)
俺は顔を引き攣らせ、無言で心の中でツッコミを入れた。
(俺、異世界で二万の軍勢ぶっ飛ばして帰ってきたばっかりなんだぞ。ハーン国からかっぱらってきたチートお土産の分配とか、連れ帰ってきた妖精たちの居住区の手配とか、まだ山ほど仕事が残ってんだよ! ていうか、セリーナたちからの尋問の事後処理でメンタルすり減ってる真っ最中なんだよ!! なんでこのタイミングで『大陸規模の連合国設立』なんていう超ウルトラメガトン級の丸投げプロジェクトの現場責任者にされてるんだよ!?)
俺は必死の形相で、隣に座る直属の上司――ルミナス侯爵へと助けを求める視線を送った。
……だが、侯爵はスーッと滑らかに目を逸らし、天井のシャンデリアの装飾を熱心に観察し始めた。
(……上司って、こういうもんだよなあ)
俺は異世界に来ても全く変わらない、有能な(自分で言うのも何だが)部下に仕事が無限に降ってくるという『社畜の絶対法則』に深い絶望を抱きながら。
「……御意」
力なく、だが従順に、ブラック企業の平社員のように首を垂れることしかできなかった。




