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第2話:食の聖女アイリ

「よし、召喚成功だ!食の聖女だ!」



 まぶしい。

 私は幾度か目を瞬かせ、それからゆっくりと顔を上げた。

 どうやら陸揚げされたマグロのように地面に寝ているらしい。

 真上にある天井はヨーロッパの教会のように高く、デコレーションケーキめいた美しい装飾が輝いている。下にはたくさんの人が立ってこちらをのぞき込んでいた。その服装もどこかヨーロッパ風だ。


 これ、見たことある。

 入院中にハマりこんでいた異世界グルメソシャゲ『デリシャス・デリシアーナ』の世界にそっくり……!


 どういうことだろう。私は確かに持病で死んだはず。

 だが地面に横たわる身体も、手も、どう見ても自分のもので。


「ようこそ、食の聖女……アイリ・ミクリャ。不思議なお名前ですね。こちらはデリシアーナ聖教会。転生者を召喚する専門の機関です。私は司祭として転生者様をお迎えし、情報を伝える役を仰せつかっています」

「ど、どうも……」


 おずおずと返事をする。この会話のやりとりもゲーム内そっくり。

 そうだ、直前の、あの会話。


『このデリシアーナ世界の食の聖女となり、どうかその知識と料理への情熱で……飢えて滅びかけのこの世界を……救って……』


 あれが本当だとしたら。

 もしかしてこれ……最近よく見る異世界転生ってやつ!?

 私、デリシャス・デリシアーナの世界に転生しちゃったのかも!


「最初は驚かれますよね。転生者様は皆さん同じ反応です。でも大丈夫ですよ、ほら、こんなに可憐なお姿に」


 司祭のおじさんが部屋の奥を指さす。大きな鏡には私の姿が映っていた。


 揚げたてのポテトみたいな金色の髪に緑色の瞳。白い肌。

 間違いない、私がデリシャス・デリシアーナ、通称デリデリでキャラクリした美少女だ。

 髪の毛はフライドポテト、目はパセリみたいな緑にしようって作ったのよね。


 いつの間にか来ている服は白い詰襟風の聖女服。これもまたゲームの初期装備だ。スカートも真っ白で、くるりと回ると裾が広がって可愛かった。


「これが……私……」


 何もかも、かつてとは全然違う。

 ということは!


「もしかして、健康体!?」


 勢い良く立ち上がり、私は屈伸や背伸び、腕回しを繰り返した。飛んだり跳ねたり、フライパンを回す動作をしたり。


「うわ、どこも痛くない! 疲労しない! 息が切れない!」

「せ、聖女さま!? どうなさいました?」

「健康、健康すぎますッ! やった、健康! ついに健康な体に戻れた!」


 持病で小さいころから入退院は繰り返していたものの、中学から大学に上がるくらいまではかなり健康体だった。外食も料理も自由自在だったあの頃の健康を取り戻せたのは何より嬉しい。  

 小躍りする私に困惑の眼差しを投げつつ、司祭さんはにっこりと微笑む。


「お喜びのところ申し訳ありませんが、早速スキルの鑑定とランキングを……」


 そこで盛大に私のお腹が鳴った。

 さすがに恥ずかしくてお腹を押さえる。


「す、す、すみません……お腹空いちゃってたみたいで」

「大丈夫、そういうこともあります。私どももちゃんとご用意しておりますので」

「ご用意!?」


 私の顔は輝いた。

 ご用意ってことは食事よね!? おにぎり? いやこの世界だとパンだろうか。

 勇者軍はたしか本格料理を推し進めていたはず。私はB級料理ジャンクめしが大好きだけど、この際、A級料理ほんかくメシいや、なんならS級料理プロめしでもかまわない! この空腹具合ならフレンチのフルコースでも2セットは食べられる……!

 だが期待を膨らませた私の耳に、冷たい声が響いた。


「その聖女に食べさせる必要はありません」


 ハッとしてそちらを向く。

 部屋の最奥、二段ほど高くなったところに玉座のような椅子があり、一人の女性が座っている。

 綺麗な女性だった。白い帽子に金髪、青い目。唇までひんやりと、氷いちごのように冷たそうに見える。手に持った杖が氷のような形をしているのも、彼女の雰囲気に良く似合っていた。


「た、タチアナ様……しかし……」


 かしこまる司祭のおじさんには目もくれず、彼女は静かに立ち上がると冷ややかなに私を見下ろした。

 その瞬間、私の脳裏にデリデリのスキルパネルが映像として浮かんでくる。


 アイリ:ミクリャ(20)

 ジョブ:調理師 Lv1

 メインスキル:厨房空間キッチンスタジオレベル??? 未開放

 サブスキル1:未開放

 サブスキル2:未開放

 サブスキル3:未開放 


 ランキング:13060位


「その聖女のスキルは、使い物にならない初心者用のスキルのみ。そして調理師の召喚内順位は13060番。……紛れもない雑魚聖女です」


 周囲の空気が一瞬にして急速冷凍のように凍り付いたのを感じた。


「ええっと……」


 私はムッとした。雑魚ってなに雑魚って。しらすの干したやつ? ごはんに乗せて食べると美味しいよね。ちりめん山椒も最高。

 いやそういうことじゃなく。


 まあでも、なんとなく言いたいことはわかる。


 私がやっていた異世界グルメゲーム『デリシャス・デリシアーナ』の世界では、『厨房空間キッチンスタジオ』はまさに初心者用の雑魚スキルだからだ。

 ただ私はこのスキルを上限レベルになっても愛用していた。いろいろと理由はあるが……。


 おそらく私の事情を知らない司祭のおじさんは、困ったようにタチアナと私とを見比べた。


「ざ、雑魚って……召喚したての方に、そんな言い方は」

「だってそうでしょう。使い物にならない、底辺の食材。聖女だって同じです。低スキル、低ランキング」


 うんざりした様子で彼女は言い、どん、と杖の底で床を突く。


「雑魚聖女に構っている余裕はありません。いまは第七魔王ユリウスの『暴食飢餓城グラフェイムス』攻略の真っ最中です。こんな聖女でも足止め程度の捨て駒にはなるでしょうから、早く前線に送って、次の聖女召喚を」


「しかし……」


 優しい司祭おじさんを、タチアナはじろりと睨みつける。


「これは司令官命令です。歯向かうというなら、あなたのランキングも……」

「も、申し訳ありません」


 おじさん司祭が頷き、申し訳なさそうにこちらを見る。


「すみません、アイリ様。そういうことですので……」

「まあ……中間管理職も大変ですよね。うちのパパも言ってました。お疲れ様です……」


 ぺこりとお辞儀をしてから、私はキッとタチアナさんを睨みつけた。


「私はこのスキルを好きで使ってるんです。バカにされるいわれはありません!」


 タチアナは驚いたように目を見開き、フン、と息をついてから再び玉座のような椅子に座った。手だけで、連れていけ、という仕草をする。なるほど、話す価値もないってわけですか。

 慌てて司祭のおじさんが来て、私の手にスプーンみたいな一本の杖を握らせた。


「どうぞ、聖女教会の支給する杖です。同時にアイテムボックスへ初期素材が配布されるはず。私たちにできることは、これくらいで……」

「ありがとう、司祭様」


 私は杖を握りしめた。少しだけ、勇気が湧いてくる。

 同時に、司祭のおじさんが何やら呪文を唱えた。フワッと、私の周囲に光の模様が浮かび上がる。あ、これ見たことある。瞬間移動するやつ……!


「あとはもう、あなた自身の運を祈るしかありません。戦時の非礼をお許しください。どうか……ご食運を」

「だいじょうぶ! がんばります!」


 にっこりと笑った瞬間、私の身体は浮かび上がり、光に包まれた。



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