2話
出発のベルと共に電車は走りだした。
その少年がどの席に座るのかを確認した彼は、自分の座る席を立ち、その少年が座る席に移動し、声を掛けた。
「よう、旅をしてるのかい?だったら俺もそうなんだ、この席良いか?」
そう声を掛ける彼、そして返事も聞かないうちに少年の席の前に腰を掛ける。
しかし、少年はそんな彼を見ても無関心に外を流れる景色を見続けている。
「この辺の景色は良いな、俺もこの辺を旅するのは初めてなんだが、こんなに景色が良い所もそんなにないかもしれないよな」
その言葉を聞いているのかいないのか、ほとんど少年は彼の方を見ないで、窓の外ばかりを見ている。
その姿を見て彼は自分の高校生のころを思い出す。
確か俺と、あの人との出会いもこんな感じだったな、と。
「ところでこれからどこに行くんだ?この路線だと確か……まだまだ先だが海に出るな、そのあたりで今日は泊まるのか?」
少し彼の方を見てまた窓の外に眼を移す少年、さらに少年に話しかける青年。
「なんだ?元気ないな?腹でも減ってるのか?だったら俺の飯でも食うか?しゃーねーな、ちょっと待ってろよ、今出してやるからな……」
そう言ってバックパックの中をごそごそと探し回る彼、その青年の姿を見てようやく少年は声を掛ける。
「別にお腹は空いてませんから」
冷たく言い放つ少年。
その言葉を聞いて更に話しかける彼。
「そうか?だったらいいんだが……そうそう、まだ自己紹介してなかったな。俺の名前は川邉博康、二十二歳、大学生だ、博康と呼んでくれ、君の名前は?」
そう一気に捲くし立てて少年に聞き返す。
「ぼ、僕ですか?い、磯部卓です」
あの時、博康が、民雄にしたようなやり方で博康は信吾の名前を聞き出した。
「そうか、卓か!良い名前だな、よろしくな、卓」
そう言って博康は右手を差し出す、しかしそれを無視される博康。
こんな所まであの時を再現されるなんて……そう思う博康、そして博康はその右手をぶらぶらさせてもとに戻す。
そして更に話しかける博康。
「何処から来たんだ?さっき乗ってきた駅が地元なのか?」
その言葉に少しイライラしたように話す卓。
「すいません、少し黙っていてもらえませんか?どこに行こうが僕の勝手でしょ?」
卓の言葉に返す博康。
「まぁそう言うなよ、旅は道ずれって言うだろ?せっかくこんなところで出会ったんだ、仲良くしようぜ」
しかし卓はその言葉を無視するかのように窓の外を見続ける。
卓の姿を見て博康も外に眼を向ける、電車はまだ山の中を走っており、線路沿いには川が流れており、その景色は、博康が初めて旅行に出た時の景色と本当によく似ていた。
窓の外を流れる景色を見つめながら、博康は卓に話しかけた。
「俺が初めて旅に出た時も本当にこことよく似た景色だった、未だにあの時の景色を思い出すよ。あの場所も本当に綺麗だったんだろうけど、ここから見える景色はもっと綺麗だと思う」
博康の言葉を聞いた卓は、少し眼の色が変わったように博康には見えた。
それから、電車が走っている間、博康は卓に話し続けた。
そして太陽はかなり昇り、その強烈なまでの光はほとんど電車の中に入りこまなくなってきた頃、電車は終点に辿り着いた。
「あ~腹減ったな、飯でも食うか。よし卓、一回降りて飯食おう」
博康はそう言うとすたすたと歩き出す博康、その姿を見送るようにしていた卓だが、博康に声を掛けられて仕方なくというように後に続く卓。
そして改札を出て駅の外にある観光案内の地図を見る、町はそれ程大きくなく、目立った観光地もほとんどないようだ。
観光案内の地図と博康の持っている旅行用の地図を見比べて博康は昼ご飯を食べる所を探す。
しかし卓にはその行動が何を意味しているのか解らず、博康に話しかける。
「何してるんですか?ご飯食べるんだったらその辺にいくつかお店がありますよ?」
「ん~?そうだな……ちょっと待ってろよ……この辺りが良いかな、よし卓行くぞ」
そう言って再び歩き出す博康、そして意味が解らないといった感じでその後に続く卓、しばらく歩いていくうちに町からは少し離れた河原に着く。
さっき電車の中で見た河原だろう、博康はそう思いその河原に降りていく。
不審な顔をして後についてくる卓。
河原に降りた博康は何かバックパックの中をごそごそと漁っているかと思うと、卓に何かを手渡した。
「なんですかこれ?」
卓は手渡された物を見て博康に話しかける。
その言葉を聞いた博康は答える。
「なんですかって、見ればわかるだろ?釣竿だよ、釣竿。わかったらその川でおかずを釣ってきてくれ。頼んだぞ!」
「そんな事急に言われてもできる訳ないじゃないですか」
「なんだ~?釣りもやった事ないのか?」
「いや、やった事くらいはありますけど……」
「よし、じゃあ頼んだぞ!俺はここで飯を炊いて待ってるから」
そう言って博康は飯盒を取り出してご飯を炊く準備を始める。
博康のその姿を見た卓は、仕方なく釣竿を持って川に向かう、その姿を博康は横目に見送りながら窯を作る手を休めずに動く。
窯が出来上がりご飯を炊こうと準備をする博康、米を磨ぎ窯に火を起こす、そして飯盒を窯にかけて卓の帰りを待つ博康。
「遅いな……何やってんだ?」
そう言って少し心配になり様子を見に行く博康、少し川を上った所で卓は釣り糸を垂らしていた。
様子を見ているとどうやら釣果は上々のようだ、そして今も一匹釣りあげようとしている卓、その姿は嬉々としており、嬉しそうに魚を釣り上げていた。
そんな卓に声を掛ける博康。
「どうだ?おお、かなり釣れてるじゃないか!すごいな卓、よし、じゃあさっそく向こうで食べようじゃないか!」
博康はそう言って釣りを切り上げさせようと卓に話しかける、しかし卓は残念そうにしてその場を動こうとしなかった。
「どうした?もう火も起こしてご飯もそろそろ炊ける頃だ、向こうに行ってその魚食べようぜ」
その言葉を聞いた卓は博康の後に話始める。
「もう少し釣りをやっていたいんですけど……」
その言葉は本当に卓が釣りが楽しかった証拠だろう、博康はそれに言葉を返す。
「まあ、楽しいのは解るがそれ以上釣ってももう食べれんだろう?だからこれぐらいでいいんだよ、そんなに楽しかったのならまた今度釣りはやればいい、もう俺は腹が減って腹が減って……だから早く飯にしようぜ」
そう言われた卓も、釣りに夢中になっていたので、自分のお腹が空いていることを忘れていたようだった。
そしてその釣れた魚を持って窯を作った所に戻っていく二人。
そして魚に塩を振り火にかける博康。
しばらくすると火に炙られた魚が焼けるいい匂いがしてきた。
二人でお腹を鳴らしながら魚が焼きあがるのを待つ。
ようやく魚が焼きあがる、それとほぼ同時位にご飯も炊きあがったようだ、そしてそれを皿に取り分けて卓に渡す博康。
それを受け取るや否やすぐに魚にかぶりつきご飯をかきこむ卓、それと同じように博康も魚とご飯を食べる。
お腹が減っていた二人は、あっ、という間にご飯を食べ終わり満腹のお腹を抱えてその場に横たわる。
「うまかっただろう?」
博康は卓に話しかける。
「はい、すごく……こんな風にご飯を食べるのは初めてかもしれないです」
日差しは強く、横たわる二人の肌をじりじりと焼いていく、しかし二人は満腹感からか、そんな事も気にせずにまだ横たわっている。
すると卓から博康に話しかけてきた。
「釣りなんて小さい頃やって以来、もうずいぶんとやってなかったんです、でも今日久しぶりに釣りをやって、しかもあんなにいっぱい釣れた……なんか本当に楽しかったです」
卓のその言葉を聞いた博康は体を起こし卓の方を見て話しかける。
「そうか、それは良かったな!じゃあ、あの釣竿卓にやるよ、大したもんじゃないけどな」
そう言われた卓は体を起こして博康に答える。
「本当ですか!?」
「あぁ、その代り、今度会った時はまた俺にも旨い魚釣って食わしてくれよな」
眼を少し輝かせながら笑顔で答える卓。
「はい!解りました、今度はもっといっぱい釣って博康さんに食べてもらいますよ」
その笑顔は素直に心の表情を表していたように見えた博康は、最初に卓に会った時の感じからは違ったように見えて少しほっとした。
そして飯盒を川で洗いバックパックの中にしまい込む博康。
その横では今、博康に貰った竿を大事そうに抱える卓、その笑顔はまるで欲しかった玩具が手に入った時の子供のような顔だった。
そして博康はその嬉しそうにしている卓に声を掛ける。
「そろそろ行くかな、卓はどうする?」
そう言われた卓は少し考えて答える。
「僕も行きます」
「そうか、じゃあ行くか」
そう言って立ち上がる二人、そしてさっき歩いてきた駅の方へ歩き出す。
そして駅へたどり着き、電車が来るのをしばらく待つ。
すると卓が話しかけてきた。
「博康さん、ご飯美味しかったです。本当にありがとうございました」
その言葉に博康も言葉を返す。
「そうか、そりゃよかった。あんなところで食う飯もたまにはいいだろ?」
「はい、本当に今まで食べた物の中で、一番美味しかったかもしれません」
「そうかそうか!じゃあ卓も、飯盒と釣竿をこれから持ち歩いて旅をするんだな。そしたらいつでも旨い飯が食えるぞ」
そんな事を話していると電車は駅に着いて、博康と卓の前で扉が開いた。
そして電車に乗り込む二人、さっき乗った電車と同じように四人掛けのボックス席に二人で腰掛ける。
そして電車は動きだし、また二人の知らない景色を電車は運んでくる。
その景色を二人はしばらく眺めていた。
太陽は少し傾き、また電車の中は太陽の光が差し込んでくる、その光は博康と卓を包み込むように車内を照らし出す。
その光に誘われるように卓は博康に話しかける。
「博康さんはいつも飯盒とか釣竿を持ち歩いて旅をしてるんですか?」
その言葉に昔の不思議な思い出を思い出し話始める博康。
「いや、最初はそんな物を持って旅に出ようなんて思ってなかったんだ、俺の最初の旅はこんなに楽しむ為の旅じゃなかったんだ」
その言葉に卓は耳を傾ける、そして更に言葉を続ける博康。
「初めて旅に出た時に出会った人が、今の俺と同じように飯盒と釣竿を持って旅をしていたんだ……」
その言葉を聞いて卓は博康に言葉を返す。
「じゃあ、博康さんはその人のまねをして今みたいに飯盒と、釣竿を持って旅をするようになったんですか?」
それに言葉を返す博康。
「いや、これはちょっと不思議な事だから未だに俺の中でも信じられないんだが……」
一度言葉を切り更に話す博康。
「俺は最初に旅に出た時からどうも飯盒も釣竿も持って旅に出てたみたいなんだ……なぜそんなものを持って旅に出ようと思ったのか未だに俺にも解らない、その時の俺は今みたいに旅を楽しもうなんて気持ちはこれっぽっちもなかったからな」
その言葉に不思議そうに話しかける卓。
「なんか変な話ですね、どうしてそんな物持って行っていたんですかね」
その言葉を聞いて更に言葉をつなぐ博康。
「それは俺にも解らない、しかもそれを持って行っていたことに気付いたのは旅が終わって家に帰ってからなんだ、さらに不思議だったのはその釣竿と飯盒は、その時出会った人が使っていたものと、色も形も全く同じだったから、未だに自分でも不思議に思うんだよな……」
「なんだか不思議な話ですね……まるで夢でも見ているような感じですね」
そう答える卓、それに更に言葉を返す博康。
「夢か……確かにそんな感覚もあった、いつもその人が現れる時はうとうとした時とか、完全に眠っている時ばかりだったからな、もしかしたらあの人は本当に自分の中の想像上の人だったのかもしれないって、今は思うよ」
博康はそう話どこか懐かしむように、遠くを見つめるような眼で窓の外の景色を見続けていた。
あの時旅に出た博康は最後にそう言う結論に達していた、あれは本当は幻か夢で、すべての出来事は自分で行った出来事だったのだろうと……
そう結論することであの時の旅での疑問に思ったことはほとんどすべてが解決するからだ。
そう、あの電話の着信も、別れの時も……
そして昔の事に思いを馳せる博康、その表情は穏やかで、昔自殺をする為に旅をしていたようにはとても見えないような表情をしていた。
そして電車は走り、その電車の終点を迎える。
博康はまだまだ、この先電車に乗る予定でいたので乗り継ぎの電車を待つ。
卓も博康に続いて、電車を待つ。
電車の発車時刻はまだ先のようで、二人はベンチに腰掛け電車を待っている。
「所で卓は今日はどうするんだ?」
博康は卓に話しかける。
「実はあんまり何も考えずに旅行に出てしまいました、どこに行こうか、今更ながら迷っています」
「そうか、なら途中まで一緒に行くか?」
そう言う博康、それを聞いて少し迷う卓。
「そうですね……それも良いかもしれないですね。ところで博康さんは何処まで行くんですか?」
そう言われた博康は言葉を返す。
「俺は、海外まで」
そう冗談交じりに話す博康。
「海外ですか?なら空港に行かれた方が……」
それを真面目に聞いてしまう卓。
その返答が面白かったのか博康は思わず笑ってしまい返事を返す。
「冗談だよ、冗談。まぁ海外には違いないが、海を渡るだけで、あくまで国内だよ」
その答えを聞いた卓は困った顔をして答える。
「博康さん、それは完全におやじギャグですね……」
「そ、そうか?割とウケるんだが……」
そう言って年齢の差を少し考えてしまう博康。
「ところでその島ってどこにあるんですか?」
少し落ち込んでいる博康を無視するように話しかける卓。
「え?あぁ、この路線をずっと行くと海に出るだろ?そこから少し北に行くと街があるんだが、そこからフェリーが出てる、そこから島に渡る予定だ」
気をとりなおして話す博康。
「良い所なんですか?」
続けて話す卓、それに答える博康。
「そうだな……良い所、という言葉だけでは表せない場所だな……俺にとっては特に」
「そうなんですか?大事な場所なんですね」
それに答える博康。
「そうだな、大事な場所だ」
更に言葉を続ける博康。
「卓もこの旅でそういう所が見つかるといいな」
博康がそう言うと少しの間、二人の会話は止まる。
そのタイミングで、ホームにアナウンスが流れる。
どうやら電車が到着するようだ。
そのアナウンスを聞いて卓は博康に話しかける。
「博康さん」
「どうした?」
「今から、僕一人で旅をしようと思います」
その言葉に博康は返事をする。
「そうか、わかった……気をつけてな!またどこかで会ったら声を掛けてくれよな」
そう言って手を差し出す博康。
それに答えるように手を差し出す卓。
「はい、博康さんもお気をつけて。いただいた釣り竿大事に使わせてもらいます」
「そうか、じゃあ今度会った時はまた釣った魚食わしてくれ!」
「はい、それまでにもっと腕を磨いておきます」
電車がホームに入ってくる。
そしてプシュッっという音と共に扉が開き、電車内の乗客が駅のホームに降りてくる。
そして博康は卓に話しかける。
「じゃあ、俺はこの電車に乗るよ」
「はい、僕は別の電車に乗ることにします」
そう言って電車に乗り込む博康を見送る卓。
電車に乗り込んで振り返り、笑顔を見せる博康。
そして扉は締まり、二人は別々の旅を続ける。




