第95話:理不尽なる遊戯と、英雄王配の誕生
二万の軍勢を一瞬にして血の霧に変えた、圧倒的かつ理不尽な破壊の余韻。
静まり返った王都の荒野に向かって、ギギギギギ……と重苦しい音を立てて城門が開かれていく。
「さてと」
俺は首をボキリと鳴らし、後ろで胃を押さえて震えているデックスを振り返った。
「これから、残ったあの五千人をぶっ殺してくる。偉そうな鎧を着てる奴や旗持ちは手足を切って生かしておくから、あとで回収してそいつらに名札付けといてくれ」
「えっ、あ、はい……」
デックスは顔を引き攣らせ、隣に立つ第4王子のガゼブへ『いくら何でもそれは……』と縋るような視線を向けた。だが、ガゼブは完全に目を逸らし、明後日の方向の空を眺めて気づかないふりをしている。
見捨てられたデックスが絶望の溜息を吐く中、すっかり彼に懐いたルダが、心配そうにその腕に寄り添った。
(……そうだ。こいつら結婚させて、デックスとルダをノキア担当の大使にして丸投げしよう)
俺がそんな極めて身勝手で合理的な人事を頭の中で企てていることなど露知らず、苦労人デックスは「私が名札付けを……?」とブツブツ呟きながら胃を摩り続けている。
「行くよ、旦那!」
俺が城門を出た時には、すでにザラが先行して大立ち回りを演じていた。
彼女は目に付く兵士を手当たり次第に大剣で両断しながら、本陣の中で豪華な鎧を着ている指揮官クラスの男たちを見つけると、無造作にその両足を斬り飛ばしていた。その背後を、スーが半泣きになりながら慌てて止血魔法をかけて回っている。
「ヨシッ! 頭だから10点! ありゃあ肩に当たったから1点だね、この野郎!」
ザラは楽し気に声を上げながら、左手を突き出した。
彼女の腕には、王宮から徴発した『土属性の腕輪』が輝いている。俺と二人で事前に特訓した成果だ。土で生成した鏃を、細長く太い針のような形状にし、さらに風魔法の要領で『ライフリング』のイメージを与えて撃ち出す。
結果としてそれは、貫通力と命中精度を極限まで高めた『魔力駆動の銃』と化していた。
ズガンッ! という音と共に射出された土の弾丸が、逃げようとした反乱貴族の肩を撃ち抜き、あるいは兵士の頭部を西瓜のように弾け飛ばす。ザラは完全に『射的ゲーム』にハマっており、理不尽な点数付けをしながら戦場を蹂躙していた。
「楽しそうだな、おい」
俺は笑いながら、その辺に落ちていた長槍を拾い上げた。
槍の先端の空間に、極度に圧縮した指向性爆鳴気を設定する。前世の狩猟ゲームにあった『ガンランスの竜〇砲』、あるいは近代兵器の『刺突爆雷』の原理だ。
俺は風魔法で地面を滑るようにホバー移動し、護衛に囲まれて逃げようとしていた貴族の胸板に、槍の先端を突き立てた。
ドムッ!!
くぐもった破裂音と共に、胴体が消し飛び、頭と手足の五つになって地面に転がる。
「ひぃぃぃッ!?」
「さあ、次は誰だ?」
俺は槍を振り回し、戯れに偉そうな奴らの手足だけを正確に吹き飛ばしては、名札回収用のゴミとして転がしていく。
そうして遊び半分で陣を崩していくと、ひときわ護衛の厚い一角に辿り着いた。
先ほど、大軍の前で「ヴェレツケールを奪い犯す」と大口を叩いていた、ヤーマン族の族長だ。自分の背後にいた大軍が消滅した現実を受け入れられず、未だに腰を抜かしたまま震えている。
「お前、さっきは随分と威勢が良かったな?」
俺は槍を肩に担ぎ、冷たい笑顔で族長を見下ろした。
「安心しろ。殺しはしない。綺麗なダルマにしてやるから待っとけ」
「き、貴様……っ、良い気になるなよ!」
族長の傍らにいた忠誠心の高い騎士が、槍を構えて俺に突進してきた。
「邪魔だな」
俺は一瞥もせず、風魔法で騎士の頭部周辺の空気を瞬時に抜き去った。
「がっ、あ……?」
窒息と急激な減圧により、騎士が白目を剥いて気絶しかけた、まさにその寸前。俺は騎士の『股間』の座標に、極小の爆鳴気を生成して起爆させた。
パンッ!
「ギャアアアァァァァッ!?」
急所の完全なる喪失という激痛に、騎士は気絶から強制的に引き戻され、両手で股間を押さえて絶叫しながら蹲る。俺は無造作に剣を振り下ろし、その無防備な首をポーンと刎ね飛ばした。
「さて」
俺が再び族長に向き直った瞬間、男の顔に卑劣なドヤ顔が浮かんだ。
「フハハハッ! 貴様のような下衆が、我に触れられると思うなよ!」
族長が腕を掲げると、その全身を『琥珀色の絶対防壁』がすっぽりと包み込んだ。どうやら王城から持ち出された予備のアーティファクトを持っていたらしい。
「あ?」
またそのボールか。
俺はため息混じりに舌打ちをすると、族長の足元の地面に向けて、爆鳴気を放った。
ドゴォォンッ!
琥珀色の障壁が、中にいる族長ごと遥か上空へと打ち上げられる。そして、落下してくるその球体の軌道に合わせ、俺は自身の足の裏にも爆鳴気を生成して突進した。
「オラァッ!!」
インナーバフの筋力と爆鳴気の推進力を乗せたヤクザキックを、障壁のド真ん中に叩き込む。
ゴォンッ!! という教会の鐘のような音が響き、琥珀の球体は砲弾のような速度で吹き飛び、王都の堅牢な城門へと一直線に激突した。
凄まじい衝撃で城門の木材がひび割れ、障壁の中で激しくシェイクされた族長が、天井と床に全身を打ち付けられて「グベッ」とカエルのような音を立てる。
障壁がフッと消え去った時、族長は全身の骨が複雑骨折し、鼻から脳漿を流して死にかけていた。
「スー、こいつも名札用に適当に治しとけ」
「もう、人使い荒いんだからー!」
文句を言いながらも回復魔法をかける妖精を放置し、俺とザラは残敵の掃討をあっという間に終わらせた。
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そして、数時間後。
王都の城壁の上で、予定通り公開処刑が始まった。
大王、王妃、取り巻きの貴族たち、そして俺たちが先ほどダルマにして回収してきたヤーマン族や反乱軍の首謀者たちが、後ろ手に縛られて一列に並ばされている。
城壁の下には、数万の王都の市民たちが息を呑んでその光景を見上げていた。
処刑の進行は、すべてデックスの指示のもと、ガゼブ軍の兵士たちが淡々と行っていた。
俺とザラは少し離れた場所からそれを見物している。他国から来た俺たちが直接処刑を下せば、それはただの「侵略者による虐殺」になり、ハーン国の民は俺たちに憎しみを抱く。彼ら自身の手で旧体制を清算させなければ、友好国としての統治は安定しないのだ。
反乱貴族やヤーマン族の処刑が終わり、残るは王族――大王と王妃、そしてガゼブの異母兄弟である他の王子たちだけとなった。
ガゼブは、冷徹な顔を崩さずに他の王子や王妃の処刑を兵士に命じ、それは滞りなく実行された。
だが、最後に残った自らの父親――大いなる王の前に立った時、ガゼブの足が止まった。
いくら国を狂わせた愚王とはいえ、血の繋がった実の父親だ。自らの指示でその首を刎ねるという業の深さに、ガゼブの剣を握る手が微かに震えている。
「……チッ、時間掛かりすぎだ。もう面倒だし、俺が斬ってこの国ごと属国にする手にするか」
俺が苛立ち、腰の剣に手を掛けて前へ出ようとした、その時だった。
「貴方の覚悟はその程度か!!」
城壁の上に、腹の底から絞り出したような怒声が響き渡った。
動いたのはデックスだった。
彼はガゼブの前に立ちはだかり、その胸ぐらを掴まんばかりの勢いで睨みつけた。
「民たちの未来よりも、己の綺麗な手と父子の情を優先するというなら、貴方に王の資格などない! どけ!!」
一介の百人長が、王族に対して放った決死の叱責。
ガゼブは目を見開き、己の弱さを突きつけられて言葉を失った。
だが、デックスが自ら大王を処刑しようと剣を抜いた時、彼の横にスッと並び立つ人影があった。
ルダだ。
彼女はどこからか拾い上げた長剣を両手でしっかりと握りしめ、青ざめながらも、決然とした目でガゼブを見た。
「お兄様。これは、誰かにやらせて良いことではありません。我らが、王家の血を引く我らが自らなさねばならない事なのです」
「ルダ……」
ルダはガゼブから視線を外し、縛られて命乞いをする父親へと歩み寄った。
そして、傍らに立つデックスと目を合わせ、深く頷く。デックスもまた、ルダの剣の柄にそっと自らの手を添えた。
「いきますよ、ルダ様」
「はい……っ!」
二人の手が重なり、大いなる王の胸元に、刃が深々と突き立てられた。
「がっ……あ……」
愚王が血を吐き、崩れ落ちる。その最期を見届けたガゼブは、ゆっくりと天を仰ぎ、静かに目を閉じた。
そして、ガゼブは自らの手から王の権威の象徴である錫杖を持ち直すと、血に塗れた手で立ち尽くすルダの前に、静かに跪いた。
「……我が忠誠を、新しき女王に」
ガゼブが錫杖をルダへと捧げる。
その光景を見た城壁の上の兵士たちが、次々とルダの前に膝をつき、城壁の下の市民たちからも、地鳴りのような歓声と忠誠の誓いが湧き上がった。
父を討ち、真の覚悟を示したルダが、ハーン国の新たな指導者として認められた瞬間だった。
美しく、感動的な王権交代のドラマ。
誰もがその荘厳な空気に酔いしれていた。
……だが、俺の中の理不尽な悪戯心が、ここでピクリと疼いてしまったのだ。
「あー、テステス」
俺はガゼブから奪ったままだった拡声の魔導具のスイッチを入れ、その神聖な空気をぶち壊すように、極めて軽いトーンで口を開いた。
「ノキア王国の代表として、新しきルダ女王の戴冠を祝福してやる。だが、侵略されかけた慰謝料代わりに、ノキアとの不可侵および同盟の条件を一つだけ付けさせてもらう」
俺の言葉に、数万の視線が一斉に俺へと向けられる。
俺は隣のザラと目を合わせてニヤリと笑うと、城壁の端で控えていた男をビシィッ! と指差した。
「其れは、そこにいるデックス百人長を、女王の『王配』に迎えることだあああああああっ!!」
「「「…………えええええええええええええええええええええええッ!?」」」
数万人の市民と兵士、そしてガゼブの驚愕の声が、王都の空にこだました。
「えっ!? あ、わ、私などそのような大役は……!」
当のデックスは顔を真っ赤にしてパニックを起こし、ルダは「私が、デックスと……?」と顔を林檎のように赤くして俯いている。
こうして。
わずか半月前までしがない防衛隊の百人長でしかなかった男は、突然の無茶振りによって一国の女王の夫『王配』へと、大陸史上類を見ない超特大の出世を果たすこととなった。
後に彼は、「あの理不尽な暴君と災厄の女帝の暴走を、たった一人で止めることができた唯一の英雄」として神格化されることになるのだが――それが、ただの「命がけのスライディング土下座」と「極限の胃痛」の賜物であることを知る者は、この世界に俺とザラしかいないのであった。




