19話
だんだんと近づいてくるその人を待つ博康、その姿はどこかで見覚えのある人物だった。
それは昨日フェリー乗り場で別れた綾芽だった。
その姿に博康は少し驚いた。
なぜ民雄は綾芽をここに呼んだのか、それよりもどうして民雄は綾芽の事を知っていたのか。
綾芽は昨日フェリーで話した時は、民雄の事なんか全然知らないように話をしていたのに……
そして博康はだんだんと近づいてくるその姿を見続ける、すると向こうも博康に気付いたのか少し足取りが早くなり、すぐに博康との距離をゼロにした。
息を切らしながらたどり着いた綾芽は博康に声を掛ける。
「はぁ、はぁ、なんで、なんで別れ際にさよならなんて、そんな悲しいこと言うの?本当にもう会えないかと思ったよ!だから別れ際にさよならなんて絶対に言わないでよ!」
少し涙目になりながら必死に博康に訴えかける綾芽。
その言葉を聞いて博康は答える。
「ごめん、とにかく少し落ち着いて」
そう言われた綾芽は、少し落ち着いてから言葉を続ける。
「ごめん、いきなりこんな事言って。でも昨日別れた時は本当にもう会えないかもしれないって、そう思ったから」
そう綾芽は瞳に涙をためながら言った。
その姿を見ながら博康は綾芽に声を掛ける。
「ほんとにごめんね。でもその時は本当にもう会うことはないだろうと思ってたんだ……」
その言葉を聞いた綾芽は更に悲しくなりその瞳からは涙がこぼれ落ちた。
綾芽の姿を見ながらもさらに言葉を続ける博康。
「でもね、この場所に来て少し考えが変わった」
博康の言葉を聞いて綾芽は少し安心したように博康の方を見る。
「とにかく座って話をしない?」
そう言って博康は少し歩き、一番景色のよく見える場所に腰掛けた。
綾芽も博康に続き、博康の横に腰掛ける。
目の前に広がる景色は綾芽が今まで見た中で最も美しいと思える景色が広がっていた。
その景色を見た綾芽は、思わず息をするのも忘れてしまう。
景色に見とれている綾芽に博康は話し掛ける。
「本当にここから見えるものすべてが、美しいと思わない?」
綾芽は頷き無言でそれに同意する。
綾芽の表情を見た博康は本当に嬉しそうな顔をして綾芽に微笑みかけ、そして話を続ける。
「実は僕のこの旅の目的はね、死に場所を探し求めての旅だったんだ」
博康の言葉を聞いた綾芽は驚いて博康の顔を見つめる。
「そんな顔しないで。でもこの場所に来て今は少し考え方が変わった」
一旦そこで言葉を切り、博康は更に話続ける。
「たぶんここは僕の求めていた場所なんだと思う、そう自殺するためのね、でもこの場所はそんな事を忘れさせてしまうほどに綺麗で、本当に生きていてよかった、そう思える場所だったんだ」
博康の言葉を聞いて綾芽は答える。
「私もそう思うよ」
綾芽の言葉に博康は頷き、言葉を続ける。
「だから僕はもう少し旅を続けて色々な所を見てまわろうかと思うんだ」
「じゃあもう死ぬなんて思ってないんだよね?」
綾芽の言葉に博康は少し考えて答える。
「そうだね……その答えの半分は合っていて半分は間違っていると思う」
博康の言葉を聞いてまた泣き出しそうな顔になる綾芽。
綾芽のそんな表情を見ながらも博康は更に言葉を続ける。
「僕はね、本当にこの世界に生きていても無意味なのか、そうじゃないのか、それを確かめたいんだ。だからもう少し旅をしてまわろうと思う」
博康はそう言ってそこから見える景色を眺める。
博康の表情を横で見る綾芽、その表情は昨日フェリー乗り場で見た表情とは明らかに変わっていた。
今の博康の眼は、この景色の更に向こうを見ているように、綾芽には思えた。
それくらいここの景色に博康は心を動かされたのだろう。
そしてその景色を綾芽も眺める。
暫くの間二人は黙って景色を眺めていた。
どれくらいの時間を二人で景色を眺めていたのか、永遠のようにも感じ、一瞬のようにも感じた。
そして博康は徐に立ち上がり、その場所を離れようとする。
立ち去ろうとする博康に声を掛ける綾芽。
「どうして黙っていこうとするの?」
その言葉に振り向き返事をする博康。
「お別れの挨拶をしたくなかったんだ」
「何で?何でそんなこと言うの?」
今にも泣き出してしまいそうに声を震わせて言う綾芽。
「今はまだ、こういう時になんて言えばいいか解らないから……」
そう言って少し顔を背ける博康。
「じゃあ、こんな時に言う言葉を教えてあげるよ」
そう言って、今まで見せたこともないような笑顔で微笑み、言葉をつなげる綾芽。
「また会おうねって、こうやって笑顔で言えばいいんだよ」
その笑顔に心を打たれる博康、しかしその言葉には博康は答えられないでいる。
なぜなら博康はまだ生きていこうと完全に思えるほどは強くはなれていなかった、だから博康にはその言葉は重すぎたのだ。
「ありがとう、綾芽さん。でも、今の僕にはまだその言葉は言えないよ……」
「どうして?何でそんなこと言うの?」
悲しさのあまり涙をボロボロとこぼしながら言う綾芽。
「今の僕にはまだこの世界で生きていけるのか自信がないんだ。確かにここの景色に心を打たれ、生きていけるかもしれないって思った。だけど、それほど生きていく事は簡単な事じゃないとも思うんだ。だから僕は今ここでは、また会おうねって、そんな事は言えないよ」
そう言われた綾芽は黙ってしまう。
その間にも綾芽の眼からは涙がとめどなく零れ落ちる。
「だけどその代りさよならも言わない、陳腐な言い方になるかもしれないけど……もし運命とか言う物が決まっていれば、またきっと必ず、僕は君に逢う事ができるって、そう思うんだ」
綾芽は泣く事を止められずにその言葉を聞いている、もう綾芽には言葉を紡ぎだす事さえもできないくらいに泣きすぎていた。
博康はそんな綾芽に掛ける言葉も見出せないまま、その場所を去ろうとする。
そして綾芽は最後の力を振り絞るかのように博康に話しかける綾芽。
「私は、私は絶対に会えるって思ってるから!博康君が言わなくても私は言うよ!だからちゃんと聞いてね!博康君、また必ず会おうね!」
その言葉を最後に、綾芽は力尽きてしまうかのようにその場所に座り込む。
綾芽の言葉を背中に聞きながら歩みを進める博康、そしてそれを見送る綾芽。
お互いの距離はだんだんと離れていく。
しかしそれでも二人の中には少しの希望もあったのかもしれない。
また会えるかもしれないという……
だから博康は最後にさよなら、と言う言葉は出さなかった。
その言葉に希望を見出し、綾芽は博康を見送る事が出来たのかもしれない。
そして博康は博康の、綾芽には綾芽の二人の旅はまだこれからも続いていくのだろう。
博康と綾芽、二人はこれから別々の旅を始める……




