第3話:いきなり戦場ってそりゃないですよ
どさっ、と落とされる姿はゲームのままだが、今回は痛覚があるだけ痛い。
腰をさすりながら立ち上がり、周囲を見回そうとしたとき。
「おい、あんた! ぼうっとしてないで身を隠せ!」
「わっ」
いきなりぐいっと引っ張られ、物陰に引きずり込まれる。
思わずしゃがみ込んだ私の頭上を、何かがヒュッと飛んで行った。あれは……たぶん「弓師」の使うクロスボウかな。
「び、びっくりした……」
「まったく、肝を冷やしたぜ。いかに雑魚とはいえ、味方に殺されちゃ報われなさすぎるだろ、気を付けな!」
隣で男の人がため息をつく。焼いた人参みたいな赤茶の髪に青い目、年齢は私よりも少し上くらいか。ガッチリとした着込んだ鎧はたぶん盾騎士のものだろう。
それよりも、雑魚って。
「ありがとうございます。でも、あの、雑魚って……」
「ああ、すまんすまん。あんたも俺らと同じ、雑魚召喚者なんだろうなと思って」
「俺ら?」
私が首をかしげると、男性の横からひょこっと黒髪の女性が顔を出した。黒いとんがり帽子に黒っぽいローブ、ぐるぐるねじれた杖を持っている。浅黒い肌でグラマラス、美女系のキャラだ。
「アタシが見えない? ここの陣地の反射膜を張ってるのは誰だと思ってんのよ!」
「あっ、黒魔術師さん……すいません……」
私は慌てて頭を下げた。
デリデリは異世界グルメゲームだが、食関連のジョブしか選択できないわけではない。
一番最初に「勇者」「聖女」としてキャラ作りをした後は、剣、槍、盾、白魔、黒魔、賢、音、絵、食、工の10のジョブグループに分かれ、様々なジョブを選ぶことができた。選んだあと、NPCからはそのジョブの名前によって「剣の勇者」とか「食の聖女」と呼ばれることが多かった。
ただグルメ世界の話なので、どのジョブでも「食材を採り、料理することができる」スキルがついてくる。
例えば「剣士」なら剣で魔物や獣を切ることによって「魔物肉」「獣肉」を得ることができ、炉を使えば「焼肉」を作れる。
「黒魔術師」なら魔キノコ族を一気に焼くことによって「キノコグリル」が作れるなど。
料理や市場の設計だけでなく、戦闘職の作りこみもきちんとしていたので、そっちメインにやっていた人も多かったらしい。
たぶんこの人たちはそういう戦闘ジョブの人なのかも。
それにしても、こんな戦場は見たことないけれど……。
先ほどとは違った黒っぽい装飾に、太い柱。ファンタジーの大広間とか、王様の謁見場なんかに近い。やけに広くて、きちんと並んだなら200人くらいは余裕で入りそうだ。小学校の体育館くらいと言ったら正確だろうか。
あれ、もしかしたら。
「これって……第七魔王ユリウスの『暴食飢餓城』レイド……」
「そう言って送り出されなかったか? 俺らは事前にガッチリ言われて送り込まれたけどね」
あー、完全に理解した。そういうことか。
私は調理師の中でもソロプレイしかやってない。集団攻略戦なんかの団体イベント系は全然やってなかったから、知識が皆無なのだ。レイドが始まるとマーケットに出す肉系の食料が良く売れるから、稼ぎ時くらいにしか思ってなかった。
本当のレイド戦場はこんな風になってたんだ……なんだか申し訳ない。
「俺は『盾の勇者』盾騎士のアルフレッド。こっちは『黒魔術の聖女』魔術師のジュリア。二人ともランク下位の……雑魚召喚者でね。ほら」
「私はそんなに下位じゃないわよ! ……でも上位でもないわね」
二人が見せてくれたランクは、アルフレッドが15000、ジュリアが1000くらい。確かにランカーってわけではなさそうだ。
「第七魔王の攻略、いわばボスレイドが始まったから、50人パーティの一員として派遣されたわけだけど、全然歯が立たなくてさ」
「歯が立たなくてッていうか、雑魚として緩衝材になってこいって出されたんでしょ? 魔王に傷一つ付けられてないし」
ジュリアの苦言に、やれやれ、とアメリカンぽいポーズをとってから、アルフレッドは疲れたように笑った。
「今は主力部隊が撤退準備をしてるんだ。夜になると魔族は力を増す。それまでに俺らが囮になって魔王をひきつけ、主力のパーティは離脱するってわけだ」
言ってる間にも、隣の塹壕に何かが打ち込まれ、みるみる凍っていく。中にいた人影が少しだけ動いてからそのままの形で動くのをやめた。
「ユリウスの魔法はいろいろあるんだけど、あの冷気が厄介でね。即死はしないけど、誰かに解凍されるまでずっと凍ったまま……ある意味、死んでるみたいなもんか。でもこの状況よりはマシだけど」
再びため息をついたアルフレッドのお腹がぐーっと鈍い音を立てる。私はハッとした。
「もしかして、食料がもう……」
「半日、支給されてない。そろそろ瀕死だ。雑魚ランクだから死んでも蘇生されないだろうけど」
アルフレッドが皮肉に笑う。覗けるステータスの中の生命力=HPはすでに6。全体が200だから、たしかに瀕死だ。おまけにちょっとずつ減っている。
そうだったー!
良作と言われていたデリデリで唯一、不満の声が上がっていた仕様。
フィールドでの活動中は、少しずつお腹が減っていく=HPが減っていくところ……。
「諦めてたけど、調理師さんなら何か持ってない? 私もそろそろヤバくてね……」
ジュリアがふらふらと座り込む。こちらもHPは10。魔法の力を表すMPはゼロだ。かなりヤバそう。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね」
私は斜め掛けのカバンことアイテムボックスをひっくり返した。
出てきたのはリンゴ、デリシア小麦の粉、レベルが低い鶏の肉、その卵、花種油。すべて初期食材だ。そのままでは回復値がとても少ないけど、ないよりはましだろう。
といってもそのまま食べられるのはリンゴだけだが……。
「ひとまずこれを」
ペティナイフでリンゴを分け、二人にそれぞれ上げる。ありがとう、と言うなり貪るようにかじりついた二人は、あっという間に平らげて息をついた。
「うっ、美味しかったけど、全然足りないな……他にスキルで出したりできないか? 焼肉とか」
「バカいわないであげて! 素材がなきゃ料理が出せないのは当たり前でしょ!」
ジュリアの言葉に申し訳なくなる。他に何かないか、調味料は記憶スキルなので持っていないし……とカバンを引っ掻き回したとき。
「あっ、危ないッ」
ジュリアが杖をかざす。同時に大きな衝撃がはじけ、私はカバンを抱えたまま吹っ飛ばされた。
「わあっ」
ゴロンゴロンと床を転がり、何か分からない岩に背中をしたたかに打ち付ける。
「いったあ……」
よろよろと身体を起こすと、目の前には惨状が広がっていた。
隠れていた障害物が壊れ、ジュリアが傷だらけで転がっていた。それでも折れた杖を握りしめているのがすごい。
その前ではアルフレッドが盾を持ってしゃがみ込んでいたが、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「逃げろ……あんただけでも……」
アルフレッドが座っている、その向こう。
ゆらりと大きな影が揺らめくのが見えた。
ハエのような、大きな熊のような、まがまがしいほどの巨大な魔物。
ソロプレイばかりの私でもさすがに知っている。
第七魔王ユリウス・ベルゼビア。
この世界の大ボスのうちの一人がそこにいた。
二つの複眼がぎょろりとこちらを見つめる。
「あ……」
驚きのあまり、足がすくんで動かない。ぎゅっとカバンを握りしめるのがやっとだ。
アルフレッドが舌打ちし、盾をガツンと地面に打ち立てた。
「万物守護!」
青いバリアが周囲を覆っていく。盾騎士の守護スキルだ。
同時にゆっくりとアルフレッドが崩れ落ちるのが見えた。
「と、アルフレッドさん!」
駆け寄った彼はかすかに笑う。HP1。まだ生きている、けれど……。
じわりとユリウスが近づいてくる。冷気と気迫と。どうしたらいいんだろう、こんなのゲームでは感じたこともなかったのに……。
そこで、ぐーっと、彼のお腹が鳴った。
ついでに私のお腹も。
そういえばタチアナに食事をもらえなかったから、私もペコペコなんだっけ。
ようやく健康で生き返ったのに、またハラペコで死ぬのかな……。
前世の最期、あの悲しい、ひもじい思いがよみがえって涙がこぼれそうになる。
泣きそうだった私の足元で、カラン、と杖が転がった。
さっきもらった食の聖女の杖だった。
……そうだ。
私はゆっくりと顔を上げる。
私は食の聖女として生まれ変わった。
健康にもなったし、スキルも手に入れている。
何より……念願の、料理が出来て、食べることも十分にできる世界に来ているんだ。
視線のさきにジュリアのカバンが転がっていた。空の薬瓶、その近くにいくつかの白い粉。食材鑑定の基礎スキルが働き、一つが『デリシア重曹』だとわかる。
私のカバンには小麦と水、鳥肉と卵。
私の頭の中ですべてが組み合わさり、一つの料理を浮かび上がらせる。
食べたいと思っていた。ずっと、ずっと思っていた。
ここで死ぬなら、せめて……食べてから死にたい!
ラーメンを!!!
杖を強く握り締めると、私は高らかに告げた。
「厨房空間……ッ!」
声と同時に、周囲は七色の光に包まれた。