8話
車を走らせ、しばらく走るともうすでに街から外れ、山の中の道を走り出した。
左手には川が流れ、右側には山の緑。
典型的な田舎の国道を、目的の海に向かって走っていく。
「すごい田舎道でしょ?でもね、私この道結構好きなんだよね」
そう話しかけてくる瑞恵。
「そうですね。私も山の中の道結構好きで、旅行中は必ずと言っていいくらい山の中の道を歩いてますよ」
「ほんとに?私も良く歩くことがあるよ!こんな国道沿いだけじゃなくて、山歩きの方が多いけどね。今度一緒に山に行きたいね」
「そうですね!私山歩きしたことがないです。今度一緒に連れて行って下さい!お願いします」
「じゃあ今度一緒に行こうよ!楽しみだね。そうだ携帯の番号交換しようよ!」
「もちろん!」
「じゃあ電話番号言うから、一度携帯鳴らしてみてくれる?」
「はい、お願いします」
瑞恵の言う電話番号をかけて、電話を鳴らす。
「ありがとう、入ったみたい。登録しておくね」
そんな事を話しているうちにいつの間にか山道を抜け、目の前には海が見えてきた。
「すっごい綺麗……」
思わず言葉を失う綾芽。
「そうでしょ?ここから見る海はほんとに綺麗だから、ドライブするにもすごくお気に入りの場所なの」
夏の日差しを受けた海はキラキラと輝き、その眩しさに思わず眩暈がしてしまいそうなほどだった。
そしてその海を眺めながら少し走ると、国道は海沿いを走るようになる。そこでから見える景色は山間から見える景色よりももっと鮮明に、紺碧の海と、空の蒼のコントラストが眼に鮮やかで、しばらくの間綾芽は意識を奪われていた。
そして意識を戻して、砂浜に眼を移す。ほんとに人がいない。
疑問に思った綾芽は瑞恵に問いかける。
「どうしてこんなに綺麗な海なのに、全然人がいないんですか?」
そう問いかけると、瑞恵は少し悲しそうな顔をして答えた。
「ここの海岸も、昔はもっと人が集まって賑やかだったの……でもね、何年か前からどこかの誰かがゴミを捨てていき出したの。それもトラックいっぱいに……」
「そんな……こんな綺麗な海岸に……どうして……」
「不法投棄ってやつ。夜中に持ってきて、捨てたらすぐにいなくなっちゃう。だから犯人が解らなかったの」
あまりにも酷い話に、綾芽は思わず泣き出しそうになる。
「今でもまだゴミは多いけど、地元の人とかいろいろな人が協力して掃除をしているから昔よりは随分とよくなったけどね」
「そうなんですか?よかった!こんなに綺麗な海にゴミを捨てるなんて、ほんとに許せない!」
そう言って、綾芽はまた車の外を流れる景色に眼を移した。
白い砂浜、輝く海、水平線の向こうに見える白い雲、今見えるすべての景色が綾芽には輝いて見えた。
そして、しばらく走ると目的地が近づいて来たようで、瑞恵が話しかけてきた。
「もうそろそろ一番綺麗な砂浜に着くよ」
「本当ですか?ありがとうございます」
「ほら、見えてきた。あそこがこの砂浜の一番綺麗な所」
「ほんとに……ほんとに綺麗……」
車は、浜辺に降りれる場所に停車した。綾芽は瑞恵に礼を言って車を降りた。そして瑞恵もそれに続いて車を降りる。
「瑞恵さん、ほんとにありがとうございました!」
「こちらこそ!綾芽ちゃんとお話しできて、ほんとに楽しかったよ」
「私も瑞恵さんとお話しできて、ほんとに楽しかったです!」
そして、思い出したかのように瑞恵が話した。
「そうだ。今日の夜は何処に行くか予定は決めてるの?」
「どうしてですか?」
「よかったら、私の家に泊まっていけば?」
突然の申し出、すごく嬉しいが……
「そんな、そこまでして頂いたら本当に悪いですよ!」
「いいのいいの。どうせ私は一人暮らしだし、今日も明日も特に予定がある訳でもないから、気にしないで!」
「そうなんですか?でも、ほんとにいいんですか?」
「じゃあ決まりね!今日は久しぶりに楽しくお酒が飲めそう!じゃあ私は先に帰って部屋の片付けをしてくるから、また二時間くらいしたら迎えに来るね!」
少し無理やりな感じもあるが、綾芽も瑞恵と別れたくない気持ちでいっぱいだったので、ありがたく申し出を受けることにした。
「じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔させて頂きます!」
「じゃあ、戻ってくるまで海を十分に堪能しててね!」
「はい、じゃあ私はここで待ってますね」
そう言って、瑞恵は車に乗り込み走り出していってしまった。
「なんだかいろいろ迷惑かけてるな……でも、やっぱりこういう事は何度あっても嬉しいよね!」
綾芽の性格上こんなことはよくある話で、人の家に泊めてもらうことも、これが初めてではなかった。
車を見送った綾芽は、振り返り海を眺めた。
そこには変わらず太陽の光を反射して、光り輝く眩しいばかりの海が雄大に広がっていた。
それをみて、綾芽は海に向かって走り出す。
何も考えずにひたすら走り出す、荷物を投げ捨てて、走りながら靴を脱ぎ、靴下もほっぽり出して、海に向かってまっしぐらに走って行く。
波打ち際まで来て海に走りこんでいく。夏の海は気持ちよく、思わずこのまま遠くまで泳いで行きたくなる。
「あー、こんな事なら水着持ってくるんだったな……」
そう思って、水着を持ってこなかった事を後悔した。
一通り海で遊んで、少し疲れて辺りを見渡して見た。そこには1組の団体と、少し離れたところに男の子が一人。
団体の方は、どうやらゴミ拾いをしているようだった。
確かにこの浜辺はすごく綺麗だ。
でもまだ所々にゴミが落ちていた。
それを見て、綾芽はまた少し悲しい気持ちになった。
「ああやってみんなでゴミを拾って、やっとこうして綺麗な海になったんだな……ほんとにこんな綺麗な海にゴミを捨てるなんて……」
その事を思い出すと、綾芽は許せない気持ちでいっぱいになった。
そして、もう一人少し離れた所にいた男の子の方を見た時、綾芽は思わず立ち上がって走って行った。
「こんなに綺麗な海に、まだゴミを捨てていく人がいるなんて!」
そう思いながら、男の子の方に全速力で走って行った。
そしてすぐ近くまで行き声を掛けた。
「ちょっとあなた!」
まるで無視しているかのようにきょろきょろして立ち去ろうとする男の子。
その行動に頭にきて、強い口調でさらに言い放つ。
「何きょろきょろしてるの!あ・な・た・よ!あなたに決まってるでしょ!」
きょとんとした表情で振り返り男の子は答えた。
「僕ですか?なんですかいきなり」
あくまでとぼけた様子、その様子にまたもや頭にきた綾芽は更に続ける。
「何ですかじゃないでしょ!自分の持ってきたごみ位、ちゃんと自分で掃除して帰りなさいよ!」
辺りを指差し大きな声を出す綾芽に、男の子は言い返す。
「何だよあんた?ここのビーチの管理人なの?そうでなけりゃ何でそんなに偉そうに僕に向かって言う訳?」
全く反省の色も見せずに言い返してくる男の子に対して、さらに綾芽は言い返す。
「そんなの関係無いわ!ただこんなに綺麗な海岸に、ゴミを捨てて帰られるのが黙っていられないだけ!」
「それくらいみんなやってることだろ!そこにもあそこにもいっぱいゴミなんて落ちてるじゃないか!なんで僕だけそんな事言われるんだよ!」
そう言われて思わず涙が眼に溢れ出してくる。
そしてその表情を見た男の子は、渋々ながらもゴミを片付けだした。
だいたいの掃除が終わると、ふて腐れたように男の子は言った。
「これでいいんでしょ!」
片付けてくれたことが嬉しかった綾芽は、嬉しくて満面の笑みで答えた。
「ありがと!よかった、ちゃんと方付けてくれて」
男の子は、ちょっと照れくさそうな表情で眼を少しそらした。
そして、ちゃんと方付けてくれたことにほっとした綾芽は、また眼から涙がこぼれ落ちた。
それを見た男の子は、たじろいだ様子で話しかけてきた。
「お、おい……何で泣くんだよ」
「ごめん、なんだか少し怖かったから、ほっとして涙が出てきちゃった」
綾芽は、泣き出した理由を男の子に話した。
「僕、そんなに怖い人に見えたかな……」
男の子はそういうと、少し悲しそうな顔をした。
それを見た綾芽は、慌てて言葉を継ぎたす。
「違うの、そうじゃなくて知らない土地で知らない人に声を掛けるのって意外と勇気が要るじゃない?だからそういう意味で怖かった。あなたの事が怖かった訳じゃないよ。ごめんね、急に泣き出しちゃって……」
そう男の子に説明すると、男の子はなぜか眼をそらして立ち去ろうとする。
「ちょっと待って」
男の子に声を掛ける綾芽、その声を聴いてどこか照れたように振返る男の子。
「あなたも旅行してるの?私もそうなの。またどこかで会えるといいね!私、綾芽、波川綾芽。あなたの名前は?」
こういう事に慣れていないのか、男の子は少し躊躇ったように答える。
「僕?僕の名前は……河邉、河邉博康」
何とも初々しい答え方に、博康の事を少し可愛いと思ってしまった綾芽。
「博康君ね、またどこかで会いましょう!その時は仲良くしてね」
そう言って、綾芽の中で弟のような存在になってしまった博康に手を差し出す。
「う、うん、よろしく」
照れくさそうに差し出される手が、綾芽の中で博康をさらにかわいい弟、という存在に押し上げていった。
そして、照れ隠しからか博康は「じゃ、じゃあもう行くから」と言って立ち去っていく。
その後ろ姿を眺めながら、綾芽はなんだか不思議な感覚を感じていた。懐かしいような、寂しいような、そしてまた会えるとなぜか綾芽は確信していた。
そして、その後ろ姿に向かって静かに呟く。
「また、またどこかで会おうね」
その時、綾芽も博康も、まだこの後すぐに二人が再会する事になるとは、思いもしなかった。




