第十二話 街を抜け出して
座り込む少女にゆっくりと近づいて、ふと気づいた。
「そうだ、ちょっと待っててね」
しゃがみ込んで彼女を縛っている枷に触れる。
固定していた剣はもうないもののこれがついていると大分動きにくいだろう。
うん、大丈夫だ。
これくらいならすぐ外せる。
顔を上げて戸惑っている少女に微笑みかける。
「すぐ外すから待っててね」
少し触ってすぐにわかった。
これは五年以上前に作られた魔封じの錠の試作品だ。
古いからか封魔の機能はもう動いていないし弱点だってそのまま。
きっと廃棄品を流用したに違いない。
鎖の中央部分、他とは少し意匠が違う部分に手を当てる。
この魔道具はこの部分に刻まれた術式が錠の開閉の制御をしている。
だから少し強く魔力を流せば……
「……え?」
かちゃりと音を立てて錠が外れた。
よかった、この部分の回路は生きていたようだ。
「ほら、それじゃあ逃げるよ。しっかり捕まっててね」
「あ、は、はい!」
ローブのフードを深く被せ、彼女を横抱きに持ち上げる。
痩せているからかかなり軽く荷物を持ったままでも全く問題ない。
そのまま顔を胸に寄せるよう近づけてもらい、外からじゃ誰か分からないようにした。
袋に潜り込んだソラにも顔を出さないようお願いする。
そうしたら後は街から出るだけだ。
僕たちは人目につかないよう霧から抜け出して、何事もなかったかのように少し早足で門へと向かう。
きっとまだ門には何の報告もいっていないはずだ。
広場でのことは深い霧が突然立ち込めたということしか分かっていないはず
怪しまれるだろうけど実害がなければそう大規模に動くことはないだろう。
それに。
少女を抱く力を少し強くする。
「え、えっと、なにか、してしまいました、か。私……」
「あ、ごめんね。大丈夫、何もしてないよ」
腕の力を少し緩めた。
彼女は忌子だ。
この街にとって厄介者だ。
多少は探すだろうけど、街としてもいなくなってくれた方がいいのは間違いない。
街から離れればそれで探されることすらなくなるだろう。
でも念のため。
その直後風で揺れたフードの中の彼女の顔は全くと言っていいほど見えなくなっていた。
それから少しして街の門に辿り着いた。
入ってきた時とは逆の門なのでもう出ていくのかと怪しまれることもない。
慌ただしい雰囲気もなく、そこに立つ門番はいたって暇そうだ。
僕らはゆっくりと門へ向かう。
「そうだ、次の街は何が有名なの?」
「うん? ああ、なんだっけな」
「そうだねー、次の街で有名なのは……」
門番に意識を向けず和気あいあいと話し合う。
アレックスさんとミュリエルさんも話に乗ってくる。
門番からして僕らはただの探索者に見えていることだろう。
そんな人は数え切れないほど通る。
きっといちいち気にしていられない。
「なるほど、それなら行ってみたいな」
「ええ、いいわよ。連れて行ってあげる」
そうして僕らが門番の横を通った時、突然その門番は顔をしかめた。
「っ!」
「やった、ありがとう」
ピクリと跳ねて止まったパウロナさんを、何事もなかったかのように前へと押して再び歩き出す。
顔をしかめた門番は、ハクションと大きなくしゃみをした。
そのままずるずると鼻をすする。
そうして僕らは無事、忌子の少女を街から連れ出した。
それから僕らは日が暮れてからも歩き続けて、真夜中になったぐらいに街道の側の岩の裏あたりに天幕を張った。
それが終わり、僕は頭の上にソラを乗せてアイリスの側でどうしようか悩んでいた。
アイリスというのはこの少女の名前だ。
彼女はだいぶ弱っていて僕が結構な時間抱えて歩いたので、話す時間は沢山あった。
ずっと抱えていた分腕は疲れているけどこの程度なら一日も休めばよくなる。
結構鍛えているんだ。
まぁでも、鍛えているからと言って今の悩みはどうしようもない。
「本当にどうしようかな?」
「なん、ですか?」
「ほら、汚れちゃってるから綺麗にしないとなんだけど」
「きゅー、きゅー!」
ソラもそうだと言っている。
この子は結構綺麗好きだからその汚れが気になるんだろう。
アイリスのことはいやじゃないんだけど汚れてるのは気になるっていう理由で、触れられそうになると微妙に距離を取っている。
ふと、ソラは輝く石を取り出してその手で磨き始めた。汚れているのを見て気になったらしい。
僕はそこから目を離し、服のすそを掴むアイリスを見た。
ていうか街から出て落ち着いた時にようやく気が付いたんだけど、アイリスは多分僕と同じ十六歳くらいのようだ。
忌子の瘴気が表に出てくるのは八歳になった時だからそれくらいの年齢だと思いこんでいたけど、思ったよりも長く生き延びていたみたいだ。
だからこそ問題が大きくなってるとも言えるんだけど。
どうやらアイリスはまだ僕とソラ以外を信用できないらしく、アレックスさんなんて近づこうとしただけで怯えられている。
パウロナさんとミュリエルさん相手だとそこまで酷くないけど、近づけばやっぱり怖がってしまう。
そうするとどうやって洗えばいいのっていうのが今の状況。
正直僕は気にしないから別に僕がやってもいいかなと思わなくもないけど、気にした方がいいことなんだろうなって躊躇してる。
「あ、それなら、できます」
「できるって自分で綺麗にできるってこと?」
「は、はい」
「そっか、それならよかった」
悩んでたけど、どうやら自分で洗えるらしい。
それならよかった、と安心したのは間違いだった。
「え、えっと、こう!」
「うわっ!」
「きゅ!?」
魔力の気配を感じて上を見上げると、そこには大量の水が浮かんでいた。
洗うってもしかして――
「……」
「よごれ、おちました」
「きゅ?」
その水は容赦なく降り注いできて、僕とアイリスをぬれねずみにした。
夜で気温が低いから乾かさないと寒くなる。ソラはとっさにかばえたからそれほど濡れていない。
ソラみたいに毛が多いと乾かすの大変だからね。
「ねえアイリス」
「な、なにか間違い、ましたか」
怯えて身を縮込めているアイリスはいま、無詠唱で大量の水を出した。
それについても聞きたいけど。
優しくアイリスの頭を撫でて、安心させるように笑いかけた。
「……とりあえず、ちゃんとした洗い方を教えてあげるよ」




