【第93話】大いなる門と、修羅の国の伯爵
「ひっ、ひぃぃ……っ!」
大王は、血に塗れた大剣を引きずるザラの姿を見た瞬間、完全に心が折れた。
震える指先で自らの首から下げていたカードケースのような金属の入れ物をいじり、隠された機構を解除する。カチリ、という音と共にケースが開き、中から精緻な紋様が刻まれた手のひらサイズの『鍵』がこぼれ落ちた。
「ほう、これが……」
俺は鍵を拾い上げ、光にかざして検分した。古代の遺物特有の、魔力を通しやすい未知の金属でできている。
これでようやく、ノキアへの帰還ルートが確保できた。
だが、俺はそこでふと一つの疑問に行き当たった。
「……なあ。俺たちが出てきたあの学園地下の遺跡、いくら何でも狭すぎるだろ。数人ずつならともかく、お前らはどうやってあの場所から万単位の軍をノキアに送り込むつもりだったんだ?」
「そ、それは……」
大王は青ざめた顔で、玉座の背後にある厚い壁を指差した。
「王城の裏手に、ヴェレツケールへと繋がる『大いなる門』があるのだ……。巨大な凱旋門のような代物でな。そこにこの鍵を差し込めば、空間が繋がり、軍隊が通れるほどの恒久的な通路が形成される……」
「なるほどな」
俺は肩に乗っているスーに視線を向けた。
「スー、こいつの言ってることは本当か?」
「んー、まず鍵が一つしかないのは間違いないわ。初代の『大いなる王』がそう決めた時に、私もその場にいたもの。でね、その『大いなる門』がヴェレツケールに繋がるのも本当だけど、ケントたちが言ってた『ノキア』っていう国にドンピシャで繋がるかは分からないわよ。だって、元のヴェレツケール大陸のどのあたりがノキアなのか、私には分からないもん」
確かにその通りだ。ノキア王国など、数万年前の古代人が知る由もない。見当違いの場所に巨大なゲートを開いてしまえば、帰るのがかえって面倒になる。
「じゃあ、俺たちが出てきたあの狭い遺跡で、この鍵を使えないのか? もしあそこに通路ができれば直接ノキアの学園に戻れるし、あの場所なら俺たちでゲートを管理しやすいんだが」
「できると思うわよ?」
スーはあっけらかんと答えた。
「大いなる門はただサイズが大きいから一気に人が通れるってだけで、別に他の場所で良ければそこでいいの。鍵さえあれば、開けた通路を閉めたり、接続先を変えたりできるわ。あなたたちが来たあの遺跡は、ヴェレツケールに残った人たちがこっちに来れるように残した『非常口』を兼ねたものなのよ。だから鍵さえ差し込めば、あそこからでも帰れるはずよ」
「……よし、決まりだな」
俺は鍵を空間収納の腕輪に放り込み、ザラを振り返った。
「あの遺跡からなら、また学園のダンジョンに戻れそうだ」
「よかったねえ、旦那。これで迷子にならずに家に帰れるよ」
ザラも安堵したように、しかし足元の血の海など気にも留めない様子でカラカラと笑った。
帰還の算段が完全についた。
となれば、あとはこのバカどもの事後処理だけだ。
俺は謁見の間の隅で、王族たちの四肢切断ショーを直視できずに胃を押さえて蹲っていたデックスを呼び寄せた。
「おい、デックス」
「は、はいっ!」
デックスは弾かれたように背筋を伸ばし、イケオジボイスを上擦らせて返事をした。
「これから国中に布告を出せ。ヴェレツケールへの侵略を企んだ『大いなる王』に王族、およびそれに加担した貴族を、一週間後に王都の城壁から吊るして公開処刑する。処刑の最後にはまとめて吹き飛ばすとな」
「こ、公開処刑……! しかも吹き飛ばす……!」
「王都の民には、処刑を見物に来るように伝えろ。各地方の貴族には、新しく統治者になるガゼブの元でノキアと平和条約を結ぶか、それとも俺たちと戦うか選べと通達しろ。あらかじめ言っておくが、助命は一切ナシだ。ガゼブが処刑前に恩赦だのなんだの、ふざけたことを言わないように釘を刺しておけよ」
デックスは青ざめながらも、必死にメモを取るように何度も頷いた。
「承知いたしました……。あの、ケント様、一つ懸念が」
「なんだ?」
「ガゼブ殿下が王都を掌握したとなれば、おそらくヤーマン族の残党や、大王派の反乱貴族たちが混乱を突いて、連合を組んで王都へ攻め入ってくるでしょう。彼らはあの遺跡周辺の勢力も強く、まだ完全には確保しきれておりません。そうなれば、大規模な防衛戦に……」
「うあー、めんどくせえええええええ」
俺は露骨に顔をしかめ、頭をガシガシと掻き毟った。
「あちこちに出向いて残党狩りなんかやってられるかよ。いいかデックス、ガゼブには王都に戻ってくる時、全兵力を率いて帰還させろ。そして、それを絶対に隠すな。むしろ派手に触れ回れ」
「全兵力で、あえて目立つように……?」
デックスが訝しげに首を傾げる。
「そうだ。そうすりゃ、それを知ったヤーマンの残党も反乱貴族も、『今が好機』とばかりに王都のそばまでホイホイ集まってくるだろ? 俺はそれを待ってるんだよ」
わざわざ広い荒野を探し回って各個撃破する手間などかけたくない。
敵の全軍が王都の城壁の前に集結したところで、まとめて特大の『爆鳴気』で更地にしてやる。……だって、その方が圧倒的に楽だし、面倒がないからなあ。
「……っ」
俺の考えを理解したデックスは、息を呑んで絶句した。
自国の兵を囮にして敵を一点に集め、数万規模の軍勢を魔法一つでまとめて蒸発させる。それはもはや戦争の戦術ではなく、害虫駆除のそれだ。
「よし、布告文の連名には、残る王族であるガゼブとルダ、それから俺の名前を使え。『ノキア王国伯爵、ケント・ヴォルガン』だ。ガゼブの名前は、お前が勝手に書かせとけ」
「は、伯爵……!? ケント様は、ノキアの貴族であらせられたのですか……!?」
「ん?言ってなかったか?こう見えて伯爵なんだよ。そうそう、ザラもれっきとしたヴォルガン家の騎士爵様だぞ」
処刑まで死なせないように、斬った手足をスーの魔法でくっつけてたザラが、名前が呼ばれたと思ってこっちを見て笑う。
とてもさっきまで荒ぶってた女帝には見えなかった。
ただの理不尽な無法者だと思っていた男と、災厄とまで呼ばれた女戦鬼が、まさかの他国の正式な貴族で騎士であったという事実に、デックスは目を見開いた。
(ノキアとは……一体いかなる修羅の国なのだ……!! このような理不尽な災害が、貴族として国を動かしているなど……!!)
デックスの心の声が聞こえてきそうなほど、彼の顔には深い絶望と畏怖が刻まれていた。
♦
布告が出されてからの『一週間』。
俺とザラは、ただ大人しく処刑の日を待っていたわけではない。
王城を完全に占拠した俺たちは、ガゼブ派閥に属さない大王派の貴族たちや軍の兵器庫から、徹底的な『資源回収』を行っていた。
「おっ、ここにも絶対防壁のアーティファクトがあったぞ。ザラ、そっちの箱は?」
「翻訳のピアスが十数個と、魔力を流せば風の刃が出る腕輪が山盛りさ! ノキアの軍備がまた一段と凶悪になるねえ!」
もはやただの略奪者である。俺の空間収納の腕輪には、ハーン国が長年溜め込んでいた古代の魔導具や貴重な属性魔石が、山のように詰め込まれていった。これらをノキアに持ち帰り、シャルやシーナたちに持たせれば、俺が不在の間の防衛力は盤石になる。
当然、この一週間の間に、大王を奪還しようとする忠誠心の高い部隊や、「和平交渉を」と寝言を抜かしに来る貴族の使者が何度も王城に現れた。
「ケント殿! 暴挙はおやめ――」
「死ね」
ドムッ。
「我らと手を結べば、より多くの富を――」
「死ね」
ズバァッ。
交渉の余地など一切与えない。
向かってくる奴、口を利こうとする奴は、俺の掌底からの爆鳴気と、ザラの大剣によって、物理的に間引きされていった。
政治的な駆け引きなど、ノキアのルミナス侯爵との腹の探り合いだけで十分だ。こんな害虫の巣窟で、頭を使う義理はない。
徹底した略奪と、容赦のない鏖殺。
血の雨が降り注ぐ王城で、俺とザラは来るべき『公開処刑』と『害虫の一網打尽ショー』の日に向けて、着々と準備を進めていた。




