15話
海は太陽の光を反射して光輝き、その光で照らしだされる綾芽。
バス乗り場は有るが、もうバスは行ってしまった後のようだ。
恐らく博康はそのバスに乗っていったのだろう、そんな事を考え海岸沿いを歩く。
しばらく海沿いを歩くと幾つかの民家があるが、そのどれもは生活感にあふれ、人が住んでいる事を示すように中から人の声が聞こえる。
そしてその集落にあるバス停に行き時刻表を確認する、次のバスは後二時間は来ないようだ。
それを確認した綾芽は少しうんざりした表情を浮かべたが、すぐに気を取り直し更に歩き出す。
そしてまたいくつかの集落を過ぎた後、ようやく泊まれそうな民宿を見つけたのでそこに入る。
中には気のよさそうなおばさんと、少し難しい顔をしたおじさんの二人が奥で忙しそうに動き回っていた。
玄関に立つ綾芽に気付いたのは気のよさそうなおばさんの方だった。
「あら、いらっしゃいませ、ご予約の方ですか?」
そう声を掛けてくる。
「いえ、予約はしてないんですけど……泊まれますか?」
「ちょっと待ってね、なんせ今の時期は忙しくってね~……」
そう言って宿泊者の名簿に目を通す。
「そうね……空いてるのは空いてるんだけど……」
そう言って綾芽の姿を見るおばさん。
「駄目ですか?」
少し不安そうに言葉を掛ける綾芽。
「一番いい部屋しか空いてないのよね……」
そう言われた綾芽はあきらめて民宿を出ようとした、その時奥にいる難しそうな顔をしたおじさんが声を掛けて来た。
「この辺には他に宿もないし、今からバスに乗ってたんじゃ町まで着くころにはもう宿なんて探せる時間じゃないだろ。それにもう今からの時間じゃ誰も客なんて来ないんだから泊めてやれ、部屋なんか遊ばせといてももったいないだろ」
そうおばさんに話しかける。
「それもそうね、じゃあ一番安い部屋と同じ料金にしてあげるから泊まっていくかい?」
そう言われた綾芽は本当に嬉しそうに返事をする。
「はい、ありがとうございます!」
「じゃあここに住所と名前書いて」
そう言って宿泊者名簿を手渡される綾芽、そこに住所と名前を書き終わるとおばさんは部屋に案内してくれた。
案内された部屋二階の海側の部屋で和室の広い部屋だった。
その部屋の床の間には立派な掛け軸が掛かっており、八畳の部屋と六畳の部屋が襖で仕切られていた、そして何より窓全面に広がる景色は海が見渡せる眺めのいい部屋だった。
「こんないい部屋に泊まってもいいんですか?」
「そうね~、ほんとならあの金額の三倍は欲しい所だけどね」
冗談ぽっく笑いながら答えるおばさん。
そう言われた綾芽は更に感謝の言葉を加える。
「本当にありがとうございます!」
そう言って深々と頭を下げる綾芽、それを見たおばさんは笑いながら答える。
「良いんだよ別に、それに旦那の言う通り、部屋なんか遊ばせておいてももったいないだけなんだからさ、だから気にせずにゆっくりしていけばいいよ」
「はい、ありがとうございます」
そう笑顔で答える綾芽。
それを見ながらお茶を入れてくれるおばさん、そして宿の説明をしてくれる。
「風呂は露店風呂と内風呂があるからいつでも好きな時に入ってくれればいいから、それとご飯は七時半頃にできるから下の大広間に来てくれるかい。大したもんじゃないけど、この辺でとれる魚とか美味しいものがいっぱい用意してあるからお腹いっぱい食べておくれ」
そう言われてお腹が鳴る綾芽、その音が聞こえたのかおばさんは笑いながら話を続ける。
「おやおや、もうお腹すいてるのかい?じゃあお茶でも飲んでもう少しお腹を空かせて待ってておくれ、その方がもっと美味しくなるからね~」
そう言われて綾芽は、お腹を鳴らしたことに恥ずかしそうにおばさんの方を見る。
「じゃあなんかあったら遠慮なく言ってくれれば良いからね、じゃあゆっくりしておくれ」
そう言って部屋を出るおばさん。
おばさんを見送った後、さっそく入れてくれたお茶を飲みながら、その横に置いてあるお菓子を食べる、しかしなんでこんなにお腹が空いているんだろうと考える。
「そういえば今日はバタバタしてて朝から何も食べてなかったな……そりゃお腹も減るよね」
そう思って今日の一日を振り返る。
朝、瑞恵の部屋を出てそれからフェリーに乗り、博康とまた出会い、話をして今ここにいる。
朝の事がもう遠い昔の事にも思えるが、まだあれから数時間しかたっていない事に少し驚く。
それくらい今日は密度の濃い一日だったように綾芽には思えた。
それに博康のあの悲しそうな笑顔が、今も目蓋の裏に焼き付いて離れない、どうしてあんなに悲しそうに笑ったんだろう、私何か傷つけるようなことをしてしまったんだろうか……そんな事を思いながら密度の濃い一日に疲れたのか、また睡魔が襲ってくる綾芽。
ウトウトと仕掛けた時、綾芽はまた誰かに呼ばれたような気がして目が覚める。
「誰も居ないよね……」
そう言いながら辺りを見回してみる、だがそこには人の気配はなくお化けでもいるのかとも思ったが、そんなに怖いような感じではなく、どこか温かいような感じの声だった。
「また寝ぼけてたのかな……まぁいいか、とりあえずお風呂にでも入りに行こう!」
そう思い風呂に入る準備をして部屋を出る。
階段を下り、露天風呂と書かれた部屋の方に歩いて行く。
まだ時間が早いのか誰も風呂には入っていない様子だった、そして服を脱いだ綾芽はすぐに浴場の方に入った。
そこも海が前面に広がりちょうど日が沈みかかっていて海は夕焼けに照らされていた。
それを露天風呂に浸かりながらゆっくりと眺め、今回の旅を思い出す。
「今回の旅も本当に幸運に恵まれた旅だな」
そう呟いて空を見上げる。
空には星が瞬き始め、夏の星座を映し出している。
星座の名前には疎い綾芽だが、少し北の方を見上げるとそこには誰もが知っている星座を見つけた。
「あれが北斗七星かな、そうすると……」
そう言って、小学校で教わった記憶の通りに星の延長線上にある星を探す綾芽。
「じゃああれが北極星かな……」
その北極星と思われる星を見上げる。
そんな事をしていると段々とのぼせて来たのか頭がぼんやりしてきた、そろそろ上がろうと湯船を出る綾芽。
時間はちょうど指定された食事の時間の少し前、そこから体を拭いて部屋に置いてあった浴衣を着て大広間に向かう。
そこにはすでに何人かの宿泊者がおり、すでに酒を飲んで盛り上がっていた。
それを横目に自分の食事の用意されている席に座る。
そこにはこの島でとれたものなのだろうか、刺身や煮魚等が並んでおりすごく美味しそうに見えた。
そして実際に食べてみるとそれは本当に美味しく、少し疲れた体にも優しく感じられる味だった。
それを一気に食べきり、大広間を出ようとした時におばさんに声を掛けられた。
「ご飯どうだった?」
「はい、とても美味しかったです!」
「そうかい、そりゃよかった」
その話を奥の方で聞いていたおじさんも、満足そうにしていた。
「ところで、この後は何か予定でもあるのかい?」
そう話すおばさん、その話の意図が解らないまま返事をする綾芽。
「いえ、特に何もないですけど……何かありましたか?」
「いやね、せっかくこんな所まで来たんだから、良い物が見れるところを教えてあげようかと思ってね」
その言葉に急に眼が輝きだす綾芽。
「何ですか良い物って?」
「この辺ではどこでも見れるんだけど、都会の方ではどうなのかね……後で海に行ってみなさいな、そしたら海に光る星が見えるから」
「海に光る星……ですか?」
「そう海に光る星」
「わかりました、じゃあ着替えていってみることにします」
そう言って部屋に戻る綾芽。
「海に光る星っていったいなんだろう……すごく楽しみ」
そういって服を着替えすぐに民宿を出る綾芽。
そして出る前にまたおばさんに声を掛けられる。
「この辺は街灯もなくて暗いから海に落ちないようにするんだよ」
「は~い、ありがとうございます。じゃあ行ってきます」
そう言って民宿を飛び出していく綾芽。
「何処か海のそばまで降りれるところは無いかな……」
そう思い探しているとちょうど防波堤に階段が付いており、海のすぐ近くまで降りれるような所があった。
そして足元に注意しながら海の近くまで降りていく綾芽、本当に街灯もなく、空には星が瞬いているが月は出ておらず、真っ暗な海が広がっていた。
そして恐る恐る海を覗き込むと、そこには本当に海の中に無数の星が広がっていた。
その星たちは海の中をゆっくりと波に揺られ、瞬き、儚い光を放っていた。
その光を綾芽は飽きることなく見続けた。
掬いあげようと手を差し出したが、途中で手を止めて掬い上げる事を辞めた。
それはあまりにも儚く、触れてしまえば消えてしまいそうな光だったからだ。
そしてその光はどこか悲しげにも見えた、それはまるフェリー乗り場で別れ際に見せた博康の悲しそうな笑顔にも見えた。
その笑顔を思い出し何とも言えない悲しい気持ちになり、頬に温かい滴が伝うのを感じた。
「なんで別れ際にさよならなんて……そんな悲しいこと言うんだろ……」
そう呟きながら、海の中で光る星をただただ見つめ続けた。




