7話
その日の朝、綾芽は不思議な感覚で眼が覚めた。
「何だろ……今まですごく親しい人と一緒にいたような気がするんだけど……どんな夢だったか思い出せない……」
そんな事を思ったがあまり気にせず、時計を見る為に携帯を取り出した。
「あちゃ……昨日お家に電話するの忘れてた……」
携帯の着信が数件、それは全部自宅の電話番号を表示していた。
「怒ってるかなお母さん……取りあえず留守電聞いてみよ」
そう思い電話を操作する。
まずは一件目。
『綾芽、今どこにいるの?気づいたら電話頂戴ね!母さんより』
まだ平常時の声だ、そして二件目。
『綾芽!いったいどこにいるの?旅行中だからってあんまり遅くまで出歩かないで、早く電話してらっしゃい!』
そろそろ雲行きが怪しくなってきた。そして最後のメッセージ。
『……綾芽……母さんこんなに心配してるのに……どうして電話掛けてくれないの……母さん心配で心配で……とに』途中で切れるくらい長い留守電に、綾芽は少し罪悪感を覚えた。
「お母さんかなり心配してるな。とにかくお家に電話しよ」
急いで家に電話をする綾芽。
『トゥルル、ガチャ』すごい勢いで電話を取ったようだ。
すると、電話越しに慌てた様子の母。
『綾芽を返して!お金ならいくらでも用意するから!だから綾芽を返して!』
何を勘違いしたのか、どうやら綾芽が誘拐されたと思っているらしい。
「ちょ、ちょっと母さん、私別に誘拐なんかされてないから!」
『あ、綾芽!?……わ、わかってるわよ、そんな事……じょ、冗談に決まってるじゃない!
あんたがあんまりにも電話してこないから、ちょっと脅かそうと思っただけよ』
あまりにも慌てた様子で取り繕う母。
『ほんとにあんたは、ちゃんと電話しなさいっていったでしょ。で、今どこにいるの?』
わが母ながら、おっちょこちょいも良い所だ。まあしかし、それくらい心配されているのだからちゃんと電話は忘れないようにしよう、心に誓う綾芽だった。
「ごめん、ごめん、昨日はちょっと疲れちゃってお風呂入ったらそのまま寝ちゃったから、今は○○県の小さな町のホテルだよ。なかなか良い所」
取敢えず落ち着いたのか、母は更に質問を駈けてきた。
『それで、あんたいつ帰ってくるの?もう、父さんが心配して心配してうるさいんだから』
それは自分の事ではないのか、とも思いながらも、そんな事は口にしない綾芽。
「まだ昨日出たところじゃない。後一週間位は旅行を続ける予定だよ」
『そう、わかった。じゃあ父さんにはそう言っておくから』
「お願いします。そろそろ私準備してホテルでないと。また夜電話するね」
『あんたちゃんと電話するのよ!ほんとにお父さんが心配してるんだから』
「はーい、わかりました。今日は忘れないようにしまーす。じゃ、ほんとにそろそろ準備しないと!じゃあまた夜電話するね」そう言って綾芽は電話を切った。
「さーて、今日はどこに行こうかな?」そして地図を広げた。
「このままの路線を進んで行くと、海か……やっぱり夏と言えば海よね!じゃあ今日の目的地は、海沿いのこの町に決定」
そう言って綾芽は準備しだした。もともとそれほどの荷物もなかったので準備はすぐに終わり、部屋を出てフロントに向かった。
「すいません、チェックアウトお願いします」
フロントには昨日のお姉さん。
「おはようございます。チェックアウトですね?少々お待ちください」
パソコンを操作しながら話しかけてくる。
「昨日はよくお休みになれましたか?」そう聞かれて綾芽は答えた。
「はい!もうぐっすりと。フカフカで気持ちのいいベッドで、私の部屋の布団なんかとは大違い!おかげでゆっくり寝れました」と答えた。
「そうですか。それはよかったです」
「ところで、この辺でどこか面白い場所とか無いですか?例えば……地元の人しかしらないような由緒正しき神社とか……そんなやつです」
少し困ったような表情で、お姉さんは少し考えて答えた。
「そうですね……近くではないんですけど、海なんかはどうですか?」
そう言って地図を広げて、場所を説明してくれた。
「ここの浜辺はとても綺麗な景色で、今の時期なら絶好の場所ですよ」
「そうなんですか。でも今の時期だと凄く人も多くて大変そうですよね……」
あまり人ごみが好きではない綾芽、しかしその綾芽の表情を見て、フロントのお姉さんはその答えを予想していたかのように答える。
「そう言うと思いました。でもここなら大丈夫です!本当にこの浜辺はあまり人に知られていないので、いつ行ってもあまり人はいないんです」
「この時期に人のいない海があるなんて信じられない!本当ですか?じゃあこのままそこに行ってみようと思います。ありがとうございます」
「そうされるといいと思いますよ。本当に綺麗な所ですから」
「あぁ……楽しみ!ほんとにありがとうございます」
少しうっとりとした眼で答えた。頭の中はもうすでにその浜辺に飛んでいる綾芽。
そんな表情をみて、フロントのお姉さんがさらに声を掛けてきた。
「もしよろしければ、私が案内しましょうか?」と、突然の申し出。
ありがたい話ではあるが、さすがに綾芽も気が引けたのか答える。
「そんな、お仕事もあるでしょうからそんな事悪いですよ」
「今日はもう仕事も終わりだし明日は仕事もお休みだから、気にしなくてもいいですよ。帰り道だし、それにあなたとも少しお話してみたいから」
もう仕事は終わりらしく、親しげに話しかけてくれるお姉さん。
「え、そうなんですか?私なんかと話しても、何も面白いことなんかないですよ?」
「そんな事無いわよ。あなたすごくいろんな事を楽しんでやってそうだもの!旅行の話とか聞かせてほしいな」
そう言われると、ついつい甘えてしまった。
「じゃあ、お言葉に甘えてお願いします」
「そう!ありがと。じゃあ後三十分位で仕事終わるから、ホテルの前の喫茶店で待っててね」
「わかりました。じゃあ待ってます!」
そういって、綾芽はホテルをでてすぐの喫茶店に入った。
それからコーヒーを頼みゆっくり飲んで待っていると、フロントにいたお姉さんが入ってきた。
「お待たせ、ごめんね遅くなって」
「そんなことないですよ。ここのコーヒー美味しいですし、全然時間が気になりませんでしたよ」
「そう?よかった。行っちゃってないかってちょっと心配したから、よかった」
「そんな事しませんよ~。お姉さんも何か頼まれますか?」
「そうね、私もコーヒーを頼もうかしら」
そういうと、店員にコーヒーを注文した。しばらくたってコーヒーが来て一口飲んでから一言。
「やっぱりここのコーヒー美味しいのよね。あなたも思ったでしょ?」
そう言われて、綾芽も同意する。
そして思いついたかのように綾芽は言った。
「そういえば自己紹介がまだでしたね」
「波川綾芽さんでしょ?」
「な、何でわかったんですか?」
慌てる綾芽。
「ふふふ、あなた本当に面白い人ね。それは当たり前でしょ?だって宿泊名簿を見れば名前から住所まで全部書いてあるんだから」
そう言われてみればそうだと思い、ちょっと恥ずかしくなって顔を赤くした。
「じゃあ、お姉さんの名前も教えて下さい。私だけお姉さんの名前知らないのは不公平です!」
そういって綾芽は少し脹れた。
少し微笑んでお姉さんは答えた。
「そうね、私は角田瑞恵よ。改めてよろしくね、綾芽さん」そしてお互いの自己紹介もすみ、それからしばらくの時間二人で旅行の話や学校の話、仕事の話をして過ごした。
そして、最後の一口のコーヒーを飲み終わったくらいのタイミングでお姉さんが言った。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「はい、お願いします」いよいよ海に向かって行くと思うと、綾芽の頭の中はもう海でいっぱいになり、また意識が海の方に向かっていった。
そんな綾芽をみて、瑞恵はまた少し笑った。
「本当に、綾芽ちゃんはすごく楽しそうな顔するね」
そう言われて、意識を喫茶店に戻した綾芽は答える。
「そうですか?普通だと思うんですけど……変ですかね?」
「全然、いいことだと思うよ。それも一つの才能。それがすごく良い所だし、人を幸せな気持ちにすることができるんだからすごいことだよ」
そんなに褒められたことがない、そう思いながらまた綾芽は顔を赤くした。
そして喫茶店を出て、瑞恵の車に向かった




