1話
その日、彼の目覚めは早かった。
夏休みに入ったばかりで、その日から彼は旅に出る予定だったからだ。
「あ~良く寝た」
そう言って彼は眼を覚まして、旅の準備にかかる、とは言っても準備はもう前日までに済まして後は服を着たら部屋を出るだけなのだが。
「よし、朝飯、朝飯!旅に出るときはちゃんと朝ご飯食べないとな」
そう言って、昨日の夜に近くのコンビニで買った大量の菓子パンとおにぎりを食べだす。
「しかし……我ながら朝からよくこんなに食べるようになったもんだ」
少し昔の自分の事を思い出しながら、朝ご飯を食べる。
そして大量の朝ご飯を食べ終わり、身支度を整えてようやく部屋を出る。
まだ辺りは早朝の静けさを保っている。
彼は自分の通う大学の近くにアパートを借りて、一人暮らしをしていた。
高校を卒業してすぐ、親元を離れ一人暮らしをし出した。
そしてこれが大学に通う彼の最後の夏休み、その最後の夏休みを利用して彼は、学生生活最後の旅に出ようとしていた。
彼は部屋に鍵をかけ、駅に向かって歩き出す。
まだ朝の早い時間で人は殆ど歩いていない。
駅までの道のりでであった人は、新聞配達と、犬の散歩をしている人だけで、早朝の街は静けさに包まれていた。
いつもの駅に着いた彼はいつものように駅員に挨拶をする。
「おはようございます」
そう言われた駅員も、顔見知りの彼に笑顔で挨拶をする。
「おはよう、今日は早いね!また旅行にでも行くのかい?」
そう言われて彼は返事をする。
「今日から夏休みなんで、今からまた旅行に行ってきます」
「そうかい、今日も暑くなりそうだから気を付けてな」
そう言われた彼は笑顔で答える。
「ありがとうございます、じゃあ行ってきます」
そう言って彼は改札を後にして、いつもとは違うホームに向かって行く。
朝の日差しは清々しく、新鮮な空気を青年は胸の中いっぱいに取り込み息を吐き出す。
「やっぱり朝の空気は良いな~、しかし……本当に今日も暑くなりそうだな……」
そう彼は呟き、いつもと違うホームから見える景色を眺める。
「いつもと違う景色だとなんだか新鮮な感じだな……」
そこから見える景色はいつも見ている景色なのに、なぜか全然違う物に見え彼の気持ちに新鮮さを与えた。
しばらくその景色を眺めていた彼、するとホームに電車の到着するアナウンスが流れる。
そして電車はホームに滑り込む。
彼は目の前の扉が開くとまだほとんど乗客のいない電車の中に入る、そして四人掛けのボックス席に自分の荷物を降ろして自分も窓側の席に腰掛ける。
電車の中は冷房はちょうどよい温度で快適な空間になっていた。
そして少しの揺れと共に電車は動き出す。
動き出した電車の景色を見る彼、しばらく景色を見た後、彼はバックパックの中から地図を取りだし今日の目的地を考える。
「最終目的地はここだろ……予定では一週間位で帰ってこないとバイトに間に合わないから……今日はこの辺りまで行かないとちょっとしんどいかな……」
始めて旅に出た時よりも随分と地図も読めるようになり、自分の行きたいところにもどう行ったらよいかわかるようになってきている彼、そして今日の目的地を決める。
「よし、今日の目的地はこの街にしよう、ここならいくらでも野宿ができそうな所もありそうだし」
彼はそう言って少し安心して地図をまたバックパックにしまい込む。
そんな事をしている間にも電車はいくつかの駅を通り過ぎ、彼の知らない景色が窓の外を流れるようになっていた。
「この路線はあんまり旅に行くときに使ってなかったけど、こんな所があったんだな」
彼はしばらくその景色に見とれていた、窓の外を流れる景色はいつの間にか山の中に入っており、その深緑はまだ昇りたての太陽に照らし出され、眩しいほどに輝いて見えた。
その景色に眼を奪われている彼、突然目の前が真っ暗になる。
「何だよ、せっかく良い景色なのにトンネルなんかに入るなんて」
突然のトンネルに彼は少しがっかりしたが、やがてトンネルを抜けた時にさっきの景色よりも更に眩しく輝く景色を電車は連れてきた。
その景色は彼が初めて旅行した時に見た景色に似ており、その時の記憶を彼によみがえらせた。
その記憶は懐かしく、今思い出せば少し恥ずかしくもなるような記憶でもあるが、彼にとって、それは大事な思い出で、あの時、出会った人達がいなければおそらく今の自分は無かっただろう、本当に彼はそう思っていた。
あの時の旅はそれほど彼にとっては忘れられない物になっていた。
そして今の彼は、あの時に出会った彼と同じように旅に出て、そして人生を楽しんでいた。
今になればその時の彼の言っていたことが少しは理解できる、そう彼は思えるようになっていた。
「しかしあの人、本当に不思議な人だったな……何であんなにも俺の事が解ってたんだろう」
未だにあの時に出会った彼の事が忘れられないでいる、そしていつしかあの時の彼のようになってきている自分がいる事にも、最近気づいてきている。
それから更に幾つかの駅を通り過ぎ、少し大きな町の駅に着いた時には時間はそろそろ通勤時間に差し掛かろうとしていた。
しかし大きな街とは反対方向に行く電車の中は依然と空いており、まだ電車の中にも空席が目立つ。
駅に着いた時、彼の眼に高校生くらいの少年の姿が映った。
その少年も休みを利用して旅に出るか、今から旅を始めると言った感じだった。
高校生くらいの少年が、あまりにも昔の自分に似ていたのが気になったので、その少年が何処の席に座るかを確認して、彼はその少年の座る席に移動しようと考えた。
少年はまだまばらな電車内の誰も座っていないボックス席に座り、窓の外に視線を向けていた。




