6話
朝、今日も一日が始まる……
博康はいつもと同じように、絶望に近い感覚を覚えながら眼を覚ました。
「昨日は変な奴に邪魔をされたからな……」
そう思い、今日は少し遅めに起きてホテルを出ることにした。
時計は十時少し前だ。
チェックアウトの時間ぎりぎりだった。
そして博康はフロントに行きチェックアウトする。
ホテルを出た博康はコンビニで朝食を買い、それから駅に向かう。
駅にはそれほど人はおらず、人ごみの嫌いな博康は少しほっとした。
それから数分後電車が到着し、ほとんど乗客の乗っていない電車の中で席についた。
今日の目的地も決めてはいない。
ただ電車に乗り、行きつく駅まで行き、そこでまた電車を乗り換える。
最終的な目的地にたどり着くまでその繰り返し……
人生もそれと一緒で、本当に退屈で何もかもが繰り返すだけの毎日だ。
“人生は旅に似ている”と誰かが言っていたが、本当にその通りだ。
ただ退屈の繰り返し、何をやっても結果は同じ、バカバカしいにも程がある、なんでこんなに退屈な毎日を人はそう易々と受け入れる事ができるのだろう。
博康には全く理解できなかった。
電車は山間を走る。電車の景色はずっと変わらない。
「景色までずっと同じでやがる」
心の中でそう呟いて、いい加減飽き飽きしていた景色を見るのをやめ、少しの間眠りにつく……
どれくらい寝ていたのか、気が付くと車窓の風景は一変していた。
そこには、夏の日差しに照らされた眩しいばかりの海が広がっていた。
その景色に思わず瞳を奪われ、海に触れたいという衝動が博康に込み上げてきた。
海なんてただのでかい水たまりじゃないか、そう思いながらもどうしても海に近づきたい衝動を抑えられないまま次に止まった駅で下車した。
僕が自殺場所に選んだのは海の見える場所なんだから、もしかしたらここがそうかもしれない。
などと自分の心に言い訳をしながら、海の方向へ歩き出した。
時間は昼を少し回っており、きつ過ぎる夏の日差しは容赦なく博康に降り注ぐ。
それでも海へと向かう足取りはどこか軽く、自分でも不思議なくらい早足になっていた。
そしてしばらく歩くと塩の匂いが漂ってくる。
その匂いを嗅いだとたん博康は思わず走りだしてしまった。
たどり着いた海岸は、真夏のピークだというのにほとんど人はおらず、遠くに何人かの団体と一人ではしゃぐ同じくらいの年の女の子がいるくらいで寂れた海岸だった。
人があまりいないことに気分が高揚したのか、博康は少しはしゃいでしまった。
海に近付き手で海水を掬い上げる。久しぶりの海水の感覚。
まだ小さなころは、夏になれば両親とよく海水浴に行った事を思い出した。
海水は少し冷たく、真夏の日差しに照らされた肌には心地よかった。
日差しに当たりすぎて少し疲れたのか、博康は日陰に座り込み寄せては返す波をただ見つめていた。
そして朝から何も食べていないことに気づき、朝コンビニで買った物を取り出して食べ始めた。
そして昼ご飯を食べ終わり、また少し海を眺めてそろそろ行こうと思い荷物を背負い歩き出したその時、誰かが声を掛けてきた。
「ちょっとあなた!」
最初は誰に声を掛けているのか解らなかった博康は、辺りを見渡した。
「なにきょろきょろしてるの?あ・な・た・よ!あなたに決まってるでしょ!」
ようやくそれが自分に向けられていることに気付いた博康は、振り向いて答えた。
「僕ですか?なんですいきなり?」
その声の主は、一人ではしゃいでいた女の子だった。
「何ですかじゃないでしょ!」
そう言うと、周りを指差してさらに付け加えた。
「自分の持ってきたごみ位、ちゃんと自分で掃除して帰りなさいよ!」
その言い方に博康も頭にきて、つい言い返す。
「何だよあんた!ここのビーチの管理人なの?そうでなけりゃ、なんでそんなに偉そうに僕に向かって言う訳?」
「そんなの関係無いわ!ただこんなに綺麗な海岸にゴミを捨てて帰られるのが、黙っていられないだけ!」
その女の子は、一気に捲くし立てるように言い放つ。
その言いように、更に頭にくる博康。
「それくらいみんなやってることだろ!そこにもあそこにも、いっぱいゴミなんて落ちてるじゃないか!なんで僕だけそんな事言われるんだよ!」
「そうよ、だから少しでもこの海岸をきれいにしておきたいって思うの。だから……お願いだから方付けていって……」
少し涙目になっている女の子の瞳を見て博康はたじろぎ、嫌々ながらに方付け出した。
一通り自分の出したゴミを方付けてから「これでいいんでしょ!」と言い女の子の方をみた。
すると、女の子は満面の笑みで答える。
「ありがと!よかったちゃんと方付けてくれて」
そう言われるとなんだかむず痒くなり、思わず眼をそらした。
「ちゃんと方付けてくれなかったらどうしようかと思ったの……ほんとによかった」
そういうとまたその瞳には滴が溜まり、涙が瞳からこぼれ落ちた。
「お、おい、何で泣くんだよ!?」
その女の子の涙をみて、博康は更に動揺する。
「ごめん、なんだか少し怖かったから、ほっとして涙が出てきちゃった」
「僕、そんなに怖い人に見えたかな……」
少しショックを受ける博康。
「違うの、そうじゃなくて知らない土地で知らない人に声を掛けるのって、意外と勇気が要るじゃない?だからそういう意味で怖かった。あなたの事が怖かった訳じゃないのよ。ごめんね急に泣き出しちゃって……」
そう言って、涙の止まった瞳を博康に向けた。
その涙で少し潤んだ瞳はまっすぐ博康を見つめ、思わず吸い込まれていきそうなほど澄んだ色をしていた。
まともに見つめ返す事が出来ない博康は、早々にその場を立ち去ろうとした。
「ちょっとまって」
そう呼ばれて振り返った。
「あなたも旅行してるの?私もそうなの。またどこかで会えるといいね!私、綾芽。
波川綾芽。あなたの名前は?」
「僕?僕の名前は……」少し躊躇った後、博康は答えた
「河邉、河邉博康」
「博康君ね。またどこかで会いましょ!その時は仲良くしてね」
そう言って手を差し出してきた。
博康も手を差し出しそれに答えた。
「う、うんよろしく。じゃ、じゃあ行くから」
そう言って、急ぎ足で博康はその場を離れた。
来た道を戻り、駅に向かい電車を待った。
その間握り返した手の感触を確かめるように、自分の手を見つめていた。
「また会えるといいな……」
そう呟いたが、自分の旅の目的を思いだして頭を振った。
「何を馬鹿な事を、僕は何をする為にこの旅に出たのかちゃんとわかってるのか?ほんとにバカバカしい」
そうこうしている間に、電車がホームに到着し博康は乗り込んだ。
そして電車は動きだし、博康をまた見知らぬ景色の中へと連れ出した……




