【十五世紀のインテリジェンス2 ―日本分析、地理編―】
一四七一年、申叔舟が記した『海東諸国紀』には、日本各地の生産状況(今でいうGDP)が纏められている。まさに李氏朝鮮王朝のインテリジェンスの結晶であった。
李氏朝鮮が、重要都市として把握につとめたのは、京と博多であった。
●京:20.6万余戸
●博多:1万余戸
ハワイ大学のファリスの研究『Farris(2006):Japan’s Medieval Population.pp96-100,151』によると、一四五〇年頃、日本の各主要都市の人口は、「京都20万人・博多4万人・天王寺3万人・柏崎2万人・大津2万人・伊勢山田1万5千・直江津1万5千・奈良9千・越中国端泉寺5千・近江石寺5千・駿河府中5千」である。京の「20万」という数字が一致しており、“そのくらいの人口だったのだろう”と思われる。問題は博多。果たして、李氏朝鮮の調査結果の「1万」を信じるべきなのか、ファリス氏の「4万」を信じたものか。
『小二は西南四千餘戸、大友は東北六千餘戸なり』(海東諸国紀)
“少弐殿が西南の四千戸を支配し、大友殿は東北の六千戸を支配している”
あるいは、「戸」なのだから。「一戸=四人暮らし」と解釈すれば、博多の人口は「4万」ということなのだろうか(あるいは、京の「20.6万戸」は、幕府の奉行人から「20万」と聞いたのを、「20万“人”」ではなく、「20万“戸”」と解釈したのだろうか)。
各地の特産品も調べられている。
●金:陸奥・出羽
●銅:長門・備中・備後
●深重青銅(深く何重にもかさなった青銅):丹後
●刃鉄:長門
●水銀:伊勢
奥羽が金の産地として有名で、専ら銅(銅銭の原料)の産地に興味が持たれたようだ。面白いのが、火山(火井)と温泉(温井)についての記載が、多い点である。
●火井:筑前・伊豆
●温井:豊後(五ヵ所)・肥前(二ヵ所)・肥後・越中・伊豆(二ヵ所)・周防
●硫黄:筑前・薩摩・下野・伊豆
その目的は、戦略物資「硫黄」(火薬の原料)の原産地把握であった。将軍足利義政の庶兄・足利政智(堀越公方)は、いまだ関東に入らず、伊豆に留まる。その背景の一つは、“硫黄の原産地・伊豆の維持”だったようだ。そして、もう一つの品が次である。
●荷葉緑(緑色の塗料):周防
大内家の周防・長門は、「銅・刃鉄・荷葉緑」の産地であった。「大内殿」に対する優遇は、大内との長年の付き合いや縁だけが理由ではなかったのである。




